8ターン目 初めてのクエスト

 時計屋に入ると、シオリは右手の棚に置いてあるいくつかの懐中時計を手に取った。


「銀と黒どっちがいい?」

「じゃあ銀で」

「オッケー」


 私が即答するとシオリは奥に座っている老店主のもとに、銀色の懐中時計を持って行った。


「はい、冒険者デビューのお祝い」

「え、ああ、ありがとう」


 まさかプレゼントされるとは思ってなかったので、お礼の言葉に困惑が混じってしまう。サイズはスマホの横幅くらいだから直径六センチくらいだろうか。重すぎず軽すぎず、ポケットに入れても首から下げてもいいような作りになっているようだ。


「ギルドの階級の説明が気になってるんでしょ」

「わかった?」

「銀を言わなかったのは多分意図的なものよ。銀級をなくすとか階級制度の変更が検討されてるって噂があるからだと思う。基本的に階級の昇格はギルドが判断するんだけど、銀級だけはギルドの他に黒級以上の最低五人が認めなきゃいけないの」

「つまり、いくら功績を上げてもヘイトが高いと銀にはなれないと」

「そういうこと。銀級には聖人君子か超変人しかいないって話よ。後者は同じ黒級にいてほしくないって意味合いが強いらしいけど」

「なるほど……」


 バトル漫画あるあるだなと思った。まあ私には遠い世界の話だ。取り敢えず赤から上がらなければ。


「さ、依頼に行きましょう」



 ココゾ村はどんな僻地にあるのだろうと思ったが、舗装された道をほとんど真っ直ぐ歩いているといつの間にか到着していた。


「ポイズンリザードってどこにいるんだろう?」

「夜行性だからまだ活発に動いてないわ。早めに来たのは村長に挨拶に行くのと村民から話を聞きたいから」


 シオリは一度来たことがあるらしく、木造の家が等間隔に並んでいる道を迷うことなく進んでいった。

 

「すみません、ギルドからポイズンリザードの討伐を依頼された者です」

「おお、よく来てくださいました。私が村長のクメです。どうぞ入って下さい」


 背の低い老婆が出迎えてくれる。挨拶しながら屋内に入ると、奥には誰もいなかった。一人暮らしなのだろうか。

 村長は小さなコップに水を注ぎながら話を始める。

 

「一ヶ月前から畑が荒らされるようになりました。村の若いもんが夜に見張っていたところ、大きなトカゲのようなものが見えたのでポイズンリザードではないかという話になったのです。人が襲われたわけではないのですが、毒があるのでギルドに依頼させてもらいました。村の者達に紹介させて下さい。協力できることがあるかもしれません」


 村長が外に出て変わった音色の笛を吹く。外にいた村人が村長に注目するのはもちろん、屋内からも様子を見るように人が出てくる。


「ギルドから人が来て下さった」


 村人たちは「来てくれてありがとう」とか「頼んだぞ」と口々に言ってきた。村長の家で夕方まで待機することになったが、村人たちは代わる代わる食べ物を持ってきてくれる。酸味の強いマヨネーズのような味のサラダを食べていると、シオリが口を開いた。


「くれぐれもあなた自身は攻撃を受けないようにね。LP回復カードなんてほとんど入れてないでしょ。見ての通りの田舎だから医者も期待できないから毒が回ったら処置できないわよ」

「うん」


 その通りだ。ビートダウンというのは速攻で相手のLPを削りきることを勝ち筋としているため、持久戦には弱い。そもそも自分のLP回復にデッキ枠を割くくらいなら、相手のLPを減らすカードを入れる。これは多くのデッキでそうなのだが。


「動き回りながらキャラクターを召喚して戦わせ、隙を見てマジックを撃つ。基本はこんな感じかな?」

「ソロだとそれがいいわね。リザードは群れで動くから囲まれないように立ち回るのも忘れずに。まあ、私もスキル起動してヤバそうになったら手を出すからあまり気負わなくていいのよ」


 夕方、一番目撃情報が多いという場所に向かった。森の入り口の近くだ。三十分ほど木に隠れるように見張っているとガサガサという音がした。三匹確認できる。


「スキル発動!」


 デッキが浮かび上がる。手札を手にしてカードを確認する。≪ヴァルハラの開門≫、≪ライトニングソード≫、≪戦士の休息≫。……事故った。

 ポイズンリザードの前に姿を見せずに≪戦士の休息≫を発動する。そして、十五秒くらい経ったところで木の陰から飛び出す。村に入ろうとしていたリザードたちは顔を上げて私に注目する。一体が突っ込んでくるが≪戦士の休息≫の効果で攻撃は無効だ。そして手札が一枚補充される。


「MPを1消費して≪手札交換ハンドチェンジ≫を発動! 手札を二枚デッキに戻してシャッフル。その後二枚ドローする」


 キャラクターが来るといいのだが……。と思いながらドローすると≪ライトニングソード≫と二枚目の≪戦士の休息≫が来た。下振れが酷い。≪戦士の休息≫を使用してから、距離を取るように走り出した。

 シオリが見兼ねたのだろう。


「事故った?」


 と声をかけてくる。その問いかけに振り向かずに首を縦に振る。


「手伝おうか?」


 今度は首を横に振った。幸いリザードたちの走りはゆっくりなので、このまま逃げ続けられそうだ。そして二十秒経った。


「ドロー。≪魔法戦士 アルメナ≫を召喚!」


 足を止めた時にリザードが襲ってくるが≪戦士の休息≫で無効になる。お互いにターン制とかあってないような感じだ。

 大きな帽子を被り、ローブを羽織ったいかにも魔法使いという風貌の二十代くらいの女性が大剣を構えているという不思議なビジュアルのキャラクターだ。


「MP1を消費して効果発動。墓場のマジックカードの数だけAPをプラスする」


 アルメナの元々のAPは0。墓場のマジックカードは三枚。APは3になる。


「アルメナに≪ライトニングソード≫を使用。APをプラス3して6にする。アルメナでアタック!」


 アルメナに斬られた中央のリザードがひっくり返る。残り二体のリザードは怯えるように後ずさりした。何もできずにターンが回ってくる。

 

「ドロー。アルメナでアタック」


 これで残り一体。そこでシオリの声が聞こえた。


「スキル発動! ドロー!」


 声の方を向くとリザードの新手が現れていた。少なくとも五体は見える。

 私が振り向いたことに気がついたのだろう、シオリは


「自分の相手に集中して!」


 と怒ったように大声を出した。たしかに、こちらを倒してから向かうべきだろう。もう目の前のリザードに戦意はなく、シオリの方にいる群れに合流しようとしていた。それを無慈悲に倒す。これで銀三枚ゲット。

 すると目の前に薄く光る何かが出現した。カードより一回り大きいサイズだ。触れると発光しなくなり、少し厚みがあるのがわかる。


「パック? ……あ!」


 もたもたしている場合ではなかった。デッキケースに入れてシオリの援護に走った。

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