3ターン目 闘技会予選その3

 最終予選当日、いつもの癖で六時に目が覚める。勝ちあがっていったことをリーナたちに伝えると、とても喜んでくれて朝の仕事などしなくていいからゆっくり休むように言われた。二度寝は寝過ごす可能性があるので、朝食の準備を手伝いながらリーナの母親と会話して緊張をほぐす。


「本戦に進むだけでもいろんなところから声がかかるんだろ? じゃあ優勝したらなんにでもなれそうだねえ」

「最終予選に残った女の子、リーナと同じくらいだと思うんですけど一度も戦ってるとこを見てないんです」

「そんなすごい子と戦って勝たなきゃいけないってやっぱり予選から厳しいんだねえ」

「いえ、本戦に進めるのは二人なのでまだ可能性はあります」


 実際ロランに聞いてもいつの間にか場外になっていたと言うだけで何の情報も得られなかった。

 食事中は大会の話で持ち切りだった。これまでは家族の誰も興味なかったらしいが、私が出場するということで気にしてくれているようだ。

 食べ終えたら出発の準備をする。といっても大した荷物はなく、そう遠くに行くわけでもないので最悪デッキさえあれば問題ない。

 八時四十分に到着すると長髪の男が先にいた。それ以外に見学で来ている人が結構いる。中には明らかに冒険者ではなさそうな夫人や子どももいた。

 ロランが私に気づいて近づいてくる。


「ユキノ、おはよう! 頑張れよ!」

「おはよう、やけに人がいるね」

「そりゃあ本戦出場者を決める戦いだからな」


 この世界にはスポーツのようなものは少なく、こういった大会は注目の集まる娯楽らしい。

 いつの間にか残る二人の最終予選出場者も来ていた。そしてギルドの人間が到着する。


「観戦の方々は下がってください!」


 サフェラとオズドに随行している男性が呼びかけた。見学の人たちが下がってある程度のスペースができたところでオズドが手をかざす。するとそのスペースを囲むように先の透けて見える薄い光の幕が四方に現れた。サフェラが歩き出して幕にぶつかったがまるで何もないように中に入った。


「最終予選はこの中で行う。四人はこちらへ来い」


 私たちが幕の前に立つと、サフェラは私と、ビームみたいな魔法を撃った男を指差す。


「初戦はユキノ対アドージェ、その次がサナ対カインだ。その後の戦う順番は二戦の結果を見て決める。二人は中へ入れ」


 中へ入るとサフェラが幕を軽く叩いた。入る時と違って外に出ていない。


「この通り、内側からは許可がないと出られない。オズド」

「はい」


 オズドが返事をしてからサフェラが再度手を触れると今度は外へ出た。


「というわけだ。周囲を気にせず存分に戦え。降参するなら幕を二回強く叩くんだな。前にも言った通り、総当たりだから一戦で力を使い果たしてしまったなんてならないようにしろよ。じゃあ始め」


 十数秒沈黙が流れた。私も対戦相手のアドージェも開始の合図を聞いたのか、それとも何か別のことを聞き違えたのかわからないといった具合だ。

 ハッとして私はスキルを発動する。相手も手を構えて魔法を撃つ準備をする。手札をじっくり見る暇もなくキャラクターを召喚。≪荒野を駆る戦士≫がビームで撃ち抜かれる瞬間、デッキに戻してそれを無効にする。直後に≪戦士の休息≫を発動。そこでドローが可能になる。その瞬間、次のビームが放たれる。恐らく相手の予備動作とこちらのターン開始のドローまでの時間がほぼ同じなのだ。

 私は走り出す。手の内が尽きたから逃げるとでもいう雰囲気を見せた。一撃目は転げるように回避する。立ち上がる瞬間に一枚ドロー。二撃目を放とうとした時にカードを一枚切る。≪雷霆の戦士 ナーデア≫を召喚。即座にアタックさせるとアドージェは回避するが狙いが定まらないまま攻撃してしまう。そこで一枚ドロー。


「ナーデアを選択して≪ロックシールド≫を使用!」


 岩でできた一見雑な盾を構える。ナーデアはそれで魔法を受けた。これで終わりだ。


「魔法が撃てない……!?」


 アドージェは驚く。≪ロックシールド≫の効果はバトルしたキャラクターは2ターンの間アタックできなくなるというもの。つまり約四十秒間は攻撃魔法を使えない。戦士専用のアイテムカードだが私は戦士ビートで使うことはなかった。ロックとしての性能は低いためだ。それならば最初から除去カードでいい。しかし、こちらでの戦いでは四十秒はとても長い。カードをドローしてそのまま≪血に染まる鎧の戦士≫を召喚。その姿に怯えたのだろう。走って幕に近づきそのまま二回強く叩いた。


「そこまで。ユキノの勝利だ」


 サフェラがそう言うと、近くの幕に私が通れるくらいの穴が開く。


「すぐに二回戦を始める。二人は早く出ろ。サナとカインは早く入れ」


 いちいち語気が荒いのが腹立たしいが従うように幕から出る。サナとカインが入っていく。


「取り敢えず一勝だな」


 ロランが声をかけてくる。まるで戦闘には参加しない仲間ポジションのようだ。これから解説ポジションにでも収まっていくのか?


「俺はあのサナって女の子にどうやって負けたかわからなかった。いや、場外だったんだがどうやって場外にされたのかわからなかったってのが正しいか。ただ何かに押された感じっていうのか……?」

「つまり?」

「どう戦うかわかってないからよく見ておいた方がいいってことだな」

「得意気に言われても……」


 そこで「始め」の合図があった。全員が幕の中に注目する。

 カインはスタートと同時に魔力の剣で斬りかかる。そう見えた。

 しかし、カインは強く押されたように後方に吹き飛んだ。全員が驚きながら見守っている中で私はサフェラとオズドに目をやる。二人の元上級冒険者があの攻撃をどう見ているかが気になったのだ。やはり二人は驚いている様子はない。

 立ち上がったカインにサナが近づいていく。カインは再度魔力の剣を出して斬りかかる。


「ぐあっ!」


 痛々しくも情けない声が幕の外まで漏れる。カインの攻撃は避けられて、さらに背中を押されるように吹き飛ばされたのだ。


「何か喋ってるのか?」

「よく聞こえないよ」


 観客がそう言っている。たしかにサナの口元が動いていた。だが全く聞こえてこない。

 その代わりにサフェラとオズドの会話は聞こえてきた。


「詠唱……ではなさそうだな」

「心を折ろうとでもしてるんですかね」

「まずその発想が浮かぶあたり恐ろしいやつだ」


 オズドの黒い面を見た気がした。

 カインはボロボロの体でまた立ちあがる。観客たちは彼に声援を送り始めた。


「すげえやつだな」


 ロランも賞賛の言葉を漏らす。しかし、その奮闘も虚しく攻撃を食らって倒れた。


「そこまで」


 サフェラによるレフェリーストップが入った。

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