第3話 新たなる舞台~ヴァージョンアップ・ファイト!~
三月。
いよいよ三月のサンコスだ。
僕らのコスプレデビューの時が来た。
ムリョウさん、
地獄の補習も日曜日は休みだ。心置きなく参加できる。……できるんじゃないかな。……記憶消去。
サンコス当日。
十時から更衣室のが開くというのと、女子チームとの待ち合わせが十一時だったので、九時四十五分に更衣室待機列に各自並ぶという約束をしたのだが、それより早めに行くのが、僕の流儀。
しかし、そこで目にしたのは、延々と続くかに見える長ーい待機列だった。
メールで確認すると、幾美は僕より前に並んでいるらしいが、他の三人は案の定、駅だったり電車の中だったり、約束の時間にさえ間に合う気ゼロ。女子との待ち合わせ時間に遅れたら、評価下がると思うんだけど。
自業自得だから、そこまでは言ってあげない。
ただ、列がすごい、とだけは教えてあげた。
各々から「急ぐ」旨の返信が来る。気づいたかな。普段なら「空いてから行く」とか平気で返してくるからね。外道だよね。
それから少し経って、開場時間。一気に列が流れる。途中で列が男女に分かれて、男性側は進みが早い。女性に比べりゃ、人数少ないもんね。
十五分くらいで更衣室に入れた。普段は展示会とかに使われてるホールなんだろうけど、今は端の方に長机や姿見が置いてあるくらいで、床がテープで区分されてる。あの枠内で着替えろってことだな。
空いてる枠に行き、ボストンバッグを置いて一息。周りを見回すと、みんなコスプレ衣装に着替えてる。当たり前だけど、今までの自分には当たり前じゃなかった、非日常空間。
なんて浸ってる場合じゃない。早く着替えよう。奥の隅の方に
バッグから取り出したオレンジのツナギ。状態をチェック。うん、壊れてない。家出る前も確認したけどね。
ささっと脱いで、ささっと着る。
首元には深紅のマフラー。毛糸じゃなく、ツルテカの布……サテンだったか?で作った、というか細長く切って、端を折り込んで、接着剤!
足元は安全靴のブーツタイプのが安かったんで買ったやつ。それから、髪の毛をワックスで立たせて、ランディっぽく。メイクは勘弁、以前言われたように、ニキビだけは気を付けた。
ほい、着替え完了。
緊張と興奮で呼吸が荒い。これじゃ変な服装した変なやつ。深呼吸、深呼吸。
着てきた服や靴をボストンバッグに詰めて、更衣室に入る際に渡された荷札を付け、その半券を財布にしまい、ツナギのポケットに。元のポケットをそのまま生かせたので、貴重品って言っても財布と携帯くらいだけど、持ち歩けるのはラッキー。ボストンバッグを係の人に預けて、参加証代りのステッカーを
姿見を見ながら胸に貼り、コスや髪型に問題ないかのチェックもして、いざ、出陣!
「よっ」
更衣室を出ると、そこには幾美が待っていた。
「おぉ、バスターワンじゃないか」
さすがに今はフードを被っていないので、顔が見えるから正体も分かったわけで。
「そちらこそランディではないか」
お互いに人前でのコスプレなんて初めてだし、お互いのコス姿も当日までのお楽しみとして、メールへの着用写真の添付も、あえて禁止したから。
「外に行こうぜ。待ち合わせまでは、まだ少し時間あるだろ?」
「う、うん」
すでに更衣室に出入りする人たちからの、視線は感じている。何かコスが変だったのか?そもそも似合わないからなのか?
不安の方が大きい。
幾美がニヤリと微笑む。
「ほれ、言いだしっぺ野郎がビビるな。アイツなんか、全く似合ってないのに自信満々で成り切って歩いてるぞ」
「指をさすな、指を。わかったから。行くから」
さっきまで並んでいた場所なのに、コスプレして行くと、なにか違う。自分の感じ方だけなんだろうけど、見る側から見せる側に変わったから?
ふと、待機列の方を見ると、なぜだか数メートルおきに
男性更衣室の列は流れが速いから、着替えに手間取らなきゃ間に合うだろう、という位置。
とりあえず、幸次と恭に手を振り、崇を拝んでおいた。崇からだけ殺意のこもった視線が来た気もするけど、スルー。
で、幾美は?と見ると、おぉ、すでに写真を撮られている。決め決めなポーズまで!多分、フードを目深に被っているので、恥ずかしさが軽減されているんだろう。普段の俺様優等生っぷりとは違っていて面白い。言ったら殴られそうなので、本人以外に言おうっと。
うん、言い出しっぺがビビってちゃ始まらないよな。
でも、どうすればいいんだろ?やりたかったキャラではあるんだけど、正直、地味かもしれないと、今更思う。
そうだ。まずは……
「部長、写真撮らせてよ。そんで、僕の写真も撮ってくれる?」
「ふむ。習うより慣れろか」
「そういうこと」
そして互いに写真を撮り合った。
「もう少し顎を上げて、見下すような感じが、バスターワンっぽくない?」
「そうだな、まだ照れがあって、下を見がちだ。そんじゃケンチは、敬礼の角度が違うな。もう少し指先を眉の位置にすることと、脇の角度が九十度にならないと、カッコ悪い。あと目線をレンズに向けろ。姿勢自体は悪くないと思う」
「オッケー、サンキュウ」
「他の連中も、このやり方で、先に矯正しよう」
「そだね。女子チームに会う前に、少しでも恥をかかないように」
なんて話してたら
「ランディさん、写真、イイですか?」
いきなり、他のレイヤーから声をかけられた。
「は、はい、ってモルガン中尉とレイン?」
同じ、超兵器ディオクファルタスのキャラで、ランディの上官と第一艦橋のオペレーターカップルだ。
「はい、一緒にお願いできます?」
「も、もちろん。あ、部長、僕の分も」
「はいはい撮ってやるから。そちらのお二人もカメラ貸してくれれば撮りますよ」
「お願いします。バスターワンさんもこの後、一緒にイイですか?」
「もちろん」
三人並んで敬礼。二人に叱られて正座させられてる三話のシーン再現なんてネタ写真も撮らせてもらった。バスターワンと交代して、バスターワンのテレキネシスで首を絞められる二人という、訳わからんけど、スターエンブレム0を観てるとわかる名シーン再現までやった。
「いやぁ、満足です。ありがとうございました」
満足してくれて何より。
「こちらこそ。頑張ってくださいね」
なんか、幾美らしくない挨拶してる。僕もすかさずお辞儀。
「で、遅いし、お前ら」
幸次、恭、崇が途中から来て、なんだか写真をちゃっかり撮っていたのは気づいてたけど。
ちゃんと、レッドクラッシュ、イオタ少佐、
「めんどくせえ。三人並んでポーズしろ」
幾美が説明を端折りすぎるので、写真撮って、客観的にポーズ修正してると説明。
「幸次、もうちょい顎引いた方がいい。恭はチャラいポーズすんな、キャラが違う。崇は目が泳いでる。しっかりしろ」
「オレだけ指示おかしくね?」
「目を泳がせる、お前が悪い」
崇をさらにおちょくろうかと悪巧みをしていたら、背後から肩を掴まれた。
「騒がしいね、悪目立ちするな」
ロングのウィッグだし、金色のカラコン入れてるわで、一瞬誰だかわかんなかったけど、メディカル・バーストのヤン・リンのコスしたムリョウさん、出現。Tシャツにショートパンツで目の保養過ぎるんだが。
「ムリョウさん、寒くないんですか?」
「気合なんだよ、このコス。んで、まずは褒めろ。孫の心配する爺さんか?ケンチ」
「とてもセクシーで目の保養です」
「セクハラっぽくなるのは男子校の弊害かなぁ。まぁ、いいや。サンクス」
「他の二人は?」
幸次がキョロキョロしながら、聞いた。
「宝珠は真理愛の髪の毛まとめてる。あいつ、ロングだから、綺麗にポニテにすんの結構手間でさ」
なるほど、女子は大変だよな。
「んで、何してたん?」
「ちょうどいい。ムリョウさん、今、みんなのポージングをチェックしてたんだけど、見てもらってもいいかな」
「なるほど。いいよ。んじゃ、言いだしっぺの部長。やってみ。残りは写真撮る!」
四人でわちゃわちゃと携帯取り出して準備。
幾美=バスターワン、先程直した見下しポーズ。
「いいじゃん、もうワンポーズやって」
首絞めテレキネシス発動ポーズ。空中で首を掴んで持ち上げるような感じ。
「もうちょっと手に力入れてみ。うん、そうそう、よくなった。もうワンポーズ、レーザーアックス構えてみて」
何気に元ネタのこと、よく知ってるよね、ムリョウさん。
「あとちょっとだけ腰落として、うん、顎引こうか、OK」
そこへ黒い暗い世界の
「おはよう。お久しぶり」
「おはようございますっ」
我らのヒロイン、特に幾美、幸次、恭にとって、だが、宝珠さん登場に、露骨にテンションを上げる恭。
「おっは~、おひさだね宝珠さん、真理愛さん」
「朝からウザい」
「宝珠、格段に容赦なくなってるよねえ」
「この一か月、ネットでやりとりしてわかったから。部長とコージとキョウジはM。だから、ご褒美」
吹き出す崇。はぁ?って顔のM認定三人。新たな火種投入に焦る僕。
「宝珠、今ポーズのチェックしてるから、配下の三人の分、あ、部長は終わったから、二人分、責任もって見てあげて。真理愛はケンチと和尚の見てあげて」
「OK、過剰なご褒美タイムね」
イマイチ納得はいかない表情をしているが、宝珠さんに相手してもらえるから文句は言わない幸次と恭。
「相変わらず優しいね、あんたらは。言い返したってイイのに」
「キャラを掴んでんの、そっちだけじゃないから」
幾美がムリョウさんに言い返すが、フード下げて目を隠してるのがね、僕らの限界。
「ケンチP、和尚様、チェック、しよう」
「Pを付けないで」
「様を付けないで、っていうかタクワンだって」
おそらく二人の悪影響なんだろうなと、ムリョウさんを見ると、あぁん?って顔で睨まれたので、口には出さない。言いたいことはバレてるようだが。
「んじゃ、和尚、ポーズ」
「うん、逆に雑」
そうは言いつつも、腰に手を当ててアメコミのヒーローのように立つ崇。
「つまんない」
「駄目出しするなら、具体的にお願いしますよ、真理愛さん。どうせぇっていうの?」
「確か、自動車整備の人だよね?」
「だからこそ、決めポーズみたいの無いんだけど」
「なんか小道具無いの?」
「スパナは持ってきた」
「それじゃぁね……まず、背中向けて。うん、そう。それで、上半身を時計回りに軽くひねって。うん。顔は右向きで、右手のスパナで肩をトントンってしてる。そうそれ。写真撮るからね」
先月とは打って変わって、真理愛さん、よく喋る。そもそも、異性と話すのが得意じゃないとムリョウさんがメールで教えてくれたけど、慣れてきてくれたってことだよね。
さて、ちょっとイジるか。
「和尚、次はそのまま右向いて」
素直に従った。チャンス。
「そのまま前に腰だけ屈めて、んで顔カメラ見て、右手でサムズアップ!」
大丈夫、まだバレてない。
「からの、そのまま親指噛んで!」
爆笑しながら連写する真理愛さん。
「和尚、ナイスボケだ。末代まで笑える写真だ」
「お、ま、え、わぁぁぁぁ」
飛びかかってきそうな勢いの和尚の衿を掴み
「ナイスだ和尚。そういうネタ写真もレイヤーには必須だ」
と、ムリョウさんが崇を引きずっていった。
相変わらずのナイスフォローだ、ムリョウさん。
そして、相変わらず女子に触れらるとおとなしくなる崇。まるで、ひっくり返された鶏のようだ。仰向けにして1~2分固定すると、そのまま動かなくなるっていう……
「ケンチ、ポーズやろう」
先程まで爆笑していた方が、もう冷静に。
「実はさっき部長に直してもら…」
「やって」
「はい」
謎の圧力。よくわからん娘さんだ。
「敬礼はこんな感じ。いいかな?」
「うん、カッコいい」
照れる照れる照れる、女子に褒められるの照れるってば。
「それじゃ次はね、足を肩幅よりちょい広く開いて」
僕の照れへのリアクション無いのは無いで寂しい男心。
「そのまま右腕まっすぐ伸ばして、指差しして、指先見る感じ。うん決まり」
「あぁ、オープニングのラストカットのやつか!」
「そう、それ」
真理愛さんもディオクファルタス観てるのか。
「先月のカラオケプレゼンでやるっていうから、配信で後追いだけど観たの」
いい人だぁ。
「そ、それじゃあ、ケンチ、わたしとコージの写真撮って」
「あ、はい」
撮る方も練習っすか?
で、幸次はというと、宝珠さんのポージング講座も終わったのか、恭や幾美と一緒に宝珠さんの写真を撮りまくって
「圧が強い!落ち着きなさい!」
と、叱られていた。正直、その主従関係直前の状態から、どうやって抜け駆けして口説くのか、僕には未知の領域だ。
やはり宝珠さんは観賞するに留めておくのが無難だ。
「真理愛、ちょい」
ムリョウさんが真理愛さんを呼びつけ、耳打ちしてる。それを顔色を真っ赤にしたり、真っ青にしたりしつつ聞いて頷く真理愛さん。
そもそも、今日の真理愛さんのテンション、妙だし、こちらに無関係でありますように。
あ、真理愛さん、こっちに走ってきた。
「あのね、衣装が着崩れる前に、ムリョウがわたしとケンチの写真撮ってくれるって」
「そっか、うん」
で、ムリョウさんの前に行くと
「ほら、二人並べ」
え?あ、ツーショットってことか。
「そんじゃ、ケンチ、真理愛の前に出て。んで右膝ついて、左手で右肩押さえて、攻撃受けた感じに。そうそう、表情は悔しげにカメラ目線。真理愛は、ケンチの後ろに立って。そんで押さえてる右肩に右手添えて。左手はエネルギー弾を撃とうと気を溜めてる感じで手に平上向けて、同じくカメラ睨んで」
言われるままに……あ、真理愛さんの手が僕の手に触れてる。
「はい、撮るよ。3、2、1」
そのまま、位置変えたりしつつ撮りまくるムリョウさん。
「はい、サンキュウ。こういうシチュエーション好きなんだよね」
あんたの趣味かい。そういや、メディカル・バーストで、こんなシーンあったな。なぜやらせる。コスしてる自分でやりゃいいのに、もう。
一方、女王&下僕チームは……崇をカメラマンにして、ツーショットだのフォーショットだの撮影してる。
さすがに、可哀想になってきたので
「ムリョウさん、和尚とツーショット、やってもらっていい?」
「いいけど、次からは積極的に来いって耳打ちしといて。今回はケンチの優しさと友情に免じて受けてあげる」
「了解。で、僕ともツーショット、いいかな?」
一瞬、真理愛さんの方を見て
「いいよ、もちろん。そんで、全員集合撮ったら、一旦バラけよう。ここまでジャンル違った集団、逆に撮影依頼来ないから」
「わかった」
例のチームを見ると、少し落ち着いたようなので
「おしょーーーー!なんまんだーぶ!」
と、大きめの声で呼びかけると、崇が顔色変えてすっ飛んできた。
「おかしな召喚呪文唱えんじゃねぇ!」
「あれを大声で言えるケンチも、呼ばれたと認識する和尚も、どっちもすごいわ」
ムリョウさんに感心された。
真理愛さんは小さく拍手してる。
「で、なんだよ」
「ムリョウさんとのツーショット、撮ってやるから並べ」
「さっきの指噛みポーズでもいいよ」
「い・や・だ」
ムリョウさんの優しさを反故するヤツ。
「早くして。そんで、僕とムリョウさんのツーショ撮れ」
「わかったよ、うるせえな」
そんなこんなで八人の集合写真も近くにいた人に頼んで撮ってもらった。前に女子がしゃがんで、後ろに男子が囲むように立つ。そんな写真。
そして一旦バラけたわけだけど、恭は宝珠さんの撮影列を整理したりしてる。
何のためにコスしてんだか。
崇や幾美はふらふら歩きつつ、呼び止められて撮影を繰り返してる。
ムリョウさんも撮影列をこなしてる感じ。
で、幸次と真理愛さんがレッドクラッシュVSクローン・クイーンという二年くらい放映時期の差はあれど、特撮合わせっぽく、並んで撮影されてる。
僕はその横で、たまに頼まれる撮影に応じていた。
少し経つと、誰も声をかけてこなさそうになったんで、撮影する側に回る。
「ちょっと回ってくんね」
「あいよ」
幸次がサムズアップ。
「うん、いってらっしゃーい」
と手を振る真理愛さんに送り出され、撮影散歩開始。
三脚やら、照明やら、すごい機材を使って撮影しているカメラマン。いわゆるカメコの色んな意味での凄まじさにやや引きつつも、撮影列に並ぶ。なんだかスマホで撮影する自分が場違いな感じ。
それでもイベント三回目だし、今日はコスもしてるし、さっきの撮影される側になって感じたことも頭に留めて、いざ
「よろしくお願いします!」
だぜ。
全身、バストショット、顔UP、振り返りポーズって流れで、写真のバリエーションも増やしてみた。振り返りを頼んでる人が多いので、僕も真似してみたわけだが、なるほど、普通じゃ写らない背面と、身体の捻りが出ることで、雰囲気がよりきれいになる…気がする。
そんなこんなで十組くらいの写真を撮って、幸次と真理愛さんのところに帰還。
「ただいま帰還」
「おぅ」
「ケンチ、おかえりなさい」
おぉ、女子におかえりなさいと言われることの攻撃力の高さよ。そりゃメイドカフェも
「なあ、ケンチさんよ」
「なんでえ、コージさんよ」
「ちょいとバトルっぽい写真を撮ってみたいので、相方をしていただけるかしら」
「ええ、喜んでお相手いたしますわ」
僕らの妙なやり取りに困惑顔の真理愛さん。
「真理愛さん、僕とコージの写真、撮ってもらっていい?」
「は、はい。もちろん、ですわ」
そこは合わせなくてもいいんだけど、面白いからいいや。
幸次は特撮オタなだけでなく、スーツアクター(中の人)のアクションも研究してらっしゃる。そういうヒーローショーのバイトまで始めているらしい。
「んじゃ、おれは右足で回し蹴りするから、左で受けて」
「あいよ」
「真理愛さん、ケンチの右後ろから、おれを撮る感じで」
真理愛さん、ちょこちょこ走って配置につく。
「行くぜ…てゃっ!」
幸次の上段への蹴りを左腕をやや上げて受ける。
「真理愛さん、そのまま、おれの後ろに回り込んでケンチも撮って」
ちょこちょこパシャリ。
「ふー、サンキュー」
「すごい、かっこいい、わたしもそういうのやりたい」
物凄く運動苦手そうに見えるが大丈夫かな?という心配をよそに
「じゃあ、キックは危ないからパンチにしよう。ケンチ、昭和特撮の特写スチールっぽいやつで」
「わかったけど、通じる自分が嫌な感じ……真理愛さんは、こんな感じでパンチを振りぬいて」
「こう?」
「んと、親指は握りこまないで外に出して、そんで拳に力を込めて、表情はニヤリと、そうそうそのまま。コージ、この角度だと顎を打ち抜かれた感じでのけぞり。OK、このまま撮るよ」
幸次越しに真理愛さん、な画角で撮影。
「真理愛さん、ほら、カッコよく撮れた」
とスマホの画面を見せる。
「カッコいい。人を殴ったの初めて」
嬉しそうなのは結構ですが、殴りなれていたら問題だから。
「ぼちぼち昼飯いかね?おれちゃん、腹ペコさ」
恭が飢えようが知ったことじゃないけど、そんな時間でもあるし、行こうかね。
「コージ、真理愛さん、お昼行こうってさ」
「ごはん!あ……」
なんか叫んで真っ赤になってうつむく小動物がいるがスルーするのが紳士の務め。
そこにわちゃわちゃと幾美、崇、ムリョウさん、宝珠さんが合流。
幾美がコスプレ登録時にもらった、コスのまま入れる店マップを広げながら
「ムリョウさん、この人数で行くとなると、やっぱファミレスかな?」
「んー、館内のレストランで四人席二つ、合体出来なきゃ分かれて座る感じの方が早そう」
「承知。レストラン街行こう」
「宝珠さん、衣装白だけど、食事大丈夫?」
幸次の気を効かせた質問。
「大丈夫よ、慣れてるから。簡易のエプロン持参してる」
なるほどねぇと感心する男子たち。
「おれ、白いけど、防護手段何もねえ」
「和尚は修理工でしょ?きれいな方が嘘くさいから、好きなだけ食べこぼしなさい」
油汚れならともかく、食べこぼしは、あかんでしょ、宝珠さん。
相変わらずだなぁ。
結局、十五分くらい並んで、ハンバーグレストランに落ち着いた。席も四名席を二つくっつけてもらえた。
奥側に崇、ムリョウさん、宝珠さん、恭。
手前側に僕、真理愛さん、幸次、幾美。
幾美、身体に貼り付けたウレタンのせいで座りづらそう。
「次回からの課題よね、そういうキャラ選ぶなら」
宝珠さん、困ってる幾美を見て楽しそう。
「まさか、前回のプレゼンの段階でわかってた?」
「え?どういう工夫してくんのかな?って楽しみしてただけよ」
「やっぱり」
「次回からは意見交換とか知識共有が必要だな」
幸次がしたり顔でうなづく。
「キョウジくん、君は一人で作ってないね?縫い目に上手い下手が混在してる」
「うぉ、ばれちゃった?母親が見かねて手伝ってくれちゃってさ」
宝珠さんのご慧眼、怖っ。
「最初だからいいけど、自分の技術も上げないと、続かないよ」
「りょーかい。宝珠さんに細かく見てもらえて嬉しいよ」
うーむ、鋼のメンタル。駄目出しされてんのに。
「あと、午後からは列整理いらないから。彼氏面されてるみたいでヤダ」
直球!
「わかった。でもいつか、して当然になるから」
強気なやり取りだなぁ。
「で、コージは上手く既製品まとめたね」
「サンキュウ。運よく出会えたから」
「そういう出会いもあるから、普段からいろんな店とか情報、目に入れるといいよ」
「うん、作ってみて実感した。宝寿さんも情報収集は欠かさないんだ?」
「百円ショップにしろ、激安アパレルやホームセンターはマストよね。あとはトレンダーで流れてくるネタも重要ね」
「やっぱなぁ。コスやると行動範囲が広がるよ」
腕を組みうなづく幸次。
「んで、ケンチ」
え?僕も品評してくれんの?三匹のドMだけじゃなく?
「もっと自信もっていいよ」
え?方向性の違うアドバイス。
「……そんだけ?」
「うん」
そ、そうですか。
「で、和尚」
キラリ輝く崇の瞳。
「お待たせしましたぁ。チーズハンバーグセットご注文の方は」
さすが、何もかもボケさせる天才。タイミングまでもw
「あ、わたしです」
しかも宝珠さんの分。
そして次々と運ばれてくる料理。
そのまま崇の品評ターンは消滅したままとなるのは、お約束だ。
「あにょ、チェンチ、チェンチ」
「真理愛さん、ハンバーグドリアと格闘してるのは知ってるから、飲み込んでから喋りましょうね」
「……うん……」
どうしたものかとムリョウさんを見ると、なにやらマップを広げて崇と密談中。
宝珠さんは話しかけてくる三人を無視して黙々と食べている。
仕方なし、と真理愛さんを確認すると飲み込み終えて、こちらを見ている。ちなみに僕は早食いなので、食べ終わっている。
「さて、なんでしょう、真理愛さん」
「あのね、この後なんだけど、一緒にペットショップ行ってもらえますか?」
「このあとって、コスのまま?」
「うん、コスのままで入れるから」
「でもいいの?撮影とか」
「コスのまま、買い物したりするのも、このイベントの醍醐味、だから」
なるほど、非日常的な格好で、日常的なことを楽しむってのも、得難い経験だ。
「んじゃ、部長とコージも…」
「いや、あの、お二人は宝珠に付いていたいだろうし、あの」
「ケンチ、あたしも後で和尚連れていくから、先に行ってて」
と、ムリョウさんに言われたので
「そ、そう。なら真理愛さんと行ってます」
「真理愛、明日の放課後、パンケーキ奢れ」
「えー…うん」
昼食を終え、午後は自由行動とし、着替えた後に集まる場所と時間を決めて、一旦解散。
「キョウジは、撮られる側に回ってね。せっかくママのコスがあるんだから」
「OK、撮られまくったら、今度デートしてくれる?」
「んな脈絡のないこと、私はしない」
「必ず見返させるぜ」
「はいはい」
恭って、凄いな。凄いバカだ。それを完全に拒絶せず、あしらうだけにしてる宝珠さんも、別の意味で凄い。幾美と幸次の出遅れ感半端ない。まぁ、あんな扱いされたくないので探り探りなのかもしれないけど。
「おら、和尚、行こうぜ」
ムリョウさん、崇の肩を指が食い込むレベルで掴むの図。
「ぎゃあ、はいはい」
「あたしの欲しいもん、何でも取ってくれるんだよな?」
「え、初耳だし、無理だし」
「仏門入ってんだから、願い叶えろよ」
「無茶苦茶言うな!そもそも入ってねえから」
ゲーセン行くとか言ってたけど、何か仲良くなってるなぁ。なんだかなぁ。
「行こ?」
と、僕の袖をグイグイ引っ張る真理愛さん。
こういうとこ、可愛いんだよなぁ……でも……
うん、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
きちんとエスコートしなくちゃ。
「目当ての店はどこに?」
まぁ、場所を知らないけど。
「下の階。あっちのエスカレーターが近い」
で、引きずられるように連れてこられたペットショップだが、想像以上にでかい。
まずは犬のゾーン。
真理愛さん、奥のケージに一目散。
ふと、あんな目玉だらけのコス、動物は怖がらないだろうか?なんて興味深いテーマが…
真理愛さんが張り付いたのはセントバーナードのケージ。
小型犬に女子なら行くという固定概念を、今捨てるときが来た。
「ほら、セントバーナード!あんまり売ってないよね」
「うん、レトリーバー以外の大型って、ブリーダー直が多いから」
「なんで?なんで?」
食いつくなぁ。
「人気の度合いや、価格、世話の大変さ、色々あるんだよ」
「いつか、飼ってみたいな」
「世話、大変だよ」
「うん、大きいもんね」
「若いうちは運動量。老後は世話が特にね。犬だって確実に歳をとる。そうすると足腰弱って立てなくなったりする。そうなると人間相手の介護と変わらなくなる。大きくて重い生き物、しかも弱ってるとなると、力仕事なんだよ」
「そっか」
「ごめんね、真理愛さんの希望を否定するようなこと言って」
「ううん、そこまで考えて生き物を飼うのは当たり前。よくわかる、さすがケンチ」
「触れ合うだけなら、そういう施設あるし。散歩体験もできるし」
「いつか連れてって、欲しい!かな」
「部活で行くことあるかも。そんときにでも、みんなで」
「部活かぁ」
と、真理愛さん、トコトコと猫ゾーンへ。
他には大型犬いないようだし、ハッキリしてんなぁ。
「ケンチ、これこれ」
「なるほど、メインクーンか。大きいの好きなんだね」
メインクーンはペット用猫の中でも大型の長毛種。
「大きい子、飼いたいの。ビーストテイマーみたいでカッコイイ」
なんでファンタジーの獣使いに……コスキャラ選択や前回の私服から見て中二の病の気があるのかな。
「メインクーンは乗ったらさすがに潰れるよ」
「わかってるもん。でも、セントバーナードならワンチャン」
「うん、犬はワンちゃん」
「そうじゃなくて」
「はい。犬猫は乗り物違う」
「いいじゃんねぇ。ニャっ」
猫がニャっ答えているが、迂闊に返事するな猫よ。潰されるぞ。
「はいはい、小動物は小動物見に行こうねぇ」
「わたし小動物じゃないもん」
「小動物嫌い?」
「好きだけど、だからわたしがそう……ひあぅ」
思わず背中を押してしまったら、変な声出されたの巻。
「あ、ごめん、触って」
「あ、うん、だいじょーぶ」
何かただでさえコスプレ姿で目立ってるのに、さらに悪目立ちしてる気がする。
「少年よ、セクハラ行為禁止だぞ」
いきなりの声掛けに振り返ると、案の定、ムリョウさん。
見ると、大きなモコモコしたぬいぐるみを抱きしめている。可愛らしい一面もあるんだな。
「これ?さすが仏の道を歩むものは衆生の願いを叶えるのに長けてるよね」
「エライことになってんな、和尚」
ムリョウさんの後ろの崇は何だか上機嫌。よほど、褒め称えられ感謝されたんだろう。もう頭丸めて出家しちゃえよ。仏の道とUFOキャッチャーの腕前に関係があるか知らんしけど。
「いいなぁ、わたしも何か欲しい」
「ん?ごはん?」
「食べたばっかり!こういうやつ!」
真理愛さん、ムリョウさんのぬいぐるみをモフりながら、僕に力説。
「真理愛、モフるな。型が崩れる。んで、ケンチ、ちょっと」
ムリョウさんの後をついて、いったん店外へ。
「いくらなんでも、もうわかってるよな?真理愛のこと」
いきなり核心突きますか。
「それは、うん。でも、まだ直接会ったの二回目だし」
「最初のインパクトで十分だろ?そんなの。自分だってそうじゃないのか?」
「気づいちゃう、か」
「女子を舐めるな。気持ちのベクトルには敏感なんだよ」
「じゃあ、真理愛さんも気づいて」
「だから今日、あいつは頑張ってんだぞ」
僕がムリョウさんに惹かれて、真理愛さんは僕に惹かれて……
「じゃあ、ムリョウさんは」
「ケンチじゃないことは確か」
ストレート過ぎる、この人。
「く、口説く前に振られた」
「あたしは優しいからね、宝珠と違って」
その比較対象もどうかと思うけど。
「いい?真理愛のこと、ちゃんと見てあげて。答えは急ぐ必要ないけど」
「振られてすぐ!なんてキョージでもない限り無理ですよ」
「勘違いしないでほしいんだけど、あたしはケンチのこと、信頼してるからね。そこに恋愛感情がないだけ。じゃなきゃ、真理愛を近づけさせない」
そっか、うん。でもここで言っとかないと、踏ん切りがつかない。
「ムリョウさん」
「ん?」
「気さくで話しやすいキレイなお姉さん、それが第一印象でした」
「あんがと。こんなタイミングになっちゃってゴメンね」
「これからも友達付き合い、お願いしみゃす」
やべ、噛んだ。
「その噛み、和尚・真理愛レベルだな。もちろん、今後ともよろしくね。あたしは先に戻って、真理愛のフォローしとくから」
と、ムリョウさんは店内に走っていった。
あまりショックじゃないのは、恋愛感情に至っていない、憧れ段階だったから、かな。
今の印象も最初と変わらないし。
ああいう人を「イイ女」っていうんだろうな、きっと。
…崇、どうするんだろ?チャンスタイムなのか、あいつ?
店内に戻ると、
「ケンチ、チンチラ、チンチラ」
「何を言ってるんだい?僕はチラチラしてないよ」
聞きようによっては危ない言葉を発しつつ真理愛さんがやってきた。
「モフりたいの、チンチラ」
何とも丸っこいフォルムの大きなハムスターといった見かけのチンチラ。
「店のは無理だろうけど、毛皮製品で売ってるんじゃないかな」
「羊みたいに刈られるの?」
「毛じゃなくて、毛皮だから」
「一皮むいて、ツンツルリン?」
「日焼けや脱皮じゃないんだから、そんな生き物、賢者の石でも使わない限り、存在しない」
「やっぱり、ケンチの返しは凄いなぁ」
僕はいったい何を試されているのだろう?我ながら、返しがやや意地悪になっていたことを密かに反省。真理愛さんに当たってどうする、僕。
「ねえ、あのポスターのイベント」
ん?話の展開が目まぐるしいな。
と、壁に貼られたポスターを見ると、
「レプティリアンプラネット」というイベントのポスターだ。爬虫類、両生類を中心に猛禽や小動物、虫など、通常のペットショップではお目にかかりづらい生物の即売イベントだ。開催は五月。再来月だな。
「なんか凄そう」
「面白いよ。動物園にもいない生き物見れるし。生物部の課外活動で行くけど、一緒に行…」
「行く!」
かぶせ気味の返答、いただきました。
「基本的に部長の得意分野イベントだから、部長や販売してる人の話を聞いて、知識を深めるのが目的なんだけど、それでも…」
「いい!」
かぶせるなぁ。
「OK。ムリョウさんと宝珠さんの二人も誘っていいよね?和尚とM軍団から誘わせるから」
かぶせてくるかと身構えると来ないね。
ちょっと考えるそぶりを見せてから
「いい、よ」
「コスプレ無関係だし、興味なければ無理に来ることもないイベントだし」
「ふたりとも興味あると思う。特に宝珠」
「それは意外な」
「そう見えないもんね……まさか意外性に惹かれるタイプ?」
「僕は、あの軍団に入る気は無いけど」
「だ、だよね、うん。へへっ」
真理愛さん、安心したような微笑みで、僕を見てくる。
「あ、あのさ、この後、どうする?ゲーセン行く?」
「ケンチは仏門入ってるタイプ?」
もしかして、UFOキャッチャーは得意かと尋ねられているのか?
正直、さほど得意な方ではない。
ならば、
「あまり徳は積んでないな」
と返すしかあるまい。
真理愛さんも、
「わたしも」
と返してくれた。
変な会話してんなぁ。
「そしたら、会場に戻ろう?時間も経ったし、レイヤーの顔ぶれも変わってるかもだから」
「了解」
崇とムリョウさんは、どっか行っちゃったようで姿が見えない。まぁ、いいか。集合は決めてあるんだし。
「さぁ、見物と洒落こもうぜクローン・クイーン!」
「ふっ、いいだろう。付いて来いランディ」
息のあったぎこちなさってのも、あるんだなぁ。それが嫌じゃないのは、楽しいってことだ。
会場に戻ると、真理愛さんの言う通り、昼前とは顔ぶれが一部違っていた。
真理愛さんがキョロキョロしているので
「とりあえず、ぶらぶらしようか?」
と声をかける。
「うん」
さっき、付いて来いってノリで言ってたけど、こういうところは基本受け身なんだよね。
さっきまでとは違う場所で、撮影列を作っている宝珠さんに手を振り、さらに歩いていくと、珍しく女子率の高い撮影列に遭遇。どんなキャラと見てみれば、恭のイオタ少佐じゃないか。
ツーショとか自然と肩組んだり、あ、壁ドンまでしてる。
なんなんだろう。蛾みたいにフェロモン出してるんだろうか?
「あんなにモテるなら、無理目の宝珠を口説く必要ないんじゃないかな?」
「だよね」
「男子ってああいう状態に憧れるの?」
「ハーレム?」
「うん」
「ああいうのはね、現実じゃないから憧れるの」
「え?どういう意味?」
「現実にハーレムなんて、平和的な終わりが想像しづらいでしょ?好きな相手を共有し続けるなんて、通常は不可能だよ。欲求ばかり先走らせて、終着が不幸なんて嫌じゃない?だから、空想妄想で留めておくのがいいんじゃないかな?って」
「ケンチの妄想ハーレムって?」
「そっちに切り込まないでほしいなぁ。男の妄想聞いてどうすんの?」
「今後の参考にする」
「え?やってくれるとか?」
「え?なにを?」
「な、なにをって…それは…真理愛さん、ヤバいから」
「ケンチのスケベ」
「男子はみんなそうなの!」
「ふーん」
はい、冷たいリアクションいただきました。
おのれ恭!あとで、ハーレムしてたって宝珠さんにチクってやる。
なんて怨念を高めていると、真理愛さんの姿を見失った。あれ?愛想つかされちゃった?
すると、ちょっと遠くにいるのを発見。撮影かな?男の二人組に話しかけられてる。
ん?真理愛さんが首や手を振って拒否を示しているのに、男たちが話しかけるのを止めない。
え?やばい?
行かなきゃ。
あれ、足が動かない。手が震える。
行かなきゃ。
普段の学校でのイジメがフラッシュバックする。
行かなきゃ。
今はそんな場合じゃない。
真理愛さん、泣きそうな顔してる。
行かなきゃ。
僕のトラウマに彼女は関係ない。
行かなきゃ。
足が…
行かなきゃ。
動いた。
走った。
「ま、真理愛!どうした!」
ちょっと上ずったけど声も出た。
「ケンチ」
男の片方、金髪の方が前に出てきた。
「はいはいはい。彼氏さんかな?あの、ほら、俺ら、取材でね。女性のレイヤーさんの写真撮らせてもらってるわけ」
「しゅ、取材?」
「そう、ほら、取材の腕章もつけてるっしょ?」
金髪男は腕の取材腕章を殊更見せつけてくる。
真理愛さん、隙を見て僕の後ろに走りこむ。
「あ、あのね、取材、やなの」
「うん、わかった」
こんなこと、自分がする日が来るなんて。
「取材は対象に断られたら引くのがルールじゃないんですか?」
「うーん、でも、これだけ可愛いんだもの。ネットニュースの特集に載ってさ、一気に有名レイヤーの仲間入りも夢じゃないんだからって、ね」
「そういうことさ。だって、名前、売りたいんじゃないの?」
もう一人のカメラマンと思しき、ニット帽被ったデブが追随。
「彼女が有名レイヤーなんて鼻高々じゃん?だから、彼氏さんからも頼むよ」
そもそも彼氏じゃないとか、嫌がってるのに、なんでしつこいんだとか、頭の中をグルグルする。
真理愛さんが、僕の左袖をギュッと掴んできた。震えが伝わってきた。
すると、ストンと気持ちが落ち着いた。
大きく息を吸った。
「誰かスタッフ呼んでください!無理な取材に困っています!」
僕は大声で叫んでいた。
一斉に注目を集める。誰か走ってスタッフ詰所の方に行った。
グッと言葉に詰まった二人組はそそくさと逃げ出していった。逃げたって取材腕章つけてるんだから無駄だろうに。
「ありがと。ごめんなさい」
僕の背中で真理愛さんがぐしゅぐしゅ泣いている。
「ケンチ、ナイス対応だったな」
「あんたの声は無駄に通るね」
騒ぎを聞きつけたのか、駆け寄ってきた崇とムリョウさんが、僕の肩を叩く。
そこに幾美、幸次、宝珠さんまでも到着。
「真理愛、あなたってば、もう」
宝珠さんが真理愛さん頭を撫でている。
「今回はケンチがいて良かった。私かムリョウだったら、完全に出禁よ」
なんか物騒なこと言ってる気がする。
「ケンチ、一旦真理愛を落ち着かせてあげて。そしたらもう、更衣室押し込んで着替えさせて」
ムリョウさん、指示が雑です。
「キョウジだけ来ないのか、ふ~ん」
宝珠さん、なんか怖い。
「減点しとくかなぁ。ほら、ケンチ、公園寄りの林の方、あんまり人いないから、そっちで真理愛のこと、ね」
「了解です」
晒しものにならないように、そそくさと真理愛さんの手を引いて連れ出す。
こんな時だから、いいよね、手を繋いでも。嫌がられてないし。
とりあえず指示された場所で、ポケットに入れてたタオルハンカチを手渡す。
「ほら、これで、顔、ね」
泣いてメイクが崩れてきてたのは分かったので、これくらいは出来るけど……女子を慰めるとかしたことないんだけど。
「うん」
受け取ってもらえた。そのままずっとタオルで顔を押さえている。
困った。
「あのね」
「はい」
「わたし、まだ、男の人が怖くて…前もコミエで絡まれたことがあって…」
「うん」
「そのときは宝珠とムリョウが助けてくれて…」
あぁ、最初にあったときにちょこっと話してたことか。
「その、ケンチたちのことは不思議と怖くなくて…」
前回は、おどおどしつつ、妙なノリだったのはそういう背景があったのか。
「でね、話も合うし、あの、うん」
「それで、仲良くしてくれたんだ。ありがと」
「そんな、お礼言われると困っちゃうん…だけど」
「でもね、僕は嬉しかったよ。まぁ、男子校の男子だしさ、同年代の女子と話せる機会自体ないし、しかも趣味が共有出来てさ、それで、みんな、僕も含めて、のぼせ上がってるところはあるけど」
真理愛さん、顔をタオルで押さえたまま動かない。
黙って反応を待つ。正解かわからないけど。
「あの!」
真理愛さん、がばっと顔を上げた。
「その、ケンチはムリョウのこと」
真面目に答えないとな。
「ついさっき、告白をする前に振られたけどね」
「ムリョウ、ほんとに言ったんだ」
「でね、そんなにショック受けなかったんだ。まだ、きれいな人だな、とか、話しやすいな、とか、それだけだったんだよね、きっと」
真理愛さん、一旦うつむいたけど、がばっと顔を上げて
「わたし、あなたのこと、好きになっちゃいました。なんだか、会って間もないのに、ヘンかもしれないけど」
と、早口でまくし立てた。
「真理愛さん、あの、さ」
「は、はい。覚悟はできてるから」
うん、落ち着いてほしいな。
少しゆっくり目に喋ろう。
「あー、その、さ。僕は真理愛さんのこと、今までそういう対象として見てなかったってだけで、さ」
真理愛さん、じっと僕を見つめてくる。真剣だよね、そりゃ。
「これからってことでも、いいかな?」
「これから?」
「僕のこの答え方をズルいとか思われたら仕方がないんだけど、僕は君のことをもっと知りたい。せめて、互いに本名くらいは知っておきたい。それで、これからも会いたい。会って話をしたり、一緒に遊びたい」
言いたいこと、言えることは言った、はず。
「ちょっとズルい。でも当然、だね。わたし、焦り過ぎた。二人にも言われてたんだけど」
「すごく嬉しいし光栄だと思う。真理愛さんみたいな可愛い人に告白されるなんて、凄いことだもの」
真理愛さん、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「そういう言い方もズルいよぉ……」
「
「もう…
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