第14話

集まったカメラマンたちは、遠巻きに久太郎と瑠璃のやり取りを眺めていた。

その内のひとりが、落ち着いた頃合いを見計らって声をかける。


「すみませーん。その閃光のアスカ、凄くお似合いですね! 撮らせてもらっても良いですか?」


しゃがみ込んでいた瑠璃が顔を上げた。

どうすれば良いのかと、上目遣いに久太郎を見る。


「ほら瑠璃。撮ってもらえ」


瑠璃がこくりと頷く。

久太郎は手を引いて立たせると、その背を押して瑠璃をカメラマンの前まで歩かせた。


「せっかく声を掛けてくれたんだ。ちゃんと返事をしないと」

「わ、わかった」


瑠璃がカメラマンの方を向いた。

ぺこりとお辞儀をする。


「よ、よろしくお願いします!」


撮影会が始まった。



パシャパシャとシャッターを切る音がする。


瑠璃の前には、既に5名ばかりのカメラマンが列を成していた。

撮影中のカメラマンが言う。


「あの、良ければポーズ付けてもらっていいですか?」


棒立ちのまま被写体となっていた瑠璃は、戸惑う。


「ポ、ポーズ? それってどういう――」

「えっと、そうですね。あ、そうだ、手にぶら下げているその武器を構えてくれますか?」


スピアアーツオンラインは槍を武器にして敵と戦うアニメだ。

なので瑠璃は今回のイベント参加にあたり、京子みやこから円錐状の槍を持たされていた。

それは閃光のアスカが用いる武器である。


イベントによってはこう言った長もの系の小物は持ち込み禁止だったりするのだが、コミティスにおいては『撮影時以外、無闇に担いだり振り回したりしない』『使用の際は撮影者との間に十分な距離をおく』などの規則はあるものの、持ち込みが認められていた。


「ん、しょ」


瑠璃は請われるままに騎兵槍ランスを構えようとする。

そして蹌踉よろけた。


「重っ! あわ、あわわわ……」


京子作のこのランスは本格仕様だ。

材料に金属こそ使っていないものの、堅牢な木材が多用されたしっかりとした作りで、円錐の表面部分は薄くパテを塗布した上に鋼色のメッキ塗装を施してある。

その出来栄えは、どこからどう見ても本物の槍にしか見えない。

重厚感もある。

だがしかし、その分このランスは女子が片手で持ち上げるには少々重たかった。


というよりも、京子は敢えて長ものには多少なり重みを持たせて制作していた。

理由は武器にある程度以上の重さがないと、構えをとった際のポージングからリアリティが失われてしまうからである。


しかしそんな理由を瑠璃は知らない。

あまりの重たさに不満を述べる。


「お、重いって! これ、なんでこんな重たくしてあるのよぉ……! はわわ!」


体勢を崩した瑠璃は、ランスに引っ張られる形で転んでしまった。

列に並んでいたカメラマンたちが、心配して声を掛ける。


「だ、大丈夫ですか⁉︎」


瑠璃は顔を顰めながらも起き上がり、ペロッと舌を出す。


「あはは、ごめんなさい。ちょっと転んじゃった! でも大丈夫ですから!」


照れ笑いをしながら頭をかく。

怪我はないようだ。

みながホッと息をついた。

ポージングを頼んだカメラマンが謝罪する。


「ごめんなさい。槍はもういいです。だから次は別のポーズで――」

「いえ、やります! わたしちゃんと出来ますから!」


瑠璃は今度は慎重に腰をおとした。

ゆっくりとランスを持ち上げる。


「……ん、この……!」


瑠璃の腕がぷるぷると震える。

しかしながら何とか両手で槍を持ち上げ構えを取った。


「で、できました!」


その仕草やポージングは『閃光』とまで謳われたアスカとは程遠いものだ。

しかしながら瑠璃のがんばりは伝わった。

カメラマンは「ほぅ」と感心したように呟き、撮影を再開した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


撮影会は続く。

いつの間にか瑠璃の撮影に並んでいるカメラマンの数は増え、もう二十人ほどにもなっていた。

しかも行列はまだ伸び続けている。


「ありがとうございました。いやぁ良い写真が撮れたなぁ!」


撮影を終えたカメラマンが、瑠璃とコスランのユーザーIDを交換している。

その表情はなかなか満足げである。

カメラマンがにこやかに話しかける。


「お名前は瑠璃さんって言うんですね。すごい可愛いですし衣装も本格的ですよね」

「そ、そうですか? でもそんなにお世辞を言われると、わたし調子に乗っちゃいますよ?」

「お世辞じゃなくて本心ですって。いやぁこんな子がいたなんて勉強不足だったなぁ。いつからコスプレやってたんです?」

「あ、コスプレは今日が初めてです」

「え⁉︎ デビュー⁉︎ 今日がコスプレデビュー⁉︎ じゃあ初めてのイベント参加でこんな長い行列を作ったんですか! そりゃあ凄い!」

「あ、あはは……そ、そうかなぁ?」


謙遜しながらも満更でもない気分である。

瑠璃は思った。

コスプレって案外楽勝かもしれない。

だって今現在の会場を見回しても、自分と同程度の長さの行列ができているコスプレイヤーは稀だ。


デビューでこれなら成果としては上々だろう。

コスランでの次回ランキング結果もかなり期待できるのではないか。

瑠璃はたしかな手応えを感じていた。



その後も休憩を挟みながら、にこやかに撮影は進んでいく。

太陽は中天にのぼった。


この間、撮影を終えたカメラマンは、誰もが瑠璃を褒め、礼を述べて満足そうに去っていった。


これには瑠璃の生来の人当たりの良さも影響したのだろう。

基本的に瑠璃はコミュニケーション能力が高い。

久太郎や両親に反発している様子からはとてもそうは思えないが、その反発はあくまで近しい身内に対する子供じみた甘えが根っこにあるものであって、他者に対する外面そとづらは良いのだ。


撮影を終えたカメラマンに笑顔をむけ、ありがとうと伝える瑠璃。

感謝されたカメラマンも嬉しそうにしている。

しかしそれを遠巻きに眺めていた久太郎と京子は、不安そうに目を見合わせた。


久太郎は京子に話しかける。


「……すずな先輩。瑠璃のやつ、ちょっと良くないですね」

「……はい。私もそう思います……」


ふたりの懸念は一致していた。

一見すると、瑠璃はカメラマンたちを満足させ、高い評価を得ているように見える。


誰もが口々に瑠璃の可憐な容姿を褒めたたえ、ハイクオリティなコスプレ衣装の出来映えに舌を巻いていく。


けれども久太郎たちは気付いていた。

褒められているのは、瑠璃の容姿・・と京子の衣装・・だけだ。


まだ誰ひとりとして、瑠璃のコスプレ・・・・・・を褒めていったカメラマンはいない――


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


瑠璃の撮影待ち行列は順調に伸びていく。

そうこうしていると、並んでいたカメラマンから瑠璃に提案があった。


「あのぅ、なかなか列がはけないので、なんなら囲みにしてはどうですか?」

「……はえ? 囲みってなんですか?」


『囲み撮影』とは被写体となるコスプレイヤーを大勢のカメラマンたちがぐるりと取り囲んで撮影する方法だ。

著名なコスプレイヤーになるほど、撮影は囲みで行われることが多くなる。

囲み撮影が出来るとは、つまり人気コスプレイヤーの証なのである。


説明を受けた瑠璃は、嬉しくなった。

囲み撮影を承諾しようとする。

たがそのとき――



瑠璃は不思議な気配を感じとった。

背筋にぞくりと悪寒を走らせる。

その直後、何者かの人影が瑠璃の撮影スペースのすぐそばを横切った。


「……な、なに⁉︎」


瑠璃は反射的に目をやった。

するとちょうど立ち止まり、顔を向けてきた人影と視線が絡み合う。


その人影は瑠璃の顔をしばらく見ていたかと思うと、次にコスプレ衣装を丹念に眺めた。

ぼそっと呟く。


「……綺麗な子。それにすごい衣装……。でも残念。貴女では宝の持ち腐れね……」


人影はそれだけ言うと瑠璃への興味を失った。

進行方向に顔を向け直し、再び歩き出す。

瑠璃の撮影待ちに並んでいたカメラマンたちが、その存在に気づいた。


「お、おい! あれ!」

「……は、灰羽凛だ……」

「うぁ、灰羽凛が会場入りしたぞ!」


彼女こそはコスラン総合累計9位のトップコスプレイヤー。

灰羽はいばねりん、そのひとであった。


会場がわぁっと沸いた。

しかし瑠璃は心ここに在らずだ。

先ほど感じた気配は一体……。

瑠璃は遠退いていく凛の後ろ姿から目が離せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る