6.本気の恋
「千咲ちゃーん! 待った?」
「あ、ううん! 今支度終わったところ」
翌週末、千咲ちゃんとデートをすることになった。
千咲ちゃんのお母さんには事前に許可を取ってある。家まで迎えに行くと、いつもよりお洒落をしてほんのりと化粧もしてる。
「すげー……可愛いじゃん」
「ふふふ、ありがとう」
本当に可愛かった。お洒落に障害は関係ないんだなぁなんて思わず考えてしまうほどに。
「じゃあ、行こっか」
「うん!」
俺は大学で福祉系の学部に属していることから、普通の大学生よりは障害や障害者を取り巻く環境については理解がある方だと自負している。
授業で車椅子の方の講義を聞いたこともあるし、車椅子生活の不自由さについてまとめられた映像も何度か観た。
けれども、実際に千咲ちゃんと街に出ると、あまりの大変さに驚く。
電車に乗る時、降りる時、食事できる場所やスロープ、街中では多機能トイレを探すのも一苦労だった。意外なほどに、世の中はまだまだ車椅子ユーザーには不自由な作りになっていることを知る。
「ごめんね、大変でしょ? これでも昔よりだいぶ便利になったんだけど……いちいち疲れるよね」
「何言ってんの? 俺は全然平気! 楽しいよ」
やっと見つけた車椅子入店可のカフェでコーヒーを飲んでいると、心底申し訳なさそうに言う千咲ちゃん。
安心させたくて“これくらいどうってことない”とアピールすれば、くしゃりとあの愛おしい笑顔を見せてくれる。
「あ、伊吹くん、写真撮ろ!」
千咲ちゃんはスマホを取り出すと、俺を隣に手招きした。車椅子の隣にかがんで目線を合わせ、ツーショットの自撮りをする。
「送っておくね!」
「うん、さんきゅ」
「……そうだ、しょうくんにも送らなきゃ。忘れたら今日の意味なくなっちゃう! ふふふ」
今日のデートの目的……それは、あの幼馴染に“付き合ってる証明”をすること。
あの日千咲ちゃんの家で顔を合わせて以来、祥平とかいうあの幼馴染はどうやら俺たちの関係を疑ってるらしく、遠回しにメッセージで詮索してくるんだそうだ。
“忘れたら今日の意味なくなっちゃう”
その言葉が、地味にグサリと胸に刺さったのはきっと……俺が千咲ちゃんに本気で惹かれ始めてるからだと思う。
「──あ、返信きた! “困ったことあったら連絡しろよ”だって。笑」
……むかつく。困ったら俺がいるっつーの。
それにしても、あの幼馴染は気の毒だなぁと思う。あんなに俺に嫉妬心丸出しにするくらい好きな女の子に、こんなにも気持ちに気付いてもらえないなんて。
恋愛対象として全く見られていない。あまりにも哀れに思える。
それにしても不思議だ。あの幼馴染は男の俺から見ても、結構なイケメンだと思う。身長はそんなに高くはないけど、整った顔立ちをしていた。
陰キャラっぽい感じもないし、どちらかというとスポーツもできそうないわゆるモテる雰囲気だった。彼女なんて作ろうと思えばいくらでも作れそうだ。
それなのにどうして千咲ちゃんは、あいつを恋愛対象として見ないんだろうか?
「……あのさ?」
「んー? どうしたの?」
「千咲ちゃんって、恋したことあるの?」
「え?!」
「フリとかじゃなくて、本気のやつ」
俺の頭に浮かんだのは、もしかしたら千咲ちゃんは、あの幼馴染が恋愛対象じゃないのではなくて……誰も恋愛対象じゃないのかもしれない。ということ。
要するに、俺に対してもだ。
「……できないよ」
「……え?」
「だって、この身体だよ? みんな普通の可愛い子が良いに決まってるもんね!」
明るい声ではあるけれど……彼女の目に、初めて諦めという文字が見えた。
そうか。この子は恋を諦めているんだ。その時俺はやっと知った。普段はニコニコしてて明るくて、ネガティブな言葉はほとんど口にしない千咲ちゃん。だけどきっと、女の子としてどうしても整理しきれない感情があるのかもしれない。
やりきれない気持ちになった。それと同時に、無性に愛おしさを感じる。
「……しようよ」
「へ?!」
この気持ちは、同情なのかなんなのか。自分でもよく分からない。
「俺と……本気の恋しようよ」
分からぬまま、口から気持ちが溢れていた。千咲ちゃんの顔はみるみるうちに紅くなって……俺は彼女の手を強く握っていた──
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