第23話
表の通りでスズメがちゅんちゅん鳴いている。
イベント当日の朝。
瑠璃はついにコスプレ衣装を完成させた。
「で、できたー!」
仕上がったばかりの衣装を両手で広げる。
頭上に掲げた。
「……はぁぁ、疲れたぁ。わかんないことだらけで、もう間に合わないかと焦ったよぉ……。でも何とか間に合った! やるじゃん、わたしぃ」
自画自賛する。
この衣装は、何度も何度も手直しを繰り返しながらようやく完成したものだ。
出来映えは
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
コスプレ部の面々は朝から駅に集合し、電車に乗り継いで本日のイベント会場となるサンガーデン池袋へとやって来ていた。
ここは超高層ビルであるサンガーデン60を中心として、ショッピングモールやレストラン、映画館、水族館、プラネタリウムに展望台などが集まった複合商業施設だ。
大小のイベントホールも完備されている。
今日のコスプレ会場は、その中でも小さめなイベントホールである。
広さはせいぜい一般的な学校の体育館程度。
一部のコスプレイヤーやカメラマンなどが主催者として集まり開催された、小規模な室内イベントだった。
「お、おまたせ」
コスプレ衣装に着替えた瑠璃が、控えスペースで待つ久太郎と京子のもとに戻ってきた。
そこには先ほど会場で合流した私服姿の凛もいる。
瑠璃は久太郎の少し手前で足を止めた。
もじもじと、恥ずかしげに身を捩りながら尋ねる。
「……ど、どう? 何のキャラか分かる?」
瑠璃はピンク髪のロングウィッグを被っていた。
身体には白いブラウスに丈の短いスカートと、黒いマント。
手に短い棒を持っている。
膝上まである黒のハイソックスが可愛らしい。
これはアニメ『
いわゆる元祖ツンデレヒロインである。
久太郎は瑠璃のコスプレ姿を眺めて感心する。
「へぇ、ルイゼじゃないか。もちろんちゃんと分かるぞ!」
瑠璃はホッとして胸を撫で下ろす。
「うん、ルイゼだ! ……でも、瑠璃。どうしてルイゼを選んだんだ?」
セロ魔は少し古めの作品だ。
もちろんセロ魔がアニメ史に名を残す名作であることは誰の目にも明らかなのだが、古いものは古い。
久太郎は、瑠璃(少しミーハーなところがある)のことだから、もっと最近のアニメからキャラクターをチョイスすると思っていた。
瑠璃は言葉に詰まる。
「ど、どうしてって、それはだってルイゼは――って、別に理由なんて何でもいいじゃん!」
「それもそうか……。ともかく瑠璃! よくがんばったな」
久太郎は頭を撫でようと手を伸ばした。
しかし瑠璃はその手をさっとかわす。
「なっ、なにすんの! せっかく整えたのにウィッグが乱れるじゃん!」
「あっ、そうだな。すまん」
久太郎は慌てて手を引っ込めた。
すると今度は久太郎と入れ替わりで
瓶底メガネのむこうで、京子の表情が和らいだ。
「……丁寧に作っていますね。こことかここ。何度も縫い直したり手直しした跡がありますし、ブラウスのこの部分にはマチを入れてポージングしやすく工夫しています」
間近で観察された瑠璃は、なんとなく照れる。
「あはは、やるからには下手なりに頑張りたいじゃん? そりゃあ
「いいえ、謙遜する必要はありません」
京子はふるふると首を振った。
話を続ける。
「こうして眺めていると、縫い目のひとつひとつから伝わってくるのです。これは気持ちを込めて作られた衣装です。私、このコスプレ衣装、好きです」
京子の声色に嘘はなかった。
衣装制作の
瑠璃は嬉しくなった。
苦労した甲斐があった。
会話が落ち着いたら頃合いを見計らって、一歩離れた場所でコスプレ部のやり取りを眺めていた凛が、瑠璃のもとへと歩み寄った。
「言ったとおり、ちゃんとコスプレ衣装を自分で作ってきたみたいね。それにメイクも」
瑠璃は今日、コスプレメイクを自分の手で行った。
それは京子に施してもらうものより拙くはあるものの、瑠璃にとって全力のメイクだ。
手抜きはない。
瑠璃の本気を見てとった凛は言う。
「衣装とメイクは合格よ。だからあとは残る課題。私に
瑠璃はコスプレ衣装を作りながら、ずっと考えていた。
凛に出された課題。
自分のコスプレ。
それはどのようなコスプレなのだろうか。
……分からない。
けれどもきっと見つけてみせる。
今日のイベントでそれを見つけて、凛に見てもらうのだ。
瑠璃は意気込みながら、コスプレ撮影スペースへと足を踏み出した。
◆
会場入りした瑠璃は、イベントホールを見回した。
時刻は10時過ぎ。
小規模なイベントだけに来場者はまばららしい。
ぽつんぽつんと
先だって参加した東京コミティスとは比ぶべくもない規模である。
瑠璃はホールの中央を見やる。
そこに陣取るようにして男女混じえた15人ばかりのコスプレイヤーと、彼らを取り巻く30人程度のカメラマンの集団がいた。
瑠璃は差し当たり、中央の集団のもとへ向かった。
彼らは楽しげに雑談に興じていた。
コスプレイヤーもカメラマンも、みんな顔見知りだ。
とりあえず瑠璃は、集団のなかで一番近くにいた女性のコスプレイヤーに挨拶をすることにした。
「おはようございます。あ、あの、今日はよろしくお願いします!」
頭を下げる瑠璃。
コスプレイヤーが振り返った。
キョトンとして瑠璃を眺める。
「あ、はい。おはよう」
彼女はそれだけ応えると、また仲間内での会話に戻った。
反応が薄い。
瑠璃は困惑する。
続いて別のひとを、今度はカメラマンの男性に挨拶をする。
「おはようございます!」
「……ん? あー、おはよう?」
男性は曖昧な声で返事をした。
瑠璃に興味はなさげだ。
瑠璃は彼の態度に不思議なものを感じながらも、ともかく撮影をお願いしてみることにした。
「あの、カメラマンの方ですよね? もしよければ撮影を――」
最後までお願いする前に、会話が遮られる。
「撮影? あー、ダメダメ。だってボクは彼らの専属カメラマンだから」
男性カメラマンは中央で集団になったコスプレイヤーたちに指を向けた。
「彼らはこのイベントを主催したコスプレイヤーなんだけどね、僕を含めてここに集まってるカメラマンたちは、みんな彼らを撮りにきたわけ。わかる?」
話しながらも、カメラマンは瑠璃を眺めていた。
そして続ける。
「まぁ専属と言っても僕の場合、よほど気に入れば他のレイヤーさんを撮ることもあるよ? でもキミ程度じゃねえ。そりゃ顔は可愛いけど、それだけって感じだし?」
随分と失礼な物言いである。
「……う、分かりました。すみません……」
瑠璃は言い返したりはせず、引き下がった。
諦めずに別のコスプレイヤーや、カメラマンに声をかけて回る。
しかし結果は似たり寄ったりだった。
誰も瑠璃の撮影の誘いには、応じてくれない――
◆
瑠璃の様子を遠巻きに眺めていた久太郎は、首を捻る。
おかしい。
なんだこの雰囲気は?
ちゃんと挨拶をしているのに、なぜか瑠璃は相手にされていない。
これはどうしてだろうか。
久太郎はハッとする。
「――あっ! もしかして……」
久太郎はポケットからスマートフォンを取り出した。
すぐさまコスランにアクセスし、『サン池コス』の主催者名を確認する。
確認が終わると、今度は過去にその主催者が開催したイベントスレッドや雑談スレッドなんかを、手当たり次第に検索していく。
ヒットした書き込みに目を通していく。
そして呟いた。
「……不味い……これは不味いぞ……」
久太郎はスマートフォンの画面に目を落としたまま、わなわなと肩を震わせた。
京子が尋ねる。
「ど、どうしたのですか、天ヶ瀬くん?」
久太郎が顔を上げた。
京子を見てから言う。
「やばいよ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます