27ターン目 玉座の間
暗闇の中に佇む城の門から、少し離れたところに一体のドラゴンが降り立つ。門番をしていたオーガとリザードマンが巨大な影に気づいて恐る恐る近づく。
ドラゴンの手には二人の人間が乗っていた。一人は右腕を失い、胴体から多量の出血をしている。もう一人は怪我はないが息を切らしていた。
「早く門を開けろ!」
ファラエスの怒号に怯えた門番たちは焦りながらもてきぱきと開門した。
二人が降りるとドラゴンが消える。フェイネに肩を貸しながらファラエスはもう一度怒鳴る。
「何をしている! 手伝え!」
フェイネをオーガに抱えさせて玉座の間へ向かう。一介の門番は入れないのでファラエスが肩を貸そうとするが一人で歩けると断った。
扉を開けると赤く長い絨毯が敷かれており、その先の二十段ほどの階段の上には玉座がある。そこには女性が座っていた。
「お帰り、ファラエス、フェイネ。あら、怪我しているじゃない。フィエコ、治してあげて」
「はい」
階下に控えていた二人のうちの一人が座り込んでしまったフェイネの胴と腕の傷口に触れる。すると淡い光がそれを包む。
「ファラエス、貴女は大丈夫?」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「じゃあ何があったか報告してほしいわ」
ファラエスは一つ一つ順を追って説明した。気をつけたのは言い訳がましく聞こえないようにすることだ。
「……報告は以上になります」
「『異界の使徒』を連れてこれなかったのは残念だけど、あのレネア・ゼステアを殺せたなら上出来よ。素晴らしいわ、褒めてあげる」
女性は階下に降りるとファラエスを抱きしめた。ファラエスの心は安らぎ、体はぽかぽかと温かくなっている。今までの疲れや焦りが嘘のように薄れていく。
「ありがとうございます」
「これからも頼むわね」
ファラエスを放した女性は今度はフェイネに近づく。
「フィエコ、フェイネはどう?」
「出血は止まりました。胸の傷は数日で完治します。ただ失った腕は魔力の損失が激しく簡単には戻らないかと思われます」
「わかったわ」
そう言うとフィエコはフェイネの治療を中止して一歩離れた。女性はフェイネも抱きしめる。
「お姉……さまぁ……」
「痛かったでしょう。もう大丈夫よ」
フェイネは安心した様子で眠ってしまった。横にさせるとフィエコは治療を再開し、女性は玉座へ戻る。
「さて、ファラエス、その『異界の使徒』の女の子は確かにユキノというのね?」
「はい」
「フルネームは聞いた?」
「いえ、申し訳ございません」
「いいのよ。聞いたことのない名前だと思っただけだから」
女性は玉座の横にある小さなテーブルのグラスを手に取り水を口にする。
「フォッツェ、次の策に関して貴女の意見を聞こうかしら」
「そうだな、やるべきことは二つある。一つはレネア・ゼステアの死によって各地のギルドや開拓組織がどう動くかの観察だ。大々的に魔族討伐を進めてくるならこちらも悠長に構えていられないからな。もう一つは『異界の使徒』とやらの把握だろう」
階下に控えていたもう一人、小学生くらいの見た目の女性が玉座に座る相手にタメ口で話す。異様な光景だが指摘する者は誰もいない。
「私も同じことを考えていたわ。でも後者はどうやって進めたらいいのかしらね。フェイネは魔力でわかるらしいけれど、誰にでもできることではないでしょう?」
「そう深く考えなくても一つ目と同時進行で情報を集めていけばいい。どこからか突然現れた者や突飛な言動や行動をする者などをマークしておいて、捕らえるなり、こちらに引き入れるなり対応すればいいだけだ」
「じゃあ任せたわ。引き続き銀級の捜索もお願いね」
「当然だ。そういえばヌベーテは取り返すか? まだ間に合うぞ」
「くれてあげましょう。黒級の首と交換と思えば安いもの」
「そうか。ところでファラエス、ユキノという『異界の使徒』が召喚魔法を使うと言ったな。もう少し詳しく聞かせろ」
ファラエスはユキノの戦士召喚のこととそれを同時に複数体召喚したことを話す。するとフォッツェは面倒くさそうに頭を掻いた。一方で玉座に座る女性は少し楽しそうに聞いた。
「もう一度、一対一で戦ったら勝てる? もちろん生け捕りとか気にしなくていいわ」
「勝てます! ドラゴンを使えば負けることはありません!」
「期待しているわ。いずれ戦うことになると思うからよろしくね」
「かしこまりました」
ファラエスは深く頭を下げる。
フェイネの治療をしていたフィエコが立ち上がる。
「陛下、失った腕以外は治癒しました。腕も二、三日で復活するでしょう」
「ご苦労様。部屋まで運んであげて」
そう言いながら指を鳴らすとどこからか2メートルくらいある鎧が二つ現れてフェイネを抱えて部屋を出ていった。それを見送るとフォッツェ以外の二人も退出させる。扉が閉まるのを待って女性はため息をつく。
「
「数で不利だったうえに『異界の使徒』もいたのだからそんなものだろう。それに銀級も間近と言われていたレネア・ゼステアを殺せたなら上出来と自分で言ったじゃないか」
「どちらにせよ戦力の増強は急務ね。
「増員は結構だが幹部クラスをみだりに増やすと統率が難しくなるぞ」
「妬いてるの?」
「他のやつらと一緒にするな」
「そういう態度も可愛いわ」
フォッツェはわざとらしく咳払いした。
「
「そもそも訃報を聞いたからといって特別何かするとは思えないけどね」
「それでも警戒しておかなければいけない。あいつらはそういう存在なんだよ」
「
「そのあだ名は捨てたんだ。呼ぶなと言っているだろ」
二人は玉座の間に近づく足音が聞こえた。扉が開くとハーピーが慌てた様子で立っている。
「報告致します! 銀斬のセルヴァが姿を消しました!」
「ということは監視は斬られてないんだな」
「はい」
「わかった。発見したら報告しろ」
フォッツェの指示にハーピーは一礼して玉座の間を後にする。
「……セルヴァか、読めないな」
「そうなの?」
「一見ただの好々爺だがその実、剣にしか興味のない変態だ。国からの接待でどこに行きたいかと聞かれて『この国一番の鍛冶屋に行きたい』とか言い出すんだぞ? 挙句、ろくに話も聞かずにどっかに消えた」
「面白い人ね」
「これくらいのエピソードならな。もっととんでもない話が色々とある。気まぐれで依頼をこなしに行く程度だったらいいんだが……」
「楽しみね」
「そういう考えだと痛い目を見るぞ」
「もう十分見て来たわ」
そう言い残して玉座の人影は消えた。
「まったく、どいつもこいつも」
フォッツェはため息をつきながら玉座の間を後にする。
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