第4話
「今昼休みじゃん。教室にいなくても怪しくないし、抜け出せると思うよ」
さも簡単そうに言う。だが問題はある。
「でもさ、門って鍵かかってなかったっけ?」
我が校の敷地へ入るための門は、正門と裏門の二つ。業者なども出入りするだろうから正門は常に解放されているかもしれないが、裏門は特別な場合を除いて下校時間までは施錠されているはずだ。かと言って正門から出るためには、敷地内のど真ん中を突っ切らねばならない。誰かに見られてしまうリスクは高い。裏門はたどり着くだけなら難しくない。途中にあるのはプールや格技場など誰もいないような場所ばかりだ。まず誰もいないだろう。問題はカギをどうするかだ。さすがに屋上同様のちゃちな南京錠ということはないと思う。合鍵は十中八九職員室で補完されているはず。これは自分たち生徒にはどうにもならない。
「よじ登ればOKよ。裏門ならそんなに高くないし、余裕余裕」
確かに、裏門の高さはせいぜい2メートル程度だ。登って登れないことはない。とは言ってもヒーローのように颯爽とはいかないだろう。えっちらおっちら登ってるうちに、誰かに見つかるかもしれない。門を登ってるところなんて、校外の一般人に見られたってマズい。
「大丈夫かな。登ってるとこ見つかったら終わりじゃん」
「それはそうだけど。まぁ、見つからないように気をつけてさ。」
気をつけてどうこうなるものだろうか。要は運任せってことらしい。先生はともかく、用務員は校内をうろうろしてるだろうから見つかる可能性はある。裏門の外は静かな住宅街だけど、この晴天でこの陽気。人が歩いていない方が不思議だ。分の悪い運任せだと思う。
「どうする? やめとく?」
こちらを横目で見ながら聞いてくる。というか、まっくん自身は大丈夫なんだろうか。彼にとっては、もうこれくらい平気なことなんだろうか。
正直、怖い。屋上に出る前は、見つかって怒られたって構わないと思っていた。でもどこか、絶対に見つからないだろうという自信もあった。だってこんな時間に屋上になんて、誰も来るはずがない。昼休みに知らぬ顔で戻れば、誰にもバレやしないと確信していた。だからこそ強気でいられたのだ。だが校外に脱走は…絶対にバレる。そしてしこたま怒られる。親にだって連絡がいくだろうし、内申書とやらにもキズがつくに違いない。そうなると分かっていてやるのは…やっぱり怖い。自分には無理だ。
「ごめん。さすがにやめとくわ。」
「はは、そっか。いいよいいよ。まぁさすがにヤバいよね。」
断ったらまっくんは怒るだろうかと思ったけど、違った。また口の端を少し上げて、笑った。やっぱりね、とでも言いたげなように見えたのは、気のせいだろうか。
「まっくんは脱走、したことあるの?」
「いや、俺も黙って帰ったことはないね。ぶらぶら歩いて遅刻はいつもしてるけど。」
自分でもしたことがないのに、あんなに気軽そうに誘ったのか。物事の受け止め方とか、ずいぶん違っているのかもしれない。ほんの数年前まで仲が良くて、今だってそれは変わっていないと思っているけれど、もうそんなことはないんだろうか。この先、自分とまっくんの友達としての距離は、こうして開いていく一方なんだろうか。
少し感傷的になって、ごまかすようにまた遠くに視線を戻す。
思わずためいきをついてしまう。やっぱり行くと言えばよかったかかもしれない。自分ひとりでは脱走なんて、憧れはしても実行する気にはなれない。でも、まっくんとなら…。
もったいないことと申し訳ないことを、同時にしてしまった気がしてきた。きちんと謝った方がいいだろうか。様子を窺うようにまっくんを横目で見てみる。すると、ふと彼は雲にでも話しかけるように上を向いて、でも小さい声で言った。
「1回やってみた方が、いいと思うけどな…」
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