第15話

歩み去る凛の背中を見つめていた瑠璃は、頭を振って雑念を飛ばし、気を引き締めなおす。


凛が会場入りしたから何だと言うのだ。

自分はいま自分にできることをするだけだ。

それはつまり、列を作って撮影待ちをしてくれているカメラマンたちを満足させることに他ならない。

そう考えた瑠璃は、目の前のカメラマンたちに声をかける。


「あの! いまから囲みに切り替えようと思います!」


しかし反応は鈍かった。

凛の登場に騒然となったカメラマンたちは、曖昧な顔で瑠璃から目を逸らす。

カメラマンのひとりが、そわそわしながら言う。


「そのぅすみません。撮影はまた今度で」


先ほど囲み撮影を提案してきたカメラマンが、いの一番に行列から離脱した。

凛を追いかけ、足早に立ち去っていく。


「ぼ、僕も……」

「ちょっと待てよ。じゃあ俺も」


ひとり、またひとりと去っていく。

瑠璃はカメラマンたちを引き止めた。

けれども結局、並んでいた全員が凛のもとに向かってしまい、あれほど長く伸びていた行列は跡形もなく消えてしまった。


「……そ、そんな……」


瑠璃はがっくりと脱力し、項垂れた。

みんな行ってしまうなんて。

これでは頑張ろうにも頑張りようがない。

凛に負けないパフォーマンスを見せようと意気込もうにも、見せる相手がいないのではどうしようもない。


勝負の舞台にすら立たせてもらえなかった瑠璃は、悔しくてコスプレ衣装の裾をキュッと握った。


「……みんな、そんなに灰羽凛がいいの? 彼女がどれほどのものであろうと、きっとわたしだって負けていないのに……」


そのことをこの目で確かめてやる。

瑠璃は意気消沈しながらも、凛の撮影スペースに向けて歩きだした。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


灰羽凛は人混みの真ん中で目を閉じ、背筋を伸ばして静かに佇んでいた。


異様な風体のコスプレをしている。

全身に隈なくサラシや包帯を巻き、右手にぶら下げているのはのこぎり状に刃の欠けた無骨な日本刀『夢幻刃むげんじん』である。


今日この日に彼女が扮するキャラクターは『獅子王ししおう真琴まこと』。

人気漫画『素浪人すろうに剣心』に登場する悪のカリスマであり、作中屈指の強敵。

主人公剣心を極限まで苦しめた最凶の女傑だった。


彼女の周りには巨大な囲みが形成されつつあった。

イベント運営スタッフがあくせくと動き回り、囲みを整理している。


やがて囲みが完全に出来上がると、頃合いを見計らっていた凛は静かに目を開いた。

感情の籠らない声で挨拶をする。


「……よろしくお願いします」


ざわついていたカメラマンたちが鎮まると、物静かに佇んでいた彼女の雰囲気が一変した。


凛は肩幅ほどに足を開き、くいっと顎をあげた。

斜に構える。

真顔だった凛が、胡乱ながら飄々とした目つきの顔に変わった。

さっきまで影のように佇んでいた彼女の鮮やかな豹変。

そのギャップに観客の目は否応なく惹きつけられる。


凛は凝った肩をほぐす様に、大仰な態度で首筋に手を当て気怠げな態度でぐるりと首を回した。

続け様に行われたその振る舞いが、物々しくも華やかな雰囲気を醸し出す。


カメラマンたちはまだ動き出せないでいた。

動き始めるきっかけを求めていた。


そんな彼らに対し、凛は右手に引きずっていた夢幻刃を持ち上げる。

刀身まで一直線になるようピンと腕を伸ばし、周囲のひとりひとりに、突きつけるみたいにその切先を見せつけていく。

辺りからごくりと生唾を飲み込む音がした。


ふいに凛が夢幻刃を天高く突き上げ、そのまま肩にどしりと担いだ。

続いて自信と狂気に満ち溢れた表情で、めるようにカメラマンを見回していく。

気圧された彼らは、ぶるりと震えた。

凛が口を開く。


「……ほら、どうしたお前ら。遠慮するこたぁねえ。ビビってねえで、さっさと撮り始めろよ」


ワッと囲みが沸いた。

止まっていたカメラマンたちが一斉に動き出す。

パシャパシャと耳が痛くなるほどのシャッター音が会場中に溢れかえった。

灰羽凛のパフォーマンスが始まった――

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