277.遠征と呼ぶには近いけれど

「……よし」

『準備はいいですか?』



 翌日。

 すべての準備を終えた私は自室の荷物を片付け、気合を入れていた。

 そこでドアの向こうからアヤネの声が聞こえてくる。彼女は私の随伴なので御者をしてくれるそうだ。


「大丈夫です! さ、行きましょうか。水の大精霊様の下へ」

『ふむ、ここへ運び込まれた時よりいい顔になったねえ』

「あなたに言われたくないんですけどね? この状況は誰が作ったのか忘れたとは言わせませんよ。この国を出たら次の標的はあなたになるんですから」

『おお、怖い怖い。それじゃ、行きましょうか勇者様……いたっ!?』


 調子に乗っているアヤネの耳を引っ張りながら廊下へ出る。軽口を叩いているからそうだと思ったけど、周囲には誰もいない。


「弓は練習しておきたかったかな。ダガーもあるから大丈夫だと思うけど」

『新しい弓だから大丈夫じゃないのかな?』

「初めての弓は弦が固いから慣らさないといけないんですよ。ちょっと和弓とは違いますけどね」


 少しずつ引いて慣らすのは基本なのだけど、彼女は知らないようだ。あちこちの世界を渡り歩いているけど、細かいことろまでは把握していないのかもしれない。

 そのまま庭まで行くとラド王子とエッケハルト陛下が待っていた。


「おはよう、ミズキ」

「おはようございます。ラド王子、エッケハルト陛下」

「……うむ」

「おはよう。今日からよろしく頼む」


 装備に身を固めたラド王子が片手をあげて私に挨拶をしてきた。陛下の方は相変わらず、というのは失礼かもしれないけど、なにを考えているか分からない感じね。

 

「そういえば王子も行くのですね」

「もちろんだ。私がこの目で経過を見なければいけない。それに君が途中でどこかへ消えることもあるかもしれないからな」

「依頼はきちんとこなしますよ。色々と準備もしていただいたし、お馬さんもいただきましたからね」

「頼むぞ二人とも。水の大精霊様の状態はこの国のためにも必ず確認せねばならん」

「はい」

「では行くとしよう」


 ラド王子はエッケハルト陛下の言葉には返事をせず、踵を返して歩き出す。その様子を見ながらアヤネが近づいて

きた。


『仲はあんまり良くないみたいだねえ』

「そういう事情は詳しくないんですか?」

『城に来たのは君が塔に連れていかれてからだったから内部の詳しいところまでは――』

「いえ、世界のことを把握していないのかなと思ったんです」


 私は近くにいたシルビアを撫でながら小声で尋ねる。

 アヤネは世界の全てを把握しているのかと思っていたけど、どうやらそういう感じではないらしい。

 するとアヤネは御者台に座りながら口を開く。


『私は渡り歩くし、いろいろな思いは受け取るけど全能等言うわけじゃない。きちんと調べて、話して、視認することで情報を得る。そこは人間と変わらない』

「そうなんですね。てっきり色々と把握していると思ってました。島に居ながら全能の目みたいなので監視しているのかと思ってました」

『そんなことができるわけないだろう……こうやって身体を使っている時は無理なんだよ。抜け殻にしておくと朽ちてしまう。もし、そんなことが出来るならアキラスを使わず自分でやるさ』

「ああ、なるほど」


 セイヴァーさんとイリスさんの身体に入っている間は問題ないけど、アヤネの身体を抜けないと空は飛べないそうだ。しかしそれをするとアヤネの身体は朽ちてしまうということみたい。

 それにしても憑依ってどんな感覚なんだろう? 意識を乗っ取るとかなのかしら?


「では出陣だ!」

「お気をつけて王子!」

「聖女様も頑張ってください!」

「あはは……」


 程なくして出発となり、騎士さんやメイドさん達に見送られて進む。ラド王子を先頭にした編成で、町を出るまではこの形で行くらしい。


「おお、王子が大精霊様の下へ行く時が来たみたいだぞ!」

「騎士団の皆様、よろしくお願いします! きれいな水がまた戻るように……」

「うむ。任せておけ」


 町に入ってからも声援をいただき、アピールするために先頭に立っているのかと気づく。


「やっぱりみんなも知っているんだ」

『今は深刻ではないけど、そのうち困るだろうとは言われているみたいだね』

「……水の大精霊様がどうにかなっているのは知っているんじゃないですか?」

『さて、ね?』


 怪しい。

 けど、追及したところで無駄だと思うのでここはスルーしておこう。恐らく転移魔法でどこに飛ばすかは決めていたはず。だからすぐに私を見つけられたんだろうしね。

 そのままラド王子と騎士団、そして私達の馬車はやがて町を離れ、森へと入っていく。

 塔から見た景色だと殆どが森に囲まれていてきれいな場所だったことを思い出す。


「空気もきれいね」

『まあまあ、いい国かな? こっちの大陸には魔族が居ないからねえ』

「向こうが大変なことになったのは誰のせいですか……」

『くっくっく、まあ仕方ない。私は願いを叶えなければいけないのでね?』

「……」


 そういえば願いを叶えるために存在するって言ってたわね……今はフェリスの願いを叶えているのかしら。


「そういえば火と土の大精霊様もいるはずですよね?」

『そうだね』

「味方につければあなたを倒せますかね。リクさんが転移魔法にかからなければそれだけでもいいと思いますけど」

『まあリクなら勝てるだろう。伊達に私の弟子ではない……というのもあるけど勇者というのはそれほどの力を持つ』

「じゃあ私も鍛えれば一人でもあなたを倒せると?」

『あり得なくはないと思うよ? まあ、あと何年かかるかわからないけどさ。リクは二十五歳でセイヴァーとやり合えるところまで鍛えられたわけだし』


 そういえばリクさんは倒して現代に戻ったんだ。

 そこで私は聞きたいことができたので、御者台へ移動してアヤネの隣へ座る。


「どうしてリクさんは日本に戻ったんですか? アヤネ……さんなら知っていそうな気がするんですけど」

『……』

「あれ!? いつもみたいに得意げに『それはね』とか『ノーコメント』とか言わないんですか?」

『私をなんだと思っているんだ……いや、でもそれは話せないから同じことか』


 やはり話せないのね……

 ん? ちょっと待って……彼女の性格なら話したくないと言いそうなものだけどと言った?


「あの――」

「ミズキ、調子はどうだ?」

「あ、ラド王子……」

『……』


 そこで馬車が近づいてきてラド王子が話しかけてきた。これ以上は素性を含めて聞かれるのはまずいわね。


「どうしたんですか?」

「いや、御者がメイドで本当に良かったのかと思ってな。きちんと操作できているようだな」

「ええ。お世話をしてくれていますし、この子、シルビアも私が説明したらわかってくれましたよ」

「……馬に説明……わかるはずがないだろうに。まあ、いい。城へいい報告をできるように頼むぞ」

「はい」


 ラド王子はそう言って離れていった……陛下ではなく、城へか。

 兄も父親を見返すとかいって無茶なことをやっていた気がするなと、思い出したくもない家のことを思い出してしまった。

 この遠征には水の大精霊様の件とは別になにかある。そう思いつつ、私は空を見上げるのだった。

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