第3話 対峙

 ディアの視線の先にはレンガ造りの小屋があった。そしてそこに五、六人の少年少女が集まっている。ディアをここに連れてきたおじいさんによればこの数日の間が入学手続き期間だと言う。


 手続きに来たその五、六人は列を形成し、小屋の前に並んでいる。ディアもその後ろに恐る恐る並んでみた。彼女が前の人の背中から顔を出して先頭を見てみると、なにやら透明な石に手をかざしている。ディアは彼が何をしているのか分からなかったが、すぐに答えは聞こえてきた。


「ウケツケ……カンリョウ……アシタ……ニュウガクシケン……コイ」


ディアは目を見開いた。透明な石がしゃべったのだから無理もない。彼女の記憶によれば石というものは喋るものではない。また少し楽しみでもあった。自分の番になったら石は何を喋ってくれるのだろう、と。各々の入学試験の受付は数秒で終わっていった。ディアの番はすぐにきた。


 ディアは意気揚々と透明な石に手をかざす。


「……スイセン……シケンセイ……ウカレバ……イイコトアルヨ。シケンハアシタ……コイ」


 ざっくりとした情報を吐いた石はそのまま無言になった。ディアはその場に石のように固まってしまう。根が張ったようにその場から動けなかった。


「試験は明日……受かればいいことがある?」


 傾げる首が一つでは足りないほど疑問が湧いた。試験に受かることがそもそもいいことだ。そのプラスでいいことがあるというのが彼女には想像できなかった。


「まぁ……いいか」


 彼女は受付を済ませ、その場を離れた。改めて校舎を見上げると本当に絵本から飛び出てきたような建物だと思えた。王宮と言われても疑わないような荘厳な作りだ。


 その日は近隣の町で宿を取り、翌日に学校を訪れた時、二回目にもかかわらずその学校の出立にディアは感嘆の息を漏らした。何回見ても飽きない、そんな感想が彼女の頭に浮かんだ。


 事実、この学校に通う生徒は最高学年の三年生になっても新しい装飾を壁の一部に見つけたりするのだ。そんな在学生がいる以上、新入生候補のディアが建物を見飽きないのは当然のことだった。

 

 しばらくするとディアの耳にいかめしい声が聞こえてきた。聞いた者の背を正すような声だ。ディアが声のした方向を向くと、長い黒髪を垂らした背の高い女性が羊皮紙を持って立っていた。


「入学試験を受けるものはこちらへ!さぁ、早く!」


 近辺にいた入学試験を受けるものたちはディアを含めて足速に彼女の元に集まった。ゆっくりしていたら怒られそうだったのである。


 足早に、かつ恐る恐る集まった受験者たち。女性は頭一つぶん高いところから彼らに鋭い視線を向けた。


「私は入学試験を担当する者です。入学試験は至ってシンプル、多くの魔法の使用に必要な魔法宝石を取ってくる事です」


 魔法宝石という単語自体はディアも知っていた。魔法を使用する際には基本言葉と杖、そして魔力のこもった道具が必要になる。その道具の代表的なものが魔法宝石だ。


 しかし入学試験にあたってその情報だけでは不十分だった。ディアは恐る恐る手を上げた。女性がディアに視線をおくる。


「質問を許可します」


「魔法宝石はどこから取ってくればいいのですか?」


「校内のどこからでもどうぞ」


「え?」


「この学校の校庭は都市ひとつ分の大きさをもつと言われています。校庭には山があり、崖があり、湖があります。自分でそこから探すのです、魔法宝石を」


 女性の渡す情報は限られており、かつ抽象的な者だった。海を説明するときに青くて広いという情報しか与えないようなものである。


 女性は懐から丸い魔法道具を取り出し、それを一瞥すると手を上げた。


「魔法宝石を取ってくる期限は明日のこの時間まで……それでは試験開始」


 女性のいかめしい声が響いた。一方の受験者たちはディア含めて微動だにしなかった。魔法宝石を校内から探す、このミッションの成し遂げ方がわからなかったのだ。しかし刻々と時間は過ぎていく。


 ディアの額に汗が流れた。このまま時間が過ぎるのはマズイ、行動しないよりはするよりはマシ、そんな考えが浮かんできた。そう考えるや否やディアは駆け出した。背後にある森の中へ。


「お、俺も!」


「私も!」


 先人を切ったディアに続くものが現れた。


 ディアの視界はあっという間に深い新緑に包まれた。どこを見ても木が生えている。落ち葉をふみ、バリバリという音が響く。自分がどこを走っているのかも実際分からなくなりそうだった。しかしディアは試験合格のため、未知の大校庭へと駆け出したのだ。


 木々ばかりの景色が左右に分かれ、後ろへ流れていく。そんな体験をディアは十数分間続けた。もうすでに後ろに続く受験者たちの足音は彼女の耳に聞こえなくなっていた。皆他の場所へ魔法宝石を探しに行ったのだ。


 ディアはあたりを見渡した。しかし魔法宝石の在りそうな所は見当たらない。


「どこだ?宝石っていうぐらいだから……森にはないのかな?」


 ディアの声には焦りが滲み出ていた。とは言ってもまだ試験は始まったばかり、時間は十分過ぎるほどあった。しかしディアは焦っていた。なぜなら合格人数が明言されていないからだ。人数上限があり早い者勝ちなのか、否か。それが明言されてない以上ディアは急ぐしかないのだ。


 しばらくするとディアは視界に茶色と緑のカーテンから灰色のゴツゴツした岩肌をとらえた。


「崖?どうしよう……体力温存したいし飛びたくないな……」 


 ディアの背後には今通り抜けてきた森がある。そしてそこには魔法宝石がある可能性は低いと考えている。すなわちディアは崖の方向に進むしかないのだ。崖登りである。


 ディアは顎に手を当てた。体力を温存し、飛ばすにいるのと崖登り、どちらが良いのか。


「ええい、飛んじゃえ!」


 最終的にディアは15メートルの崖を越えるために空を飛ぶことにした。ふわりと浮き上がり、風をその身に受ける。ディアは飛ぶのが好きだった。風になったようで気持ちがいいのだ。


 崖の上には崖の側面と同じようなゴツゴツした岩の地面が広がっているのが見えた。ディアがその地面に着陸すると、ジャリッと音がした。そしてあたりの地面を掃くように見回した。どこを見ても灰色の小石が転がっているだけだ。しかしふと視界に紫色の点が光った。 


 砂場に金塊が落ちていたら目立つように、その紫色は灰色の地面でかなり目立っていた。ディアはその紫色の物体に駆け寄った。彼女はその石に見覚えがあった。彼女を学校にちゃん連れてきてくれたおじいさんがワープの魔法を使った際に使用した石だ。そしてそれが他ならぬ魔法宝石であった。


 ディアがそれに手を伸ばす。しかし伸ばされた手は一つだけではなかった。二本の手が魔法宝石の目の前でぶつかった。


 ディアは自分のではない細い指先から伸びる腕を見る。その腕の持ち主は黒い短髪の少女だった。一方その少女もディアの方を驚いたように見つめた。そして彼女は口の端を少し吊り上げた。


「……ライバル出現かな?」





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る