第24話

凛が聞き耳を立てる隣で、京子みやこは久太郎に尋ねる。


「評判が最悪? それってどういう……」

「なんかここの主催者たち、いつも単発のイベントを開いては内輪で盛り上がるだけらしいんだ。自分たち以外のコスプレイヤーやカメラマンからは参加費を取るだけで相手もしないし、イベント開催費用の足しくらいにしか思っていないらしい。……ほら、この書き込み見てくれ」


久太郎が画面を見えるようにしてスマートフォンを差し出した。

京子は表示されている検索結果を眺める。

そこには過去のイベント参加者からの、主催者連中に対する不満がいくつも書き込まれてあった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


午後になった。


午前中はまだちらほらと見掛けられた野良カメラマン(ふらりとイベントなどにやってきて、色んなコスプレイヤーを撮影していくカメラマンをこう呼ぶ。特定の撮影対象は持たない人々)は、もうすっかりいなくなった。


瑠璃以外のぼっち参加レイヤーも、イベントの雰囲気に辟易へきえきして既に全員撤収している。


瑠璃はというと、イベントホールの壁際で立ち尽くしていた。

撮影はまだほとんど出来ていない。


瑠璃はしょぼくれていた。

所在なげに立ち尽くす姿には、まるで力がない。

俯きながら、それでも時折顔をあげて主催者連中を眺める。


主催者たちは多いに盛り上がっていた。

歓談し、身内だけでイベントを楽しんでいる。


瑠璃は彼らを眺め、しばらく躊躇ためらった後、覚悟を決める。


「……よし。こうしてても仕方がないよね。もう一度、お願いしてみよう」


瑠璃が壁から離れた。

ホール中央へ、主催者たちの輪に近づいていく。

そしてカメラマンに声を掛けた。


「あ、あの! ちょっといいですか?」


カメラマンが振り向いた。

瑠璃をみて呟く。


「……ああ、午前中に少し話したルイゼの。今度はなに?」

「あの、良ければわたしも撮影して欲しいんですけど……」

「撮影ぃ? しつこいなぁ」


カメラマンは迷惑顔だ。

不快そうに眉間に皺を寄せて、改めて瑠璃のコスプレを眺める。

そしてため息をついた。


「しつこく撮ってくれって言う割には、キミのコスプレ大したことないよね? 大体いまどきルイゼって選択も時代遅れだし、もっと他になかったの? それでもまぁ衣装がハイクオリティならまだ良いよ? でもキミのその衣装、笑っちゃうくらい素人感丸出しじゃない。メイクも変だし、ぶっちゃけて言っちゃうとイマイチなんだよね」


瑠璃はスカートの裾をキュッと握りしめた。

肩が小さく震えている。

話しているうちに興が乗ってきたのか、意地の悪いカメラマンはどんどん饒舌になっていく。


「どうせ通販で安物の既製品でも漁ったんでしょ? ……あ、わかった。それでルイゼかぁ。ルイゼの衣装が売れ残ってたんでしょ。ねぇ、その衣装が一番安かった? あはは、それでキャラも知らないのに、買っちゃったんだ?」


瑠璃は咄嗟に反論する。


「ち、違います! この衣装はちゃんと、わたしが自分で作って――」

「キミがぁ⁉︎ ぶふっ、それキミが作ったの? 下手くそだねぇ! コスプレの才能ないんじゃない?」


主催者たちが瑠璃とカメラマンとの会話に気づいた。

どうした、なんか揉めてるのか、なんて口々に言いながら瑠璃を取り囲んでいく。


主催者たちは瑠璃の衣装を検分し、あれがダメだとかここの出来が酷いとか好き放題言い始めた。

集団で瑠璃のコスプレを小馬鹿にし、笑いあう。


瑠璃は何も言い返せなかった。



事態を見守っていた京子が呟く。


「……酷い。いくら何でもあんなの酷すぎます……」


京子は凛を見やる。

今日、このイベントに参加するよう瑠璃に申し付けたのは、他ならぬ凛だ。

たまらず問い質す。


「……灰羽さん、貴女は知っていたのですか? こんな酷いイベントだと知っていて……それを承知で、瑠璃さんを参加させたのですか⁉︎」


非難の目を向けられた凛は小さく嘆息した。

京子に応える。


「……知ってたわけないじゃない」


凛は本当に知らなかった。

ただ開催時期が近かったのと、イベント規模がコスプレ初心者の瑠璃にちょうど良いと思ってサン池コスを選んだだけだ。

もし知っていたら参加などさせる筈がない。


というよりも、凛は怒っていた。

目の前で繰り広げられる暴挙に、はらわたが煮え繰り返っていた。

凛はコスプレを愛している。

その彼女の目の前で、コスプレ初心者である瑠璃が言葉の暴力に晒されている。

コスプレが冒涜されている――


「……許せない……」


凛が動いた。


「いいわ。私が彼らにコスプレを教えてあげる」


足を踏み出しながら、凛は考える。

今日は見物だけのつもりだったから、コスプレ衣装は持ってきていない。

だから瑠璃からルイゼの衣装を借りよう。


凛もセロ魔は知っていた。

ルイゼならやれる。

もちろん即興のコスプレでは凛のもつ本来のパフォーマンスは出せないが、それでも瑠璃を口汚く罵る主催者連中を黙らせ、瑠璃に代わって格の違いを見せつけてやるくらいは出来る。


憤りを胸に秘め、凛はまた一歩足を踏み出した。

しかし、そのとき――



凛の背後から手が伸びてくる。

その手は凛の肩を掴み、ぐいっと後ろに引っ張った。


「ちょっと待ってくれ」


肩を引いた人物が、凛と入れ替わりに前にでる。


「天ヶ瀬くん⁉︎」


凛が驚く。

久太郎は微笑みながら、凛を振り返った。

穏やかな口調で言う。


「……灰羽さん、ありがとうな。瑠璃のために怒ってくれてるんだろ?」

「そ、それは……そんなの、当たり前でしょう」

「うん、そうだな。俺も怒ってるよ。あいつらめちゃくちゃ酷いもんなぁ。だから灰羽さんにあいつらを懲らしめてもらいたいって気持ちは正直ある」


久太郎は続ける。


「……でもそれじゃダメなんだ。だってさ。灰羽さんが全部終わらせちゃったら、瑠璃のやつ、せっかく自分で衣装を作ってまで参加したイベントなのに、今日という日に嫌な思い出しか残せなくなるだろ? それだと瑠璃が可哀想だよ。瑠璃はがんばったんだから、俺は瑠璃に報われて欲しいんだ」


久太郎は凛を押しとどめ、イベントホールの中央へと歩いていく。

主催者連中が瑠璃を囲む中に割って入り、そこから瑠璃を引っ張りだした。


「よう、瑠璃」

「――ッ」


瑠璃は下唇を噛んで、涙を堪えていた。

久太郎は瑠璃の頭にポンと手を乗せる。


「ほら、そんなショボくれた顔すんなって。お前はいつもみたいに生意気な顔してる方が似合ってるよ」


瑠璃は応えない。

ただ我慢している。

少しでも口を開けば、堪えている涙がこぼれそうなのだ。


瑠璃はこんなやつらに泣かされたくなかった。

だから気丈に耐えている。

そんな瑠璃を眺めながら、久太郎は優しく笑いかけた。

そして提案する。


「なあ瑠璃。もうこんな奴らに頼らなくてもいいだろう。……撮影するの、俺じゃダメか? 俺にお前のコスプレを撮らせてくれよ」

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