19ターン目 出発と魔王軍について

 出発当日の朝、カーテンを開けて窓の外を見ると下でレネアが剣を振っていた。詳しくないがサイズ的に両手剣だろう。まるで木刀かのように軽々と振っている。着替えると思わず彼女のもとに足が動いていた。


「おはようございます」

「おはよう」


 手を止めて挨拶してくれる。


「気にせず続けていてください」

「いや、終わろうと思っていたところだよ」


 座るのにちょうどいい岩に二人で腰掛ける。レネアの手にしている剣が包丁くらいのサイズになった。


「気づいたか? 大きさや重さが変えられる魔法の剣だ。フエナに作ってもらった」

「それが最小サイズなんですか?」

「そうだな、ナイフくらいにはならないみたいだ。逆にどこまで大きくなるかは恐くて試せないな。これのすごいところは大きくしなくても重くできるとこにあるんだ」


 抜き身の剣を渡される。五キロのダンベルを持った時くらいの重量感があった。


「……すごい!」

「これなら刃を通した瞬間に重さを換えれば腕力をあまり必要とせずに切れるってわけ」


 それでもさっきは重くした剣を振っていたのだろう。見た目以上にストイックな人だ。

 剣を返すとレネアは暗い顔をしていた。


「…………ユキノ、恐いか?」

「はい」

「そうだよな。けど安心していい。私のパーティーは後衛を死なせたことはない」

「その言葉信頼してます」

「嬉しいことを言ってくれる。じゃあそろそろ戻ろうか」


 宿場の中に戻ると二十人くらいのパーティーメンバーが既に朝食を食べていた。そこに階段を下ってきた人たちが合流する。レネアは仲間と挨拶を交わして朝食を受け取る。


「フレッドたちはまだ寝てるのか」


 苛立ちや怒りは感じられず、ただ淡々と事実を口にしたようだった。それを受けて仲間の一人が立ち上がる。


「起こしてきましょうか?」

「頼む」


 数分後ぞろぞろと男たちが降りてくる。全員揃ったところでレネアが二回手を叩いて仲間たちの注目を集める。


「みんな、今日から依頼開始だ! 目的地ヌベーテまでは四日ある。道中何があるかもわからない。気を引き締めて行くぞ!」


 全員が拳を上げて「おお!」と声を上げる。私は少し遅れて真似をした。


「出発は寝坊助どもの準備ができたらすぐだ」


 フレッドたちをからかうように言うと彼らの食事のスピードが上がる。

 それから約三十分後に出発となった。レネアたちが街にやってきた時ほどではないが見送りの人が多くいた。老若男女が激励してくれている。


「ユキノさーん! 頑張ってねー!」


 振り向くとリーナたちがいた。今から彼女の所まで行くことはできなかったため大きく手を振って返事をした。

 途中まではギルドの用意してくれた馬車で向かうこととなっていた。当然車に比べると乗り心地は悪いが、それでも五日間歩きっぱなしでないだけ助かる。


「ユキノさん、馬車は初めて?」


 隣に座っていたロシュカが話しかけてくる。


「はい、そもそも依頼の経験自体が少なくて」

「リーダーから聞いています。けれどあの模擬戦で多くの者はユキノさんの実力を認めたと思います」

「ありがとうございます。必要と思ってもらえたなら良かった」


 あれは運が悪かったというか良かったというか……複雑な気分だ。


「あの、獣人族っていうのはどの辺に住んでいるんですか?」

「えーと、獣人族にも色々いるんですけど、私たちイヌやオオカミ系はずっと北の方にあるヘプラ山に住んでいます」


 出身のことを少し話していたから聞いてみたが、如何せん土地勘がないから全然ピンと来ない。

 見兼ねたロシュカは地図を広げてくれた。


「今私たちがいるのがこの辺りです。ヘプラ山はここですね」


 地図に描かれているほぼ最上部を指さした。縮尺が不明なので距離もわからないが、東京から東北くらいはあるのかなと思った。そういえば時計は買ったけど地図も買っておくべきだったな。誰かに案内されて動くことばかりだったからそういう発想に至らなかった。

 そのヘプラ山から東に大きめに黒い点が打たれているのが気になった。


「この黒いのは?」

「旧魔王城ですよ?」


 出た、魔王。またそんなことも知らないのかみたいな反応されてしまった。だけど魔力の件で決めたのだ。わからないことは片っ端から全部聞く。


「魔王って何ですか?」

「リーダーが海の向こうから来たのかもしれないって言ってましたけどそういうことなんですね」


 ロシュカは微笑む。


「あ、その前に」

「?」

「できるだけ客観的事実だけを話すように気をつけますけど、偏った思想や個人の見解が混じったりしたらごめんなさい」

「生い立ちや環境が違うんだからしょうがないですよ。聞かせて下さい」


 後で人間にも聞くさ。それよりもそんな丁寧な前置きをしてくれる彼女に対する好感度が上がった。


「魔王というのはその名の通り魔族の王です。魔族の定義は色々なんですけど、ここでは人間族、獣人族、ドラゴンを除く知的存在という認識でいて下さい。魔王が確認されたという最も古い記録は今から千年前のものです。その時……」

「ちょっと待って」

「はい、何ですか?」

「その話相当長くならない?」

「まあ、そうですね」


 冗談じゃない。聞いたのはこっちとはいえ、移動中魔王の話で費やすつもりか。ファンタジックなお話は好きだけど流石にキツそうだぞ。


「もちっとかいつまんでもらっていいかな? 魔王がどういう存在だとか、人間と魔王軍は戦争してるだとかを知りたいんだけど」

「魔王が代替わりしていることは知られていますけど、今の魔王は誰も見たことがありません。戦争については今は停戦中ですね。これから行くヌベーテが百年前に大きな戦争があったのは聞いてたと思うんですけど、その他にも各地で戦いがあったんです。ほとんどの戦場で魔王軍優勢だったんですけど、ある時魔王が急死したらしく魔王軍の勢いは急激に弱まりました。けれど人間や獣人側も攻め切るには疲弊しすぎていたため、停戦条約を結んだんです」

「その状態が百年近く続いてると?」

「そういうことですね」


 つまり準備が整えばいつでも戦争を再開する可能性があるということだ。


「それは魔王軍の侵略目的によって始まった戦争ってことでいいのかな?」

「……そうですね。そう認識して大丈夫です」

「じゃあ人間や獣人は防衛に専念できるってことね」

「……」


 そう簡単なことではないのは重々承知している。ちょっと重くなったから空気を換えられる質問をしよう。


「魔王軍にはどんな種族がいるかってわかる?」

「数が多いのはゴブリン、ベノムス、オーガ、ミノタウロスと聞いたことがあります」

「ベノムスって何?」


 ロシュカは紙とペンを取り出してサッと描き上げたものを見せてくれた。楕円の体の中央に眼球がついており、黒い翼を持つ生き物だ。


「大きさは?」

「これくらいですかね」


 両手で球体を描く。バレーボールくらいだろうか?


「他はわかります?」

「多分」

「あとは獣人族の中で魔王側についたのがハーピーとリザードマンです。過去にはエルフやヴァンパイアの記録もありますが参戦したかどうかは不明ですね」


 エルフとヴァンパイアは是非にお目にかかりたいな。


「全体止まれー!」


 突然前方から声が聞こえてきた。私たちの乗る馬車もすぐに止まった。

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