第2話 3レイヤー!! 始まりのバラード

「ちょっと、それうちの荷物なんで、あんたのコス、被せないでよ!」

【第79回 コミックAtoZ】

灼熱の夏コミエの朝の女子更衣室内、突如怒声が響いた。

「ご、ごめんなさい」

実際はスカートの裾がスーツケースの端にちょっと掛かってしまっただけなのだが、件のスーツケースの持ち主はお気に召さなかったらしい。

「もうちょっと離れて着替えなさいよ」

「で、でも、みんな譲り合って着替えて」

「うっさいな、ほら、もう着替えたんでしょ!出ていきなよ」

「ま、……」

まだメイクが残ってると言い返せない。息が苦しい。怖い。スタッフは大したことはないだろうと思ってるのか、ちらっとこちらを見ただけで、介入するそぶりを見せない。もう嫌だから、メイクはコスプレ広場の隅ででも続きをやろうかと、手元のものを片付け始めた。

「さっきから小さな事でうるせえな。あんたの、はみ出てる物の方が大問題だよ」

「なによ、急に横から」

「ん?横から胸のトップが丸見えだよっていう話」

「え?ちょ、やだ」

と、しゃがみ込んで背を向けてしまった。

「こっちおいで」

と、助けに入ってくれたお姉さんが手招き。ここは素直に従うことにする。

「災難だったね、あたしはもう着替え完了だから、ここ使いなよ」

「あ、あの、ありがとう、ございます」

「いや、別に大したことじゃないし……あれ?あんたって」

と、わたしの顔を見て首をひねるお姉さん。メイク変だったかな…そもそも途中だし。

「中等部の子?」

「え?あの?」

心行院しんぎょういんだよね」

と、ささやくように耳元で言われて、ゾクッとした。

なんで身バレ?え?

「そう、警戒しないでよ、あたしは高等部の二年」

あ、先輩なのか。

「でもなんで、わたしのこと」

突然、大声で言い争う声が更衣室に響いてきた。こんなにトラブル多かったっけ、コミエって。


「だから、スタッフなら、ちゃんと様子を見て、トラブりそうなら止めろって言ってるの」

「ですから個人間のトラブルにそうそう介入は出来ないわけで」

「場所取り、荷物の置き方、更衣室利用ルールの話じゃない?違う?」

もしかして、先ほどのわたしの件で揉めてらっしゃるの?わたしの脇にいたお姉さんが、つかつかとスタッフと揉めてる人のところに行き、

「もう、その辺にしといて。さっきの件は片付いたから」

片付いたのかな?余計な遺恨が発生した気がしないでもないけど。

「そ?ならいいけど」

と、その人、スタッフをそのままにして、わたしの方へやって来た。

「あなた、うちの中等部の子よね?大丈夫?」

また先輩なの?なんで、わたしってば身バレしまくってんの?

「あの、ありがとうございます」

「え?あぁ、スタッフね。最近、ぬるいんだよね、ちょっと前までは怖いくらい煩かったのに」

「そう、ですか」

もう、どう反応していいのかわかんないよ。

「私も一緒にいてあげるから、メイクやっちゃいなよ」

付き添われると余計目立つから、周囲の視線が痛いよ。文句言える立場でもないから、とにかく、メイクしよう。

「こんなところで同じ学校の人と会うなんてね。あたしビックリしたよ」

口挟みたいけどメイク、メイク。

「中等部の有名人、麻琴姫まことひめさまがねぇ」

すみません、その呼び名と有名って話、初耳。

「あたしは高等部2年の古川未来ふるかわみき、コスネームはムリョウ」

「私は高等部1年、松本望まつもとのぞみ、コスネームは宝珠ほうじゅ

メイク中に自己紹介されても……

「各学年に一人はレイヤーがいるんだな」

「表立ってやる娘なんて、事務所所属のプロレイヤーくらいでしょ?」

あ、わたしはスルーされてるのね、はい。

「まだいるかもって?」

「そ。んで、メイク終わった?」

わ!急にこっち来た。

「お、終わりました」

「んじゃ、広場行くか」

「はい」

もう、付いて行くしかない。身バレの件も聞かなきゃだし。


まだ午前中ということもあり、コスプレ広場の柵沿いの場所が取れた。後ろに人が来ないし、撮影や見物の人の目につきやすい、皆がこぞって取り合う場所。

流れで来ちゃったけど、この3人で固まっててイイの?やってるキャラに共通点ないし。

えっと、2年の先輩(メイク中に話してただけじゃ名前とか覚えらんない)がマッドクロスのリオン。

深紅の髪のポニーテールに、ボディラインのばっちり出る真っ赤な革ツナギで、へそまでチャックが開いてる。しかもわたしじゃ一歩も歩けなさそうなピンヒールのブーツ。手には鎖。

改めて見るとネコ科の美人でスリムで、カッコイイお姉さん。


1年の先輩が黙示録0000の薔薇姫。

右半身が白、左半身が紫のレースで飾り立てた、ミニスカのウェディングドレス。血しぶきを散らしたケープ。手にした白い薔薇のブーケには無造作に拳銃が突っ込んである。ドレスに合わせたツートンカラーのロングウィッグ。うん、それにしてもオッパイ大きい。それで美人。ズルい。生足平気で出してるし。


わたしがメガライザーのバショク。

グリーンのロングチャイナドレスでスリットが太ももが見えちゃう感じで入ってる。もちろん、生足なんか出せないし、出す勇気無いからストッキング。左側に胸当てと両手が鉄の爪。髪型は自毛のままロング。

2人がアニメで、わたしが特撮キャラ。

それにしても、再現度高いし、何より美人。羨ましくなる。スタイルもイイし。

わたしなんか、身長低いから、ホントは今やってるバショクも似合わないんだけど、好きだから、やりたいからやってる。

「麻琴姫、麻琴姫」

思いに耽ってるところに、呼ばれ慣れない名前で呼ばれても反応できないよ。

「ひゃ、ひゃい」

「誰かと待ち合わせとかある?」

「い、いえ、いつもソロで、集合あったら混ざるくらいで、親しい人はいないんで」

ぼっち告白して悲しくなってきた。

「あたしも、こいつもソロなんだ。良かったら、このままつるまない?」

「ええ、はい、それは、嬉しい、ですけど」

レイヤー同士、初対面でつるむのも、珍しくはないと思うけど。

「先輩、私たち、ちゃんと自己紹介してないよ」

そうそう、それそれ。

「そうだった、ごめんね。あたしは高等部2年の古川未来ふるかわみき、コスネームはムリョウ、ね」

「んじゃ、改めまして、私は高等部1年、松本望まつもとのぞみ、コスネームは宝珠ほうじゅ

「わたしは中等部の3年で栗原麻琴くりはらまことです。コスネームは真理愛まりあです」

2人で、やっぱりね、とか言ってるし。

「お二人とも、なんでわたしのこと知ってるんですか?しかも姫とか初耳の呼び方を」

「5月にさ、クラス別発表会あったでしょ?」

ん?でも、あれは中等部のみのイベントで、高等部は普通に授業だったよね。

「演目は夕鶴で、おつうの役、やったよね」

「あの動画がさ、何だか高等部で出回っててさ」

ちょ、怖い怖い怖い。

「結構、ファンとか、いてさ」

「そこでの呼び名が麻琴姫」

「みんなで可愛いだの嫁にしたいだの妹にしたいだの、そりゃ結構な騒ぎで」

クラスで役が決まらず、黒髪ロングだからってだけで押しつけられて、イヤイヤやった劇で?中等部じゃ終わったら、面倒事が済んだって感じで、誰も口にもしないのに?

高等部って、怖い。

あぁ、今日はウィッグ無しで、地の髪を生かした黒髪ロングキャラで、しかもメイクもろくにしてない状態だからバレたのか。

「身バレした理由はわかりましたけど、お二人とも、わたしの顔、覚えるほど動画観たんですか?」

「可愛い、好きだから」

「あたしも」

「あの、可愛いとか、美人のお二人に言われても……そもそも、わたし、可愛くないし」

落ち込むなぁ。わたし、引き立て役?

「んん?あぁ、そういうタイプか」

え?松本先輩、急に不機嫌に。

「自己肯定感が低いの、良くないよ」

「え?でもホントに」

「可愛くないわけないでしょ?どんだけ、あなたのファンがいると思ってるの?」

いや、知らないし。今日初耳だし。

「いい?」

松本先輩、わたしの顔を両手で優しく挟んだ。

「レイヤーやるなら、自信持て。それだけでキャラの映え具合が違うから。それでね、あなた、ホントに可愛いの。そんな娘が、自分は可愛くないとか言うと、嫌味に聞こえちゃうの。無駄に敵を作るし、あなたを褒めた相手も否定することになって失礼だよ」

あれ?涙、出てきた……止まんない。

「でも、クラスじゃ、暗いだけで…」

特に得意な教科もないし、挨拶するくらいで、親しい友達いないし…

「ほら、ちょっと座れ。泣きやんでメイク直そ」

古川先輩が肩を抱いてわたしを地面に座らせた。

「任すね」

「野次馬来そうだったら追っ払ってな」

「はいはーい」

「よっしゃ、いい?あたしからもう一つだけ。暗いは可愛いの反対語じゃない。以上」

「ふ、ふぁい」

鼻すすりながら、メイク直しを手伝ってもらうわたし。

「よし、大丈夫だな。宝珠!開店しよう」

背中をちょっと強めに叩かれてビックリしたけど、今は、大丈夫。

各々がスーツケースからスケッチブックを取り出す。コスネームと本日のキャラ名とトレンダーのIDを書いた、自己紹介ボード。撮って貰った写真は欲しいし、やっぱ承認欲求ってのがあるわけで。

スケッチブックを準備した途端、撮影希望者の列が出来る。普段は滅多に列が出来ないわたしだけど、今日は目立つ先輩と一緒だからか、列が途切れないし、3人一緒の撮影から、個別に撮るって流れをする人が多くて、時間もかかる。しかも話しかけてくる人もいるので大変。何か馴れ馴れしい人とかいるし。

そんな人が来ると、先輩のどちらかが「みんな並んで待ってるんでごめんね」とか、いなしてくれる。わたし一人だった時は、固まってうなづくくらいしか出来なくて怖かったんだけど。

1時間くらい経った頃、

「そろそろ休憩入るんで、囲みでお願いします!誰か10からカウントお願い!」

慣れた感じで松本先輩ことムリョウさん……あれ逆?とにかく仕切ってくれた。

わたしたちが固まってポーズを取ったところを、大勢が囲んで一斉に撮影。囲みって初めてだけど、圧があって怖い。

「はい、カウントします!10!9!8!7!」

誰かがカウントダウン開始。連続するシャッター音や、人の隙間から突き出されるスマホが凄い。

「6!5!4!3!2!1!終了!」

「ありがとうございました!」

わたしたち3人でお辞儀をして、皆に背を向けるような態勢に。これ以上は撮影もお話もしませんよ、という無言の圧w

「お疲れ、真理愛。ほら、タオル被って、水飲んで」

昼になって気温も日差しも厳しくなってきた。

「あ、コスネームで」

「イベントでいつまでも本名呼べないでしょ?誰が聞き耳立ててるかわかんないし」

「だから、あたしはムリョウ、そっちも宝珠でいいよな?」

「そりゃ、もちろん」

撮影中に抱き合ったり顔寄せ合ったりしてたんで、なんか距離が縮まった気分。

「そんじゃ、一旦更衣室でメイク直して、軽くなんか食べて、ホール脇の広場で場所取るか」

「う、うん」

宝珠が頭を撫でてくれた。

「そ、基本対等にね」

「よっしゃ、撤収」

で、この後、更衣室に入るまで30分かかってウンザリしたり、ステーキ串とか衣の厚い唐揚げとか、普段食べないようなものが、妙に美味しかったり、ホール脇の広場で互いのスマホでふざけた写真撮りあったり、また長い撮影列が出来たり、疲れたけど楽しかった。


コスメイクを落としたムリョウの私服スタイルがギャルっぽくてカッコイイのと、宝珠は完全に育ちのいい、避暑に来たお嬢様みたいなシャツとロングスカートのコーデ。

わたしはそもそも行って帰るだけのソロ行動しか、予定になかったんで、いかにも普段着なワンピース。

うーん、浮く。そもそもムリョウも宝珠も正反対だけど。わたし、中間にもいない感じだし。


                  ※


翌日のコミエ2日目は、朝から会場最寄りの駅で待ち合わせをして、入場までの退屈もなく、楽しい。とても楽しい。

昨日のコスは洗濯して干してきたので、今日は3人とも違うコス。

ムリョウはメディカル・バーストのヤン・リン。

ダメージ加工が派手に入ったTシャツとデニムのショートパンツ。太ももに巻いた革ベルトに注射器がセットされてて、アッシュカラーのロングウィッグに金色のカラコン。

宝珠は黒い暗い世界の白樹はくじゅ

純白の魔法使いルックで腰のベルトからつたつるがロングスカートみたいに垂れ下がってる。そして金髪のショートウィッグ。

わたしはマグネマンのクローン・クイーン。

詰襟の学生服にあちこち裂け目があって、そこが目になっている。黒いレースのミニスカートに膝丈スパッツ。今回は自毛をポニテにして、日本刀を持って完成。

相変わらずバラバラだけど、今日は各々の一番お気に入りをやろうと、昨日話して決めた。

お気に入り=慣れてる事もあり、着替えもメイクも速い。

昨夜、初日の写真がトレンダーにいくつかUPされており、自分たちでUPしたことも含め、イイネやリトレンド(拡散)されたり、フォロワーが増えたりした。

そこで各自で今日やるコスの予告や、また3人でつるんでいることも書き込んだ。後から思えば、先輩二人に自分を肯定されたことによって呪縛が解けた気になって、その反動でテンション上がり過ぎてたと思う。


だから、罰が当たった。


昨日と同様、エントランス前のコスプレ広場の柵沿いで場所を取り、準備を始めようとしたとき、十人くらいの団体が、わたしたちに横のわずかに空いていたスペースに割り込んできた。

「こっち人数多いんで、ちょっと詰めるか、譲るかしてくんない?」

団体の中のひとりの男性レイヤーが無茶な申し出をしてきた。

「えっと、追い出してまで場所取りしたい理由は、何?」

ムリョウが無表情で反論。確かに柵沿いは、ほぼ埋まっちゃってるけど……

「武器がデカくてさ、スペースがいるんだよね」

「だったら、隣の緑地公園行けば?今日は解放されてんでしょ?」

「ま、そっちは後で行くことになっててさ」

「ふ~ん。スタッフ呼ぶけどいい?」

「この時間の、担当スタッフ、知り合いでさ」

ムリョウが拳を握りしめた。

「そこまで搦め手で嫌がらせするのは、奥にいる乳首見せ女の作戦?」

「誰が乳首見せ女だよ!」

え?もしかして昨日の更衣室の人?わたしのせい?

「真理愛は荷物見てて。あとはやるから」

宝珠が、わたしの頭をポンと叩いて前に出た。え、宝珠、笑ってた?凄い怖い笑顔が一瞬見えた。

「宝珠、ちょっ」

ムリョウも宝珠を見て固まった。

宝珠はつかつかと奥にいる、昨日の人の前に歩いていった。

「な、なによ」

さすがに男性陣も女性相手には手まで出そうとはしないみたい。実際、武器も大きいし、鎧というかロボットのごとく、作りこんだコスしててあんまり動けないのが真実かも。

しかも気圧けおされて黙っちゃってる。

「どこまでやる気なのかしら?」

「え?どこって」

「昨日の件の仕返しでしょ?潰すまで、やるの?そう、あなたに質問しているの。日本語喋ってるんだから、日本語わかってるわよね?なので、日本語で質問しているの。どうしたいの?私たちがここを退けば満足?大勢引き連れて、そんなことがやりたかったの?それとも、もっと下衆なことを企んだの?こっちは、あなたの虫の居所なんか、どうでもいいのよ。せっかく、私たちは楽しい時間を過ごそうと思ったのに、朝っぱらからケチをつけてまでやりたかったことは何?ねぇ、首動かして肯定か否定くらいの意思を示せないの?木偶でくなの?もしかして麻痺ってるの?誰かにディスペルしてもらって、答えてよ。私たちが土下座でもしたら、麻痺が解けるの?じゃあ、しない。そのまま麻痺ってて」

怖すぎる。ずっと笑顔で言い続けるんだもん。昨日の人、涙目だし。口挟むタイミングなく攻めてるし。

「おい、いくらなんでも」

と、最初に話しかけてきた男性レイヤーが、宝珠に声をかけた。

「私に少しでも触ったら、痴漢として警察呼ぶから」

あ、男性レイヤーが固まった。

宝珠は昨日の人の耳元に口を寄せて、何か囁いた。

あ、完全に泣き出した。

「今回は、どいてあげる。それで遺恨無しでいいよね?」

昨日の人、ひたすらうなづいてる。

「よし、片はついたから、公園行こ!」

さっさとカートを引き、歩き出す宝珠。

「宝珠、あんたは……」

続いてムリョウも。唖然あぜんとしていたわたしだけが取り残された。

「あ、ちょっと待っ」

「おい、待てよ」

わたしの袖を男性レイヤーがの人が引っ張った。

ビリっと音がして、元から裂け目を入れていた部分が、負荷に耐え切れず破れた。

「え?あ、やだ」

わたしはその場で泣き出してしまった。

男の人が怖かった。コスが壊れて悔しかった。なんか自分が情けなくなった。

涙が止まらない。

昨日から泣いてばっかり。

駆け戻ってきたムリョウが、男性レイヤーの胸倉を掴んだ。

「何した、てめえ」

「いや、俺はただ」

ムリョウの怒りの圧に、完全にビビってる。

「ただ?ただ、真理愛を泣かせたのか!」

ムリョウの右拳が、男性レイヤーの左頬にクリーンヒットした。

ホントに人って吹っ飛ぶんだ。

わたしは、その時、不謹慎にもこう思った。

あ、リアルなヤン・リンだ。って。


その結果、スタッフ待機所に連行されたわけで。

そりゃ、結果的には暴行事件だもんね。

事情聴取が行われ、昨日の人が更衣室での遺恨を晴らしたくて、軽い嫌がらせをしてやろうと起こした事で、男性レイヤーは昨日の人の彼氏で、彼女が宝珠に泣かされたから、思わず、ってとこらしい。昨日の遺恨にしたって、トレンダーでわたしたちの写真が拡散されていたのを見つけて怒りが再沸騰したってことみたいだし。

色々と向こうもプライド的なものがあるらしく、喧嘩両成敗で実質的なお咎めは無しだけど、今日の午後と明日の最終日は互いに顔を合わせないよう、参加見合わせた方がいいんじゃないか、とスタッフから言われた。

来てもいいし、来たことさえスタッフ側では感知できないけど、もう一度、同じことしたら、今度は警察も同席しての話になるかも、と遠回しの警告もされたので、わたしたちは大人しく従うことにした。


そもそもの発端は、わたしの個人的なトラブルだし、ムリョウも宝珠も巻き込まれたに過ぎないんだけど、二人とも、口撃と攻撃という実力行使しちゃってるから、三人とも気まずくて、無言で着替えて、会場から駅までの道をとぼとぼ歩いていた。

「あの、二人とも巻き込んじゃってごめんなさい。わたしなんかに関わったから、余計なトラブルにあっちゃって、こんな」

「真理愛、ストップ。今回の件は、首突っ込んだのあたしと宝珠だし、真理愛は謝るな」

「そ、結局私たちの方が真理愛を困らせちゃってる」

「そんで、自分を卑下するなって言ったろ?あたしたちは真理愛と知り合えたこと、一緒にコス出来ることが楽しい。宝珠もそうだろ?」

「もちろん。昨日知り合ったばかりとは思えない。なんだか三国志の桃園ルビを入力…の誓いレベルの絆さえ感じる」

「じゃあ、なに?あたしは関羽かんう?」

「手を出すのが早いんだから張飛ちょうひでしょ」

「じゃあ自分が関羽なの?ずるくない?」

「あの、あの、ふたりとも」

「「兄者あにじゃは黙っててくれ」」

わたしが止めようとしたら、二人がシンクロして突っ込んできた。そのまま三人で爆笑。

「笑う門には福来る、だ。夏休みはまだまだあるし、三人で楽しく遊ぼうぜ」

「ムリョウって、たまに婆臭い」

「宝珠さん、あなたに対して張飛の本領を発揮してもよろしくってよ」

「へんな本領発揮しなくていいから」

「ふたりとも、夏休みなんだから、彼氏とデートとか、優先してね」

「「いませんが、何か?」」

わたしに突っ込む時にシンクロするのブームなの?

「あ、あの、わたしもいないし、一緒だね」

我ながら最悪なフォローを口走ってしまった。

しかし、二人は揃って噴き出し爆笑。

「か、悲しいね、その一緒」

「も、モテないわけじゃないんだからね!」

「宝珠、そのツンデレ虚しいから」

「私には麻琴姫がいるもの」

「ひゃっ、その呼び方やめてって」

するとムリョウが突然わたしの前に跪いて

「麻琴姫、ぼくの妻になってくれ」

「つ、つ」

わたしは顔が熱くなって、言葉が出なくなった。だってムリョウって、カッコイイ美人で王子様っぽくもあって……

さらに宝珠は私の手を両手で優しく包んで

「麻琴姫、どうか、どうか、わたくしをおそばに置いてくださいませ」

こっちはこっちでカワイイ美人で王女様っぽくも……

「わ、わたしで、あそぶなぁ!」


このあと、カラオケボックスに行って、コスに着替えて歌ったり、写真撮りあったりして、たっぷり楽しんだ。

イヤな事は、楽しいことで上書きしちゃえばいいんだって、学んだ。


                  ※

翌日。

参加するはずだったコミエの最終日。心残りがないと言えば嘘になるけど、そこは切り替えて、今日も今日とて三人で遊ぶことにした。

郊外のショッピングモール。ここならコミエの会場とは都心を挟んで反対方向だし、同族=オタクとも会う確率は低いだろうと、行くことに決めた。

なんか、女子の友達っていうか実際は先輩だけど、一緒に買い物行くとか中学入ってからなかったし。もちろん男子ともね。

少々待ち合わせに遅れてきたムリョウを、宝珠が

「あら、張飛さま、昨夜は呑みすぎたのですか?」

などと昨日のネタを引っ張って揶揄からかったりしたので、ひと悶着あり。

そんなムリョウはTシャツにショートパンツと、ラフながら人目を惹くし、宝珠はサマーニットにゆったり目のロングパンツなんだけど、スタイルの良さはわかるから、こっちも人目を惹く。ある意味、両手に花なのかもしれないけど、ノースリーブのリゾートっぽいボタニカル柄のワンピースを気張って着てきたわたしは、幼く見える。実際一番下とはいえ。ファッションモデルとグラビアアイドルに挟まれたようなものだ。せっかく挟まれたんだから、オセロみたいにひっくり返って、わたしもナイスバディにならないものか?そんな、しょうもないことを考えて、ボヤぁっとしてたわたしの背中をムリョウがポンと叩き

「かわいいは正義だから。真理愛は正義」

「考えてることまるわかりだよ、真理愛は」

「え?オセロの件まで!」

やばい。どんな顔してたんだろ。

「そのオセロの件はよくわからないから、後で聞くね」

「あたしたちを羨ましそうな目で見てることは分かったんだけど」

やばい。後の尋問をどう逃げよう。

「いや、あの、とにかく、お店見て回ろ。いっぱいあるから、時間いくらあっても足りないよ」

「ちょい、その前に、あたしから提案」

「は、はい」

「今日は一般民間人が多く存在する場所じゃん?だからコスネームじゃなく、本名で呼びあわね?」

「賛成だけど、非オタは自分たちを一般民間人とは呼ばないから」

「そうなの?まぁいいや。で、いいかな?」

「う、うん。でも、姫呼び禁止で」

「「ちっ」」

二人揃って舌打ちした!コスネームより、明らかにおかしいでしょ、姫呼び。

「じゃあ、未来、望、麻琴で行こ」

「はいはい」

「うん。でも本名呼びだと先輩だから、さん付けしないと、わたし的には不自然というか」

「まぁ、呼びづらいってなら、いいけど」

「私も構わないけど、私は未来に、さん付けしないよ」

宝珠、じゃなくて望さんらしい、としか。

「んなこと気にしないし、期待もしてないから」

「そういうイイ女っぷりだから惚れちゃったのよね」

「いきなり、告白すんな」

「わかった。麻琴一筋にする」

「じゃあ、あたしもそうする」

「この流れをしないと気が済まないのはわかったから、さっさと行こうよ、未来さん、望さん」

「OK、行こ」

さっさと先頭で歩き出す末来さん。望さんが私の手を引っ張る。

「行こ、麻琴」

「うん、望さん。ちょっと未来さん、待ってよぉ」

三人とも服の好みが違うから、普段行かないような店を回るのが新鮮で楽しかったり、フードコートで別々の店のメニューをそれぞれが頼んでシェアして食べたり、オセロの件を追及されて白状させられて笑われたり、結局最後はアニメショップに入って萌え萌えしたり、

絶対似合うからと、ややゴスっぽいロリータ服を買わされたり、そんな一日。


ロリータ服なんて普段着れないよなぁ。なんか、二人がむっちゃ褒めるから、買ったけど。イベントの時に着ていくしかないか。


それからは、メールしあったり、グルチャしたり、電話したりとコミュニケーションはいっぱい取れたんだけど、リアルにオフで会う事が出来なかった。

ムリョウ=未来さんはバイト。宝珠=望さんは色々と習い事。(ホントにお嬢様らしい)

どちらかとだけなら会うチャンスもあったのだが、

「抜け駆け禁止だから」

と、謎の密約があるらしく、三人揃わないと会ってくれないようだ。正直寂しいけど、あんまりかまってちゃんなのも情けないので、我慢した。


                  ※


ということで、夏休み後半、わたしは宿題や家の手伝いを頑張った。そうした事を疎かにしない事が、オタ趣味を続けていくための、親との約束だから。


明けて九月。二学期スタート。

基本、中等部は高等部への内部進学希望者が大半なので、三年生とはいえ、受験勉強に束縛されることもなく、のんびりムードで新学期もスタートしている。

当然、最低限の進級試験はあるわけで、気を抜きまくることはできない。

とりあえず、始業式とホームルームが終われば、今日は放免。

中等部の昇降口が妙にざわついてると思ったら、未来さんと望さんが揃って迎えに来ていた。

うん、悪目立ち。わたし、学校では極力目立たないように生きてきた暗い娘だから、余計。

「栗原さん、よろしいかしら?」

あ、学校では名字呼びなんだ。そして望さんが猫をかぶっているのは、わかった。

視線をこれ以上浴びるのは、イベント会場以外ではキツイので、さっさと上履きから革靴へと履き替える。

「お待たせしました、松本先輩」

「ごめんなさいね、どうしても、あなたに用事があって。お付き合いしていただいてもよろしいかしら?」

「は、はい」

未来さんが黙っているのは、猫かぶるのが面倒&笑いをこらえているから、ってことくらいはお見通しだ。しばし三人で並んで歩いていくと、あまり人が来ない、ウサギの飼育小屋の前に来た。

そもそも初等部の施設なんで、中高の生徒は寄って来ない。

ウサギたちが何か餌でもくれるのかと期待した目で、こちらを見つめている。

ごめんね、何かあげにきたわけじゃないから、多分。

「麻琴、ウサギ用のビスケット、持ってきたから」

と、望さんがカバンから可愛らしいウサギのイラストが描かれたパッケージを取り出した。

うん、餌やりに来たみたいだよ、ウサギさん。

「望ってば、三人でショッピングモールに行って、ペットショップに寄った時に、これ買ったみたい」

「あの時、自分のペットの猫のおやつ買ったんじゃなかったの?」

「ん?両方」

「ここのウサギのために?」

「そ。猫もいいけど、ウサギも好きだから」

「子供動物園じゃあるまいし、勝手に餌やったら、怒られんじゃね?」

「大丈夫。なんか言われたら、説得するから」

「初等部のチビたちの心を砕く気か?」

「え?そんなことしないよ」

先月のコミエでの騒動が心をよぎる。

あの人に望さんは、なんて囁いたんだろ。

「いっしょにあげよって抱き込むから」

「共犯者増やすな。もういいから、今の内にあげちゃいなよ」

望さんが箱をガサガサと開けて、人間用と遜色のないみかけのビスケットを取り出し、当然のように未来さんとわたしに配った。

もう突っ込む時間も惜しいのか、素直に受け取りウサギにビスケットを与え始める未来さん。慈愛の女神のごとき笑みを浮かべながら与える望さん。

わたしも好奇心に負けてビスケットを差し出す。

モッモッモッと、あっという間に食べられてしまった。可愛意地汚いなぁ。

「ウサギって可愛いな、麻琴みたい」

最後に余分な一言がついてますよ、未来さん。

「そうね、麻琴って、こうよね」

望さん、こうってどう?

「あのふたりとも……」

「よし、帰りにカフェ寄って、麻琴にオヤツを与えよう」

「そうね、そっちの世話もね」

「うぅ、ペット扱いすんな!」

すると、急に未来さんが、わたしの顎を片手でクイッと持ち上げ、

「君を、飼ってみたいな」

と甘い声で囁く魅惑の王子様モードにチェンジ。わたしは赤面するだけで、返す言葉を失った。とりあえず、ウサギ一匹…一羽だっけ…毎に三つずつくらい、ビスケットあげれた。

そして帰り道に寄ったカフェで、わたしは餌付けされた。

餌付け……されるのは、いいものだ。


ただ、これ以降は、悪目立ち勘弁ということで、放課後の待ち合わせをするときは、近くの公園やカフェで、ということになった。


                  ※


十月。体育祭だ。

心行院での体育祭は中高合同で実施される。しかし、校庭の面積がすごい広いわけではないので、午前中は中等部、午後は高等部と時間を分けて行われる。実際は同日というだけで、競技で交流があったりするわけではない。一学年当たり二種目なので、点数を競うわけでもなく、保護者に娘の成長を見せるためという側面が強い。

わたし、中等部の三年は百メートル走と、創作ダンス。物の見事に、両方苦手だが、ダンスに使う曲が、最近ヒットしたアニメの主題歌なのが、オタク的に唯一の救い。

両種目ともに、観覧の保護者に交じって高等部の先輩方の姿が多いのは気のせいだといいな。見知った二名がこっちに手を振ってるのも、気のせいだといいな。

昨年までは中等部の競技時間にいる高等部の生徒なんて、実行委員くらいだったのに。


実際、百メートル走でビリになり、創作ダンスで振り付けを忘れた様を、家族だけでなく、その他大勢にまで注目されて見られるのはキツイです。


中等部の競技終了後のお昼時間。わたしが母さんからお弁当を受け取った瞬間に

「こんにちは。麻琴さんと仲良くさせていただいてます、高等部二年の古川です」

「同じく、高等部一年の松本です。よろしくお願いいたします」

いきなり、わたしの親にあいさつに来た!

「あらあら、ご丁寧にありがとうございます。学年も違うのに麻琴と仲良くしていただいてるんですか?」

「麻琴さん、上級生に人気が高いんですよ」

「やだ、麻琴ってば、そんな話してくれないから」

劇の動画が出回って姫扱いとか、言えないってば。

嫌々連れてこられたであろう、一つ下の弟は真っ赤になって固まっている。ただでさえ女子校で、しかもとびきりの美人が二人も来たら、中二思春期真っ只中の男子は固まるよね。

「弟さんがいらっしゃったの?お名前は」

未来さん、望さんを止めてください。故意にフェロモン出してます。無駄に前かがみ気味で、余分なパーツを強調してます。

「あ、あの、栗原辰巳くりはらたつみ、でひゅ」

噛んだな、弟よ。

「もしよろしかったら、お昼、少しだけご一緒させていただいて、よろしいですか?」

え?

「もちろん、でもお二人とも、よろしいの?ご家族とか」

「私たち二人とも、今日は家族が都合つかなくて。それでご一緒出来たらと、図々しいお願いをしてしまいました」

「図々しいなんてとんでもない。さぁ、向こうで夫が場所とってますから、行きましょう」

これ、漫画だと、女子が意中の男子に仕掛ける作戦じゃないの?

結果、父さんは何だか鼻の下が伸びてる気がするし、辰巳たつみは隣りに望さんが座ったせいで、食欲がいつもの半分くらいになってるし、母さんは、わたしが友人を紹介するとか、したことなかったんで、上機嫌で。

未来さんも望さんも、へんなこと言わずに早めに去ったのが救いだった。そもそも、高等部は午後の準備があるので、昼時間が前倒しされている。

「優しくて上品なイイ先輩じゃないの」

「う、うん」

「今度、家にお招きしたら?」

「た、タイミングが合えば、聞いてみる」

辰巳から期待のオーラが発せられている気がするけど、何も言うまい。

嫌々来たはずの辰巳が、両親に連れられ、名残惜しそうに帰るのを見送る。

中等部の生徒は、随時帰ってもよいのだけれど、二人を見ないで帰るのもアレなので、観覧席の隅っこへ。

高等部一年は4クラス対抗の形をとったリレーと、同じく4クラス対抗の十字綱引き。高等部の競技が無駄に競う形になってるのが謎。

勝とうが負けようが、何もないのだし。

元々目立つ容姿なので、望さんはすぐに見つかったが、何か違和感がある。リレーでわかった。あの胸が揺れてないっていうか、潰してる!?

綱引きが終わったら、望さんが駆け寄ってきたので確認したら

「男装用のナベシャツ使ったよ。走ると揺れて痛いし」

レイヤー御用達の胸つぶしインナーってやつ。わたしは女性キャラしかコスしないから使ったことないけど。

ちなみに、わたしと望さんじゃ、アルファベットの二番目と六番目の差があることが、先日のショッピングモールでの買い物で判明した。未来さんは四番目だったので、結局わたしが、見た目通りに最小だったわけだけど……無いんじゃないもん、ちゃんとあるもん。


高等部二年はパン食い競争とチアダンス。未来さんはパン食い競争で一位を取るわ、チアじゃリーダーやってるし、凄いな、カッコいいな、綺麗だなで目立ちまくり。

あんな人がボッチでレイヤーやってたのが不思議。それは望さんにも言えるけど。

ダンス終わって、今度は未来さんがこっちに来た。迷うことなく、まっすぐ来たんだけど、踊りながらも、わたしの位置を把握してたんだろうか?

「見ててくれて嬉しかったよ、麻琴」

「すっごい良かった!凄いよ未来さんは」

「サンキュ。今日は一緒に帰れないけど、あとでメールでもするから」

「う、うん」

「いつまでもここにいると、麻琴姫降臨で騒ぎになるぞ」

怖いこと言い出した。

「そうそう、帰らない娘は食われちまうぞぉ」

どこからともなく、望さん出現。

「は、はい。それじゃお先に」

あの二人も食う側に回りそうだから、今日は帰ります。


                  ※


中間試験を終えて、十一月になると、文化祭の季節。

心行院は中等部と高等部合同の開催。

文化部は、ここぞとばかりに張り切り、運動部はクラスの出し物に燃え、帰宅部(心行院は部活強制じゃないので)は、クラスの出し物かサボりに精を出す。

そして数少ない入場チケットで、家族以外の男子を如何に招くかの謀略戦。

わたしのチケットは父と母と弟で完売御礼。呼ぶような男子の知り合いなんか、いないし。

弟は体育祭以降、思春期の目覚めがあったのか、来ることに結構乗り気。そのくせ、翌週の自分の学校の文化祭には、わたしを呼ぶ気がないらしい。別にいいけど、納得はできない。

そのことを未来さんに話すと

「可愛い姉を、同じ学校の連中に取られたくないんだよ。本人の自覚あるなし関係なく」

「弟の口から誉め言葉なんて聞いた覚えないけど」

「クローン・クイーンの学ラン、弟のお古なんだろ?」

「う、うん。急に背が伸びて、一年で着れなくなったからもらったんだけど」

「嫌いな相手に服なんか、お古でもあげねえから。安心しなよ」

「別に喧嘩したりするわけじゃないし、ただ、最近は、前ほど話さなくなったっていうか」

「思春期なんだよ、お互いに」

「もう、思春期思春期って、未来さんだって、そうでしょ?」

「そりゃ、あたしだって色々あるさ。先輩から後輩へのアドバイスってやつだから。軽く流していいから」

「未来さんの思春期話も気になるなぁ」

「んー、いずれね。それよりも、望に釘刺しておかないと、だよ。あいつ、何気に辰巳君を気に入ってるというか、姉弟揃って籠絡したがってるというか……あたしは麻琴一筋だけど」

「最後の一言が余計なの。とりあえず、望さんに電話するね」

「はいはい、がんばってー」

正直言うと、先輩として後輩の暴走は止めてほしいのだけど。

仕方がない。弟は、わたしが守る!

あ、なんか、わたしカッコイイ。

というテンションで、さっそく望さんに電話したわけだけど

「さて、私を止めることが出来るかな?」

劇場型犯罪者の挑戦状みたいな言葉で返された。そうだ、口で望さんに勝てるわけないんだった。

「どうしたらやめてくれます?」

電話口からも感じる、望さんの喜怒哀楽の楽のオーラ。

「成長したねぇ、麻琴。私相手にネゴシエーションだなんて」

なぜ宿敵感を出すかな。

「私のクラスに来なければ、余計なことはしない」

「それだけ?」

「うん、そう。それだけ」

簡単すぎる……いや、これは

「気づいたみたいね。そもそも学祭に来たがってるのは誰か?その人物の行動を完全に抑制できるのか?そう、実は主導権は麻琴が握ってるの。最初から」

わたし、弟に余計ちょっかい出すなって話してるだけだよね?世紀の犯罪者に挑んでるわけじゃないよね?

「わかりました。わたしは家族含めて、今後は望さんに関わらないようにします」

ちょっと、おふざけの度が過ぎてるので、意地悪することに決めた。

「それでよろしいですか?」

あれ?ノーリアクション?

もしかして、怒った?それも理不尽だけど。

「……そんなこと、言わないで」

電話口から鼻をすする音がする。

「の、望さん、泣いてる?ねぇ、あの、その」

「ちょっとふざけすぎた。ごめんなさい、だから嫌わないで」

一瞬、テンプレ外弁慶キャラという思いが脳裏をよぎった。

「わかったよ、望さん。嫌ったりしてないから大丈夫だから、ね」

「ほんと?」

「人様の家族で遊ばないってのが前提だけど」

「うん、わかった。私、ちょっとブレーキかかりづらいとこあって、ホント、ごめんなさい」

ヤンデレの気もあるんだろうか?

未来さんみたいなブレーキ役がそばにいないと、自他共に危険な人?

「わたしもちょっと、ムキになりすぎだったかも。だから、仲直りしよ、ね」

「うん」

なんか反応が可愛い。目の前にいたら抱きしめちゃったかも。ギャップ萌え?

親しくなると暴走するから、ぼっちになる。それを自分でもわかってるのに。

ここで、普通は望さんの性格に引いちゃうんだろうけど、わたしを助けてくれた、あの時の望さんが、ホントの望さんだと思う。

強いのに内側は脆いから、アンバランスなんだけど、衝動に正直なんだろうな。

何だか腑に落ちたって感じだった。


このあと、再度未来さんに電話して経緯を報告。

「なるほどね、そういうタイプか、あいつ」

「ちょっと不安になったよ」

「学校でも家でも、いい子ちゃんやってるみたいだから、ちょいバランス崩れてるのかな?もう、そこを生かしてさ、ヤン・リンの使役獣しえきじゅうのミモルを擬人化したアレンジコスさせてさ、あたしがずっと、首輪の鎖持ってるのも良さそうだな」

「絶対断ると思う。すっごい目立って似合いそうだけど」

「だよな。対外的にはドSで行きたいだろうし」


そして文化祭当日。

あの電話以降、望さんには会っていない。各々のクラスの出し物の準備が忙しく、下校時間のタイミングが合わなかったのだ。

メールで、なんか上辺だけっぽいやり取りしてた。電話も帰宅時間がよくわからかったからせずにいた。

そんな状態だったけど、意を決して、望さんのクラスの出し物「メイド喫茶」に足を運んだ。もちろん、家族そろって。

わたしを見た望さんは、ビックリして、照れて、うつむいて、いつもの望さんになった。

「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様。こちらのお席へどうぞ」

クラシカルなメイド服に身を包んだ望さんは、やはり花があった。

わたしの両親も、その見かけだけでない立ち振る舞いのきれいさに感心していたし、辰巳は注文で噛むし、わたしは……写真を撮りまくった。


メイド喫茶は、さすがの人気、としか言いようのない混み方をしていたので、望さんと話は出来なかったけど。


そのあとは未来さんのクラスの出し物へ。

内容はケバブ屋台。煙や匂いの面もあり、出店場所は中庭。

さすがの動物性たんぱく質を加熱した系。その香りにつられて大行列。その人波に躊躇ちゅうちょしていると、目ざとくわたしを見つけた未来さんが駆け寄ってきた。

体育祭の時といい、わたしって、そんなに目立つのかな?

「へい、いらっしゃい!」

ケバブと無関係な気もするけど、未来さんの出で立ちは、上半身は胸にさらしを巻いただけで、祭半纏。下は五分丈のスパッツ。粋で刺激的で、案の定、辰巳が目のやりどころに困っている。

「大混雑だね」

「おかげさんでね。ちょい待ってて、みんなの分、こっそり先に持ってくるから」

と言うなり走って屋台へ戻っていった。

よく見れば、ケバブ屋台の人達、みんな未来さんと同じ格好してる。

凄いクラスだな……

そうこうしてる間に、未来さんが戻ってきた。

「はい、お待たせしました!あ、辰巳君の分は肉盛りに盛っといたから!」

「あ、ありぎゃとうございます」

噛んではいるけど、ちゃんとすぐにお礼を言えるのは偉いね、我が弟よ。

両親が代金を渡そうとすると

「ここは奢らせてください。麻琴さんには日ごろお世話になってますし」

「いいえ、ここはきちんとお支払いしますよ。売り子さんは、きちんと売り上げを上げないと」

「ときどき、麻琴もお茶をご馳走になってるようだから、ね」

と、両親は未来さんに代金を手渡した。

未来さんは一瞬ちょっと困ったような顔をしたが、すぐに顔を引き締めて

「ありがとうございます!代金、頂戴します。どうぞ、楽しんでいってください。それでは」

未来さんは再び屋台にすっ飛んで戻り、列整理を始めた。イベントで見た覚えのある手際。される側でもなんとなく覚えちゃうもんね。

「粋で元気があって、きれいで。古川さん、だったっけ?モテるでしょ、彼女」

「お母さんにもわかっちゃう?」

「そりゃね。昔から、ああいうタイプの娘は男女問わずモテるのよ」

王子様兼お姉様だもんなぁ。

ちなみに辰巳の分のケバブ、ホントに肉が盛りに盛られて、肉の中にピタパンが埋まっている、逆ケバブとでも言える存在と化していた。物事には限度があると思うんだ。


あとは美術部の展示(見覚えのあるキャラクターの絵がキャンパスに描かれている)を見たりしてから、自分の所属する中等部校舎へ。


わたしのクラスの出し物は「三年間の思い出」と称して、皆が持ち寄った大量の写真が所狭しと貼られたり吊るされたり、カオス状態。

しかも誰かが常駐して説明するわけでもなく、凝った手抜きとでもいうべき展示。

両親はわたしが写っている数少ない写真を探すことを楽しんでいるようだ。辰巳はちょっと挙動不審気味にキョロキョロ。同年代の女子の写真に囲まれるというのも、複雑な体験だよね。

いちばん大変だったのは、生徒から提供された写真データを延々と学校のパソコンでプリントしていた担任の先生だった、というオチもある。


両親が見飽きるのをぼーっと待っていると、後ろから肩を叩かれた。

振り返るとメイド姿の望さんが、はにかんだような表情で立っていた。

「望さん」

「ちょうど休憩時間でね、麻琴のクラスの展示を見ようと思ってきたら、会えちゃった」

「うん」

「冬コミの相談、夜に電話してもいい?」

「もちろん。あ、未来さんが望さんのコスで提案があるみたい」

「やな予感しかしない」

こういうとこは鋭いのになぁ、もう。

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