25ターン目 勇気あるもの

 ファラエスは一瞬驚いた顔を見せ、状況の不利を理解し顔をしかめた。


「戻ってこい!」


 仲間たちと戦わせていたライオンを近くに呼び寄せた。18あったLPは8に減っている。目の端に映っていた戦いから察するに、ライオンは大きくジャンプして踏み潰しにかかることが多かった。広範囲の魔法攻撃で牽制しながら剣でダメージを与えていったようだ。


「フェイネ!!」


 ファラエスが叫ぶ。フェイネの右腕をレネアが斬り飛ばしていた。


「ファラちゃん、どうしよう」


 フェイネは大きく後方に跳躍してファラエスと合流する。


「行け!」


 ライオンが二人を守るよう前に出るが、レネアに一瞬で頭と胴を分けられてしまう。倒れこむライオンの横からフェイネが現れて突きを繰り出すが、レネアは体を引いて回避した。


「パンチは見切った。いくら威力が高くてもそれしかできないなら私には勝てない。片腕、しかも利き手じゃないなら尚更だ」


 フェイネは袈裟切りを食らい膝をつく。そこで私のスキルが停止し、キャラクターが消えてカードがポーチに戻る。敵を全員倒したと認識したから終わったのだろうか。

 その時消え去ったライオンの死体と入れ替わるように巨大な影が周囲を包む。


「まさかここまで追いつめられるとは思わなかったがもう終わりだ」


 ファラエスが冷徹に言ってのける。影は翼を広げたドラゴンによるものだった。毒々しい紫色の鱗が全身を覆っている。ドラゴンは後脚で立ち上がり巨大な前脚を振り下ろす。


「全員退避しろ!」


 レネアの命令に従い後方へと逃げる。彼女だけはドラゴンと対峙したままだ。

 ドラゴンの爪はレネアとは違う方を狙っていた。……私だ。


「え?」


 間の抜けた声しか出なかった。恐怖で目を閉じてしまった。金属音がして目を開くとレネアが剣で爪を受けている。そして彼女の腹部にはドラゴンのものではない爪が突き刺さっていた。ドラゴンの手の中から先程倒したはずのライオンの爪が出ていたのだ。


「レネアさん!」

「片方だけは達成できた。帰るぞフェイネ」


 返事をしないフェイネをドラゴンの反対の手で拾って、ファラエス自身もその手に乗る。ライオンの爪だけをレネアの腹に残して前脚を引き飛び立った。


「レネア!」

「リーダー!」

「隊長!」


 倒れこんだレネアに仲間たちが駆け寄ってくる。レネアは弱々しい呼吸をしながら私を見て手を伸ばす。私は彼女の口に顔を近づけた。


「ペン……ダ…………ン……ト……」


 彼女の首からペンダントを外す。何故だかそうしろと言われた気がした。それには薄く青いガラス玉のようなものがついている。


「これは?」

「…………」


 返事を聞くことなくそのまま目を閉じてしまう。弱々しい呼吸すらもなくなった。仲間たちが駆けつけてフエナが指示を出している。ヌベーテでの私の記憶はそこまでしかなかった。




 目を覚ますと空が明るかった。不規則な揺れで頭と背中が痛い。馬車に乗っているようだ。


「おはよう。体調はどう?」


 ロシュカが笑顔で声をかけてくれる。背中を起こして正直に頭と背中が痛いというと濡れたタオルを当ててくれた。その会話が聞こえたフエナもこちらに近づいてきた。


「おはようございます。帰還までまだ二日ほどかかるので眠っていても大丈夫ですよ」


 フエナの顔を見ると涙が溢れ出てきた。あの時の光景がフラッシュバックする。


「ごめんなさい……、ごめんなさい……」


 ありきたりな謝罪の言葉しか出てこない。ロシュカは背中をさすって小さなタオルで涙を拭ってくれる。フエナは困惑している様子だった。言葉を選びながら口を開いた。


「……ユキノさんのせいではありません。責任があるとすればレネアとユキノさんが狙われているとわかっていながら何もせず逃げてしまった私たち全員です」


 私は何も言えなかった。レネアと一番親しかったであろう彼女が気丈に振舞っているのだ。これ以上悲しんで困らせるわけにはいかない。そう思うと早く帰りたくなった。全員がフエナのように考えているわけではないだろう。まだ何も言われていないが責められているように感じる。

 水を確保するために停車した。その時に何人かの仲間が私の所にやってきた。


「キングスケルトンを倒したのはあんたなんだってな。助かったぜ」

「レネアさんのことで自分を責めないでね」

「あなたが無事だっただけでも良かったと思いますよ」


 などと口々に励ましてくれる。けれど、まともに聞く気にはなれなかった。

 出発して間もなく、反対からやってきた馬車に乗っていた男性とフエナが何か話していたが聞こえなかった。

 また頭痛が気になってきたとロシュカに呟く。彼女は積んでいた薬草のいくつかを使って薬を作ってくれた。飲んで少しすると眠気がしてきたのでそれに逆らわずに目を閉じた。

 次に目を覚ますと夜だった。馬車は停止している。肉を焼いた匂いがして、話し声が聞こえてきた。みんなは夕食を食べているのだろう。体中が痛くて倦怠感がある。馬車から降りるのも一苦労だ。


「食事ありますよ」


 フエナがこちらに気付く。ロシュカがパンと何かの肉を渡してくれる。


「……レネアは万が一に備えて残された仲間たちのことを考えていました」


 フエナがポツリと話し始める。私が顔を上げると続けた。


「彼女の実家ゼステア家に雇用してもらうという道です。騎士としては勿論として、後方支援の者も信頼できる筋に紹介してくれるとのことです。ユキノさんも今回のことで冒険者を辞めようと思うならそういう道もあるということだけ話しておきます」


 このパーティーは解散するのだ。メンバーは皆優秀だが、それでもレネアのワンマンに見えることもあった。今までのようには続けられないのだろう。


「フエナさんはどうするんですか?」

「元々私は魔道具技師としてお店を出したいと思っていたのでそちらに専念します。パーティーの所属も資金が集まるまでと約束してましたし」

「ロシュカは?」

「私はまだ考えてる」

「そっか……」


 片付けが終わり、眠る前にフエナが何かを差し出してきた。レネアが首から下げていたガラス玉ともう一つは恐らくカードパックだ。


「渡すのが遅くなりましたがこれを。倒れたユキノさんが持っていた物です。玉はレネアが肌身離さず持ち歩いていたものでしょう。けれどこちらは……」

「こっちはわかってます。それよりこのガラス玉は何ですか?」


 フエナは小さく笑う。


「お守りですよ。魔力の付与もされてないので気持ちだけの物ですね。もし良ければ持ち歩いてあげて下さい」

「……わかりました。あと、私は冒険者を続けます。銀級を目指します!」


 フエナは優しく微笑んで「応援していますよ」と言ってくれた。

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