第13話

東京コミティス開催当日となった。

開催場所となる東京ビッグサイトは、朝から来場者で溢れかえっている。

会場入りした瑠璃はその盛況ぶりを見渡して感嘆する。


「うっわ、なにこれ凄ぉい! 見渡す限り、ひと、ひと、ひと! ひとだらけじゃん!」


コミティスの会場は東館3ホール分。

広さでこそコミックマーケットに大きく水を開けられているものの、同人即売会としては大規模に分類され、歴史も古い。

その参加サークル数は実に4000を数える。


かつてはコミティス主催側がコスプレを禁止していたものの、近年になって解禁されてからはコスプレを目当てに参加する者も多い。


「じゃあ瑠璃さん。更衣室に参りましょうか。私、ご案内しますので」

「うん! しっかし、こんな大勢の前でコスプレすると思うと、ちょっと緊張するね。な、なんかわたし、ドキドキしてきたかもぉ……」


両手で胸を押さえ柄にもないことを言い出した瑠璃に、久太郎は苦笑した。

瑠璃の丸まった背中を押す。


「ほら、着替えてこい。俺はコスプレ会場で待ってるから」

「わ、わかってるわよ!」


瑠璃は京子みやこに付き添われ、更衣室へと向かった。



ひとりになった久太郎はさっそくコスプレ会場へと足を運んだ。

コスプレエリアは野外の特設会場だ。


建物から外にでた久太郎は、ぽかぽかと暖かな春の陽気を心地よく浴びる。

空は抜けるように青く、まさに絶好のコスプレ日和である。


久太郎は会場の片隅に陣取ると、持参した一眼レフカメラの設定を確認する。

天候に合わせてシャッター速度やF値、ISO感度の再設定を終えると参加者を眺めた。

大勢のコスプレイヤーやカメラマンが銘々にイベントを楽しんでいる。

どうやら灰羽凛は、まだ会場入りしていないらしい。


「……やっぱ、イベントは何回来ても良いもんだなぁ……」


久太郎はなんとなく独りごちた。

イベント特有のお祭り染みた高揚感に、気持ちが浮き立つのを感じる。

はやく自分もあの中に加わり、心ゆくまでイベントを楽しみたい。

久太郎がそんな風に考えていると、コスプレ衣装に着替えた瑠璃が京子みやこと一緒に戻ってきた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


会場入りした瑠璃。

その姿を目敏く見つけたカメラマンたちから、大きなどよめきが上がる。


「……お、おい。見ろよあそこ」


瑠璃が晴天の野外ステージを歩く。

ライトクリーム色のウィッグがさわさわと風に靡き、そこから生じた輝きが、瑠璃が足を進めるたびに後方へと流れていく。

白と赤を基調とした絶命騎士団団員服の再現度も実に見事なものだ。


「……閃光のアスカだ……」

「なんだあれ、めちゃくちゃクオリティ高くないか?」

「というかあんな子がいたのか。お前、知ってたか?」

「いや見たことないレイヤーだな」

「とにかく、ちょっと行ってみようぜ!」


瑠璃を取り巻くようにしてカメラマンたちが集まり始めた。

しかし瑠璃は集まってきた彼らには目もくれず、人混みを縫って歩きながら久太郎のもとへと移動する。

そして声をかけた。


「お、お待たせ……」

「お、おう」


瑠璃はもじもじと身体をくねらせた。

紅潮しようとする頬を見られまいと視線を斜め下にそらし、恥ずかしげに呟く。


「……ほ、ほら。どうなわけ?」

「どうって、な、何が」

「あ、あんたの大好きなコスプレよ。閃光のアスカって言うんでしょ。感想言いなさいよ。ど、どう思うわけ?」


京子謹製の衣装に身を包んだ瑠璃は、まさしく閃光のアスカだった。

衣装だけでなくメイクも完璧だ。


コスプレにおける化粧とは、一般のそれとは趣向が異なる。

如何にしてキャラの容姿を再現するかに重きが置かれる。

瑠璃に施されたメイクは完璧だった。

おそらくこれは京子の手によるメイクなのであろう。


久太郎はそんな風に考えながら、瑠璃を頭から爪先まで隈なく観察した。

閃光のアスカは負けん気が強く凛々しい面を持つものの、普段はどちらかと言えばおっとりした可愛い系のキャラである。

思ったままに感想を口にする。


「……か、可愛い。お前、なんかアスカみたいだ……」

「〜〜〜〜ッ!」


途端に瑠璃の顔が真っ赤になった。

頭頂部から湯気が立ち上る。


「……か、可愛⁉︎ かかか可愛いって、そんなの、当たり前でしょ!」


強がりながらも顔が緩む。

瑠璃は自然とニヤけた口もとを引き締め直し、がくがくと震える脚に力を込めた。

そこに久太郎が追撃を加える。


「……うん。よく似合ってる! 可愛いぞ瑠璃! かっこいいし、めちゃくちゃ可愛い!」


同じコスプレ部の仲間ではあるものの、久太郎がこうして完全にメイクを施された瑠璃をみるのは今日が初めてだった。

素直な賞賛が口をつく。

テンパった瑠璃は唇をパクパクさせる。


「ぁ、ぁぅ…… 」

「いやぁこれ、ホントに見た感じ完全にアスカだぞ。凄いじゃないか! 可愛いなぁ」


実は久太郎が褒めているのはアスカの可愛さだった。

瑠璃を褒めているのではない。

だから特に恥ずかしげもなく、賛美の言葉がすらすらと出てくる。

しかし瑠璃にとってそんなことは関係ない。

大好きな久太郎が自らを可愛いと言ってくる。

それがすべてだ。


「あわわ……や、めっ、もうやめて……」

「しかしあの生意気な瑠璃がベースなのに、ここまでアスカの可愛さを再現できるとは……。やるな!」

「わ、わかった! もうわかったってばぁ!」


がんばって踏ん張っていた瑠璃は、ついに脚に力が入らなくなる。

へなへなとその場にお尻をついた。

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