17ターン目 信頼

「一度帰ると言っていたな。ついていっていいか? どんなとこで暮らしてるのか見てみたい」


 承諾するが居候であることを伝えておく。すると彼女は邪魔になるようならすぐ帰ると言った。陽が落ちかけて赤い道を二人並んで歩き出す。人通りの少なくなったところでレネアが口を開く。


「ユキノ、サクラ・ハイノイは知っているか?」

「名前は聞いたことがあります」

「そうか。私も詳しいわけではないが、君やシオリと似たようなスキルを持つらしい。だがもし会うことがあるようなら用心した方がいいだろう。良くない噂が多い」

「忠告ありがとうございます」


 と言いつつも少し期待していた。彼女がクロマジスタなら対戦ができる。この世界でカードを入手しているかもしれない。


「この話はそれだけだ。もっと西を中心に活動しているから過度に心配することもないだろう。それよりも聞きたいことがある。君やシオリは海の向こうやそれよりも遠い世界から来たのか?」


 以前から思っていたが、この世界における異世界人の認識はどうなっているのだろうか。もしも異世界人が危険視されていたり、迫害の対象であった場合を考慮して私はそういったことは言わずにいた。シオリと初めて会った時の会話をリーナが聞いていたかもしれないが、その後何も言ってこないから恐らく記憶に残っていないのだろう。

 とりあえず肯定はしないでおこう。


「どうしてそう思うんですか」

「サクラも含めて三人とも変わった名前だ。それとその召喚魔法だ。私が知る限り召喚魔法は土人形ゴーレムのような人工物か野生のモンスターを手懐けたものを遠方から呼び出すものだ。それも一、二体が限界。だがユキノの戦士もシオリのドラゴンも作り物ではなさそうだし、様々な種類を呼び出せるときた……」


 それらしい嘘はつけるがシオリや他の異世界人との齟齬が生まれると厄介だ。どう答えるのが正解か。


「すまん、言いにくいことなら言わなくていい。大事なのは私がユキノを信頼できるかと、ユキノが私のことを信頼してくれるかだな」


 独り言のように空を見上げて言った彼女の顔はどこか寂し気だった。その表情を見てふと気になった。


「あの、どうしてレネアさんは冒険者になろうと思ったんですか」

「ん? 私に興味を持ってくれたか?」


 意識していなかったがリーナの家はもうすぐそこだ。そこかしこから食事の匂いが漂っている。丁度いい時間帯に帰ってこれたみたいだ。


「あ、もう家です」

「じゃあ挨拶だけさせてもらおうか。この話はまた後日としよう」


 家の前で声をかけるとリーナが食器を並べていた。彼女の祖母と母は調理をしている。すぐにリーナが私に気づいた。


「あ、ユキノさんお帰り。遅かったね……って誰?」

「ただいま。今度大規模な依頼に参加することになってさ。この人がそのリーダーのレネアさん」

「忙しい時間にすまない。レネア・ゼステアだ。ユキノのスキルを見込んで勧誘させてもらった。ご家族に一言挨拶させてもらおうと思ってついてきてしまった。家族団欒の邪魔をするつもりはないから安心してくれ」


 彼女の自己紹介に真っ先に反応したのはリーナの母だった。鍋を祖母に任せて玄関までやってきた。


「レネア様? まあまあこんなとこにいらっしゃるなんて。どうぞ上がっていって下さいな」


 その勢いに流されたままレネアも夕食に同席することになった。家族みんな有名人の突然の訪問にテンションが上がっていて、彼女の冒険譚や噂の真偽等を聞きたがった。


「食事時に血生臭い冒険の話をするのは避けたいな。さっきユキノに聞かれた冒険者になった経緯を話そう」


 レネア・ゼステアは騎士の家系に生まれた。父と二人の兄を追うように騎士になりたいと思っていた。母は最初いい顔をしなかったがやがて本気と受け取り家族はみんな応援してくれる。十二歳で養成学校に入り、二年後には従騎士(騎士見習い)となる。その頃には従騎士内で彼女に剣術で敵うものはいなくなっていた。


「だが当時女騎士というのは酷いものだった。性のはけ口になるか、騎士と結婚してやめていくかがほとんどだったよ。幸い私は直属の上司が兄の友人で睨みをきかせてくれていたからそのような目には合わなかったが」


 その後しばらく従騎士として簡単な仕事をこなしながら過ごす。ずっと戦場で剣の腕を振るいたいと思っていた。


「ある日遠征があったんだが、その時に偶然見たのがセルヴァ氏でな」

「あの銀斬ぎんざんのセルヴァですか?」

「そう。当時はまだ黒級だったからそのようには呼ばれていなかったけどな」


 コウの質問から察するに有名な人物なのだろう。噂の銀級冒険者というやつか?


「セルヴァ氏は災害で転がってきた街道を塞ぐ巨大な岩を除くという依頼を受けていた。その美しい一振り一振りに目を奪われているとあっという間に岩は人一人が両手で持ち運べるサイズまで小さくなっていたよ。遠征から帰ってすぐに上司に騎士を辞めたいと申し出ていた。冒険者というよりはセルヴァ氏に憧れていたわけだ。ようは騎士として戦いに出られるまで待てなかった若造だったってことだな」


 そして彼女は幼馴染で魔道具技師として働いていたフエナを誘い冒険者となる。


「初めての依頼はどんなことしたんですか?」


 リーナが聞いた。すると、レネアは顔を斜め下に向ける。


「恥ずかしい話だが兄の紹介で騎士とともに山賊の捕縛だ。見知った顔がいるのは気まずかったが活躍したと自負している。その後も犯罪者を捕まえる依頼やモンスターの討伐依頼を積極的に受けた。格上の冒険者のパーティーについていってそういう依頼をこなしていたはずがいつの間にか私がリーダーになっていたというわけだ。……どうした?」

「随分短いなと思って」


 正直に言ってしまう。レネアはスープを飲み干してから答える。


「といっても他者を率いるようになるまでは面白い話はあまりないぞ。質問してくれれば答えるが」

「じゃあ一番大変だった依頼はどんなのですか?」

「大変の方向性が色々あって一番というのは決めにくいが、手強かったモンスターは三つ首へビと岩石巨人だな。三つ首ヘビは最も犠牲者を出してしまった。岩石巨人は私の剣と相性が悪かった。戦い以外だととある貴族の護衛は緊張したな。お嬢さんの希望だったそうだがあんな堅苦しいのはごめんだ」


 全員が食べ終わったところでリーナの母親が食器を下げ始める。私も立ち上がり自分とレネアの使った食器を運ぶ。


「レネアさん、あとで少し話したいことがあります」

「ああ、いいよ」

「じゃあ片付けはいいから。レネア様をお待たせしないの」


 リーナの母親のお言葉に甘えて二人で部屋を移る。


「温かい家庭だな」

「ええ、素性の知れない私を居候させてくれたこととても感謝しています」

「それもユキノを信頼してのことだろう。君も家族の一員のように見えたぞ」


 そこまではっきり言われると少し照れくさい。


「それでどうした?」

「私の魔法なんですけど遠距離攻撃や魔道具を出す魔法もあります。戦士の召喚じゃなくてそうしたサポート役に回る方がいいのかなと思ったんです」

「いや、一番使い慣れた好きな魔法でいい。私のパーティーは連携というより個々が好きに力を振るうように言っている。それを活かせるように私とフエナがその都度指示を出すといった感じだ。だからユキノも余計な気遣いはせずに全力を出してくれ」


 嬉しくなった。私と私のデッキを信頼してくれているということだ。そして彼女にはその言葉を信頼するに足る実力と実績を見せてもらっている。


「わかりました。ありがとうございます」

「ああ、ともに頑張ろう」

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