男子高校の生物部員はコスプレイヤーの夢を見るのか?はい、見ます!

高城剣

第1話 どうすればコスプレイヤーになれるのか

立ち向かうにしろ、逃げるにしろ、その行動を起こすのは自分であり、どちらにせよ自分自身の「居場所」は確保しておくべきだ。

だからこそ、僕は逃げることにした。

一般名称「イジメ」という地獄から。

立ち向かっても多勢に無勢、孤独な闘いを強いられるのは見えていたし、そんなことに時間や労力を割きたくないし、何よりも自分の心がもたない。

僕が逃げた「居場所」には「友人たち」がいた。

イジメから直接助けてくれなくても、友人なのか?

YESだ。

立ち向かうにしろ、逃げるにしろ、その行動を起こすのは自分であり、どちらにせよ自分自身の「居場所」は確保しておくべきだ。

だからこそ、僕は逃げることにした。

一般名称「イジメ」という地獄から。

立ち向かっても多勢に無勢、孤独な闘いを強いられるのは見えていたし、そんなことに時間や労力を割きたくないし、何よりも自分の心がもたない。

僕が逃げた「居場所」には「友人たち」がいた。

イジメから直接助けてくれなくても、友人なのか?

YESだ。

「友人たち」が僕を助けなかったのは、僕が助けを求めなかったから。

僕にだって、遠慮もあったし、プライドもあったし、何よりも彼らを巻き込みたくなかった。

彼らは、そんな僕をそのまま受け入れてくれたのだ。なにも文句はない。

違うかな?


                  ※


6畳ほどの狭い部屋の中に5名の参加者による、密やかなる会合?が行われていた。

「1匹たりないんだよな」

「どれが?」

「アオダイショウ」

アオダイショウ:日本各地に生息する大型の蛇。公園や自然の中で一番多く見かける種類、かもしれない。

「逃げた?」

「多分、そういうことだろうな」

「別に毒があるわけじゃなし。いいか」

「そのうち出てくるかもしんねえし、そもそも学校の敷地内で捕まえたヤツだし、帰ったのかも」

「無責任すぎね?」

「怒られねえか、おい」

「誰に?何飼ってるかなんて、俺たちしか把握してないんだぞ?」

「オレ、把握してないぞ」

その時、部屋のドアが乱暴に開け放たれ、怒鳴り声が響き渡った。

「こら、生物部!お前らだろう!蛇逃がしたのは!」

阿修羅のごとく怒りのオーラを滲ませ、腕組みをして立っていたのは、地理学教師の岡中だ。

「なるほど、隣の地理学教室に行ったのか、あいつ」

「問答無用でバレてるし」

と、こそこそ話す面々に、当然、岡中はキレた。

「全員今すぐに来て蛇を捕まえろ!」

「はーい」

各々手に手に、網、飼育ケース、蛇を抑え込むための自作の棒を持ち、部屋を出た。

そんな手際だけはいい連中。

彼らこそが、鳳凰学院ほうおうがくいん高等部の校舎奥にある部室から、飼育中の蛇=アオダイショウを逃がした、生物部である。

その実態は、一般的な生物部のイメージとはかけ離れた、アクティブなオタクの巣窟。

網を持ったのは、部長 黒沢幾美くろさわいくよし。イクミンと呼ぶと速攻、グーで殴ってくる。生物全般に詳しいが特に爬虫類・鳥類・昆虫類に強い。SFオタクだ。

飼育ケースを持ったのは、副部長 村上幸次むらかみこうじ。海洋生物に詳しく、ダイビングライセンスまで持っている。特撮オタクだ。

蛇押さえ棒を持ったのは、書記 進藤謙一しんどうけんいち。僕のことだ。哺乳類担当。映画オタクだ。

逃げようとジタバタしている男の襟をつかんでいるのは、平部員 金平崇かねひらたかし。首席で入学し1年でワースト10堕ちという逆快挙を成し遂げた成り下がり。生物・オタク共に特に専門はないが、そこそこ満遍なく対応可能。元主席は伊達じゃない。生物部の突っ込み役。

逃げようとジタバタしてる方が、平部員 南部恭なんぶきょう。陽キャ。なぜか生物部のノリが気に入り居ついた男。当然何も詳しくない。幾美、幸次、恭と僕は小学校からの同級で一応、親友と呼べる仲。だからこそ、こんなとこに恭がいるわけで。

全員が1年の同級生。残念ながら女子部員がいないのは鳳凰学院は、むさくるしい男子校だから。


この生物部こそが、僕の大事な「」であり「」だ。


ちなみに上級生は、現在この生物部にはいない。12月までは3年生がいたが、2学期末で引退。普通はもっと早く引退すると思うのだが、全員がエスカレーター式で鳳凰学院大学への進学が決まっていたので、だらだらと残っていた、らしい。上級生下級生の仲も良かったし、いい意味で運動部のような先輩後輩のピラミッドヒエラルキーのない、居心地のいい場所を保とうとする伝統が生物部にはあった。


現在は年明けの1月。三学期が始まったばかり。

「やっぱり1月で部室の外に出ちゃうと寒いんだな、動き鈍いわ」

アオダイショウは地理学教室の床をゆっくりと這っていた。

「ほい、んで、ほい」

幾美いくよしは持ってきた網をきょうに押し付け、さっとアオダイショウを素手で捕獲。

「ほれ」

「あいよ」

飼育ケースのふたを開け、差し出す幸次こうじに、優しくアオダイショウを中に入れる幾美。

ちなみに僕はやることなく、無駄に手慣れた流れ作業を見てるだけ。

押さえ棒、いらなかったな。

たかしと恭は逃げ出したそうに地理学教室のドアを見てる。

そこには岡中が仁王立ちしてるわけだが。

「捕獲完了しました」

「お騒がせしました」

「失礼します」

幾美、幸次、僕で流れるように言ったはずだが、残念ながら岡中は通してくれなかった。

「待たんか、お前ら」

幾美はちょっと首をひねり、

「捕獲、完了いたしました!」

幸次と僕は、ハッと気づき。

「お騒がせいたしました!」

「どうもすみませんでした!失礼します!」

「言い方でも声の大きさでもない!俺と、顧問の宮内先生宛てに飼育動物の管理の在り方の反省文と再発防止案を、お前ら五人、それぞれが書いて提出しろ!いいな!」

それぞれということは、自分も単独で書いて提出しないといけないということに気づき、露骨に「俺は飼育してないからわかんないのに」な空気を醸し出し始める恭。

「先生!各々から提出だと実効性が低いので、全員の意見をまとめて部長である自分が提出します!失礼します!」

「お、おう」

勢いで岡中を丸め込む技は、さすが幾美と思わせる。

多分、恭の雰囲気から説教時間が長引くと察したのだろうけど。

速足で岡中の脇を抜け、地理準備室から脱出する五人。隣の生物部室まで無言移動。

部室に入り、幸次はアオダイショウの入った飼育ケースを爬虫類用に準備してあるパネルヒーターの上に置いた。

恭は部室入り口ドアの内鍵をかけていた。その行動がバレたら、却って心象悪いと思うんだが。

僕がケージをのぞき込むと、アオダイショウは舌を出し入れしつつ、こちらを見ている。

しばし観察して

「異常ないみたいだね、傷とかも無さそう」

「OK」

幾美は短く答えると、自前のタブレットPCにキーボードを繋ぎカチャカチャやっている。

「さすが部長、やること早いね」

「イヤなことは先に済ます」

「だよね」

「反映させる気は大してないが、何か意見あるか?」

「どんな聞き方だよ」

崇が突っ込む。

「校舎も古く、隙間もあることから完全な密閉は不可能であり、生物部の備品である飼育ケースをより頑強なものに替える必要がある。ってとこでどうだ」

幸次が求められていないはずの意見を、クールに述べる。崇の突っ込みがスルーされるのはいつものことなので、もはや本人も気にしていない。

「幸次、それ全部学校側の責任じゃん」

僕は恐怖せざるを得ない。

「部員としては今まで以上に注意深く慎重に取り扱います。で済むな」

あ、幾美が取り入れた。ズルい。

「よし、出来た。あとは悩んで話し合ったふりが必要なんで、明日の放課後に提出する」

なんて頼もしい外道。なんてことを口に出すと殴られるので心に秘めておく。

「なぁけんちゃん」

「なんだいきょうちゃん」

そこにある危機が去ったからか、恭がいつもの調子を取り戻した。

「例の写真、まとめ終わった?」

「うん、ちょこっと修正入れて終わってるよ」

「よし上映会だな」

幸次がカバンから小型のプロジェクターを取り出す。

「そんなの持ち歩くか、普通?」

崇が呆れ気味に突っ込む。

幾美が窓に暗幕を貼り始める。ちなみに以前、文化祭で借りておいて返していない、学校の備品のはずだ。いまだに掲示板に返却を求める生徒会からのお知らせが貼ってあったはず。文化祭準備の一番ごたごたするタイミングで、こっそり持って来たと、先輩が言っていた。

「外から見たら怪しいだろうなぁ」

そんな僕のつぶやきを誰も気にしない。

「ほれ、これ繋いで」

幸次がUSBケーブルを差し出してくる。

「もう、その手際ってば」

僕も自前のタブレットPCをカバンから取り出し、ケーブルを繋いで立ち上げる。付いて行くのが大変だ。

部室の白壁に映し出される、僕のタブレットPCの画面。

「もうちょっとヤバめの壁紙設定しろよ。突っ込めないだろ」

「授業でも使うやつだし、なんで崇に突っ込ますために設定しなきゃいけないんだよ」

「謙ちゃん、優しいよね。崇の突っ込みに返すなんて」

「どうでもいいから、早く始めろ。下校時刻になるぞ」

現実的な幾美。

「そうだ、崇はどうでもいいぞ」

おちょくりたいだけの幸次。

「おい!」

「んじゃ、再生するぞ」

キリがないので進める僕。

恭はワクワクして待っているだけ。大人しいのは良いことだ。

そんな崇の扱いはともかく、何をさっきから上映しようとしているかというと


【第80回 コミックAtoZ のコスプレイヤーたち】


日本最大の同人誌即売会である、コミックAtoZ《エートゥーゼット》、通称コミエ。毎年の盆暮れ、それぞれ三日間ずつ、これまた馬鹿でかい展示施設、東京海浜メガサイトで開催されるオタクの祭典。来場者数は三日間で50万人強。

そこに僕が年の瀬の12/29から31の間、通い詰めて撮りためたコスプレイヤーの写真を数百枚をムービー形式に編集し、今ここで公開しているわけで。

僕は映画オタクなんで、コスプレにも馴染みがある。ハリウッドのSF超大作シリーズの公開時なんて、その映画のキャラクターに扮したコスプレイヤーがコスプレ姿で映画を鑑賞したりする文化がある。

今まではネットのニュースやSNSで、そんなコスプレイヤーたちの姿を眺めるだけだったけど、あるとき、ふと僕の大好きな映画のセリフが頭をよぎった。

天啓?転機?

僕は可能な限りコミエの情報を収集し、その一歩を踏み出した。

単身、コミエに乗り込んだ僕は、想像以上の人波と、目から耳から入ってくるオタクな情報の渦に気圧されて、しばらく呆然としつつ会場内を歩いた。立ち止まったら邪魔だからね。

目の端々に「」表記のある、心惹かれるイラストや同人誌が飛び込んでくるが、未成年の自分は我慢するしかないし、たぶん売ってくれないだろう。

そのうち、何となく他とは熱気の在り方が違うゾーンに来た。

映画評論の同人サークルが集められたゾーンだ。

見知った映画のキャラクターのコスプレをした人たちが、そのキャラの同人誌を売ったりしてる。

その並びの中に、自分の大好きな映画の同人誌があった。

あの、この場へと赴くきっかけ、天啓とも言えるセリフが出てくる映画。

忍者、サイボーグ、魔法使い、ゾンビ、兵士。そんなキャラクターたちが力を合わせてトレジャーハントに挑むC級映画「カオス・トレジャー」。低予算で糞脚本、勢いだけの展開。

だが、それがいい!とするもの好きに好かれるカルト作品だ。

しばし、その同人誌の表紙を眺めていると

「この映画を知っていて、尚且つ大好きな作品だと思っている男の顔をしてるな」

「え?」

「どうぞ、中身もご覧ください」

と、その人は笑顔でカオス・トレジャー本を差し出してきた。

中身をパラパラと捲るうちに、いつしか、その文章に惹かれ、本気で読み始めてしまった。

ストーリーを追いつつ、都度都度、的確にツッコミを入れつつも、その映画を見まくった愛に溢れる、そんな文章。

「どうかな?激しく同意な表情してるけど」

「すごいです!い、一冊ください!」

「おぉ、ありがとうございます。千円になります」

僕は財布から千円札を取り出し、渡した。

「はい、確かに千円いただきましたので、どうぞ」

と改めて、その同人誌を渡された。

「あ、あの」

「はい?」

「僕は、今日初めてのコミエ参加で、こんな凄い同人誌に出会えてよかったです」

「なるほど、んだね。じゃないか!見つけてくれて、そして気に入ってくれてありがとう」

さすがである。カオス・ソルジャーのセリフをもじっての返し!僕はお辞儀をして、その場から駆け出した。

途端に「はい、そこ、走らないでください」とスタッフから注意を受けたのであった。反省。


誘惑の多い場所なれど、財布の中身にも限界があるので、コスプレイヤーが集まる、コスプレ広場へと向かった。

そこもまた、人人人の波。

しかも自分と年代の近い女子が、そこそこの露出をして大勢いる。

思春期真っただ中の男子校の高校生には刺激が強い。

が、臆してはいけない!

この様子、生物部の友人たちにも見せてあげなければいけない!

いけないのだ!

謎の使命感に突き動かされつつ、僕はスマホをカメラモードに切り替えた。

恭ちゃんは大喜びするだろう。

幸次は当たり前のように喜ぶだろう。

崇も突っ込みつつ、目をギラつかせるだろう。

幾美はムッツリだと知っているから、言うまでもない。


コスプレイヤーの前には撮影待ちの列ができている。そんな列に並び、前の人の真似をして

撮る前に「よろしくお願いします」

撮った後に「ありがとうございました」

ちょいちょい声が裏返りながらも挨拶をしつつ撮影するという流れを、閉会時間まで繰り返した。


二日目と三日目も、ちょこっと同人誌を眺めてから、同じ調子に撮影を繰り返した。


そんな体験談を話しつつ、その集大成が部室の壁に映し出されたのだった。


忘れてはいけない。ここは生物部である。


「よし」

幾美が立ち上がった。

「どの娘がよかったんだよ、イクミン」

恭ちゃん、そういう意味じゃないと思うし、その呼び方は

「い・く・よ・し・だ!」

案の定、頭頂部に拳骨を食らう恭。

「出るぞ」

始まったよ、幾美劇場。

「ど、どこに?」

崇はその答えがわかっていながら尋ねずにいられない。

「次回のコミエに鳳凰学院高等部生物部として参加する」

「はぁ?」

幾美以外、四人とも疑問符浮かべまくりだ。生物部として参加という予想外の返答!

「どんだけ、コスプレイヤー気に入ってるんだよ」

突っ込む崇の頬も紅潮している。この突っ込みは自分自身のことなのだろう。

「思春期だもんな♪」

幸次がジト目で幾美を見ながら特撮ソングの替え歌でからかう。僕はノらざるを得ない。

「バカさだもんな♪」

「やかましい!」

「んで、生物部がコミエで何するんだよ?」

幸次は頭を抱えていた。

「同人誌とコスプレだ」

「それは部活じゃねぇ!」

食い気味にカウンター。さすが突っ込み大王崇。こんなに頭の回転早いのに、どうして勉強できないんだろ。

「生物部員が生物部員という自覚を持って行動すれば、それすなわち部活」

さすが屁理屈大王幾美。

「そんな理屈付けてると、文化祭で活動報告として何かしら展示する羽目になると思うんだが、全員コスプレすんのか?」

副部長の幸次、さすがのブレーキ役。

「なるほど、そういう悪目立ちは良くないな。だが、同人誌の方は今までの捕獲や飼育の体験記を各々まとめてみてほしい」

誰が買うんだ、その部活同人誌、とは言わずに心の内に秘める僕。

文化祭の展示説明文も、読んでくれるのは保護者だけ、な状況だったのに。

「さっきの反省文と真逆だな」

「えー、俺文章なんか書けねぇし、捕獲も飼育も見てるだけだし」

「じゃあ、コピーして製本でもしてもらおう」

「なら、楽そうだからいいぜ」

この安請け合いが地獄への入り口だと、この時の恭は気づいていなかった。そもそも、この提案に対して、恭に妙なやる気があるのはコスプレに対する下心があるからだろう。


「実はさ、次回のサークル参加申込書、買ってあるんだ」

僕はおずおずとカバンから件の申込書を取り出した。この流れでは、出さざるを得ないよね。

「未来予知が出来るとは、さすがだな!」

崇がビシっと僕を指さしたが、定説通り無視。

「初日に偶々出会った同人誌が素晴らしくてさ、三日目に悩みに悩んで買っちゃった。特にビジョンも何もなかったんだけど、何かやりたいな、って思ってさ」

きっかけのカオス・トレジャー本の作者の人とはSNSのトレンダーで感想を送ったりして、今もやり取りをちょこちょこしている。

「よかったな」

幸次が僕の肩を叩いてきた。

「なにが?」

謙一けんいちが積極的に動くようになったことがさ」

「そう、かな」

皆がうなづく。ははは、なんか青春してる雰囲気。

「ぼちぼち下校時刻だ。明日の昼休み、部室に集合。謙一は詳しいスケジュールを教えてくれ」

部長命令という自分勝手を発動。僕たちは帰路へと付いた。


                  ※


その夜、僕がメインに使っているSNSであるトレンダーのアカウントに一通のダイレクトメッセージが来た。

差出人はグルグルさん。例のカオス・トレジャー本の作者さん。

グルグル【夏のコミエの申し込み時期も近づいてきたし、やりたいことは決まったかい?】

ケンチ【はい。実は部活の友人たちがコミエに食いつきましてw サークル参加してコスプレもしようって】

ケンチっていうのは、僕のハンドルネーム。

グルグル【おぉ、若さだねぇ。仲間同士で一つのモノを作るのは、大変だけど楽しいよ】

ケンチ【グルグルさんは一人でやられてるんですよね?】

グルグル【刺さるなぁ。ま、長くやってると色々あるのさ】

ケンチ【すみません、失礼なことを】

グルグル【いやいやいや、別に怒ったりしてないし。何か申し込みや本作りでわからないことがあったら聞いてくれ。先達として後継の育成はオタクの義務だから】

ケンチ【ありがとうございます。何かあったら頼らせていただきます】


                  ※


翌日、昼休み。

崇が弁当だと言い、部室に餅を持ってきた。パックされてる切り餅…正月の残りなんだろう。

そして鼻歌交じりに電熱ストーブの電源を入れ、放熱部を真上に向ける。

そしてカバンから焼き網を取り出し、ストーブにセット。網の上に餅を並べ始める。

僕も含め他の面々は、家から弁当を持ってきている。

「崇、家で飼育放棄されてるのか?」

「飼育っていうな!そもそもネグレクトされてねぇから!」

ネグレクト=育児放棄なんて単語がすぐ出てくるのに、どうしてこの男は勉強が・・・・・・

「料理は出来立て作り立てが美味い!」

うん、やっぱりバカだ。

ちなみにストーブの間違った使い方を伝授したのは先輩たちである。代々そんな使い方をしていたそうで。

よく壊れなかったし、よく火事にならなかったな、もう。

紙皿に部室に供用で置いてある醤油を注ぎ、割りばしで餅をひっくり返し焼いている崇は、もう放っておくことにしよう。

餅焼き師が降臨したせいで、匂い逃しで窓を全開にしているので寒い。飼育動物たちにもよろしくないので、そろそろ禁止事項に入れるべきだと思う。

飼育動物はアオダイショウ×1、シマヘビ×2、ハツカネズミ×20程度。常人には耐えがたい臭気とのうわさだが、部員はしょっちゅう、ここで飲食しているのだから、実際は大したことはないはずだ。はずなんだ。

「謙一、食べながらでいいから説明してくれ。時間がもったいない」

「あいよ。まず、参加申込書の郵送締め切りが来月の10日。その前に参加費を振り込まないといけない。これが9000円」

「高くね?」

「でかい会場だし、いろいろ経費が掛かるらしいよ」

「ふーん」

とりあえず、何かしら理由があれば納得する恭。軽いっちゃ軽いんだけど、そのフットワークの良さが、実は頼りになる男なんだよな。

「それはとりあえず、言い出しっぺの俺が出す。振込用紙よこせ。放課後速攻で行ってくる」

頼りがいのある幾美。

「その前に、決めなくちゃいけない事。振込用紙にも記載するサークル名!」

進行が早すぎるから、大事な部分を吹っ飛ばしそう。

「それ?生物部・オブ・ザ・鳳凰学院高等部」

「決めてたんか!でも長いし、学校名出すなってば」

「Biological club of The Hououin-highschool」

「余計長くなってる」

崇、頑張って突っ込んでるけど、幾美の口角が上がってるぞ。

「B・O・T・H。ボゥス」

「かっこよく略しやがった!」

「同人誌とコスプレ、両方やるって意味もある」

「こじつけやがった!」

そろそろ餅が焼き上がりそうなので、餅ばかり見ていて集中できず、突っ込みが雑な崇。

多分、こういう流れ込みで事前に考えてたんだろうな幾美。

「代表者は謙一な。お前の住所書いとくから」

ちなみに鳳凰学院は私立。各々電車通学で家が近いメンバーはいない。

遊びに行ったりするから、皆の家の場所は知ってるけど、住所までは覚えてないとばかり思ってたが、幾美は怖いな。

「え?ちょっと、僕?」

「経験者が代表者なのは自然な流れだろ?」

「そうか、な」

1回行っただけで?

「そうだから。……ふむ、まだ時間あるな。郵便局行ってくるわ」

「昼休みの外出は禁じられております、部長」

暴走モードだよ、もう。

「裏門から出りゃわからんし、郵便局も近い。じゃな」

僕の静止には耳を貸さず、走って出ていく幾美。

「どんだけノリノリなんだよ」

「幸次はノレない?」

「いや、楽しそうではあるんだが、実態が掴めないのがなんともな。経験ないとこに、いきなり行くのは、な」

「そっか、じゃあ、コミエじゃないけど、他のイベント経験してみない?僕も興味あるし。多分、コスプレイベントなら、来月にあったはず」

「よし、このまま内緒にして、イクミン置いていこうぜ」

「殺されるよ、恭ちゃん」


                  ※


翌2月。

都心のビル街で定期的に開催されているコスプレイベント、サンコス。

撮影するためには、カメラマン登録が必要とのことで、当初一人2000円という価格に謙一ひとりに任せよう案も出たのだが、経験値を上げようということで、みな財布を叩いている。

一応、撮影許可を得てから「お願いします」「ありがとうございました」の流れは教えたけど、恭の姿が見えない。

「何かやらかしたら他人」という熱き桃園の誓いは交わしてあるので、大丈夫だとは思うけど。

3組くらい、一緒に撮影列に並んで順番に撮ったら、もう慣れたのか幾美と幸次も姿を消した。なぜか残っている崇。

「?ばらけないの?」

「まぁ、経験者に付いてた方が安心というか」

なんだか、崇の結構ヘタレという新鮮な一面を見た気がする。

「レイヤーに突っ込まないでよ」

「しねぇよ」

僕は崇と行動を開始した。


途中、恭を見つけたが、撮影した後、コスプレイヤーに、いつの間にか作っていた名刺を渡すわ、どこで入手したのか、インスタントカメラで写真撮って、その場で渡したり、何気に2ショット撮ったりしてる。

怖い。怖いわ。陽キャの本気を見たわ。

崇が無言でその様子を見つめているのも怖いわ。


幾美は男性のコスプレイヤー、しかもロボットとかの着ぐるみ系の人に積極的にアタックしていた。どうやら作り方とか訊いているようだが、あいつ、あんなのやる気なのか?まぁ、SFオタクだしな。

崇もロボット系は興味があるようだ。目立つもんな。着替えと移動が大変そうだけど。


幸次はスタッフと話し込んでいた。確かに傾向とか俯瞰的な視点で見てるかもしれないけど、カメラマン登録無駄になるから、ほどほどにしろって。


崇は恐ろしいほどスタッフに興味なく、「あの娘、撮ろう、あの娘」とか僕の袖を引っ張る始末。そのシャイな心根は何なんだよ。

こちらは満遍なく撮るけどさ。


そして二時間ほど経過して全員集合。

そこに恭がコスプレイヤーを三人連れてきた。当然のように女性。

「帰りに一緒にカラオケ行かないかって話になってさ。いいだろ?」

もう少し説明が必要だとは思うが、イヤなはずもなく、無言でうなづく僕、幾美、幸次、崇。だって男子高校生だから。

「まるまじょ大作戦のアル、ベイ、チャアだ」

僕は見惚れつつ、つぶやいた。女児向けのアニメだが、オタクにも人気の、日曜朝の定番変身魔女っ娘系作品だ。その主役三人の変身後の衣装である。

「お、わかってくれてサンキュ」

「じゃ、着替えてくるから待ってて」

「ここに戻るよ、きっと」

「あいよ」

気軽に手を振る恭。

三人は更衣室の方へと走って行った。確か今日、撮らせてもらった記憶のある娘たちだ。

「な、なんなんなんだよ、この展開」

崇が興奮マックスでドモり始めた。

「いや盛り上がっちゃってさ。ノリって大事だよな」

確かに大事かもしれんけども。

「レ、レイヤーをナ、ナ、ナンパだと?」

「ナンパじゃないよぉ。これから、おれちゃんたちコスプレ始めたいから、教えてほしいって頼んでさ」

「ご、ご教授を依頼?」

「三人とも女子高の高校生だってさ」

「こ、個人情報まで聞いてどうすんだ!」

落ち着け崇、それはさすがに個人情報じゃないし、うるさい。

「ほら、名刺交換したし」

アルをやってたのがムリョウさん。

ベイをやっていたのが宝珠ほうじゅさん。

チャアをやっていたのが真理愛まりあさん。

コスプレネーム、通称コスネームってやつだと思うけど、覚えやすいような覚えにくいような。

「そういや恭ちゃん、いつの間に名刺作ってたんだよ?」

「名刺?これ?」

カラーで印刷され、カッコつけた顔写真があり、コスネームはキョウジ、だそうだ。

「どこまでも先走ってるな、おまえは」

幸次は複雑な面持ちで言う。

コスプレをまだやってもいないのに、コスネームとか、もう。

「おれちゃんだって多少は予備知識仕入れるさ。女の子相手なんだし」

やはり、原動力はそこか。正直者め。

女子相手限定な思考に不安はあるが、この場においては、恭に頼るしかないのが、全員共通陰キャの悔しさ。

見習うべき陽キャ行動力ではある。

ここまで幾美が黙っているのが怖い。物怖じするタイプじゃないんだけど、異性相手の場合はどうだったか。むっつりは確かなんだが。

「幾美、どうよ?付き合うよね、この後」

怖々と訊く僕。

「もちろん」

即答してきた。もしかして物凄く緊張してるのか……だといいけど。

なんてグダグダしていると、三人が戻ってきた。

「お待た!」

「ただいまぁ」

「帰還しました」

コスプレから私服に戻った三人は、一瞬別人に見えた。ウィッグを外したり、メイクがコスプレメイクじゃなくなると、雰囲気がガラリと変わる。

ムリョウさんは美人のお姉さん。

宝珠さんは超絶美少女。

真理愛さんは可愛い妹系。

「いきなり悪いけど、なんで俺たちとオフする気になった?」

ほんと、いきなり幾美が切り込んだ。上からだし。

三人は顔を見合わせ爆笑。

「アハハ!いきなりにも程があるだろ」

「キョウジくんには、男子校だって聞いてたけど、なるほどね」

「わたしたち、悪い女に見えた?」

「ごめん、本当に異性と縁がない高校生活だったんで、ね」

そこはかとなく、かっこつける余裕はあるようだ。

「せっかく知り合えたのに、いちゃもん付けんなよ」

恭、やや斜めに割り込んでくる。

「危なそうな連中だったり、つまんなそうな連中だったら、更衣室からここに戻ってこなきゃいいわけだし、簡単でしょ?」

「だよね」

「わたしたちもイヤな思いはしたくないから」

「コスプレを教えてくれってのが新鮮だったし」

「男子に教えることがあるのか疑問だけどね」

「興味深いから」

良かった。来てくれて良かった。

「了解。水差すようなこと言ってごめん」

ムリョウさん、あざといくらい可愛らしく幾美を見詰めつつ、

「んじゃ、楽しい時間にして、な?」

さっと目をそらす幾美。結局女子には勝てないようだ。

「OK。カラオケ予約してあっから、行こ」

恭が手を叩いて出発を促す。


ぞろぞろと八人で移動開始。恭を女子が囲む感じで先頭になり、幸次、幾美、崇、僕で固まって着いていく。

恭が店の名前も場所も言わないから、大人しく付いて行くしかない。報連相が出来ない男だ。

そんな男でも、女子三人と盛り上がっているのが、悔しい。

「何歌うか、考えてる?」

幸次の投げかけに陰キャ組フリーズ。

「じょ、女子ウケする歌?」

「落ち着け、みんなオタクだろうが」

「なるほど、いつも通りでいいってことか」

良かった。一安心。

「謙一は少し変えような」

あれ?

「もしかして時代劇主題歌シリーズのこと?」

幾美、幸次、崇が同時にうなづきやがった。

「アニメメインの特撮少々、相手の選曲見ながら調整な」

幸次の指示が的確っぽいので、不本意ではあるが従おうと思う。

「あと、重要事項」

幾美、マジな顔してる。

「あのバカが先走ってるが、コスネームっていうか、何て名乗る。彼女ら、本名言うとは思わんぞ」

「そんじゃ、僕はハンドルネームのケンチで」

良かった、ハンドルネームあって。

「幾美は部長でいいよね」

「あ?」

なんでかキレかけてるけど。

「通りがいいでしょ。こっちも迷わず言えるし。そもそも幾美のハンドルネーム、THX1138とか、わかんないから。英数字のランダム配列としか思われないから」

「く、もっともだな」

なんで悔しがる。ちなみにTHX1138ってSF映画のタイトルね。

「幸次は……」

「俺はKOJYだから、そのままコージで」

「楽してんなぁ」

「お互い様だろ。そもそも、めんどいんだよ」

「んで、崇は?」

「TAK1《たくわん》」

「沢庵和尚ね」

「おい、改変すんな。タクワンだ」

「ふーん」

三人の声が揃った。

「おい、だから改変すんなよ!」

「うん、わかってる。僕、がんばるから」

「謙一、振りじゃねぇんだよ」

「盛り上がってんじゃん。なになに?」

突然、ムリョウさんが、背後から僕の両肩を掴んで来た。

「あ、や、や、後で、説明するから」

「ふぅーん、そっか。期待値上がるじゃん。楽しみにしてんね」

ムリョウさんは、そのまま恭の方へ。

同世代の異性に肩をつかまれるなんて初めてなわけで。手、柔かくて小さいんだな、とか……

なぜか、崇の方を見ては、いけない気がする。殺気が凄い。


そんなコントじゃなく、ネタ合わせタイムをしているうちに、店に着いた。

ちゃっちゃと受付を済ませる恭。

ああいうのも陽キャがモテる要因なんだろうな。

「ここ、フリードリンクだけど、オーダー式だから部屋で頼むタイプね。んじゃ313番ルームだから!」

まぁ、なんでもいいです。付いて行きます状態。

「はいはい、野郎どもは奥へ行け」

恭の指示で、わちゃわちゃと部屋奥に押し込まれる陰キャたち。

初対面の女子相手だし、ドア付近を陣取ると不安がられるし、お手洗いも行きやすいから、と後で恭が教えてくれた。奥深いなぁ。

ドリンクもテキパキと恭がリモコンでオーダー。

男女ともにリモコンを手にして入れる曲を悩んでいる内に、ドリンクとスナックが到着。

「はい、そんじゃ今日はお疲れ&この出会いを祝してカンパイ!」

今日は恭に素直に仕切りは任せる。普段は絶対任せないし、そもそもやらないけどね、恭は。

「まずは、スムーズに話せるように自己紹介ね。まずはおれちゃん、キョウジ」

「……部長と呼んでくれ。SF系なら任せてほしい」

幾美、言い慣れないよな、さっき決めたんだもん。

「コージ。特撮こよなくを愛する者だ」

おい、女子三人噴き出したぞ。

「ケンチです。映画オタです」

「映画のジャンルは?」

真理愛さんからご質問が。

「アクション、SF、ホラー、コメディが得意、かな」

真理愛さん、黙ってサムズアップ。お気に召したのだろうか。僕も黙ってサムズアップで返す。独特だな。

「最後はオレ」

「沢庵和尚」

重ねる幾美。

「通称、和尚さ」

続ける幸次。

「よろしく」

とどめは僕。

「待てい!それはやめろって言っただろ!オレはTAK1だ」

「ま、呼びやすい方で呼んであげて」

爆笑していた三人は、幸次の願いを読み取った。

「よろしくね、和尚!」

「お、ぉぅ」

女子ならいいのかよ。

「そんじゃこっちね。あたしはムリョウ。メインにやるコスは、メディカル・バーストのヤン・リン」

素(かどうかわからないけど)が姉ごキャラっぽいので元気リーダー系が好きなのかな?

「わたしは宝珠。メインコスは黒い暗い世界の白樹はくじゅ

お嬢様っぽいけど、ダークなキャラが好き、と。

「私は真理愛。普段はマグネマンのクローン・クイーンのコスしてる」

見た目まんまのロリキャラ好き、かな?

「見事にバラバラだな。今日のまるまじょ大作戦併せは何で?」

あ、幾美も全部のキャラわかったんだ。それぞれヒット作だもんな。

「実はさ、あたしたちも知りあったっていうか、つるむようになったの、年末のコミエからなんだ」

「え?同じ学校って言わなかったっけ?」

どういう流れで、知り合ってすぐの会場で聞き出せるんだろうか、恭は。

「あ、うん。でも、わたしたち、学年違うのよ」

「私が中等部の三年で、宝珠が高等部の一年、ムリョウが二年生」

「何となく、互いにはレイヤーやってるってのは知ってたんだけど、学校じゃ学年違うとさ、交流なんて同じ部活でもないとないじゃん」

「コミエの更衣室でちょっとトラブルがあって真理愛が巻き込まれてたのを、たまたま、あたしと宝珠が助けに入って、ね。なんだかんだ話してるうちに、合わせでコスやることになったわけ」

「へえ、不思議な縁だね」

詳細はまるで分らんけど、初対面だし、そんな突っ込めない。

「で、そっちのことも教えてほしいな」

そこから、宝珠さんのふりに応える流れに。

「部長、行け」

幸次が幾美を顎で促す。

刺すような視線で返す幾美。雰囲気悪くなるからやめろ。

しかも、こういう時に限って、静かな恭。自分を売り込む以外不得手だし、興味もないもんな。

崇は身を乗り出した宝珠さんの胸元を注目しているようだ。うん、男として気にしないわけにはいかないサイズでいらっしゃるけど、今はやめて。

仕方ない。

「僕らは同じ高校の一年生。全員が生物部」

「生物部?漫研とかじゃなく?」

「そ、生物部」

「全員オタクな生物部ね。面白いじゃない。他にないよ、きっと」

「うん。わたし、今度、ペットの相談とかしたい」

「飼える生物なら、俺かコージかケンチの誰かが回答をしよう」

「キョウジと和尚は?」

宝珠さん、もっともな疑問。

「はっはっは、生物部員が生物に詳しいと思ったら、大間違いだ!」

崇、渾身のツッコミなんだかボケなんだか。

「真面目に部活しなよ」

「それ、引くよ」

「頼りない」

三人の容赦ないツッコミ。

悲しげにこっち見んな、崇。

「おれちゃんと和尚は言うなれば助手。博士たちのお手伝い役の悲しい平部員さ」

恭が助け舟に見せかけた追い打ち。

「言いようだね、和尚、こういう返しをしなよ、な」

師匠か、ムリョウさん。

ある意味、モテモテ男だな崇。気づくと声に出さず(あとで天に返す)とか口が動いている幸次。嫉妬すんな、こんな状況に。

「OK、一旦、ひとり一曲ずつ歌おう。きみたち、興味深いよ。あたしが今までの会ったことないタイプ、だと思う」

褒められてんのか、値踏みされてんのか、今のところ、スムーズに流れてるからいいか。

幾美と幸次がこっそり僕にアイコンタクトしてきた。

なに?崇を?

「んじゃ、言い出しっぺから行きますか」

ムリョウさんがリモコンの送信ボタンをタップ。自己紹介の内に決めて入力済みだったようだ。

メディカル・バーストの主題歌だ。ノリノリのロックナンバー。サビの部分は全員で熱唱。

「次は部長ね」

ムリョウさんのご指名で幾美が選曲。

ムリョウさん、ニヤニヤしてる。おそらく、お手並み拝見的なアレだろう。

そして画面に表示されたのは、まるまじょ大作戦の主題歌。

幸次と崇が幾美を睨む。さては被ったな。まぁ、今日のコス見りゃ、順当だし、早い者勝ちだし。

早起きして自分のペットの世話とかしてるから、ついでに観てるんだろうな、幾美。

子供にも歌いやすいメロディーラインなんで、みんなで合唱みたいになった。

「意外性が足りないね」

ムリョウさんの容赦ないジャッジメント。

幾美は謎の余裕の笑みを返す。

先に歌った者勝ち?デュエルなの?バトってんの?

「では真理愛さん」

幾美の指名。

流れてきたのは、マグネマンの挿入歌であるクローン・クイーンのテーマ曲だ。

静かなバラード曲を切なげに歌い上げる。マジで上手い。鳥肌が立った。

「ね?真理愛ってば激うまでしょ?」

本人は赤くなってうつむいているが、ムリョウさんが謎の自慢。

「じゃあ、キョウジさん」

しばらく静かだった恭が目を輝かせ立ち上がった。

「じゃあ、おれちゃん、いくぜ」

リモコンをターンっとタップ。壊れるぞ。

流れてきたのは男性アイドル主役のアニメ、口先案内人のエンディング。くっそ難しいラップなんだが、難なく歌いこなしやがった。

「真理愛より上手いやつがいるとはな」

「へぇ、キョウジくん、かっこよかったよ」

恭のやつ、宝珠さんをビシッと指差したぞ。

アピってんな。

「んじゃ、次は宝珠さんに行くと見せかけてケンチ!」

ま、無難な順番だけど……ムリョウさんが凄い笑顔。

まさか、外での一件から、期待値上げてるままなのか?迷惑。

そもそも得意曲が封印されているのに!

「ならば、これしかない!」


歌と共に時は流れた。


腹を抱えて爆笑するムリョウさん。

表情を失っている宝珠さん。

何やら尊敬のまなざしを向けてくる真理愛さん。

そんな中、幸次に食事のメニュー表で叩かれ続ける僕。

「初対面の女子の前で歌う曲じゃないよな?な?」

「なんだよ、言われた通り、特撮ソング歌ったじゃないか」

「だからって放送禁止になった歌はやめろ」

「カラオケが存在してるんだから、歌っても問題ないだろ」

「……それもそうか」

幸次は素直に引き下がった。叩かれ損だ。

「で、今の歌、なんなの?」

宝珠さんが怖々聞いてきた。

「昭和の闇、としか言えんな」

訳知り顔で答える幾美。

なんか宝珠さんの中で僕の印象悪くなってる?

爆笑お姉さんはともかく。

「噂でしか知らなかった。初めて聴けた。凄い」

真理愛さん、あなたは将来有望です。

「と、とにかく、次はコージね」

崇がハッと顔を挙げ、僕たちの顔を順番にねめつけた。気付かれたか。

「んじゃ、おれはこれで行く!」

流れてきたのは、まるまじょ大作戦のエンディングテーマ。でも、これは……ダンスナンバー、あ、始めやがった。

エンディングは登場人物が揃って踊る。

それを、完コピ。

女子三人も一緒にダンス。コスしてる時に見たかったというのは贅沢か。

急場しのぎで出来ることでもないだろうに。幸次め、いつの間にか仕込んでいやがった。

室内は、割れんばかりの拍手の渦。

「すっごいね、キモいけど」

「よく覚えたね、キモいけど」

「キモい、キモい」

決して褒められていない。あぁ、特撮物と時間帯が繋がって放送されているから、観てて覚えたんだな。でもキモいから、後半は女子三人の踊りを見ていたよ、可愛いから。

「じゃ、次は宝珠さん、お願いします」

肩で息しつつ、幸次が指名。

「もう、ハードル上がりすぎてない?」

苦笑しつつ立ち上がる宝珠さん。

崇が(嵌めやがったな)とかなんとか小さくつぶやいていたが、ハードルの高いトリを務めるのにふさわしいと、皆が思ったからこその流れ。

とにかく、今は宝珠さんに集中。

黒い暗い世界のエンディング曲だ。ヒロインである白樹が自分の境遇を早口で嘆きながら歌うポップな曲だが、難易度は恭の歌ったラップに匹敵する。歌っている声優が生歌は無理と評したナンバーだ。

それを最後までつっかえる事なく、歌いきったよ!

「あ゛ー、死ぬかと思った」

一気に声ガラガラに。皆爆笑。

「笑うな゛ー」

「乙~」

そこで、すかさず、ドリンクを差し出す恭。

同じく渡そうとしていた真理愛さんが固まってるぞ。

他の二人にはやらなかったくせに、露骨だなぁ。

「攻めるなぁ、おい」

幾美が笑顔で言う。ただし目は笑ってない。

「平等って大事だぞ、キョウジ」

あ、幸次もだ。

確かに真っ先に惹かれるのは宝珠さん、なんだよな。顔立ちのはっきりした親しみのある美少女で、ナイスバディ。うん。

で、気分を害したかな?と、ムリョウさんの表情を窺うと、僕の方を見て、ニヤッと笑った。

「え?」

ムリョウさんが宝珠さんに視線をやる。

「わたしは、こんな露骨な扱いされても、逆に引くタイプだから」

おわっ!宝珠さん、ズバッと言い切った。

「OK、ごめんね、焦って攻めすぎた」

恭がペコリと頭を下げた。

珍しい。男子だけなら喧嘩に発展しかねない状況だったのに。

まぁ、狙った女子に言われちゃ仕方な……ん?まさか?自己主張と仲裁を同時にしたってこと?

「こんな娘だからさ、頑張れよ少年たち」

ムリョウさんが立ち上がり、幾美、幸次、恭の肩を叩いて回る。

その様子をボケっと見ている崇。叩かれたいっていうか、何かしらボディタッチされてないのが自分だけなのが寂しいんだろう。

ふと、真理愛さんを見ると、フライドポテトを食べていた。すぐに視線に気づいて顔をそらされたけど。小動物系だな。

「さて、トリは和尚にお任せするね、南無南無」

と、宝珠さんが崇に手を合わせて言った。

「南無南無」と全員が崇を拝んだ。

「拝むんじゃねぇ!」

元気が出たようなので良しとしよう。途中から歌う順番が変な流れになっていたのは、このため。

僕がこそっと崇に耳打ち。

「それも放送禁止のヤツだろ!」

「いいじゃないか」

「良くねえ。オレまで巻き込むな」

なんだか真理愛さんが落胆しているように見えるし、宝寿さんは胸をなでおろしたような顔をしているし、ムリョウさんは

「ハードル、自分で上げるんだ、和尚は凄いな」

なんか崇は照れてるし。

「早く曲入れろ」

幸次は急かすし、

「ゴチになるぞ、この野郎!」

「サンキュー、この野郎」

幾美と恭の連携。カラオケ代をたかる流れかどうかはともかく。

さぁ、流れてきたのは

全編ナレーションだけで、一切曲に合わせて歌うことのない、特撮SFドラマ「メッセージフロムギャラクシー」のエンディングだ。

「え?」

女子三人、反応に困るの図。

「宝珠さんの歌った曲を意識しすぎたな」

幾美、真実を突く。

「トリなんだから、そこはガラっと変えつつ歌い上げる系をだな」

幸次、偉そうにアドバイス。

恭は何も思い浮かばないようだ。

「ケンチくん」

「ひゃい?」

いきなり宝珠さんに話しかけられたぞ。

「雰囲気悪いから何とかして」

ムリョウさんと真理愛さんが小声で「怖っ」とか言ってるし、なんで僕?

崇は硬直したままだし。

「ちょっと、来て」

と、宝珠さんに部屋の外に連れ出された。

「ケンチくん、あのメンバーのリーダーだよね?」

「いやいやいや」

「今日のメインの仕切りはキョウジくんかもだけど、みんな君を中心に集ってる。そうでしょ?」

「……かも」

「別に和尚が、どう滑ろうがどうでもいいんだけど」

この人、酷い人。

「盛り下がる流れ、作らないでほしいな」

この人、我儘な人。

「せっかくの縁なんだから、楽しませてね」

と、ウインクしてくる、この人、惚れさせ名人。

「う、うん、何とかするよ」

と、言わざるを得ない。

部屋の中に顔だけ突っ込み、

「ムリョウ、真理愛、トイレ行こ!」

「はいはい、恥じらいも持とうね」

ムリョウさんが真理愛さんの手を引いて出てくる。

「期待されてんね、ケンチくん」

「頑張って、ね」

そのまま三人で行っちゃったので、部屋に戻り作戦会議、せざるを得ない。


                  ※


「いつものノリが先ほどまでの名誉を返上しちゃいました。どうしますか?」

と、小学生の帰りの会な口調で切り込んだ。

「はい」

幾美、ノリよく手を挙げる。

「はい、部長こと幾美くん」

「和尚こと崇くんに、ちゃんとした歌を歌わせればいいと思います」

「宝寿さんは盛り上げてほしいと言ってました。崇くんにやり直させろとは言いませんでした」

「はい」

「はい、幸次くん」

「宝珠さんを依怙贔屓えこひいきして怒らせたのが始まりだと思います。だから恭くんがナンパしたことも含めて、きちんと仕切りなおすべきだと思います」

「え?おれちゃん、謝ったし、いつものノリを封じられたら、出来ることねえよ」

そういうとこだぞ。ノれよ、もう。

「だからさ、頼まれた謙ちゃん、決めてよ」

あ、適当な恭に幸次がキレそう。視線で制する僕。

「そもそもさ、恭ちゃん、コスプレについて相談したいみたいな流れで誘ったんだよね?」

「そうそう、それ」

「みんなさ、なんかやりたいコス、ある?」


ドアがノックされ、ムリョウさんが顔を出した。

「そろそろいいかな?」

僕はサムズアップで返した。

「あはは、いいね」


結局、10分程度の会議で決まったのは

・各々がやりたいコスプレを発表する

・今日、この場での口説き行為禁止

・主催としてキチンとホスティングする

の3つ。


女子三人が座ったところで、幾美が立ち上がった。

「それでは一旦仕切り直させていただきます。さて、本日のそもそもの目的。御三方へのコスプレについてのご相談でございます」

次に幸次が立ち上がる。

「各々が自身のやりたい作品とキャラを発表いたしますので」

恭が立ち上がる。

「ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い申し上げます」

宝珠さん、爆笑。

「ご指導もご鞭撻も出来ないとは思うけど、頑張るね。わたしも過敏に反応しすぎた、ごめんね」

ムリョウさん、頭抱えてるし。

三人の性格や力関係がなんとなくわかったのは不幸中の幸いか災いか。


その後は、各自がやりたいキャラの主題歌カラオケをBGMに、プレゼンというか、相談をする流れに。

Q:衣装は買っているのか?作っているのか?

A:売っているものはどうしても高価なので、基本、ベースになりそうな服を探して改造。じゃなければ完全自作。今回のまるまじょ大作戦合わせの衣装は三人分、ムリョウさんが作った。

Q:小道具は自作するのか?

A:おもちゃが出ていれば買って使うが、深夜アニメやゲーム系は自作せざるを得ない。ただし、材料は100均やホームセンターで買っている。取り回しやすさや予算の都合もあるので、基本的に他人任せにはしない。

Q:やはり流行りのネタをやるべきか?

A:ちやほやされて写真撮られまくりたいなら、それもあり。ただし、そこに愛があるのか?それがコスプレの肝だと思っている。

Q:ウィッグはキャラの髪型で売っているのか?

A:大ざっぱにそれっぽいバランスでは売られているので、微調整やセットが必要。余裕があるなら、ウィッグをキャラに合わせてカットやセットしてくれる美容院があるので使うのもあり。

Q:男もメイクするべき?

A:女性ファンの多い作品の男性キャラをやるならば必須。そうでなくても、眉を整えるとか、ニキビに気を付けるとかはしておいた方がいい。


「質問まで演出するとか、やるじゃん」

ムリョウさん、お気に召したようで。

「ふぅん、ケンチくんはプロデューサー系か」

宝珠さんの無茶ぶりには答えられたようだが、勘弁してほしい。幾美、幸次、恭からの無言の圧を感じるから。

「カラオケってBGMにも使えるんだぁ」

真理愛さんは、少々斜め上の感想を抱かれたようですが。

「部長に和尚にプロデューサー、コウジくんとキョウジくんも役職必要じゃね?」

「アイドル育成してないから、プロデューサーやめて」

「お、和尚も」

「んじゃ、ケンチP」

「ケンチP」

おぉーって顔でこちらを見る真理愛さん。

なんなんだろ、この娘。

「和尚と坊主、どっちがいい?」

ほほ笑みを浮かべて崇に問う宝珠さん。

絶望に沈んだ顔の崇。

うん、純粋にドSなんだ、宝珠さん。

でも崇に対して異様な圧をかけないんだよな、揶揄うだけで。要は狙ってきてる相手を返り討ちにしたがってるみたい。

ムリョウさん、苦労してんだな、こりゃ。

「と、とりあえず、トレンダーのID交換しようよ。キョウジだけでしょ、名刺?」

気を取り直したのか、幸次が焦りながら割り込み。

「キョウジ、お前の名刺を三枚出せ。そこに俺らのID書くから」

何だか渋々差し出す恭。けち臭いとか言われるぞ。

まぁ、幸次も女子と男子相手じゃ口調があからさまに違うんだけどね。

「ムリョウさん、宝珠さん、真理愛さん、俺たちの分、それぞれ四枚もらってもいいかな」

女子三人、顔を見合わせて頷くと、各々のスーツケースの中を漁り始める。

「中見んなよ、部長」

「覗いてないから!」

ムリョウさん、この短時間で弄り方をマスターされたようで。

そんなこんなで、全員が無事、ID交換を成し遂げた。


店を出て、別れ際。

「三人とも、また僕らと会ってもらえますか!」

「またイベントで会おうぜ」

ムリョウさん、サムズアップ。

「次までにレベルアップしといて、ね」

宝珠さん、ウインク。

「こ、今度は生物の話、教えてね」

真理愛さん、ぶんぶん手を振る。

三者三葉だけど、皆さんOKなようで。

一先ず、胸をなでおろす5人の男子であった。


                  ※


「次のイベントでは五人のコスプレを披露すべきだな」

三人の姿が見えなくなったところで、幾美が切り出した。

「確かに」

腕を組んでうなづく幸次は、続けて意見する。

「まず、やるべきは、三人のトレンダーをフォローして、今日のお礼だな」

「だ、ダイレクトにか?メッセージをか?」

なぜかテンパる崇。

「今日のイベントの参加報告とか上がったら、それにレスすればいいだろ?」

めんどくさげに答える幾美に、崇がさらに絡む。

「いきなりダイレクトメッセージすると、また宝珠さんに叱られるぞ、きっと」

「鋭いな和尚、さすがのありがたさだ」

「まず、それをやめろ」

「でも、今日撮った写真はダイレクトメッセージでくれって、僕には言ってたよ」

「修正してからアップするって、さ。おれちゃんも修正テクを磨かないとな」

「いろいろ大変だよね」

「だったら、謙一と崇と恭は彼女たちの写真を送るついでに、一言添えればいいじゃないか」

恭はともかく、それが僕にはハードル高いんだよな。


そんなこんなで、夜になっても、どんな言葉を送るべきか悩む生物部メンバーであった。


                  ※


翌日の放課後。

飼育動物たちの世話を各自(恭を除く)がやりながら、昨日の反省会っていうか、来月末のコスプレイベントでのデビューを目指し、コスチューム作成の相談。

三学期の期末試験?知らない子ですね。

そのコスチュームはどういう構成なのか?上着とパンツなのか、全身一体なのか、とか。

ネットで色々画像検索できるのはいいんだけど、正解が逆にわからない。

結果的にかなり自己解釈にはなるんだけど、構成しているパーツは、市販品の改造で済むのか?の検討。

一から自作や業者へのオーダーは初心者は辞めた方がいいらしい。

100円ショップやホームセンターを巡って、使えそうなパーツを探す。その際は商品の用途ではなく、形状や素材で見るようにする。

如何に安く作り上げられるか?それは常に考えておく。金がかかっていいなら、そもそもオーダーメイドでいい。

昨日の質問コーナーでの回答に加え、自分たちでさらに調べたことを、情報交換。

「いかに安く上げるかってのもネタっていうか、アピールポイントになりうるようだな」

「でもそういうのは、慣れてからこそじゃないか?」

「おれの安いんだぜぇ、なんてかっこ悪くね?」

「別に創意工夫したってことなんだから、そうはならんだろ」

それが仏へ至る道、とか余計なことは言わない僕。

「次のイベントまで二ヶ月ないんだから、業者にフルオーダーは納期も予算も厳しいと思う。幸い、みんな難しそうなキャラは避けたわけだし、市販品の改造でいけるんじゃない?」

「とりあえず、各自設計に入ろう。それと、期末試験を疎かにすると、補習でイベント出れなくなる可能性があることを忘れないように。特に崇」

「なんで俺だけ?恭だって成績悪いだろ!」

「うるせえな、おい」

「はいはい、噛みつかない。恭ちゃんが女絡みでみすみすチャンスを逃すような真似、するわけないだろ」

「試験一週間前から試験最終日まで部活、居残り禁止だし、集中しろ」

「部長は大変だねぇ」

「謙一、お前も安全圏ってわけじゃないだろうに」

しまった、藪蛇だ。

「うっさい、単に英数国理社保の暗記が苦手なだけだい」

「脳みそ焼け野原か、おまえは」

「うまいね幸次。崇も見習え」

「そこで俺に振ってくる能力は評価するから、黙れ」


黒沢幾美、コスチュームを作る。

コスチュームはSF映画「スターエンブレム0」のバスターワン。

黒マントに黒フードで顔は見えず、身体は瓦礫を寄せ集めたかのようなアーマーで覆われたキャラで、武器はレーザーアックス。映画内での出番は五分程度しかない脇役だが、幾美は妙に気に入っている。さすがのハリウッド映画だけあって、しっかりフィギュアなんか出てたりする。

フード付きのマントはパーティー用コスプレグッズをゲット。身体は作業服専門店で黒いツナギをゲット。そこに百円ショップでゲットしたウレタンボードをランダムにカットして接着剤で貼り付けていく。

接着剤が布地に染みて、反対側までくっついてしまい、足を通せなくなって焦ったことはメンバーには内緒だ。

あとは岩や土や金属の色の塗料でウレタンボードを塗装したら服は完成。

手足は革手袋とブーツでそれっぽくごまかす。

残るはレーザーアックス。これもパーティーグッズに柄の長い両刃の斧があったので、刃の部分を蛍光グリーンに塗って、柄にはベージュの布を細く切ったものを巻き付けてそれっぽく仕上げた。

材料をそろえて一週間で完成にこぎつけた。これで心置きなく期末試験に挑めるというものだ。


村上幸次、コスチュームを作る。

コスチュームは特撮番組「怒涛どとう戦隊クラッシュマン」のレッドクラッシュ変身前の私服。

真紅の革のブルゾンで背中には大きく怒涛戦隊のマークが入り、黒い革のロングパンツにスニーカー。腕には変身アイテムの腕輪。

ブルゾンが問題だ。公式が販売するアナウンスはあったが、ばか高い上に発送が半年先。話にならない。

革のパンツやスニーカー、変身アイテムは問題ない。

なのでブルゾンは似た感じで誤魔化すことにする。運よく安売り服飾店で合皮の赤いブルゾンを発見。背中のマークはショッピングモールにあった手芸用品店で薄い合皮を買って、切り貼り。

おれが一番楽したんじゃ?


南部恭、コスチュームを作る。

コスチュームはTVアニメ「ドリフト13」のイオタ少佐。

軍服キャラでやることなすことカッコイイのでチョイス!軍服自体、中学時代の詰襟制服に飾り紐やマントを付けるだけで済む。

謙ちゃんから、我が家の近所にあるホームセンターで揃いそうって情報もゲットできた。今までなら行くことはなかっただろう、手芸フロアでキョロキョロ。へぇ、ホントにあるもんだ。裁縫は小学校の家庭科で基礎はやったので、何とかなるだろ。ダメなら木工用ボンドで貼り付けまくればいいんだし。楽勝。

のはずだったが、全然終わんねえ。

ついには試験期間一週間前になった時点で母親に取り上げられた。

「作っといてあげるから、あんたは勉強してなさい!」

ってね。ある意味ラッキー。

自分で作ったって言い張りゃいいんだし。


金平崇、コスチュームを作る。

コスチュームはマンガ「リペアスピリット」の一乗寺。

自動車修理工なんで、まずは作業服専門店で白いツナギと軍手と爪先に鉄芯が入った安全靴を購入。胸と背中と右腕に入ると、キャラ名と店名のロゴに悩んだ。

今回は各々の技量を確認するとかいう理由で、他のメンバーに製作を手伝ってもらわないこと、ムリョウさんたちに、これ以上ノウハウを質問しない、というしなくていい縛りを幾美が設けやがった。

なので、ネットで色々検索してみた結果、PCのプリンターで印刷すると、そのままアイロンプリント出来る用紙があるのを発見。PCにインストールされていた、お絵かきソフトで四苦八苦してロゴを完成させたのは、期末試験二日前。


進藤謙一、コスチュームを作る。

コスチュームはTVアニメ「超戦艦ディオクファルタス」のランディ。

初期のアクロバット飛行機のパイロットスタイルをチョイス。

後で判明するのだが、幾美や崇と同じ店でツナギを買っていた。色はオレンジ。五人中三人がツナギってどうなのよ?とも思った。

あと飾りに使う布を専門店のマスダヤというレイヤー御用達の店が家から二駅の場所にあったので、買いに行ってみた。

圧倒的な布の種類。他にも造形材料がてんこ盛り。コスプレイヤーコーナーまである。無駄に目移りしてしまう店だ。

やってみて実感。既成のツナギに布を縫い付けるのは大変だということ。ミシンも使えないし(二重の意味で)、布地も厚いので手縫いは疲れる。ボンドという手もあるが、会場でベロベロ剥がれたらかっこ悪い。まずは四隅を縫い留めて、いざとなればボンドも併用できるようにしておく。

そんなこんなで、試験勉強期間に入るまでに完成には至らず、数か所目立たない場所をボンド様に頼ることになった。

後日、アイロンで熱圧着出来る生地をマスダヤで見つけて後悔の嵐に見舞われることになる。流石、後悔先に立たず、だ。


                  ※


そして期末試験本番。

試験中でも飼育動物の世話があるので、最低限の部室滞在は許可が出ている。

ハツカネズミの巣材を交換を、その日の印象深い問題の答え合わせなどをしながら雑談しつつ、手早く進める。


選択科目によっては時間が合わず、そもそも掃除なんかしたくない恭と崇は部室に寄り付きもしない。


そして地獄の一週間は終わりを告げる。


あとは補習を受ける人間以外、登校する必要はない日が終業式&卒業式まで続く。

「つまりは三日間、強制的に登校させられることになりました」

僕は敬礼をしつつ幾美に報告した。

「科目は?」

「英!数!社!」

ちょっとしたポーズ付きで説明。

「来るんだから、動物の運び出しは手伝えよ」

完全スルーされたことはともかく。

春休み中はさすがに毎日登校しないので、幾美が部長として飼育生物をいったん引き取るとのこと。

「そりゃ手伝うけど、恭ちゃんは?」

「オールセーフだ」

「次から、そのカンニングのやり方、教えてね」

「おぅ!」

したんかい……

「崇は?」

崇はビシッとサムズアップ。

「全滅した」

幾美と幸次が大きくため息をつく。


そして社会の補習のとき、崇はともかく、幾美も教室に入ってきた。

「世界史は苦手なんだ。特に中国」

よし、宝珠さんに幾美のあることないこと吹き込んでおこうか。

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