20ターン目 古戦場ヌベーテへ

「どうしたんでしょう……」


 ロシュカが不安そうな声を漏らす。

 同時に怒号が聞こえてきた。後方では内容まではわからなかったため、私たちは馬車を降りて前へ向かった。


「金と食い物を置いていけば許してやるって言ってんだよ! 早くしろ!」


 剣を抜いた巨漢があからさまな恐喝をしている。その後ろには四、五十人の男がいた。野盗だろうか。

 パーティーメンバーの男たちが相対している。


「俺たちのリーダーは命のやり取りを良しとしない。退くなら今のうちだ」


 一触即発といった雰囲気だ。レネアは何をしているんだろう。出るまでもないってことか。

 巨漢の後ろの男たちが「ボス、やっちまいましょう」と言った。


「そうだな!」


 野盗のボスが剣を振る。同時に部下たちも襲い掛かってくる。こちらの男たちも果敢に立ち向かう。

 私はこのまま戦うかロシュカを連れて下がるか一瞬悩んだ。その逡巡は不要だった。


「うるさいなぁ。気持ちよく寝てたのに」


 レネアが現れた。大きくジャンプして双方の間に割って入るようになった。驚くべきはその着地点周囲の野盗が倒れていたことだ。


「リーダー!」


 仲間の誰かが声を発したことで野盗のボスが近づいてくる。


「お前のような細い女がリーダーとはな。まあ恨むなら警告を無視した部下を恨むんだな」


 私は笑いそうになる。それはやられる側の台詞だぞ。


「彼らは部下じゃない。仲間だ」

「あ? 何言ってんだ? まあお前を倒せば終わりだろ」


 一騎打ちの雰囲気になり、双方が剣を止めて見守る。

 野盗たちはやかましくボスを鼓舞する声を発しているが、こちらは誰も声を出さない。


「ああ、そういう感じね」


 レネアが呟いたその瞬間、ボスがまるで巨大な手に押されたように勢いよく吹き飛んだ。私にはどうやって吹き飛ばしたのかわからない。剣を抜いたのかどうかもわからなかった。

 野盗たちも私と同じですぐに何が起きたのかわからかったようだ。一拍置いてから驚いている。


「ボス!」

「大丈夫ですか!」

「嘘だ、ボスは元黒級冒険者だぞ!」


 などと口々に言っている。

 レネアが気絶しているボスに近づいて首に下げているタグを奪う。それをボスの剣で大雑把に削る。すると緑色に変わった。


「黒級を騙るには弱すぎる」


 タグを投げ捨てた。


「ギルドに報告書送っておいて」


 そう言って馬車に戻ってしまった。入れ替わるように鳥籠を持ったフエナが顔を出す。カラスのような鳥の足に小さな筒を結んで飛ばした。伝書鳩のようなものなのだろう。

 そして何事もなかったかのように馬車は進む。そうして三日が経った。ギルドの用意してくれた馬車はここまでだ。ここからはパーティーで用意した馬車のみで動くことになるため、これまでほど余裕のある空間で過ごせないらしい。

 たしかに狭苦しかったが満員電車ほどではないし、ロシュカやハンナと話しているとあっという間だった。

 自ら御者をしていたレネアが大声で


「止まれー! 見えたぞ。古戦場ヌベーテだ」


 と言った。止まった馬車から顔を出すと、欠けたり穴の開いている塀が見えた。視線を少し上に移すと城らしき建物も目に入るが、こちらも無事とは言えない様子だ。


「暗いから突入は明日みたいだね」


 ロシュカが馬車から降りながら言った。この数日間で彼女が私と話す時は敬語でなくなり随分打ち解けたようで嬉しい。

 翌日、まだ陽が昇って間もないくらいの時間に起こされた。ゆっくりと朝食を食べてリラックスするためらしい。内容は大して変わらないが、いつもより量が多かった。


「いつ最後になるとも知れないから冒険前の食事は少しでも豪華にしてるんですよ。とはいっても長距離移動の時は量を多くするくらいですけど」


 パンと干した果物を持ったフエナが隣に座った。そして声量を少し下げて話始める。


「ユキノさん、あなたにお願いがあります。レネアを銀級にしてほしいんです」

「……え?」

「銀級に上がるには黒級冒険者の承認が必要なんです。もしユキノさんが黒になった時はレネアの昇格に承認して下さい。どうして新人の自分にそんなことを思われたでしょう。それでも見込みのありそうな人にはこうして声をかけているんです」

「他の黒級からは認められてないんですか?」


 フエナはパンを一齧りしてうつむく。


「他の黒級が昇格を希望しても返事が貰えないことが多いんです。それが認められていないからか忙しくて連絡への返事ができないからかはわかりませんが……。さらに銀級への昇格条件の詳細は不明なんです。黒級五人以上の承認が必要というのも最低条件でしかないみたいでして……」

「それで推薦する人が増えれば確率が上がるかもしれないってことですね」

「はい。どうかお願いします」

「勿論です。新人の私にチャンスをくれたんですからそれくらいの恩返し当然ですよ」

「ありがとうございます……」


 深々と頭を下げるフエナの頭に手のひらを乗せる者がいた。レネアだ。


「またやってんのか。ユキノ、気にしなくていいぞ」

「でもセルヴァ様と同じところに行きたいって言ったのは……」


 レネアは頭に乗っていた手のひらを無造作に動かす。髪を乱されたフエナはムッとした表情をする。


「なれないってことはまだそこまで達していないってことだ。その実力があれば昇格してるさ。今やるべきことをやればいい。だろ?」

「そうね」


 朝食が終わり各々準備をしているところへ、レネアが手を叩いて注目を集める。


「これから私たちは誰も見たことのないヌベーテを見る! そしてスケルトンどもからヌベーテを取り戻す! 行くぞ!」


 全員が手を掲げて「おおー!」と声を上げた。

 私たちは隊列を組んで古戦場へと乗り込んでいく。

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