第4話
現代仮装文化研究部。
通称『コスプレ部』の部室に移動すると、瑠璃も着いてきた。
久太郎と並んで長机に座る。
部室の壁にはたくさんのコスプレ衣装がかけられていた。
どれも既製品ではなく、手縫いの逸品である。
「……ど、どうぞ……」
そんな彼女を瑠璃が観察する。
京子が着ている服は学校指定の野暮ったいジャージだった。
上着のジッパーを目一杯あげて、襟を立てて口元を隠し、さらには長い髪も襟から服の中に入れてある。
また京子は分厚い瓶底メガネをかけていた。
だから目を凝らして眺めても、どんな顔をしているのかまったく分からない。
おそらく自らの容姿に自信がないのだろう。
けれども、ともかくこの女性は久太郎と近しい間柄のようだ。
油断はできない。
瑠璃はそう結論づけた。
◆
同じように京子も瑠璃を観察していた。
瓶底メガネの奥からしげしげと目の前に座った美少女を眺める。
「……あ、あの、天ヶ瀬くん。こ、こちらの、とても可愛い女の子は……」
「こいつは瑠璃。俺の妹だよ」
京子がポンと手を打った。
ほっとした様子で肩の力を抜く。
「……ああ、妹さんでしたか。……な、なんか、あんまり似てないですね……」
「はは、よく言われる」
久太郎は啜っていたお茶を長机に置き、一息置いてから切り出した。
「なぁ
京子は引っ込み思案である。
そのことを十分理解している久太郎は、不思議に思って尋ねた。
「だ、だって、天ヶ瀬くん、今日は用事があるって言ってましたし、だから私、ひとりででも……。早く勧誘しないと、他の部活に、先をこされちゃいますし……」
「ん、まぁそうかもしれないけど」
コスプレ部に所属している部員は、現在久太郎と京子の二人だけである。
そして久太郎はカメラ撮影担当で、京子は衣装制作担当。
この部活はコスプレ部とは名ばかりで、肝心のコスプレイヤーがいないのである。
「す、すぐにでもコスプレ担当の部員を見つけないと……。もうあまり時間がないんです。早くしないと
コスプレ部には早々にちゃんとしたコスプレ活動を始めなければならない『とある理由』があった。
活動を開始するにはともかくコスプレイヤーだ。
最低1人は確保する必要がある。
だから焦った京子は、勇気を振り絞ってひとりで新入生の勧誘に繰り出したのだ。
◆
話をしているうちに焦燥感が増してきたのか、京子が立ち上がる。
「こ、こうしてはいられません。天ヶ瀬くん、や、やっぱり新入生の勧誘に、行きましょう……!」
急かされた久太郎は、だがしかし席を立たない。
「あ、天ヶ瀬くん……!」
「いや、無理だって。そんな強引に新入生を連れてきて衣装を着せたとして、それで良いコスプレになるわけがない」
「で、でも……!」
「コスプレ担当は誰だって良い訳じゃない。いま俺たちが必要としているのは熱意や愛のあるレイヤーだよ。それか周囲を黙らせるような圧倒的な才能のあるレイヤーか……」
久太郎が椅子の背もたれに大きく身体を預けた。
両手を頭の後ろに組んで、愚痴るように言う。
「……はぁ、あの『幻の美少女』さえ見つかればなぁ……」
京子がビクッと反応した。
「はぅ! あ、あの、天ヶ瀬くん! そ、その話は、やめにしませんか?」
「え? なんで?」
「だって、は、恥ずかしいですし」
「なんで幻の美少女の話で、先輩が恥ずかしがるんだ?」
「そ、それはその……」
京子はごにょごにょと口籠もった。
ジャージの襟を引き上げ、さらに顔を隠そうとする。
瑠璃が尋ねる。
「幻の美少女ぉ? なにそのオタクくさい言葉」
ジト目を向ける瑠璃に、久太郎が応える。
「いやさぁ。俺、写真が趣味だろ? 中学の頃から鳥とか風景とか撮ってたし、だから最初は高校で写真部に入ろうと思ってた訳。そんで写真部の部室に向かってて、その最中に見たんだよ……」
「見たって、何を?」
「だから、幻の美少女」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――久太郎は思い出す。
それはこの高校に入学してまだ日が浅い頃の出来事。
写真部に入部すべく文化部棟の廊下を歩いていた久太郎は、その途中でコスプレ部の前を横切ろうとした。
コスプレ部の窓は開いていた。
久太郎は何の気なしに、横目で部室の中を眺めた。
そして見たのだ。
窓の向こう。
そこに信じられないような美少女がいた。
アニメキャラの衣装を身に纏い、鏡に向かってポーズをつけている。
まるで二次元の美少女が、そのままリアルに飛び出してきたような不思議な光景。
久太郎は一瞬で目を奪われた。
カメラのファインダー越しにこの美少女を捉え、撮影してみたいと強く思った。
「……あ、あの……!」
「ひぅ⁉︎」
久太郎は無意識のうちに声をかけた。
コスプレ美少女の肩がビクンと震える。
美少女が振り向いた。
ふたりの視線が絡み合う。
久太郎は息をすることも忘れて、目の前のコスプレ美少女を凝視した。
「あ、あの! い、一枚撮らせて貰っても良いですか? いまはカメラ持って来てないけど、明日持ってくるんで!」
「は、はわわわわ……」
美少女は応えずに窓までやってきて、窓枠に手を掛ける。
「ご、ごめんなさい!」
ピシャリと窓が閉められた。
それから久太郎がいくら窓越しに声を掛けても返事はなく、いつまで待っても美少女は部室から出てこなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
幻の美少女について熱く語った久太郎は、お茶を軽く口に含み、飲み込んだ。
「……翌日またコスプレ部に来てみたら、もうあのひとは居なかったんだよなぁ。それで代わりに
それを機に久太郎は写真部に入るのをやめてコスプレ部に入部したのだが、入部以来、まだあの美少女と再会は出来ていない。
だから『幻』なのだ。
「きっとウチの生徒だと思うんだけどなぁ。今となってはあれは俺がみた白昼夢なんじゃないかと思うことさえある。それくらい完璧なコスプレ姿だったんだ」
「……ぅ、うぁ……」
京子が
耳まで赤く染まった顔を、恥ずかしそうに俯かせる。
瑠璃はあからさまに不機嫌になっていた。
久太郎を睨みつけながら尋ねる。
「ふ、ふぅん? じゃああんた、その幻の美少女って子のことが、す、好きなんだ?」
「……好き? それは恋愛感情の話か?」
久太郎は腕組みして考える。
「うーむ。いや恋愛的どうとか俺にはよく分からないよ。ただもう一度あの女性に会って、写真を撮らせてもらいたいだけかな。まぁあわよくばコスプレ部に勧誘して一緒に活動が出来たら最高だ、なんて思いはするけど」
瑠璃はムスッとなった。
久太郎が続ける。
「それにな。俺はあのひとに会って礼が言いたいんだ。なんたってあの幻の美少女は、それまでポートレート撮影なんてした事もなかった俺がこうしてカメコ道に足を踏み入れるきっかけをくれた女性だ。ある意味恩人なんだよ」
久太郎は瑠璃から目を逸らし、俯いたままの京子に視線を移した。
「……なぁ菘先輩。しつこいようで悪いけど、あの幻の美少女についてやっぱり何か知らない? だって部室にいたんだし」
「――ふぇ⁉︎」
京子が顔を上げた。
「し、知りません! 何度聞かれても、知らないものは知らないんです!」
必死になって首を振る。
京子はズレそうになった瓶底メガネを慌てて直し、赤くなった顔を隠した。
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