18ターン目 出発準備
翌日、宿場に行く途中で方々から視線を感じた。あれだけの人の前で有名人にいきなり声をかけられたのだから話題になるのも仕方がない。
宿場ではパーティーメンバーたちが各々自由時間を過ごしているようだったがレネアはいなかった。フエナが私に気づいて声をかけてくれる。
「ユキノさん、おはようございます。レネアに用だったらそろそろ戻ってきますよ」
「おはようございます。出発までこっちで寝泊まりしようかと思ったんです。皆さんのこと何も知らないので、少しでも親睦を深めようかと思いまして……」
「それはいいですね。昨日あの後ユキノさんと話したいと思った人も多いので。けど、その前に体のサイズを測らせて下さい。防具を用意します」
宿場の二階、レネアとフエナが借りている部屋に通された。身長、胸、ウエスト、お尻、腕や脚の長さまで隅々まで測定していく。これまでこんなにくまなく体中を調べられたことはないので何だか恥ずかしい。
「終わりました。既存のものを少し手直しすれば大丈夫そうですね。明日には仕上げておきます」
「帰ったぞー。ユキノ来てたのか」
「お邪魔してます」
「おかえり。今ユキノさんの魔道具を合わせようと思ってるんですけど、どれが良いと思います?」
「防御性能は少し落ちても軽いやつかな。防具つけ慣れてないだろう?」
防具なんて武道でもやってないとつける機会なんてない世界で生きてきたからね。私はその経験すらないわけだが。
フエナは大きな鞄を漁りいくつかの衣料品を取り出した。
「ではユキノさん、これを着てみて下さい。魔力が合うかどうか見ます」
「……魔力ってなんですか?」
二人が呆気に取られた顔をしている。それほど基礎的なことなのだろう。ファンタジーなどからなんとなくのイメージは湧くけれど、この世界での魔力の仕組みを知っておく必要がある。
「海の向こうどころか全くの別世界から来たのか?」
「レネア、失礼ですよ。けれど、これから冒険者としてやっていくなら知っておいた方がいいですね。
魔力というのは魔法を使うために必要な力である前に生命力の一つです。誰もが魔法を使えるわけではないけれど魔力は持っています。魔法が使えない人っていうのは魔力が魔法を使えるほどの量がないか、魔力をコントロールできない人なんです」
「ユキノの召喚魔法だって魔力を使ってるはずなんだがな。魔法を使った後、疲れる感じとかないか?」
「頭を使ったなって感じはありますね」
元の世界でもカードゲームをした後は大体そんな感じだ。二人は顔を見合わせた後、フエナが私に向き直る。
「そういう例は聞いたことがないけれど、多分それが魔力を消耗したってことですね。まあレネアみたいにあまり意識せずに使っている人もいるので、そういう概念があるってことくらいの認識でいいと思いますよ」
「なるほど……。じゃあ魔力ってどうやって鍛えるんですか?」
「鍛えてもほとんど増えないんだよ」
レネアは切り捨てるように言った。フエナが付け加えるように口を開く。
「魔力量は生まれつきで決まっているんです」
「遺伝とかですか?」
「まだはっきりとはわかっていませんが魔法使いの家系なんてものがあるのでその可能性が高いと考えられてます。けれど普通の農家の子どもが強い魔力で不調を起こして、コントロールするために学校に入るってこともあります」
二人の表情が少しづつ暗くなっていることからこれ以上の質問をする気はなくなった。
さっき渡された衣類を床から持ちあげた。空気を換えよう。
「じゃあ早速着てみますね」
着心地は少し肌触りの悪いシャツという感じだった。それにチクチクする手袋と固い長靴も身に着けた。
「体が重くなるとかはありませんか?」
「はい」
「じゃあそれは差し上げます」
「いいんですか?」
「売り物にするにはちょっとと思ってましたので。魔力付与は売り物と遜色ない性能なので心配ありませんよ」
そのやり取りを見てレネアが「へぇ」と漏らす。
「随分気前がいいな」
「試供品は商売の基本ですよ。あなたやシオリさんが一目置いているってことは長生きして将来お客さんになってくれる可能性があるってことでしょう」
「そういうこと言っちゃうから可愛げがないって言われるんだよ」
「パーティーの金銭や物資の管理を丸投げしておいてその言い草はないと思いますよ」
なんだろう、二人は幼馴染と言っていたが夫婦のようだ。フエナは終始敬語だが誰にでもそうなのだろう。それでもレネアに対しては一線を引いているようには見えない。
「どうした?」
「いえ、ホント仲良いんだなと思って」
「まあ、長い付き合いだしな」
「そうですね、父親同士が知り合いなので」
そう言った二人は少し照れた顔をしている。なんとも可愛らしい。
レネアは切り上げようと手を叩く。
「あ、そうだ。後衛のやつらくらいは紹介しておこうと思ったんだった。ユキノ、下に降りよう」
パーティーメンバーたちは食事しながら談笑したり、トランプのようなカードゲームに興じていたり、武器を研いでいたりと思い思いの時間を過ごしていた。レネアを気にしてもいない。
「休憩中すまんが後衛チームはちょっと集まってくれ」
六人が立ち上がってこちらに来る。
「ユキノのことは知ってると思うが、ユキノはみんなのこと知らないから紹介しとこうと思ったわけだ」
左からハンナ、ギム、ソーザ、ガウロ、ザマム、ロシュカと名乗った。ハンナとロシュカは女性だ。
「この七人とフエナに後衛を任せる。じゃあ後は適当にやってくれ。……ユキノ、獣人族は初めて見るか?」
ロシュカという女性の頭についたイヌかキツネような耳が気になって目が離せなかった。コスプレとかではなく実際に獣に近い種族がいるようだ。下腹部のあたりに視線を下げると後ろに尻尾のようなものもある。すごく可愛い。
「ジロジロ見てしまってごめんなさい」
「いえ、こっちの方では珍しいですものね。ユキノさんも遠方の出身だと噂で聞きましたけどどちらですか?」
「あ……」
言葉に詰まる。レネアにも話せなかったことだ。言えるはずがない。
「控えてやってくれ。出身については聞かれたくないらしい」
レネアが私の頭に手を置いてロシュカに説明してくれる。ああ、こういう所が尊敬される所以なんだな。
「知らないこととはいえすみません」
「ちょっと、いつまで堅苦しい話してるの! 折角女の子増えたんだから楽しい話しよ!」
ハンナは陽キャみたいだ。ちょっと面倒くさいかも。
「レネアさんも来る?」
「いや、私は用事があるから遠慮する」
「またギルド?」
「ああ」
そう言って宿場から出た。私はその後パーティーの女子たちと一緒に食事をすることになった。息苦しいかと思ったが意外とそうでもなかった。
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