第7話
部室に現れた
瑠璃はもうコスプレ衣装を脱いでいた。
もとの制服姿へと戻っている。
結局一枚も瑠璃にコスプレ撮影させて貰えなかった久太郎は、どこか不満気だ。
現れるなりパニックを起こしていた茉莉花はというと、既にすっかり落ち着きを取り戻していた。
京子が淹れた美味しいお茶を啜りながら、黙って座っている。
けれども瑠璃は、初めて会った茉莉花から目が離せなかった。
ただ自然体でそこに居る。
それだけで溢れ出す存在感。
茉莉花は常に人の輪の中心にいる――
それもそのはず、彼女は自身が名乗りあげた通り有名コスプレイヤーなのだ。
しかもただの有名レイヤーではない。
某歌劇団で言うところのトップオブトップ。
都内、ひいては全国のコスプレ界隈、その頂きに燦然と輝き君臨するレジェンド。
現役最強コスプレイヤー、それが七星茉莉花なのである。
◆
「それで、えっとあなた。
「私? やだなぁ、呼び方固いよぉ。茉莉花で良いって。私も瑠璃ちゃんって呼ぶから」
「……くっ」
呼びかけた瑠璃は、返事をされただけなのに何故か
「じゃ、じゃあ茉莉花さん。さっきの話、お兄ちゃ……
「んー、言葉通りの意味よ。
茉莉花は視線を瑠璃から久太郎に移した。
獲物を狙うネコ科動物のように目を細め、頬杖をついて軽く舌なめずりをする。
ぬらぬらと紅く湿った下唇が、蛍光灯の白い光を反射する。
「……ね、久ちゃん。専属になったら私だけを見てね。イベ参加のときは随行をお願いするし、ずっと私だけを撮影して」
「いや、断る」
久太郎は素気無く断った。
頬杖をしていた茉莉花はガクンとなる。
「……もう、わかってる? これでも私ってばすごく人気あるのよ? 専属になりたいって言ってくれるカメラマンさんだって、今まで何人もいたんだから」
「だったらそっちを専属にすれば良いじゃないか」
「ダメよ」
茉莉花は潤んだ瞳を久太郎に向けた。
「私は久ちゃんが良いの」
「……なんでだよ? 自分で言うのもなんだけど、俺はまだポートレート撮影始めたばかりだし、取り立てて技術に優れている訳でもないんだ。なのに、どうして俺なんかに固執するんだよ?」
「そ、それは……」
茉莉花が口籠もった。
「えっと、それは……秘密」
「なんだそれ」
「と、とにかく久ちゃんは、いずれ私の専属カメラマンになるの! そういう約束でしょ?」
瑠璃が会話に割って入る。
「約束? 約束ってなんのこと?」
「あ、そ、それはですね。実は前にこんなことがありまして……」
京子が説明を始めた――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それは去年の冬のこと。
現代仮装文化研究部、通称『コスプレ部』は危機に陥っていた。
ある日、生徒会から廃部が通知されたのだ。
しかしそれは無理からぬこと。
コスプレ部は京子が設立したクラブだ。
そして創立以来、在籍している部員は長らく京子ひとりだった。
一年経って久太郎が入部してからも、たったのふたり。
設立からずっとこれといった活動実績を持たないコスプレ部に、ついに生徒会は痺れを切らした。
しかし生徒会とて温情はある。
彼らはコスプレ部に、とある通知書を渡してきた。
そこには、
『――廃部を免れたければ、なんでも良いから大会に参加して活動報告書を提出しなさい。ただし学校側が納得するような、ある程度見栄えのする結果を出すこと。以上――』
と書き記されていた。
◆
コスプレ部にとっての大会とは、つまりイベントである。
久太郎と京子は頭を抱えた。
イベントに参加するだけなら簡単だ。
久太郎が同人誌即売会のコスプレスペースにでも出向いて、写真の数枚でも撮影してくれば良い。
ただそれでは学校側が納得するような見栄えのする結果とは到底言えない。
そもそもコスプレ部なのだ。
イベ参加するなら最低限レイヤー参加が必須だろうし、その上で10人規模の列や囲みを形成するくらいでないと立派な成果とは呼べない。
しかし問題がある。
コスプレ部はコスプレ担当が不在なのだ。
頭を抱えた久太郎と京子は、ついに進退極まる。
そして突飛な行動に出た。
破れかぶれになっていたふたりが取った行動。
それは『著名なコスプレイヤーの現地調達』という離れ業であった――
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