第22話
前触れもなく、突如として現れた茉莉花に面食らう久太郎と瑠璃。
久太郎が尋ねる。
「ま、茉莉花⁉︎ どうしてここに?」
「ちょっと買い物にきただけ。でも私、ちょうど
話しながら茉莉花は、久太郎の腕に自分の腕を絡めた。
嬉しそうにしながら身体を寄せる。
瑠璃が反応した。
「ちょ、ちょっと茉莉花さん! 出てきた途端に何してんの!」
「見ての通りだけどぉ?」
「そいつから離れて下さい!」
瑠璃は久太郎から茉莉花を引き離そうとする。
しかし茉莉花はテコでも動かない。
「こ、このぉ! は、な、れ、ろっ! そしてあんたも鼻の下伸ばさない! デレデレすんな!」
「お、俺ぇ⁉︎ いや全然デレデレしてないだろ!」
「ええー? 久ちゃん、そろそろデレてよぉ」
茉莉花は悪戯っぽい顔で「うりうり」と言いながら、久太郎の腕に胸を押し当てる。
久太郎はたじたじだ。
三人がレジ前でぎゃあぎゃあと騒いでいると、店員がこほんと咳払いをした。
呆れ顔で注意してくる。
「お客様、店内ではお静かに願います」
「す、すみません……」
三人は静まり、素直に謝罪をした。
◆
瑠璃は声のトーンを下げつつもツンケンした口調で茉莉花に尋ねる。
「……それで茉莉花さん。ここのお会計を茉莉花さんが持つって、なんで――」
「あ、気にしないでいいよー。私、こうみえても結構お金持ちなんだよ? この先ずっと、久ちゃんを養っていけるくらい稼いでるんだから」
「なんでそこで俺が出てくるんだよ……。しかもヒモ扱いだし……」
茉莉花はコスランNo.1コスプレイヤーである。
毎月のインセンティブ収入だけでも、相当な金額を稼いでいる。
対して瑠璃はまだ親からお小遣いを仕送ってもらう立場。
相応に節約せねばならない身だし、奢りの提案は正直なところかなり魅力的だ。
しかし瑠璃とて譲れぬものはある。
ぐぬぬと
「じ、自分で払うし! だいたい茉莉花さんに奢ってもらう理由なんてないじゃん! なんで奢ろうとすんの?」
「……んー、特に他意はないんだけどなぁ。強いて言うならお祝いかな。
茉莉花の態度には余裕がある。
そして先輩コスプレイヤーとして、瑠璃がコスプレを始めたことを本心から喜んでいるようだ。
瑠璃にはそれが鼻についた。
というのも瑠璃は、茉莉花の前で彼女を超えるコスプレイヤーになると宣言したのである。
だからもう(実績はどうあれ)瑠璃の気持ちの上では茉莉花はライバルなのだ。
瑠璃は茉莉花を睨む。
「……つまり敵に塩を送るってわけですか?」
「敵ぃ⁉︎」
茉莉花は驚いてから、瑠璃の視線を受け流した。
けらけらと笑いながら、正直な気持ちを伝える。
「敵もなにもないよぉ。だって同じコスプレイヤーじゃない。瑠璃ちゃんってば、どうしてそんなギスギスするかなぁ?」
暖簾に腕押しだ。
茉莉花には瑠璃の挑発を気にした様子はない。
歯牙にもかけていない。
そのことがまた瑠璃の苛立ちを膨らませる。
「もういいです!」
瑠璃は手早く会計を済ませた。
足早に店を出て行く。
口を挟まずに成り行きを見守っていた久太郎は、瑠璃が行ってから茉莉花に手を合わせた。
「……すまんな。瑠璃のやつ態度が悪くて」
「うーん、怒らせちゃったみたいだねぇ。なんかごめんね久ちゃん。結局買い物の邪魔しちゃっただけになったし、瑠璃ちゃんにも後で謝っといて」
「わかった。じゃあ俺は行くから。おい、待てよ瑠璃!」
久太郎は店外へと瑠璃を追いかけていく。
茉莉花はひらひらと手を振りながら、それを見送った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
自宅へと帰ってきた瑠璃は、さっそく部屋に篭った。
バタンと音を立ててドアを閉める。
買ってきた材料を床に広げて、その前に座った。
「……茉莉花さんめ、茉莉花さんめ、茉莉花さんめ、茉莉花さんめ……!」
瑠璃は先ほど秋葉原であったことを思い返す。
自分は茉莉花に意にも介されていなかった。
それを思い知らされたことが腹立たしく、そしてみじめだ。
「きっと、目に物見せてやるんだから!」
荒ぶりながら、衣装制作に取り掛かる。
型紙に沿って生地を裁断し、ミシンは持っていないのでチクチクと手縫いで縫製していく。
しかしながら、瑠璃の衣装作りは、製作方法を本やネットで調べながらの作業だ。
なかなか思うようには進まない。
先からの苛立ちもあり、手つきがだんだんと雑になってくる。
「――あいたっ!」
指先にチクリと痛みが走った。
針を刺してしまったのである。
瑠璃の指先には、小さな赤い血のたまが浮いていた。
「痛ぅぅぅ……もうっ!」
瑠璃はティッシュで指先を押さえた。
じっと血が止まるのを待つ。
十秒、二十秒……。
そうしていると、瑠璃は徐々にではあるものの、頭にのぼっていた血が下がってくるのを感じた。
一分ほどして完全に血が止まる。
瑠璃は肩の力を抜いて呟く。
「……はぁ。なんで怒ってんだろ、わたし……」
茉莉花の瑠璃に対する接し方には、なんの落ち度もなかった。
むしろコスプレ仲間が出来たことを、純粋に喜んでいるだけのようだった。
それを一方的に敵視して、場の雰囲気を悪くしたのは瑠璃のほうだ。
第一、トップコスプレイヤーを相手に「ライバルと見られなかったから腹が立った」なんて、現時点の何一つ実績をつんでいない瑠璃が言うのは間違っている。
烏滸がましいにもほどがあるのだ。
もしライバルと思われたいのなら、相応の結果をみせる必要がある。
瑠璃は、再び裁縫を始めた。
チクチクと針を動かして生地を縫っていく。
「……焦っても仕方がないよ。それで結果が伴うわけじゃないし。……ゆっくり行こう。わたしはこれでいいんだ……」
東京コミティスでの経験から、瑠璃は自覚していた。
自分はまだ未熟だ。
コスプレイヤーとしては、駆け出しのひよっこに過ぎない。
それでも、たとえ少しずつでも前に進んでいく。
一歩一歩、着実に。
そしていつかは、茉莉花や凛の待つ、コスプレ界の頂きへと――
瑠璃はそんな風に思いながら、裁縫を進めた。
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