第4話

ロイヤルが指し示す先は先程の兵士が埋め尽くしていた。

木々が見えないほど兵士がぎっしりと横に並ぶ。その数およそ1000。

小屋を万遍なく取り囲むようにその兵士たちは佇んでいた。

その中で隊長らしい大男が怒号を上げた。


「おい!異国のピエロよ!直ちにその女を開放しろ!我々は正義の名のもとに…」


彼らの利益のために歪曲された事実に反吐が出る。

ロイヤルは深く静かな苛立ちを覚えながら返答した。


「黙れ!この女の子はそんなこと望んじゃいない!帰れ!」


その言葉を聞くと大男はその口角を大きく上げ、隊員に命令を下した。


「総員前方200mの小屋に住まう悪魔から少女を救え!悪魔は抹殺せよ!少女は傷一つ付けてはならん!…事故でなければな。」


「チッ、本性を現しやがったか。はぁ、虫唾が走るねぇ。」


ロイヤルは一人で逃げ切ることは簡単だった。

しかし、少女一人抱えながらの移動の速さはたかが知れている。

それにもし、敵部隊が先程のロイヤルを見て対空中武器を持っていないとも限らない。

まさか、人間風情の武器がロイヤルに当たるとは考えにくいが、アイスに当たったら一貫の終わり。

兵士達はロイヤルに興味を示さず、大いに満足して、清々しい表情を浮かべ国に戻るだろう。

アイスは何があっても死なせてはいけない。

常に爽快で余裕のあるロイヤルだったが、この時ばかりは薄気味の悪い表情を浮かべる他なかった。

もう時間がない。

既に獲物を獲得したかのような目をしてる兵士がすぐそこまで来ている。


「ロイヤル…大丈夫だよね?」


「あぁ、余裕だよ。でも…アイスちゃんにも手伝ってもらいたいかな。」


「私?私ただの女の子だよ?」


「大丈夫。これを着けて。…人気のないところだからね。」


そう言ってロイヤルはその胸元に提げている二つのうちの鈍い懐中時計を渡した。

アイスがそれを身に着けた途端、それはロイヤルが下げているものと同じか、それ以上に輝いた。

更に、小屋の屋根が真上に吹っ飛んだ。小屋の壁もそれぞれ四方に吹っ飛んだ。

無論、多くの兵士がその衝撃波に巻き込まれた。

小屋の壁と共に吹っ飛んでいった兵士およそ400。

また、それまで周り全体を囲んでいた兵士の部隊が四手に分かれた。


「アイスちゃん!君は大男がいる部隊を!」


「わかった!…けどどうすればいいの!?」


「そうだなぁ…といあえず殴ればいいよ!さっきの恨みも込めてね!」


アイスは恐怖で脚が震え、今にも逃げ出したがったが、ロイヤルの役に立ちたい一心で、一歩を踏み出した。


どばん。


大地を抉ったその音が兵士の耳に届く頃にはアイスは真横にいた。

その代わり、先程まで隣にいた大男は視界からいなくなった。

今兵士の目に映るのは50m先のひっくりかえった土、横目のアイス。

兵士は驚くが早いかその手の槍をアイスの首筋めがけて突き出した。

それが刺すのは足元の土。

身を翻したアイスは兵士目掛けて重いクロスストレートを放った。

背の低いアイスの一撃は兵士の下腹部に当たる。

手と足だけ取り残されて、くの字になってその兵士は後方の木に背中から衝突した。

四角い直方体のような鎧は衝撃を吸収したにもかかわらず、兵士は気絶していた。

副隊長らしき男が慌てて後方にいる弓を持った兵士に指示を出した。


「弓兵!打ち方はじめ!」


「イエッサー!!」


数十人の弓兵は細くしなやかな木を曲げ、両端に伸縮性のある紐を取り付けた簡易な弓を射た。

ただの人間に対しては十分に殺傷能力のある物騒な代物だった。

弓手を離し、矢が自らの頬を掠める頃にはすでにアイスが自分の真横にいる。

アイスは綺麗にジャブを決め、確実にあの兵士と同じにしてゆく。

弓兵は軽装だった。

始終を見ていた他の兵士たちは逃げ腰になりながらも果敢に立ち向かっていく。

回し蹴り、アッパー、ローキック、全ての技が洗練されていて、一切の無駄がなかった。


「あらら、酷い有様だねぇ。…でも、素晴らしい。一人も命を落としていないな、お国の兵士は…いや、アイスちゃんは優しいんだな。」


アイスが立ち向かった三倍の兵士の上でロイヤルは呟いた。

兵士たちは皆、瀕死だった。


アイスは最後の一人をハイキックで眠らせると、可愛らしくロイヤルに駆け寄った。

ロイヤルは音速より早いアイスを両手でしっかりと受け止める。

糸くず一つ付いていないロイヤルの体に、アイスの体に付着した土や血が移る。


「この懐中時計すっごい!あのね!兵士が止まって見えるし、鎧が豆腐のように柔らかいの!」


身振り手振り、その体いっぱいに話すアイスの周りにはソニックブームが発生する。

それは木々をなぎ倒し、大地の緑をかき消した。

本当に人気のない場所へきて正解だった。


「ちょ、ちょっとアイスちゃん、一旦懐中時計外そっか。」


「うん、ありがとう。ロイヤル。」


「ところで、この懐中時計って…」


「アイスちゃん、おいで。お姉さんに会いに行こう。」


ロイヤルは半ば強引にアイスの話を遮った。


「え!会えるの!?」


「そうだなぁ、お姉さんのことをよく知っている人に会いに行こうか。」


ロイヤルはまたはぐらかして、北東へ向かった。

未だつかめない彼の性格だったが、アイスは信じて付いていくほかなかった。

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