第18話
コスプレ部の面々はファミリーレストランに移動した。
凛も一緒である。
ところで凛は高校2年生だった。
京子より一歳年下、久太郎と同い年、瑠璃からするとひとつ先輩にあたる。
一同はコの字型のソファに腰を落ち着けた。
凛が切り出す。
「それで、さっそくで何だけど聞かせてちょうだい。貴方たち、七星茉莉花と何かしらの関係を持っているわね?」
コスプレ部と茉莉花との関係を尋ねる凛。
それはただの興味本位だ。
凛にしてもコスプレ界隈の頂点である茉莉花の動向は、どうしても気になってしまう。
代表して久太郎が、これまでの経緯を説明する。
「実はこんなことがあったんだ――」
◆
久太郎が話し終えると、黙って事情を聞いていた凛は口もとまで持ち上げていたティーカップをソーサーに戻した。
カチリと陶器が触れ合う音が鳴る。
「そう。だいたいの話は理解したわ。けれど『七星茉莉花に勝つ』とは……。貴方たち、随分と大きく出たものね」
凛は一同を見回した。
そして尋ねる。
「……本気?」
その問いには言外に『本気でこんな貧弱なメンバーで、あの茉莉花に挑むつもりなのか?』という意味が含まれていた。
瑠璃が反発する。
「ほ、本気ですし!」
「ふぅん」
凛は適当に瑠璃をいなしてから、久太郎に話を振る。
「天ヶ瀬くんだっけ? 専属カメラマン、なれば良いじゃない。どうしてそんなに拒むの? 相手はあの七星茉莉花よ? 専属契約を
「それは、そうかもしれない。でも俺にだって都合が――」
久太郎は幻のコスプレイヤーについて語るか
瑠璃が割り込む。
「とにかく、ダメなものはダメなんです! クソ兄貴が茉莉花さんの専属カメラマンだなんて絶対にダメ!」
凛は軽く首を傾げると、
さして興味もなさそうに呟く。
「……ブラコン?」
「違います!」
瑠璃はバンっとテーブルを叩いた。
衝撃で席に置かれていたクリームソーダが倒れそうになり、すんでの所で
「あわっ、あわわわ……! る、瑠璃さん、落ち着いて下さい。ドリンクがこぼれちゃいますよぉ」
「あ、ごめんなさい」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
凛は場が鎮まるのを待ってから切り出す。
「とにかく本気という訳ね。それで七星さんに対抗する手段として私と一緒にコスプレを、つまり私と『合わせ』がしたいと……」
瑠璃が応じる。
「合わせ? よく分かんないけど、茉莉花さんに勝つためとか、そういう訳じゃないよ。わたしはただ……えっと
「どちらでも良いわ。とにかく目標は七星さんなのよね? そういう事なら、私は力になれそうもないわ。ごめんなさい」
凛は話は終わったとばかりに席を立とうとした。
それを瑠璃が引き止める。
「待って! 待ってよ! 力になれないって、どうして?」
瑠璃はしつこく食い下がる。
諦める様子がまったくない。
凛は嘆息した。
やれやれと肩をすくめてから着席しなおし、そしておもむろに左腕を持ち上げた。
一同が見守るなか、凛はゆっくりと左手をあげていく。
そして腕がちょうど肩と水平になったあたりで、ピタリと止めた。
苦々しげに話しだす。
「……大体このくらいまでかしら。私の左腕はね、コスプレをしている最中、この肩の高さまでしか上げられないの」
凛の顔には諦念が浮かんでいる。
「えっ? なんで……」
瑠璃は困惑した。
同じく困惑を露わにしている久太郎や京子と、顔を見合わせる。
そして再び凛をみた。
「腕が肩までしかあげられない? でもどうして?」
「……『イップス』って知ってるかしら?」
久太郎と瑠璃は、ふるふると首を横にふる。
京子がハッとした。
気不味そうに凛から目を逸らす。
それに気付いた凛は、顔に自虐の表情を貼り付けながら、吐き捨てるように言う。
「
イップス。
それは極度の集中状態において、自分の思い通りに身体が動かせなくなる運動障害のことだ。
この障害を発症したものは、それまで普通にできていたプレイや演技が、ある日を境に突然出来なくなる。
イップスを発症する者には一流のスポーツマンや役者などが多い。
発症するきっかけは様々だが、原因はほぼ全て何かしらの
「……今度こそ分かったでしょう? 私のことは放っておいて、貴方たちだけでがんばりなさい。一応、陰ながら応援くらいはしてあげるわ」
凛は現在コスラン累計総合9位のコスプレイヤーだ。
しかしそれ以前には4位まで上り詰めていた。
あと少しで頂きに手が届く。
そんな高みにまで到達していた凛は、だがしかしイップスを発症して、それ以降順位を落とした。
「それじゃ」
凛が再び席を立つ。
しかし瑠璃は手を伸ばし、立ち去ろうとする凛のバッグをむんずと掴んだ。
「分からないよ! なにそれ!」
「ちょっ、貴女。バッグを離して――」
「コスプレイヤーとしてはもう終わってる? 壊れてる? って、そんな訳ないじゃん!」
「いいから離しなさい!」
「離さない!」
瑠璃は必死に訴えかける。
「だって納得できないし! 凛先輩の今日のコスプレ本気で凄かったよ? めちゃくちゃ感動した! これこそ本物だって思ったもん!」
「そう感じたのは貴女がまだコスプレイヤーとして未熟だからよ!」
凛が続ける。
「それに本物? 私が本物ですって? そんな訳ないじゃない! だってコスプレしてると左腕が上がらなくなるのよ? それでも私はコスプレが好きだから、原作のポージングを改変したり、左腕を上げなくて済むように動きをなんとか工夫して、みっともなくコスプレにしがみついて。……でもそんなものは紛い物よ! 私みたいな紛い物が、あの七星茉莉花に通用する訳がないでしょう? 理解しなさい!」
「理解なんて出来ない!」
瑠璃はバッグごと凛を手繰り寄せて、身体に抱きついた。
凛が驚く。
「なんでそんなこと言うの⁉︎ 紛い物なんかじゃない! 絶対に違うから!」
叫んでいるうちに感極まってしまったのか。
瑠璃が泣き出した。
瞳から大粒の涙をポロポロとこぼしながら訴えかける。
「紛い物じゃない! わたしが感動したコスプレを! わたしが好きになった貴女のコスプレを、貴女自身がそんな風に否定しないで!」
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