宵宮夜海
第27話
4月の末日がやってきた。
月末といえばコスランのランキング更新日である。
土曜日で休校の部室に集まった部員たちは、ランキング更新の時間を今か今かと待っている。
そこには新たに外部協力部員となった
現在時間は正午ぴったり。
一同、固唾をのんでPCモニターを見つめていると、月間ランキングページが更新された。
「き、きた!」
かと思うとモニターから目を逸らす。
「わ、わたし無理ぃ! だ、誰か代わりに確認して!」
瑠璃と入れ替わりで
久太郎はマウスホイールをくりくり回して、上位から順にページをスクロールしていく。
――50位。
ここまで瑠璃の名前はない。
――100位。
ここまで瑠璃の名前はない。
――200位。
ここまでスクロールしても、まだ瑠璃の名前はない。
ランキング画面が流れていく。
もう間もなく最後だ。
久太郎は考える。
やはりコスラン登録後、最初のランキング更新初っ端からのランクインは、瑠璃には荷が重かったのだろうか。
思えば東京コミティスでは、前半良い流れでカメラマンを集客出来ていたものの、後半になって凛にすべてを持っていかれた。
その次に参加したサン池コスでは、素晴らしいルイゼを披露したものの自分以外への見せ場がほぼなかった。
だからこの間に瑠璃が集められた★もフォローも、それほど多くはない。
久太郎は緊張の面持ちで、最後の画面スクロールを行う。
しかしてそこに、瑠璃の名前を見つけた。
全300位中、ギリギリ300位だ。
その位置に『天ヶ瀬瑠璃』の記載がある――
久太郎は思わずガッツポーズをした。
「よし! ランクインしたぞ瑠璃!」
「ホ、ホントに⁉︎」
「嘘なんかつくかよ! とりあえず見てみろって!」
瑠璃は薄く目を開いて、恐る恐るモニターを覗き込んだ。
そして自分の名前を確認する。
「ほ、ほんとだ……! ある。……や、やった! わたし月間ランキングに入った! いえーい、やったー!」
300位ギリギリと言えども、ランクインするのとしないのでは雲泥の差が生まれる。
コスプレイヤーとしての注目度が段違いになるのだ。
注目度が上がれば、それだけ★もフォローも得やすくなる。
茉莉花との約束の期限までもう間がないこともあり、瑠璃はここで是非とも月間ランキングの隅にでもランクインしておきたかった。
これでひとまず、最初のハードルはなんとかクリアした形だ。
凛はわずかに優しい顔をしながら、久太郎と一緒に喜ぶ瑠璃を見守っていた。
◆
コスラン4月のランキング結果は、
累計ランキングに順位変動はなし。
茉莉花が累計1位、そして凛が累計9位のままである。
「……あ、そうです、みなさん」
京子が言う。
「瑠璃さんのランキング入りをお祝いしませんか? それに灰羽さんの歓迎会もまだですし、どうせなら一緒にお祝いしちゃいましょう」
特に反対意見はでない。
こうしてコスプレ部の面々は、日を改めて、ゴールデンウィーク中に親睦を深めるべく遊びに出かけることになった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
数日後。
街で集合した面々がやってきたのは、カラオケ店だった。
テーブルを挟んでふたつあるソファの片側に久太郎と瑠璃、もう片側に京子と凛が並んで座っている。
テーブルには大量のスナック菓子とジュースのペットボトル。
みな私服だ。
瑠璃は初夏も近いこの季節によく似合う、パステルグリーンのブラウスとショートパンツ。
ショートパンツからすらりと伸びた白い脚が、健康的で快活な印象を与える。
凛はゆったりめの白ブラウスに細身のデニムパンツと高めのヒールを着こなしており、大人びた雰囲気だ。
まだ高校生だというのに、女子大生と紹介されても違和感がない。
京子は上下スウェットである。
普段のジャージ姿とあまり変わりがない。
京子はいつもと同じように襟を立て、これまたいつも通りに瓶底メガネで顔を隠していた。
◆
ところで本日の行き先にカラオケ店を希望したのは、誰あろう瑠璃である。
瑠璃は歌うのが好きだ。
中学校時代なんかはよく同級生の女子なんかとカラオケに行き、流行のポップスを歌ったものである。
今回瑠璃がカラオケに来たがったのには理由がある。
その理由とはアニメソングだ。
このところ瑠璃はアニソンが歌いたくて仕方がなかった。
とても歌いたかった。
というのも瑠璃はオタクに目覚めてからというもの、連日のアニメ視聴でアニソン知識を仕入れるばかり。
覚えたてのそれを歌って発散する機会が、まだなかったのである。
「よぉし、歌うぞー」
マイクを握った瑠璃は、デンモクを操りいそいそと曲を予約する。
「一番! 『
カラオケルームの天井両角に設置されたスピーカーから、イントロのメロディが流れ出した。
瑠璃が歌い始める。
元気いっぱいで伸びやかな声だ。
久太郎は腕組みをして、うんうんと頷きながら耳を澄ました。
「……ほほう、これが瑠璃の歌か」
久太郎も瑠璃とカラオケに来るのはこれが初めてである。
瑠璃の歌唱力は高かった。
その歌を聴いて、久太郎は思う。
やるな、こいつ。
兄の贔屓目を差し引いても瑠璃の見た目は抜群に可愛いし、案外こいつなら、アイドル歌手でもやっていけるんじゃないか。
久太郎がそんなことを考えているうちに、瑠璃が歌い終わった。
「ふぃー! 気持ちよかったぁ!」
溜まっていたアニソン歌唱欲求をいくらか解消できたのか、瑠璃はすっきりとした顔をしている。
目を細めて満足げだ。
「じゃあ次はねー、
瑠璃がふたりに向けてマイクを差し出した。
京子があわあわしてから遠慮する。
「わ、私は、歌うのは、ちょっと恥ずかしいので! み、皆さんの歌を聴いています……」
「えー? なんで? 歌うと気持ちいいよー? 恥ずかしがんないでいいじゃん」
「で、でも」
「それに京先輩、聴いてるだけじゃ楽しくなくない?」
「そんなことないですよ。わ、私、こういう場所にお友達と来たこと自体が初めてですから、聴いてるだけでもう十分過ぎるくらい楽しんでいます」
「……うーん、そっか」
あまり勧めすぎるのも悪い。
瑠璃は京子に無理に歌わせるのはやめて、凛にマイクを向けた。
「凛先輩は?」
凛が無言でスッとマイクを受け取った。
選曲し、立ち上がって前に出る。
慣れた雰囲気だ。
「お? 凛先輩ってば、もしかして結構歌う感じ?」
「ええ。発声練習も兼ねて、カラオケにはちょくちょく通っているわ。……ひとりで」
話している間に、カラオケ画面が切り替わった。
画面には『残酷な天使のアンチテーゼ』と表示されている。
アニソン史を代表する名曲である。
背筋を伸ばした凛が、メロディに合わせて歌い出す。
透明感が高く美しい声色が、個室に反響する。
発声がよくガイドメロディをひとつも外さない歌いっぷりは、本職の歌手も顔負けだ。
凛が歌い終わると、三人は惜しみない拍手を送った。
「す、すごい! 凛先輩プロ級じゃん!」
「ほんとに。割とテンポの速い曲なのに、何故かスゥッと自然に胸に沁み入ってくるような歌声で……。あ、私、なんだか涙が……私、灰羽さんの歌、好きです。もっと聴いていたいです」
「そ、そうかしら? そんなに褒められると、なんだか照れてしまうわね……」
凛は少し頬を赤くし、咳払いをしてから席に戻った。
それを見て、久太郎が立ち上がる。
「今度は俺の番だな!」
久太郎がマイクに手を伸ばす。
そこに瑠璃の手が割り込んだ。
サッとマイクを奪い去る。
「あんたは後! わたしも凛先輩に負けてらんないし! 次はわたしが『お願いマッシブ』、歌うかんね!」
瑠璃が踊りながら元気に歌い上げる。
京子はタンバリンとマラカスを両手で振り、音頭をとりながら歌を
瑠璃の歌が終わると、今度はまた凛の番だ。
コスプレ部の面々は、こうして親睦を深めていった。
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