第25話

久太郎は瑠璃の手を引き、イベントホールの端へと連れて行った。

主催者連中が二人を遠巻きに眺めている。


「さあ、撮影を始めようか」


久太郎は瑠璃から数メートル離れた場所に立つと、カメラを掲げて瑠璃に見せた。


実は久太郎は、まだ瑠璃のコスプレを撮影したことがない。

部室で初めて瑠璃のコスプレ姿をみたときもそうだし、前回参加した東京コミティスでも恥ずかしがった瑠璃は久太郎に撮影を許さなかったのだ。


瑠璃は涙声で応える。


「……別に無理に撮らなくてもいいよ。だってわたしのコスプレ衣装、変なんでしょ?」

「んな訳ないだろ。お前の衣装は変なんかじゃない。すずな先輩も言ってたじゃないか。お前のコスプレ衣装、好きだってさ。もちろん俺も好きだぞ?」


久太郎は本心からそう思っている。

瑠璃が丁寧に手作りした衣装なのだ。

想いが込められていて、手抜きがない。

それに仕上がりだって、あの連中がこき下ろした程に悪いものでは決してない。

けれども瑠璃は、久太郎の言葉に納得しない。


「……適当なこと言わないで。だってあの人たち、言ってたもん。変だって。わたしコスプレの才能ないんだって、ぶっちゃけイマイチなんだって……」


話しながら瑠璃はまた涙目になっていく。

久太郎はやれやれと肩をすくめた。


「んな訳ないって言ってるだろ? なぁ瑠璃。あんな奴らの言うことより、俺の言うことを信じろよ」


久太郎がカメラを構えた。

ファインダー越しに瑠璃を眺める。

瑠璃はまだショボくれている。


……なんとか元気付けてやりたい。


そんな想いを指にこめて、久太郎はシャッターボタンを押し込む。

パシャリと音がした。

瑠璃の身体がびくんと震える。

頭から足もとまで。

背筋を真っ直ぐに電流が通ったような刺激に、瑠璃の身体が反応した。


瑠璃は戸惑う。

なんだろう、いまの感覚は……。

久太郎が瑠璃に向けて初めてのシャッターを切った瞬間、何かが身体の内側に生まれた。

それはとても幸福で、気持ちの良いものだ。

暖かいものだ。


困惑する瑠璃に気付かず、久太郎は撮ったばかりの画像を確認している。

そして呟いた。


「……うん、やっぱりいい写真だよ」


久太郎は続ける。


「なぁ瑠璃、俺は思うんだけどさ、お前はコスプレの才能あるよ。だって『好きこそ物の上手なれ』って言うじゃん? この写真みてると分かるよ。……ああ、瑠璃ってコスプレが好きなんだなぁってさ。それはつまり、才能なんだと思うぜ?」


久太郎の言葉は的を射ていた。

瑠璃はコスプレを愛し始めている。

それは瑠璃自身、まだ自覚はしていない気持ちだ。


「お前がコスプレを始めてから、まだたったひと月だけど、その間一番近くでずっと見てきた俺が言うんだ。間違いない。お前はコスプレが好きだよ。じゃなきゃ誰に言われたって、自分で衣装を作ってイベントに参加したりなんか出来ないって。がんばって作った衣装をこき下ろされて、そんな泣きそうにならないって――」



撮影をしながら、久太郎は瑠璃に語り始める。


「なぁ瑠璃。このひと月、楽しかったよなぁ……。親父たちがどっかいって、お前がうちの学校に入学してきて、かと思うとコスプレ部に入部してきてさ。ほんとドタバタで、けどやっぱり俺とお前のことだから喧嘩は絶えなくて。それでも、お前と一緒にいる時間が増えて俺は嬉しかったんだ」


パシャリ、パシャリ。

語りかけながらも、久太郎は構図を考えながら次々とシャッターを切っていく。

その度に瑠璃の身体が震える。


「一緒に夜通しアニメを観たのも楽しかったよ。……あはは、なんか昔に戻ったみたいな気がしてさ。楽しかった」


瑠璃は応えない。

けれどもシャッター音に紛れて届く久太郎の言葉を、ひとつも聞き漏らすまいと耳を澄ませている。


「いつからだろうな、俺たち言い争ってばかりになっちまって……喧嘩ばっかするようになってさ。……でも俺はそれでも良いと思ってたんだよ。だって喧嘩してる最中、俺に文句言いながら、なんだかんだでお前生き生きしてるし、突っ掛かってくる割にはちょっと楽しそうに見えたしさ」


久太郎は口では荒ぶりながらも、いつもどこか嬉しそうにしている瑠璃の顔を思い出した。

クスリと笑う。


「俺は兄貴だからさ。妹が泣いてたらどうしても泣き止ませたいって思うし、お前にはいつも笑顔で過ごして欲しいと思っちまう。だからさ、瑠璃、笑ってくれよ。お前には泣き顔なんて似合わないよ。いつもみたいな生意気な顔で、俺に突っ掛かってこいよ。……それにさ、いまのお前はルイゼなんだろ?」


久太郎はふと思った。

この状況、瑠璃が『ルイゼ』なら自分は『咲人さきと』だろうか。


――悔しいからって泣くなよ。なんとかしてやりたくなっちまうだろ――


それはセロの使い魔の主人公である咲人が、ヒロインのルイゼに向けて放ったセリフだ。

咲人は異世界の魔法使いであるルイゼに召喚され、使い魔として使役されながらも、主人であるルイゼとの恋を育んでいくことになる。


久太郎は不思議な気持ちがした。

咲人の気持ちに、自分の想いが重なったのだ。

瑠璃に、ルイゼに、泣いて欲しくない。


「……なぁ、ルイゼはそんなショボくれた顔で、咲人を見るか? 違うだろ。ルイゼはさ、そりゃあ落ち込むときもあるけど、いつも勝ち気でさ」


思えばルイゼと瑠璃って似てるよなぁ。

そんなことをぼんやり考えながら、久太郎は瑠璃をみた。

ルイゼの衣装がよく似合っている。

久太郎は言う。


「だから瑠璃……。泣き止んで、俺にお前のコスプレを見せてくれ」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


久太郎に撮影されながら、瑠璃は感じていた。

シャッターが落ちるたびに身体が痺れる。

背中に電気を流されたみたいになる。

久太郎の込めた想いが、シャッター音に乗って伝わってくる――

それは心地のよい感覚だった。


久太郎の話に耳を傾けながら、瑠璃は思う。

このひと月、コスプレのことばかり考えていた。

その間、ずっと久太郎と一緒にいられた。

とても嬉しかった。


……瑠璃はふと考える。

そういえば、自分はなぜコスプレを始めたのだろうか。


きっかけは茉莉花への対抗心だった。

ほかには久太郎が熱く語った幻のコスプレイヤーへの嫉妬心。

それもあっただろう。

どちらも偽りのない気持ちだ。

でも両方とも一番の理由ではない。


瑠璃は顔をあげた。

涙ぐみ、潤んだままの瞳を久太郎にむける。

瑠璃がコスプレを始めた、その本心からの理由は――


(……お兄ちゃんに、見てもらいたい……)


コスプレイヤーとしての瑠璃の原点。

それは久太郎だ。

久太郎にコスプレ姿を見せ、ただ可愛いと言ってもらいたい。

それが瑠璃の始まりだった。

その気持ちは凛と出会い、本物のコスプレに憧れ、あんな風になりたいと願うようになった今でも変わらない。


瑠璃の根っこにあるのは、いつも久太郎なのだ。

その想いだけは、これから先もずっと変わることはない。


(わたしの、コスプレ)


瑠璃は凛から言われた言葉を思い出していた。

貴女のコスプレを見せなさい――


瑠璃は強く自覚する。


(……うん、いまなら分かるよ……)


わたしのコスプレ。

久太郎に、大好きなお兄ちゃんに見てもらいたい。

それが私の、天ヶ瀬瑠璃のコスプレなんだ。



瑠璃は内心苦笑した。

我ながらつまらない理由だと思う。

ふふっと笑う。


ファインダー越しに瑠璃を覗いていた久太郎が、瑠璃の変化に気づいた。

瑠璃の肩から力が抜けた。


自然体に戻った瑠璃は、一度だけ鼻を啜ってから手の甲で涙を拭う。

久太郎をみた。

その瞳には勝ち気な色が浮かんでいて――


「……あんた使い魔のくせに、生意気よ!」


瑠璃がよく通る声で久太郎を罵倒した。

久太郎はカメラを構えていた腕を下ろし、瑠璃に柔らかく微笑みかける。


「……もう、大丈夫か?」

「ふ、ふんっ! 当たり前じゃん! あんた、誰に物を言ってるわけ?」


瑠璃のコスプレが始まる――

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