第3話
万葉
小学校5年生から2年間だけ同じクラスだった彼とは、結構仲が良かった。土日に二人で遊んだことも何度かある。同じカードゲームを遊んでいたから、駅一つ離れたホビーショップに、自転車で一緒にパックを買いに行った。中学に上がってからは同じクラスになれず、廊下で顔を合わせた時に「よう」なんて声をかける程度になったけれど。でも久しぶりにこうして二人でいても、疎遠になった感じはしない。たかたが2、3年程度で疎遠なんかになるもんかと思う一方で、ホッとしている自分もいる。でも、学年内での立ち位置はずいぶん変わった。
まっくんは勉強が好きじゃなくて、中学になってからは不良に片足を突っ込むようになった。眉毛は整えるを通り越して全部剃っているし、髪も染めてはいないけれどかためていて、オールバックの半歩手前みたいになっている。対するこちらは、勉強なんて同じくこれっぽっちも好きじゃないけれど、定期テストで点を取るのはをそこそこ得意だった。だから付き合う友達も、自然とそのくらいの立ち位置の人ばかりになった。中学で初めて一緒になった別の小学校の連中からすると、立ち位置がずいぶん違う自分とまっくんが仲が良いのは、かなり意外らしい。
「リュウちゃんも屋上来てたんだ」
小学校時代からの知り合いは、自分をリュウちゃんと呼ぶ。このあだ名をつけたのが誰だったか、もう覚えていない。でもまっくんではなかったと思う。
隣に座るまっくんは、ぼんやりと金網の向こうを見ている。雲か、その更に向こうの空か、あるいは何も見ていないのか。深層の令嬢というよりは、籠の中の鳥のような感じがした。
「いや、今日初めて入ったよ、マジで」
「そっか。だよね。リュウちゃん、マジメになったもんね」
だよね。たった三文字が、今の自分とまっくんの立ち位置の違いを表しているような気がする。
「まっくんは屋上、よく来てるの?」
話しかけてみても、まっくんは金網の向こうをむいたままだ。何を見ているんだろう。わからない。でも、小学生の頃は同じものを見ていたと思う。まっくんは忘れたかも知れないけれど、ホビーショップに行く途中にある並木道の狭い歩道を、自転車で前後にならんで、大声で喋りながら走る時間が好きだった。ちょうどあの頃は、同じものを見ていたと思っている。
「まぁね。カギ、簡単に開けられるしさ」
やっぱりあれ、簡単なんだ。もしかしたら自分に錠前破りの才能でもあるのかと思ったけれど、違ったらしい。
「リュウちゃんは屋上デビューか。おめでとう。カギ、楽勝だったでしょ」
まっくんは口の端を少しあげて笑う。
自分にとってはこれがちょっとした冒険というか、挑戦のつもりだった。でもこんなこと、まっくんにとっては何でもないことだったようだ。
また駅に電車が入っていくのが見えた。さっきとは逆方向だから、
「電車をさ、見てみたかったんだよね。ここから。」
まっくんはこちらを振り向いて、目をほんのすこし大きくしている。
「電車? リュウちゃん、いつの間に鉄オタになったん?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。」
さっき、マジメになったもんね、とまっくんは言ってくれたけど、実際は違う。ただ反抗せず人の言うことを聴いているのが一番楽で、しかも生まれつき、そういうことがちょっと得意だった。そんなハリボテみたいなペラペラの「マジメ」はついに崩れ去って、だから今こんな場所で電車を眺めている。
「あれに乗ってさ、どっか行きたいなって」
高架の上を走って、電車が景色の向こうに消えていく。一つとなりの駅に行ったって、非日常なんてものには出会えない。それは分かっている。
「へぇ…んじゃリュウちゃんさ…駅、行ってみない? 今から。」
休日の午後、映画館にでも誘うみたいな、いかにも平凡なことであるかのうように、まっくんは言った。
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