第22話

前触れもなく、突如として現れた茉莉花に面食らう久太郎と瑠璃。

久太郎が尋ねる。


「ま、茉莉花⁉︎ どうしてここに?」

「ちょっと買い物にきただけ。でも私、ちょうどきゅうちゃんに会いたいなぁって考えてたところなんだよね。そしたらお店に久ちゃんがいるじゃない! これって運命かもぉ?」


話しながら茉莉花は、久太郎の腕に自分の腕を絡めた。

嬉しそうにしながら身体を寄せる。

瑠璃が反応した。


「ちょ、ちょっと茉莉花さん! 出てきた途端に何してんの!」

「見ての通りだけどぉ?」

「そいつから離れて下さい!」


瑠璃は久太郎から茉莉花を引き離そうとする。

しかし茉莉花はテコでも動かない。


「こ、このぉ! は、な、れ、ろっ! そしてあんたも鼻の下伸ばさない! デレデレすんな!」

「お、俺ぇ⁉︎ いや全然デレデレしてないだろ!」

「ええー? 久ちゃん、そろそろデレてよぉ」


茉莉花は悪戯っぽい顔で「うりうり」と言いながら、久太郎の腕に胸を押し当てる。

久太郎はたじたじだ。


三人がレジ前でぎゃあぎゃあと騒いでいると、店員がこほんと咳払いをした。

呆れ顔で注意してくる。


「お客様、店内ではお静かに願います」

「す、すみません……」


三人は静まり、素直に謝罪をした。



瑠璃は声のトーンを下げつつもツンケンした口調で茉莉花に尋ねる。


「……それで茉莉花さん。ここのお会計を茉莉花さんが持つって、なんで――」

「あ、気にしないでいいよー。私、こうみえても結構お金持ちなんだよ? この先ずっと、久ちゃんを養っていけるくらい稼いでるんだから」

「なんでそこで俺が出てくるんだよ……。しかもヒモ扱いだし……」


茉莉花はコスランNo.1コスプレイヤーである。

毎月のインセンティブ収入だけでも、相当な金額を稼いでいる。

対して瑠璃はまだ親からお小遣いを仕送ってもらう立場。

相応に節約せねばならない身だし、奢りの提案は正直なところかなり魅力的だ。

しかし瑠璃とて譲れぬものはある。

ぐぬぬとうめきながらも、突っぱねる。


「じ、自分で払うし! だいたい茉莉花さんに奢ってもらう理由なんてないじゃん! なんで奢ろうとすんの?」

「……んー、特に他意はないんだけどなぁ。強いて言うならお祝いかな。みやさんから話聞いたよ? 瑠璃ちゃん、本格的にコスプレ始めたんだってねー。だからコスプレイヤーの先輩としてのお祝い」


茉莉花の態度には余裕がある。

そして先輩コスプレイヤーとして、瑠璃がコスプレを始めたことを本心から喜んでいるようだ。


瑠璃にはそれが鼻についた。

というのも瑠璃は、茉莉花の前で彼女を超えるコスプレイヤーになると宣言したのである。

だからもう(実績はどうあれ)瑠璃の気持ちの上では茉莉花はライバルなのだ。


瑠璃は茉莉花を睨む。


「……つまり敵に塩を送るってわけですか?」

「敵ぃ⁉︎」


茉莉花は驚いてから、瑠璃の視線を受け流した。

けらけらと笑いながら、正直な気持ちを伝える。


「敵もなにもないよぉ。だって同じコスプレイヤーじゃない。瑠璃ちゃんってば、どうしてそんなギスギスするかなぁ?」


暖簾に腕押しだ。

茉莉花には瑠璃の挑発を気にした様子はない。

歯牙にもかけていない。

そのことがまた瑠璃の苛立ちを膨らませる。


「もういいです!」


瑠璃は手早く会計を済ませた。

足早に店を出て行く。

口を挟まずに成り行きを見守っていた久太郎は、瑠璃が行ってから茉莉花に手を合わせた。


「……すまんな。瑠璃のやつ態度が悪くて」

「うーん、怒らせちゃったみたいだねぇ。なんかごめんね久ちゃん。結局買い物の邪魔しちゃっただけになったし、瑠璃ちゃんにも後で謝っといて」

「わかった。じゃあ俺は行くから。おい、待てよ瑠璃!」


久太郎は店外へと瑠璃を追いかけていく。

茉莉花はひらひらと手を振りながら、それを見送った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


自宅へと帰ってきた瑠璃は、さっそく部屋に篭った。

バタンと音を立ててドアを閉める。

買ってきた材料を床に広げて、その前に座った。


「……茉莉花さんめ、茉莉花さんめ、茉莉花さんめ、茉莉花さんめ……!」


瑠璃は先ほど秋葉原であったことを思い返す。

自分は茉莉花に意にも介されていなかった。

それを思い知らされたことが腹立たしく、そしてみじめだ。


「きっと、目に物見せてやるんだから!」


荒ぶりながら、衣装制作に取り掛かる。

型紙に沿って生地を裁断し、ミシンは持っていないのでチクチクと手縫いで縫製していく。


しかしながら、瑠璃の衣装作りは、製作方法を本やネットで調べながらの作業だ。

なかなか思うようには進まない。

先からの苛立ちもあり、手つきがだんだんと雑になってくる。


「――あいたっ!」


指先にチクリと痛みが走った。

針を刺してしまったのである。

瑠璃の指先には、小さな赤い血のたまが浮いていた。


「痛ぅぅぅ……もうっ!」


瑠璃はティッシュで指先を押さえた。

じっと血が止まるのを待つ。

十秒、二十秒……。

そうしていると、瑠璃は徐々にではあるものの、頭にのぼっていた血が下がってくるのを感じた。


一分ほどして完全に血が止まる。

瑠璃は肩の力を抜いて呟く。


「……はぁ。なんで怒ってんだろ、わたし……」


茉莉花の瑠璃に対する接し方には、なんの落ち度もなかった。

むしろコスプレ仲間が出来たことを、純粋に喜んでいるだけのようだった。


それを一方的に敵視して、場の雰囲気を悪くしたのは瑠璃のほうだ。

第一、トップコスプレイヤーを相手に「ライバルと見られなかったから腹が立った」なんて、現時点の何一つ実績をつんでいない瑠璃が言うのは間違っている。

烏滸がましいにもほどがあるのだ。

もしライバルと思われたいのなら、相応の結果をみせる必要がある。


瑠璃は、再び裁縫を始めた。

チクチクと針を動かして生地を縫っていく。


「……焦っても仕方がないよ。それで結果が伴うわけじゃないし。……ゆっくり行こう。わたしはこれでいいんだ……」


東京コミティスでの経験から、瑠璃は自覚していた。

自分はまだ未熟だ。

コスプレイヤーとしては、駆け出しのひよっこに過ぎない。

それでも、たとえ少しずつでも前に進んでいく。

一歩一歩、着実に。

そしていつかは、茉莉花や凛の待つ、コスプレ界の頂きへと――

瑠璃はそんな風に思いながら、裁縫を進めた。

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