186.過去があるから未来をつなげられる、か
――概ね旅は順調に行っている。
すでに出発して五日ほど経ったが、命知らずな魔物がたまに出てくる程度で騎士達のいざこざなども無い。
俺の下を離れている高校生達もそれぞれ仲良くやっているようだしな。
ただ、現地人とあまり仲良くするなという言いつけを守っているのを見ると真面目だなと苦笑してしまう。
さて、そんな旅だが懸念すべきことがいくつかある。
やはり一番はそろそろフェリスを通して俺達の存在を魔族側が認識してしまうことだろう。
そうなればこの行軍はかなり危ない橋を渡っているのと同義で、空を飛べる相手であれば死傷者を覚悟する必要がある。
【難しい顔をしていますねえ】
「そりゃあな。これだけ人間を連れて移動しているから幹部クラスが出てきたら相当きつい」
【そこはこのレスバさんにお任せで?】
「最終手段だな。魔族であるお前達と和解までいかなくとも休戦はできるかもしれないのは間違いないんだが――」
この状況で襲われた場合、魔族を説得するのはリスクが高い。魔族と通じている、などと思われる可能性があるからだ。そこはいくつか回避できる方法を考えてはいるんだが……できればそういった状況は避けたい。
【ならあの三人を手元に置いておいた方が良かったんじゃないですか? いつも心配しているような感じがしますし】
「少し前ならそうしただろうな。だけど、風太が風の大精霊と契約したし、この先のことを考えるとこういうのも必要かと思ったんだ」
【先のこと、ですか】
そう、先のことだ。
今のところ三人は一緒に魔王の下へ行って話を聞くとなっている。だが、話し合いにならないと判断した場合、俺はあいつらを逃がすつもりなのだ。
歳を食った俺が魔王を倒せるかどうかは半々ってところだがな。
ただ、万が一俺が負けた場合、恐らく倒せるのは風太達だけになる。そこで逃げておけば、後で力をつけて対抗できるようになれるだろう。火や水の大精霊を探すのもアリだ。
【……なんか、死にに行くみたいですよリクさん】
「お。そのつもりはマジで無いんだけどな。前の世界のこともあるし、ちょっと尻込みしているのかもしれないな。メルルーサが俺を覚えているかどうかが重要だ」
【あの三人から離れているから本音が出ているんじゃあありませんか? 頼られるのはいいことですけど、ずっと気を張っていると疲れちゃいますから】
「魔族が知ったようなことを言うなっての」
【ご明察のとおり、ミズキの受け売りですよ】
などと言って、シッシッシと変な笑いをするレスバ。……そういや向こうでもずっとそうだったからそういうもんだと思っているけどな。
しかし、当初は高校生達を戦いにも駆り出さず帰すつもりだったんだが、上手くいかないものだ。
【わたしの記憶もよくわかりませんし、早く魔王様に会ってくださいね】
「ああ、その件もだな」
レムニティとグラジール、それとレスバ。
アキラスはともかく先の幹部は俺と戦っているので知らない理由は不明……。だが、少し気づいたことがある。
キーになるのは【召喚】だ。
【そういえば三人が居ない時、その本をずっと読んでいますね? なんですか? 面白……いや、まさかエッチな本……】
「違うっての。そういやそういうのもしてないな」
【へっへっへ、お兄さんお相手しやすぜ。……いだぁ!?】
「夏那と同じくらい貧相なくせになにを言ってんだ、ああ?」
【あ、最低ですね! カナに告げ口をしますからね!】
「へいへい、好きにしろっての」
横でキーキーうるさいレスバは放っておいて手綱片手に本に視線を戻す。実は手が空いている時に読んでいるこれこそ、俺が気づくきっかけになったものだ。
メルルーサに出会った時にあいつが記憶を持っていなければ恐らく俺の予想は当たっていると思う。
そんなじゃれ合いをしていると、馬に乗った騎士が近づいてきて声をかけてくる。
「リク殿、楽しそうですね」
「そんなことはないって。どうしたんだ?」
「いえ、先程、先頭のフウタ様が魔物と遭遇して倒したのでご報告です」
「お、そうか。サンキュー」
進行が止まらずに倒したということは即座に始末したってところか? 数が少ないのもあるかもしれないが、あいつも強くなったなと思う。ホント、最初のプランと変わっちまったな。
「リク殿のパーティは全員お強いので安心ですよ」
「俺は複雑だけどな。他に問題はありそうか?」
「今のところ特には。キャンプ生活に慣れていない者がいるのでケアが欲しいところですが」
「甘えてんな……。と言いたいところだが、士気に関わるのも悪いな。町に到着したら希望者は宿に行かせていい。ただ、その次の町は他の騎士が泊まるようにしよう」
「ハッ、次の休憩で伝達しておきます! ありがとうございます!」
恐らくこの話がメインだったなと胸中で苦笑しながら離れていく騎士を見送る。
【キャンプ生活、悪くないと思いますけどねえ。テントもあるし】
「冒険者ならいざ知らず、騎士みたいにある意味温室育ちで訓練していたり、家でしっかり休んでいる連中にはキツイんだ。これは実体験があるから間違いない」
聖女の護衛であるクレスが最初に旅に出たときの狼狽えようは傑作だった。トイレはその辺の草むらってあたりで冷や汗が凄かったな。
用を足すのに鎧を脱がないといけないわけだが、その際、魔物に襲われたらとビクビクしてた。
「……懐かしいな」
もう一度でいいから会ってみたい。イリスには会えそうだが、他にもお礼を言いたい奴は多いからだ。
死んでしまった者達を含めて、もう一度。
「叶うだろうか」
【なにがです?】
「あ、いや、なんでもない」
いつかは必ず来るし、それは近いかもしれない。
まずは目の前のことを。
そして魔族の襲撃が無いまま俺達はグランシア神聖国を越えて、エルフの集落へ近づいていく――
◆ ◇ ◆
【……アキラス、レムニティ、グラジール。あの三人はどこへ行った……? 国は健在なのに姿を見せぬとは】
【如何しますか?】
【人間どもに殺られたのであれば自業自得だが、それほど強力な戦士が居るなら慎重に動かねばなるまい】
【では、レムニティ様達の捜索を……。ん? なんだ、随分と人間が多いですね】
グランシア神聖国上空に、魔族である二人組がそんな会話をしていた。
アキラスやグラジールはいざ知らず、レムニティが連絡をしないということが考えられないため、リク達とは違うルートでヴァッフェ帝国へ偵察をしていた。
しかし、レムニティは見つからず、ロカリス王国を攻撃していたアキラスも見つからないということで魔王の下へ戻ろうとしている最中だった。
【どこかへ向かっている……。魔王様の下か?】
【メルルーサ様が健在であれば海は使えませんが……】
【ふむ。襲撃をするか】
【いえ、待ってください。どこへ行くか見届けましょう。そこで一網打尽……いかがです?】
その言葉に、幹部と思われる長髪の魔族がにやりと笑い、頷いた。
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