第6話

瑠璃は制服を脱ぎ、コスプレ衣装に袖を通した。


白とピンクを基調とした服。

まどギアのメインヒロインかなでまどかの魔法少女衣装だ。


細部に細かなレースが施され、スカートは裾こそ短いものの中世のドレスの様にぽわんと豪奢に広がっている。

要所要所にあしらわれたリボンやフリルは、見る者にキュートな印象を与えるに違いない。


「……えっと、ここをこうして。んーバストの辺りがちょっときついけど、これで着れたかな?」


瑠璃は着たばかりの衣装を改めて眺めた。


「しっかし凄いスカートよね。まるで広げた傘みたい……って、これ! 下から覗かれたらパンツ丸見えじゃん!」


カァッと頬が紅くなる。

瑠璃は赤面した。

羞恥を誤魔化すようにこほんと咳払いをしてから、鏡の前に立つ。

そこに映った自らの姿をみて、照れ笑いをした。


「……たはは。に、似合わないなー」


なんとなく思い立って着てみたものの、やはり自分には似合っていない。

瑠璃はそう感じた。

そもそも鏡に映った姿はアニメの奏まどかからは程遠く、瑠璃そのものにしか見えない。

これではコスプレとして成立していないだろう。


けれどもどうしてだろうか。

瑠璃の胸は高鳴っていた。

さっきから心臓がトクン、トクンと早鐘を打っている。


瑠璃は鏡に映った自らを、再び眺めた。

ほのかに紅潮して薄桃色になった下唇に、人差し指を当てる。


やはり似合ってはいない。

似合ってはいないと思う。

けれども――


「……なんか、……楽しい、かも……」


瑠璃が感じていたものは高揚感だった。

そもそもコスプレに限らず仮装とは楽しいものだ。

日常とはかけ離れた衣装に身を包むと、まるで自分が自分以外の別の誰かになったように感じられる。

仮装には、多かれ少なかれ万人にそういった気持ちを抱かせる力があるのだ。

それが可愛いコスプレ衣装であれば、女子にとっては尚のこと。


ぽけーっと惚けたように自らのコスプレ姿を眺めていた瑠璃は、ハッと我に返った。


「あっ、そろそろ脱がなきゃ」


許可も取らずに勝手に着てしまったのだし、バレたら怒られるかもしれない。

それ以前に誰かに見られたら恥ずかしい。


瑠璃は少し後ろ髪を引かれる想いを感じながらも、着替えようと背中のファスナーに指を掛けた。

と、そのとき――



引き戸が引かれる。

廊下から部室に戻ってきたのは久太郎だった。


「待たせな瑠璃。ひとりにして悪かった」

「お、お兄ちゃ――⁉︎ な、なんで⁉︎ ちょっと戻ってくるの早くない⁉︎」

「いやなんかさ。体育館に着いたら、もうほとんど片付けは……終わって……て……」


久太郎がコスプレ衣装を着た瑠璃を見る。

そして固まった。

瞬間的に瑠璃が赤くなる。


「……る……り……?」


久太郎は口をパクパクさせた。

わなわなと震えながら瑠璃を指差す。


「……お、お前……そ、その格好は……」

「み、見ないで! こっち見んな、クソオタク!」


瑠璃が両腕で自らを抱きしめ、身体を隠そうとする。

固まっていた久太郎が一歩足を踏み出す。


「いや、見るなって言われても……だってお前、そんな……」

「見るなったら見るな! こっち来ないで!」

「いや、でも……」


久太郎の歩みは止まらない。

ゆっくりと、けれども確かに瑠璃との距離をつめていき、その手を握る。


「……か、可愛い……」


久太郎はコスプレ姿を丹念に眺めてから呟いた。

瑠璃の頭が真っ白になる。

可愛い、それは瑠璃が久太郎から一番言われたい言葉だった。


「〜〜〜〜ッ⁉︎」


目眩がするほどの幸福感が、脳天から背筋を駆け抜ける。

瑠璃は腰が砕けた。

握られた手を振り解き、思わずその場にしゃがみ込んだ瑠璃は、蕩けそうになる表情を意思の力で引き締め、め付けるみたいなまなじりで久太郎を見上げる。


けれども久太郎は瑠璃のきつい視線など物ともしない。

しゃがんだ瑠璃の手を取り直し、改めて言い放つ。


「お前めっちゃ可愛いじゃないか! 頼む瑠璃! 写真、写真撮らせてくれ!」

「はぁ⁉︎」

「頼むっ、後生だから!」

「ちょ、ちょっと、まっ、ダメ! ダメだってばぁ!」

「なんでダメなんだよ! 一枚、ほんの十枚、……いや百枚だけで良いんだ! だから頼む!」

「増えてんじゃん!」


目を白黒させた瑠璃の顔は、茹だったタコのように隈なく真っ赤に染まっていた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


一方、その頃。

京子みやこは学校正門の隅っこで目立たない様にしながら、とある人物を待っていた。


「やほー、みやさん。おひさー」


気楽に手をひらひらさせた人物が、校外からやってきた。

京子がぺこりと頭を下げる。


現れた人物の名は『七星ななほし茉莉花まつりか』。

本日、京子と会う約束をしていた人物である。


「衣装、もう仕上がりそうなんだって?」

「は、はい。後は細部の調整だけかな、と。それでご迷惑かと思ったのですが、実際に着てみて頂きたくて七星さんにお越し願ったのです」

「全然迷惑じゃないよ。むしろ衣装を仕立ててもらってるのはこっちなんだから。いつもありがとね」

「な、なら良かったです。では部室に参りましょう」

「了解」


ふたりは連れ立って歩き出す。


「けど『まどギアコス』かー。久しぶりだなぁ」

「あ、そ、そう言えば、今日は天ヶ瀬くんも、います」

「え、ほんと? きゅうちゃんいるの?」


茉莉花が笑顔になる。

途端に歩くスピードが速くなり、やがて小走りになった。

かと思うと立ち止まり、後ろを振り返って京子を急かす。


「京さん、はやくはやく!」

「あっ、七星さん、走らないで下さい。それに直接部室に行っちゃダメですよ。七星さんは他校生なんですから、まずは事務所で、学校敷地内への立ち入り許可を貰わないと」



コスプレ部の部室に到着した茉莉花は、勢いよく引き戸を開いた。

ガラガラと大きな音が鳴る。


「久ちゃん!」


開口一番、久太郎の名を呼んだ茉莉花の瞳に、カメラを持って瑠璃に迫る彼の姿が映った。

それと一緒に瑠璃のコスプレ姿も。


「ちょ、ちょっと待って!」


茉莉花はパニックになった。


「何してるの? 久ちゃんその子誰? それにその子が着てるの、私の衣装じゃない? 一体全体何がどうなってる訳ぇ⁉︎」

「茉莉花⁉︎」

「えっ、誰⁉︎ 部活関係者?」


いきなり現れた彼女を見て、久太郎が驚く。

それに続いて瑠璃が誰何した。

茉莉花は混乱したまま応える。


「誰って私? 私は七星茉莉花。全国でも指折りのトップコスプレイヤーにして、やがて久ちゃんを専属カメラマンとして迎え入れる女よ!」

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