第20話

久太郎の私室へとやってきた瑠璃は、久太郎と並んでテレビの前に座っていた。


瑠璃は自室にテレビを置いていない。

リビングにはテレビがあるものの、アニメ配信を観るための装置が備わっていない。

だから天ヶ瀬家でアニメが観られるのは、現状では久太郎の部屋だけであった。

久太郎が尋ねる。


「一緒に観るのは構わないけど、お前はどんなアニメが観たいんだよ?」

「わ、分かんないわよ」


瑠璃はもじもじしながら応える。

夜中に久太郎の部屋にいるのが落ち着かないのだ。

心なし頬も赤くなっている。


「分かんないって言われともなぁ。希望とかないわけ? 感動できるヤツが良いとか、イケメンが出てくるヤツが良いとか、なんかあるだろ?」

「だから分かんないって言ってるっしょ。あ、あんたが決めてよ」


瑠璃は普段あまりアニメを観ない。

幼い頃に『まどギア』がきっかけで久太郎と大喧嘩をしてから、アニメ離れしてしまった。

それがどういった風の吹き回しで、いまになって自分とアニメを観るつもりになったのか。

久太郎は気になって尋ねる。


「なぁ瑠璃。アニメ観ようって、なんで……って、そっか。もしかしてコスプレのネタ探しか?」

「う、うん」


瑠璃は話し始める。


「わたしなりにコスプレについて調べてみたんだよ。コスランの初心者向けページとかスレッドなんかを見てさ。そしたら『コスプレに大切なのはキャラへの愛です』とか書いてあるじゃん? でもそもそもわたし、アニメ観ないからキャラ愛とか言われても分かんないし、だからまずアニメから勉強しようかなって……」

「なるほど」


事情を把握した久太郎はテレビをつけた。

Fire TV Stickのリモコンを操作し、ネット配信されている中から一緒に観るアニメを物色する。


「とりあえず新しめのヤツから見てくか。……お、これなんかどうだ? 『転ヌラ』ってんだけど」


テレビには水色の長い髪をした中性的な少年キャラが映し出されている。

瑠璃が興味深そうに画面を眺める。


「……えっと『転生したらヌライムだった件』? というか転生? 転生ってなに?」

「んー、そこからかぁ」

「いいから説明しなさいよ」

「転生ってのはな、つまり現世で死んで別のファンタジー世界なんかに生まれ変わるってことだ。最近こういうの流行ってんだよ」

「よくわかんない。だって死んだらそれまでじゃん。お葬式して、お墓に入るだけだし」

「……お前、妙なとこで現実主義的だよな。とにかく観てみろよ」


視聴を開始する。

瑠璃は最初「異世界なんてある訳ないじゃん」とか「ヌライムって何? 可愛いけど弱そうだよね」とか視聴しながら終始テレビに向けてツッコミを入れていた。

しかし、やがて口を閉じる。

最後には久太郎が声を掛けても生返事しか返さないほどアニメに集中し始めた。



夜が明けた。

窓の外でちゅんちゅんと小鳥の囀る音がする。

カーテンの隙間から入り込んでくる朝日がまぶしい。


ぶっ通しで転ヌラを観た瑠璃は、興奮していた。

対して久太郎は、徹夜で視聴に付き合ったせいで目の下にクマができている。

瑠璃が語る。


「すっごい面白かった! リルルさま超かっこいいし、ミリムルちゃんも超かわいいー! あとね、あとね、ソウマルとかベニエイも好きかなぁ。イケメンだし。あっでもわたしはどっちかと言うと――」


早口で感想を捲し立てる瑠璃に、久太郎は苦笑する。

徹夜明けの頭に、このテンションは辛い。

しかし感想を聞かされている久太郎の気分は、満更でもなかった。

やはり自分がおすすめしたアニメを好きだと言って喜んでもらえるのは嬉しいものだ。

オタク冥利に尽きると言えよう。


「ね、ね! 他に面白いアニメないの? わたし、もっと観たいんだけど!」

「ああ、いっぱいあるぞ。でも……」


久太郎はふわわぁと大あくびをした。

しょぼしょぼする目を指でこする。


「続きは学校行ってからな」

「あ、そうか。もう朝だもんね……って、あわわ!」


瑠璃が急に赤くなった。


「わ、わたし、あれから夜通しお兄――あ、あんたの部屋にいたの⁉︎」

「はぁ? 今更そこかよ」

「あわわわわ……! わ、わたし、部屋に戻るから!」


瑠璃は慌てて部屋を出て行った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


その後の一週間。

久太郎の部屋からテレビを奪っていった瑠璃は、自室に篭ってひたすらアニメを観続けた。


寝食すら忘れて視聴する。

その様子はさながら乾いたスポンジが水を吸収するかのよう。


この間台北タイペイから両親が一時帰国して、今度は長期の海外出張扱いでまた出国したりと、それなりに重要な家庭内イベントが発生したのだが、瑠璃はそれらすべてを放り出してアニメを観た。


もちろん家事や雑事はぜんぶ久太郎の担当だ。

久太郎はやれやれと肩をすくめつつも、アニメという趣味を妹と共有できることが嬉しい。

文句は言わず瑠璃の次なるアクションを待つ。


そして――



その日、久太郎は夕食後の洗い物を終え、リビングのソファに腰を落ち着けながらまったりテレビのバラエティ番組を楽しんでいた。

しばらくして2階にある瑠璃の部屋のドアが『バタン!』と勢いよく開かれる音を聞きつける。


続いてドタバタと階段を降りる足音がして、リビングに瑠璃が顔を出した。


「決めた! わたし決めたから!」


瑠璃はいきなり訳のわからないことを叫んだ。

対して久太郎は慌てずに尋ねる。


「決めたって何を?」

「決まってんじゃん! 次のイベントでやるコスプレのキャラっしょ! それで衣装製作の材料がいるの! だから、あんた! 明日、わたしの買い物に付き合いなさいよね!」


コスプレ衣装の買い出しとなると秋葉原だろうか。

久太郎はスマートフォンを取り出して検索を始めた。

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