第21話

久太郎と瑠璃は連れ立って秋葉原へとやってきた。

界隈には家電量販店や電気店に紛れて、色んなオタク向け店舗が乱立している。

通りにはメイド喫茶などのコンセプトカフェ店員や、会社員から学生、フリーターまで一般の通行人が行き交っていた。

平日の放課後ながら、大変な賑わいである。


「……おおー、ここが秋葉原……」


呟いた瑠璃は物珍しげに辺りを見回している。


「ほら、瑠璃。目当ての店はこっちだぞ」


久太郎は瑠璃を先導し、とある雑居ビルへと足を運んだ。

そこはコスラン運営母体である大手コスプレ衣装製作・販売会社の実売店舗が入っているビルだ。

一階から三階までのフロアでコスプレ用品が販売していて、各階もそこそこな広さである。


「じゃあ、わたしちょっと見て回ってくるから」


店に着くなり瑠璃は、さっそく商品の物色を始めた。

カラフルなウィッグのコーナーを眺め、メイク用品が陳列されている棚を興味深そうに覗き込む。

次に通路に並んだ既製品のコスプレ衣装を見て歩き、その値段に驚いた。


「……さ、さんまんえん⁉︎ 無理無理、こんなの買えないって!」


久太郎が後ろから声を掛ける。


「まぁどうしても既製品は高くなるなぁ。でもお前は今回一から衣装を作るんだし、こういうのは関係ないな。生地のコーナーは向こうみたいだぞ」


ふたりが移動した。

生地コーナーに着くなり瑠璃はあれこれと見て回る。

その隣についてまわりながら、久太郎はずっと気になっていたことを聞いてみる。


「なあ瑠璃」

「はい?」

「お前、何のキャラのコスプレすんの?」


問われた瑠璃は、少し考える素振りを見せてから応える。


「……まだ内緒」

「なんでだよ? 別に教えてくれてもいいじゃないか」

「だ、だって恥ずかしいじゃん! だから教えないって言ったら教えないの!」

「なんだよそれ」


こうなると瑠璃は口を割らない。

久太郎はちょっと不満ながらも、実際に出来上がった衣装を楽しみにすれば良いかと考え、それ以上尋ねることは諦めた。



瑠璃はあれこれと悩みながら生地を選ぶ。


「うーん……。こっちの生地は安いけど、あんまり質感が良くないし、見栄えがしないよね。でもいいやつは高いし……」


いま瑠璃が手にしている生地はポリエステル製だ。

ポリエステル生地は値段が安く皺にもなりにくい反面、表面がテカりやすく衣装全体に多用すると安っぽい仕上がりになってしまう。

瑠璃はポリエステル生地を置いて、次の生地を手に取った。

組成表示に目を落とす。


「ふぅん、こっちは綿コットンかぁ。いい感じだけど、お値段は――げぇっ!」


綿は柔らかく皺になりやすい。

値段はピンキリで、高価なものほど値段に比例して品質は良くなる。

いま瑠璃が手に取ったものは最高級品だった。

瑠璃は値札を見なかったことにして、生地をそっと棚に戻した。


他にも生地コーナーには、麻、羊毛、シルク、ナイロン、キュプラなど、多種多様な生地があった。

瑠璃はあれこれと目移りしてしまい、なかなかこれというものを決めきれない。

それに予算の都合もある。

瑠璃の手持ちのお金はお年玉貯金を取り崩してきたもの。

潤沢じゅんたくとは言い難い。


「あーん! もう、どれにしたらいいのぉ? みや先輩に相談したいけど、りん先輩から、京先輩の手は借りるなって言われちゃったしぃ……」


その呟きを聞きつけた久太郎は、ハッとした。

気になったことを尋ねる。


「なあ瑠璃。そういえば、俺は手伝って良かったのかな?」

「はえ? なんで? ダメなの?」


瑠璃が首を傾げた。


「だってあんたに頼るなとは一言も言われてないじゃん。第一あんたがわたしを手伝うのは当然っしょ。それに――」


瑠璃が言葉を区切って、意地悪そうな顔をする。


「それに、手伝ってくれたところで大して役に立ってないんだし?」


瑠璃はイシシと悪そうに笑った。

久太郎を揶揄うような口調だ。

久太郎はつい反射的に瑠璃にデコピンをかまそうとする。


「ほんと生意気だな、お前は」


額の前に指先を持っていくと、ピンと軽く弾いた。


「――ぁいたっ! なにすんのよ!」

「デコピンだ、デコピン」

「最っ悪!」

「ちょっと弾いただけだろ。つーか、俺が役に立ってないだぁ? めっちゃ役に立ってるっての! ほら現に今だって、荷物持ちしてやってるし」

「そんなの役に立ってるうちに入んないじゃん!」


兄妹が言い争いを始めた。

するとそばを通り掛かった女性客たちが、久太郎と瑠璃を見てくすくすと笑う。


「見てみて、あそこ初々しいね」

「カップルかな? 仲良さそう」


女性客たちもコスプレイヤーなのだろうか。

手に買い物かごを持っている。

彼女たちは久太郎と瑠璃に痴話喧嘩を眺めるような微笑ましい視線を向けた。

なんだか照れるやら気まずいやら良くわからなくなったふたりは、言い争いをやめて押し黙った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「ぃよし、これで材料は足りるかな!」


長い時間を費やしてようやく商品を選び終えた瑠璃が、レジカウンターに買い物かごを置いた。


「ふぃー。……これは中々大変だねぇ」


軽く愚痴りつつも、その顔にはやり遂げた感が溢れている。

何だかんだ言っても買い物は楽しいものだ。


続いて瑠璃はスマートフォンの画面をレジ店員にみせた。

そこには会員証が示されてあった。


この店はコスラン運営会社の経営する店舗だ。

他にも全国に店舗がある。

コスランにアカウント登録した者には、それらの店舗で利用可能な会員証が自動的に配布されるようになっていた。


そしてコスランマイページからアクセスできるその会員証を提示することで、手軽に精算した料金から割引サービスを受けることが可能な仕組みである。


店員さんが会員証を確認する。


「はい。会員証のご提示承りました。こちら天ヶ瀬瑠璃さまでお間違いないですね。では会計からお値引のほう……」


店員さんが最後まで案内し終えようとした。

そのとき――


ふいに横合いからニュッと腕が伸びてきた。

レジ前へと差し出されたその手には、スマートフォンが握られている。

画面には瑠璃と同様、会員証の提示。


手を差し出した人物が言う。


「すみません、店員さーん。その子の商品こっちで支払うんで」


突然のことに瑠璃が固まった。


「えっと、私のインセンティブポイントで精算してもらえます?」

「は、はい。わかりました」


レジ店員は促されるままに会員証を読み取った。

そして驚く。


「えっと、お客さまのお名前は――え⁉︎ な、七星ななほし茉莉花まつりか⁉︎ それって、まさかあの⁉︎」


そこにいたのは茉莉花だった。

久太郎と瑠璃は店員さんにつられて、驚きの声を上げる。


「ま、茉莉花さん⁉︎」

「茉莉花ぁ⁉︎」

「やほー、久ちゃんに瑠璃ちゃん。こんな所で会うなんて奇遇よねぇ」


茉莉花は久太郎や瑠璃に向けて、気楽に手を振っていた。

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