灰羽凛
第11話
入学式の翌日。
早速入部届を提出し正式な部員となった瑠璃は、久太郎や
いまはもう放課後だ。
瑠璃はパソコンの前に座っていた。
その背後には久太郎が立っており、ふたりは一緒にPCモニターを覗き込んでいる。
瑠璃が呟く。
「……ふぅん。これが『コスラン』……」
二人はコスプレイヤーランキングサイトを閲覧していた。
瑠璃はマウスホイールを指先でコロコロと回し、画面をスクロールさせる。
「へぇ、なかなか綺麗なレイアウトじゃない」
「そりゃそうだ」
洗練されたプラットフォームを眺めながら、久太郎は自分のことのように得意げな顔をする。
「なんたってコスランは、日本でも有数のアクセス数を誇る巨大サイトだからなぁ。というか瑠璃はどんなサイトだと思ってたんだ?」
「もっとショボいの想像してた。こう、オタク臭くてダサいやつ」
瑠璃が意地悪そうに笑う。
久太郎はため息混じりに
「お前なあ。仮にもコスプレ部の一員になったからには、いい加減そのオタクに対するバカみたいな偏見は改めろよ」
「うっさい、バカって言うな。分かってるわよ」
瑠璃はマウスをぽちぽちしながら、適当に画面を遷移させていく。
やがて新着コスプレイヤーコーナーで指を止めた。
「うわすごっ! 新着だけでこんな数いるんだ?」
「すごいだろ。俺も最初みたときは驚いた。というかコスランには大体のレイヤーさんが登録してると思うぞ。なにせ便利だからなぁ」
瑠璃は新着レイヤーさんのプロフィールを漁りながら尋ねる。
「便利ってどんなとこが?」
「たとえば登録するとマイページが出来るんだけど、そこに活動報告機能なんかがあって、簡単に情報発信ができたりする」
瑠璃が首を傾げる。
「……ふぅん。でもそれって言うほど便利かな? だってSNSでも発信出来るわけじゃん?」
「まぁコスランが出来る前まで、コスプレイヤーの情報発信ツールといえばTwitterとかInstagramとかのSNSがメインだったらしいな。でも今はほとんどコスランだ」
「なんで?」
「だから便利なんだって。それにインセンティブ制度なんかもあって、衣装製作費用の足しに出来るし――」
コスプレイヤーランキングは大手コスプレ衣装メーカーが運営管理している巨大サイトだ。
日本有数のアクセス数を誇るそのサイトには、随所に他社のバナー広告なんかが散りばめられている。
もちろんそれらの広告はコスプレイヤー各自の活動報告やコスプレギャラリー、ランキングページなどでも表示され、閲覧数に応じた広告収入のバックマージンが金銭で支払われる。
これがインセンティブ制度という仕組みだ。
また他にも投げ銭機能などが設けられていた。
「え⁉︎ コスプレしたらお金が貰えるの⁉︎」
瑠璃は目を輝かせた。
久太郎が苦笑する。
「いや稼げるといってもさほどだぞ? 結構なアクセス数を誇る中堅レイヤーさんだって月に数千円程度らしい。……まぁ金稼ぎってだけなら、投げ銭目的で際どいセクシー画像をアップするレイヤーさんもいないではないけど、あまりひどいと垢バンされるし、そんな簡単に稼げるわけじゃないんだ」
「でも数千円でしょ⁉︎ そ、そんなに⁉︎」
瑠璃は高校に入学したばかりだ。
お小遣いは親から貰っている。
そんな彼女にとって数千円は大金である。
「じゃあさ、じゃあさ! トップになったらどれくらい稼げるの?」
「いや俺もそんな詳しいわけじゃないけど、累計上位ランカーにもなると、ちょっとした財産が築けたりするって話だな」
「マ⁉︎ 俄然やる気でてきた!」
久太郎は呆れ顔になった。
説明を続ける。
コスランの目玉は、なんと言ってもランキングページだ。
ランキングには、
・総合部門
・男性コスプレイヤー部門
・女性コスプレイヤー部門
・男装コスプレイヤー部門
・女装コスプレイヤー部門
・合わせ部門
・作品別部門
などの各種部門が揃えられていて、どのジャンルも月一更新。
更新タイミングは月末の正午である。
ランキングの種類には累計、年間、四半期、月間ランキングが用意されてあった。
瑠璃はランキングページを眺めながら尋ねる。
「そんで茉莉花さんを抜くって話。どの部門のどのランキングで抜けばいいの?」
「ああ、それなら茉莉花が登録されてる部門ならどれでも構わないと思うぞ。でもまぁ順当に考えれば総合部門の月間ランキングかなぁ。累計なんかじゃ逆立ちしても敵わないだろうし。というか――」
久太郎は一旦セリフを区切り瑠璃の右側に移動した。
横顔を眺める。
「お前、本気で茉莉花に勝つ気なのか?」
「当たり前じゃん。そう言ってるでしょ」
「……そっか」
「なに、あんた。信じてないわけ?」
「いや、信じ……るかはともかくとして、応援はする。お前は昔からやけに頑固なとこがあって、これと決めたことは脇目もふらずに突き進むヤツだったしな。それに中身はともかく見た目だけは相当可愛いんだし、案外いいとこまでやれるかもしれん」
「か、可愛――⁉︎」
瑠璃は赤面した。
久太郎に悟られないよう顔を逸らしてから、誤魔化すみたいに言う。
「そ、それより! 茉莉花さんのランキング順位よ! 茉莉花さんはランキング何位なの?」
「……はぁ? 茉莉花の順位って、そりゃ1位に決まってんだろ」
「え?」
「だから1位だよ、1位。当たり前だろ。総合部門1位、女性コスプレイヤー部門1位、累計、年間、四半期、月間ランキングぜんぶどれも1位だ」
瑠璃は目を見開いてぱちくりさせる。
そしてポカンと口を開いた。
◆
衣装制作に一段落をつけた
瑠璃はアレコレ教えられながら、コスランにアカウント登録をした。
マイページを開く。
「ここです。このスケジュールタブを押してください」
瑠璃が言われるがままにクリックすると、年間カレンダー画面に遷移した。
カレンダーの日付には所々に印が付されてある。
「次はこの印を押してみて下さい。あっ、そこじゃなくてここです」
画面がイベント情報ページに切り替わった。
そこには様々な情報が記されている。
瑠璃はざっと目を走らせた。
そのページにはイベント名、イベント会場までのアクセス方法はもちろん、参加者一覧にはそのイベントにコスプレ参加する予定のユーザーアカウント名がずらりと並んでいる。
ほかにもカメラマン参加予定者から一般参加予定者のアカウントまで掲載されている。
非公開機能はあるものの、これさえ見ればコスランユーザーの誰がどのイベントに参加するのかが一目瞭然という仕組みだ。
「すっご……。情報だらけで目が回る……」
情報ページではそのコスプレイベントの過去の来場者数などを知ることができた。
他にもイベント運営スタッフがまとめた過去のイベントレポートまで読める。
まさに至れり尽せりだ。
コスランは巨大ランキングサイトであると同時に一大データーベースサイトでもあった。
「そしてここを押すとイベント参加登録完了です。あ、まだ瑠璃さんは押さないで下さいね」
「へぇ、本当に便利なのねぇ。で、わたしはどのイベントに参加すればいいの?」
京子は説明を続ける。
「それはこれから天ヶ瀬くんも交えて部のみんなで話し合いましょう。……でも、そうですね。瑠璃さんは茉莉花さんが目標なのですから、ともかくランキングをあげなければいけません。そのためには――」
京子の話はこうだ。
新人コスプレイヤーがランキングをあげるのは難しい。
セオリーとしてはまずは大きなイベントへの参加は避け、なるべく小さなイベントを数多くこなしてカメラマンに認知されることが大切である。
瑠璃が尋ねる。
「ねぇ
「いえ、そうとも限りません。というのも大きなイベントには必ず有名なコスプレイヤーさんがいますから……。知名度のない新人コスプレイヤーさんなんかはすぐに霞んでしまうのです」
コスランのランキングはポイント制だ。
コスプレイヤー登録したユーザーが、他のユーザーからフォローや評価を得ることでポイントが加算される。
評価は★から★★★★★による五段階評価で、★ひとつにつき2ポイント。
フォローもひとつにつき2ポイントである。
なのでランキングをあげたいなら、イベント参加を通じて他のコスプレイヤーやカメラマン、一般参加者から注目され、たくさん投票してもらうことが重要になる。
しかし大きなイベントでは有名コスプレイヤーが、すべての注目を掻っ攫っていってしまうのだ。
「……ふぅん。そうなの? でもそれって京先輩が深く考え過ぎてるだけじゃないかなぁ」
瑠璃は説明を聞き流しながら、イベントスケジュール一覧を眺める。
そしてとあるイベントに目をつけた。
「あ、これこれ。これなんかどう? 都内だし開催日も近いし、結構大きめのイベントみたいじゃん」
「お前、あのなぁ。
「うっさい! わたしの勝手でしょ!」
兄妹の言い争いが始まった。
それを前にオロオロしながら困っていた京子は、瑠璃がひらいたイベント情報画面をチラッと眺め、とあるユーザーアカウント名に目を止めた。
ボソリと呟く。
「……あ、ダメです。瑠璃さんの言い分もわからないではないのですけど、それでもやっぱり、そのイベントに参加するのはダメです」
瑠璃は久太郎との諍いを中断した。
京子に尋ねる。
「なんで?」
「ここ。見て下さい」
瑠璃と久太郎は、京子が指を差したユーザーアカウント名に注目した。
「……『
「すごい人なの?」
「ええ、それはもう。……彼女、灰羽凛さんのコスラン順位は総合部門累計9位。間違いなく現在のコスプレ界を代表するトップコスプレイヤーのひとりです――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます