第29話
久太郎と
「併せのメンバーを増やすとして、どんなコスプレイヤーを探せばいいだろう?」
「やっぱり、トップコスプレイヤーさんのどなたかでしょうか?」
凛が応える。
「それはもちろんポイント的にも上位の誰かを迎え入れたいところね。……だけど、なかなか難しいと思うわよ」
累計ランキング上位にいるようなコスプレイヤーたちは、みな個性的だ。
それゆえに割とぼっちなことが多い。
基本、孤高なのである。
他にもトップコスプレイヤーにぼっちが多いのには、『ストイック過ぎるコスプレとの向き合い方が他者とまったく馴染まない』とか、『コスプレに関しては一から十まで全部自分で決めたがる我の強い人間が多い』とか、色々と理由がある。
スポットならともかく、長期で併せの固定メンバーとしてコスプレ部に協力してくれるような者は、なかなかいないだろう。
少なくとも凛にはちょっと思い当たらなかった。
凛は尋ねる。
「ねえ瑠璃。貴女はどんなコスプレイヤーと併せたいの?」
「わたし? んー、そうだなぁ……」
瑠璃は少し考える素振りを見せるも、首を振った。
「……よくわかんないや。だってこういうのってフィーリングじゃん? だから部室でアレコレ考えたって仕方がないよ。実際にイベントに行ってみて、これだー!って言うひとを見つけてから声を掛ければよくない?」
「ま、それもそうね」
こうしてコスプレ部は、メンバー探しのためコスイベに参加することを決定した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日の部活動が終わり、解散となった。
徒歩通学の久太郎と瑠璃は、茜色に染まった夕暮れどきの空の下を歩く。
アスファルトの地面にふたつの長い影を伸ばしながら、ふたりはとぼとぼと並んで帰宅する。
帰路の途中、久太郎が本屋に寄り道がしたいと言い出した。
愛読しているライトノベルの発売日なのだと。
「じゃあ瑠璃。俺はあっち見てくるから」
「ん、わかった」
本屋に着くなり、久太郎はラノベコーナーへと向かった。
残された瑠璃はぶらぶらと本を見て回る。
ここは日本全国に十数店舗を展開する大型書店の一店舗だ。
売り場スペースが広い。
多くの雑誌や書籍が陳列・販売されていて、本好きの人間であればそれらを眺めているだけでも飽きないだろう。
瑠璃はあれこれとコーナーを冷やかしていく。
ファッション雑誌コーナー。
一般書籍コーナー。
そしてやがて立ち寄ったコミックスコーナーで、瑠璃はひとりの少女を見かけた。
(……わぁ。この子、すっごい可愛い……)
歳の頃は瑠璃と同じくらい。
黒髪をミドルの位置でツインテールに結った、見目の良い美少女である。
近隣高校の制服を着ている。
少女はコミックスコーナーの通路に立ち、書店員の後ろ姿を見ていた。
書店員はせっせとコミックスを整理している。
売れ残ったコミックスを棚から抜き取り、返品ボックスへと放り込んでは、次々と新刊コミックスに差し替えていく。
ツインテの少女はまばたきもせずに、その作業の様子を見つめていた。
その横顔はとても辛そうだ。
瑠璃は無性に彼女のことが気になった。
どうしてこの少女は、こんな世界が終わってしまいそうなほどの悲壮感を漂わせているのだろう。
瑠璃は少し離れた位置から、少女を見守る。
作業は進む。
やがて書店員が、棚差しされていたとある一冊のコミックスに指をかけた。
少女の肩がびくんと震える。
書店員はそのままコミックスを抜き取った。
返品ボックスに放り込む。
流れるような一連の作業だ。
そこにはなんの感慨もない。
ただ一冊のコミックスが、返品ボックスへと放り投げられて、パサリと音を立てた。
それだけだ。
少女の表情がくしゃりと歪んだ。
だんだんと目が赤くなっていく。
瞳を潤ませ、下唇を噛んだ少女のその顔は、もはや泣き顔と言っても過言でなかった。
◆
ツインテ少女が、瑠璃の視線に気付いた。
振り向き、声を掛けてくる。
「……なに?」
少女の言葉は素っ気なかった。
瑠璃は慌てて応える。
「あ、あはは……。ごめんね、なんかじっと見ちゃって」
「別にいいけど」
せっかく言葉を交わしたのだ。
瑠璃はさっきから気になっていたことを尋ねてみる。
「ね、なに見てたの?」
「何って、あれだけど」
瑠璃は少女のそばまで歩み寄り、彼女の視線をたどる。
そこには返品ボックスが置かれており、今しがた書店員の手により放り込まれた一冊のコミックスがあった。
瑠璃は何の気なしに、カバーの文字を読み上げる。
「ふぅん、タイトルは『屑鉄街と少女のみた夢』かぁ。作者名は、ええっと、これ、なんて読むんだろう?」
「……『
「へぇ、そんな風に読むんだ」
少女が続ける。
「……どうせあなたも、つまんなそうなコミックスだとでも思ってるんでしょう? 何たって売れ残って返品されるような本だものね。こんなの版元にとっても、取次や本屋さんにとっても、お荷物以外のなんでもない……」
少女の声色には自虐的な響きが混ざっていた。
つまんなそうなコミックス。
問われた瑠璃は改めて返品ボックスに入れられたそのコミックスを眺めた。
スチームパンクものだ。
カバーイラストは少し暗めのトーン。
だが精緻に描き込まれた屑鉄の街と、そこで手を取り合う薄汚れた姉妹のイラストが妙に瑠璃の胸を打った。
これは昨今よくみる気楽に読めそうな部類のコミックスではない。
しかし、だからといって、つまらなそうなんてことは決してない。
瑠璃は思ったままを口にする。
「なんで? 面白そうじゃん?」
「えっ」
少女が伏せていた顔をあげた。
驚いたように瑠璃を見る。
「……ほんとに? 本当に面白そうだと思う?」
「はえ? 嘘なんかつかないし。ふつうに面白そうだよ? なんか表紙の女の子たちが気になるって言うか、読んでみたいと思うけど」
少女の頬が上気した。
パチパチと数回瞬きをし、浮かんでいた涙を袖口で拭ってから瑠璃をみる。
わずかに救われたような顔で微笑む。
「……ぁ、りがと……」
少女は小さく呟くなり返品ボックスへと近づき、そこから話題にしていたコミックスを取り出した。
驚く書店員に、購入の意志を伝える。
「これ、買うから! それとあなた、ついて来て!」
少女は瑠璃の手を引いてレジまで赴くと、手早く会計を済ませた。
買ったばかりのコミックスを、驚いた顔の瑠璃へと差し出す。
「ね、これあげる!」
「え⁉︎ ちょ、なんで⁉︎ もらう理由ないし――」
「いいの! あげるから! だって面白そうって言ってくれたでしょ? だから読んでくれたら嬉しい」
少女は有無を言わさず瑠璃にコミックスを押し付ける。
そして、どこかへと走り去っていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
瑠璃は久太郎と合流し、家に帰ってきた。
部屋着に着替えると、貰ったコミックスをカバンから取り出してさっそく読もうとする。
けれども間が悪かった。
ちょうどスマートフォンのメッセージアプリにメッセージが届いたのだ。
アプリを見れば、メッセージをくれたのは中学時代の友人だった。
瑠璃はコミックスを机の引き出しに入れて、旧友とのやり取りを始める。
互いの近況を報告しあう。
懐かしい思い出なんかをやりとりすることに夢中になる。
そうして瑠璃は旧友とのメッセージを交わしているうちに、貰ったコミックスを少しも読まないまま、その存在を忘れてしまった――
No.1コスプレイヤーを目指すブラコン妹の話 猫正宗 @marybellcat
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