4.可愛い女の子



「……彼氏のフリ?!」

「うん。お願いできないかな?」

「いやいや……、どうゆうこと?!」


 先月から就職前の勉強も兼ねて始めたホームヘルパーのボランティア。


 どんなご老人相手だろうと身構えていたら、まさかの同い年の可愛らしい女の子だった。



「だめかな……?」と言って俺を見上げる黒目がちなクリクリの目。ベッド脇に立つ俺へのその目線の角度は、一般的に見たらあざとさすら感じるだろうけど、彼女からはそんなものは微塵も感じないから不思議だ。



 無邪気でよく喋るし、目がなくなるくらいくしゃりと笑うその笑顔が、なんとも言えない愛おしさを醸し出す。話せば話すほど、彼女に障害があることを忘れそうになるくらいだった。


 千咲ちゃんに会えるボランティアの日が楽しみだな〜と思うようになっていた矢先、突然の“彼氏のフリ”のお願い。



「私、幼馴染がいるんだけどね……」

「あぁ、この前ここに来てた人?」


 前に一度、帰り際にここへ来てた男がいた。

 軽く会釈しただけだったけど……あの人かな?



「うん……そう」

「あの人がどうかしたの?」


 何やら言いづらそうにモゾモゾしてる千咲ちゃん。

 やっと口を開いたかと思えば……



「私ね……彼に……恋愛してほしくて……」

「え?!」



 意外な言葉に、固まる俺。



「私のせいでずっと彼女いないの」

「……なんで千咲ちゃんのせいなの?」

「だって……、私の……お世話があるから……」

「…………ふーん」


 “お世話”なんて、わざと自虐的な言い方をする千咲ちゃんだけど、きっと彼はそんなつもりでサポートしてるんじゃないんだろうと分かる。


 だって、俺はあの日直感していた。あの幼馴染が千咲ちゃんに向ける目線の意味を。


 きっとあの幼馴染は千咲ちゃんのことが好きなんだ。でも言えなくて拗らせてるってとこか?



「だからね、私に彼氏ができれば、安心して楽しい恋をしてくれるかなって」

「なるほどね……」


 千咲ちゃんは明らかに捉え違いをしてると客観的に見たら一目瞭然だ。でも本人はどうやら無自覚?らしい。本気であの幼馴染の幸せを願っているのが伝わる。



「あ、ごめん! もしかして伊吹いぶきくん、彼女いる?」

「いや、いないいない!」

「そっか……じゃあ……」

「──OK! いーよ!」

「……へ?」

「彼氏のフリしてあげる」


 フリでも何でもいーや。千咲ちゃんのこと、俺ももっと知りたいし。



「ほんとに?! よかった……ありがと〜!」

「ふはは、どういたしまして」


 嬉しそうに笑ってる千咲ちゃん。やっぱり目がなくなってる。……可愛いなぁ。




「……ところでさ?」

「ん?」

「彼氏のフリするってことは恋人っぽいことして良いんだよね?」

「え?!」

「たとえば……」


 ベッドの縁に腰掛けて、千咲ちゃんの細い身体を抱き寄せる。



「……こうゆうこと……とかさ?」

「…………」


 全身カチコチに力が入ってるのが分かる。……いきなり飛ばし過ぎたか?!




「──ごめん。調子乗った」

「……大丈夫……です」

「風呂洗って、夕飯の用意してくるね」

「……ありがとう」



 千咲ちゃんは先天性の障害で、歩くことが難しいらしい。幼い頃に何度か手術もして入退院を繰り返していたと聞いた。


 現在は食事や排泄の介助は基本的に必要ないものの、家の構造上、車椅子での移動は何かと不自由だから、ヘルパーの協力がやっぱり必要だ。


 家事も調子が良ければ一人でやる日もあるみたいだけど、彼女のお母さんが心配して、基本的にはヘルパーがやるようにと言われている。



「彼氏のフリ……かぁ……」


 お母さんが用意してくれていた夕飯を温めながら独り言。こんなことって現実にもあるんだな。


 てゆうか、ドラマとかでよくあるよな?恋人の振りからお互い本気になってくパターン。




「……もしかして……あるかも?」


 “可愛い女の子”という簡単な位置づけだった千咲ちゃんからの、思わぬ提案。


 急に変なスイッチが入ってしまった、安易な俺だった──

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