第4話 対決
灰色の砂利の上で二人の少女が相対していた。そしてその間には魔法宝石が持ち主を待つかのように落ちている。
「あなたも受験者?」
ディアは尋ねた。もしディアの考えの通りなら困ったことになる。今目の前にいる少女は自分のライバルということになってしまう。そしてなんらかの手段で争わねばならなくなる。
相手の短髪少女は口の横を吊り上げたまま答えた。
「そうね。私たち魔法宝石をとりに来た場所が被ったみたいよ」
やれやれと少女は首を振った。ディアは一瞬たりとも気が抜けなかった。相手の少女は悠然と振る舞っているが、その動きからは洗練されたモノが見え隠れしていた。只者ではないことがディアには読み取れた。万が一戦いの手合わせをして魔法宝石の所有権を決めようなんてことになったらと考えると寒気がした。
「……私ベルっていうの。魔法兵団志望」
ベル手を伸ばしたり、屈伸をし始めた。そしてディアは今開示された情報と彼女の行動を足して考える。ディアの頬に汗が流れた。嫌な予感がした。
「つまるところ、この学校に強くなりに来たの。手合わせ願うわ」
「……私はディア。知識欲でここに来た……あなたみたいな立派な動機はない。でも私は魔法のことを知りたいの。だからここは譲れない」
ディアは頑固だとよく言われる。一度知りたいと決めた事柄はとことん突き詰める。そのために里の書庫から大量の本や羊皮紙ロールを借り、里の仲間を困らせたこともある。
彼女は戦いに自信があるわけではない。ただ魔法を知りたいから引くに引けないのである。
「いいわ。ディア。行くわよ」
ベルはディアの返答で満足した。そして言葉を終わらせると半身になって拳を構えた。ディアに戦闘の知識はない。運動として里の中を飛び回っていただけである。そんな彼女でもわかるほどにベルの構えには隙がなかった。そして彼女は猛虎のような雰囲気を纏っていた。一瞬でも気を緩めたら喰われるかに思われた。
「寸止めにするからね」
その言葉をディアが聞くとむっと顔を顰めた。舐められているように感じたのである。いくら戦いの経験が少ないことがディアの振る舞いから透けてみえるからと言っても、同い年ぐらいのの相手に易々と遅れを取るつもりはないのである。
「手加減はいらないよ。風の魔人の力見せるんだから」
ディアは地を蹴った。土埃を置き去りにし、彼女は相手に肉薄する。そして一直線に拳を振り抜いた。風の魔人の名に恥じぬ疾風の一撃。しかしディアは拳に何も当たったようには感じられなかった。まるで煙に拳を振ったような感覚だった。
「消え……?!」
「速いね。流石って感じ」
その言葉はディアの真横から聞こえた。ディアが声の方向に顔を向けたときには手遅れだった。いつの間にかベルはディアの真横に移動して腕を掴んでいたのである。ディアは刃物を突きつけられたかのように背筋が凍った。意味が分からなすぎたのだ。ベルの移動速度は常軌を逸していた。
風の魔人は他の魔人や人間と比べてもすばしっこいことで知られている。細身かつ脚力が強い。飛ぶこともできる。それらが彼女らの特徴でもあり、誇りでもあった。しかし目の前のベルは赤子の手をひねるようにその速さを上回ってみせた。
ディアは掴まれた腕を振りほどかんとし、上下に揺さぶろうとした。しかし万力で固定されたかのように腕は動かなかった。ベルはニヤリと笑みを浮かべた。
「どう?降参する?」
「まだまだぁ!」
速さで勝てないのなら別のところで勝負をするだけだ。ディアにはまだ切ることができる強力なカードがある。ディアは足に目一杯の力を込めた。一瞬沈み込むような動作をした後で、彼女は地を蹴り、地上に別れを告げた。ふわりと浮き上がったディアに対し、今度はベルが驚くことになった。段々と高度を上げるディアに対して流石に危険を感じたベルは腕を離した。ディアの細い腕にはくっきりと跡が残っていた。
二、三メートルの高さから容易に着地してみせたベルは真上のディアに不敵に笑って見せた。その様子にディアは恐怖を覚えた。高さの優位を取られている相手に笑って見せるというのはディアには理解ができなかった。しかしディアは果敢に攻めた。上空から獲物を狙う鷹のように攻撃を開始した。
引っ掻き、かかと落とし、蹴り。空中から絶え間なくディアは攻撃を浴びせかけた。しかしその一つとしてベルには届かなかった。ベルはまるで未来を予測しているかのような鉄壁の守りを見せたのである。三十回近く攻撃をしたら、一つくらい当たりそうなものだが、全てが完全にガードされるか、風に靡くカーテンのように避けられてしまった。
三一回目の攻撃。それを繰り出す頃にはディアは息が上がっていた。そしてそんな疲労状態をベルは見逃さず、攻撃の際に降りてきたディアの足を掴んだ。
「捕まえ……たっ!」
ディアの視界がぐらりと揺れた。足を掴まれたと思った途端にベルの剛腕に振り回される形になったのだ。そして半円を描くようにディアは地面に叩きつけられた。受け身こそ間にあったものの、かなりのダメージだった。
ディアは痛みのあまりしばらく動けなかった。しばらく釣られた魚のようにその場でビクビクのたうち回った。
時間と共に痛みが抜けていく。ディアはふらふらと立ち上がった。そして涙で霞む目でベルを見据えた。
「はぁ……はぁ……やるね、ベル」
「そちらこそ根性あるのね、ディア」
ディアは再び地上に別れを告げることを嫌った。空中からの攻撃は強力ではあるが、次また先ほどのように掴まれて叩きつけられたら、気絶しかねないからだ。だからディアは地に足をつけ、拳を握った。呼応するようにベルも構える。
二人の足運びで砂利が飛び散り、拳で風切られた。しばらくの攻防。二人の息がだんだんと荒くなってくる。ディアは無我夢中で拳を振るい、相手の攻撃を根性で受け止めた。
ベルは絶え間なく拳や蹴りを繰り出す。一本のヒモのように繋がった連続攻撃にディアは食らいついていく。ディアの視界は霞み、傷も数えきれないほどだった。
しかし彼女は諦めなかった。その気迫は優勢なはずのベルが恐怖を覚えるほどだった。
「……なんだってそんなにしつこいのよ?」
攻防の間隙にベルが溜息をついて尋ねた。彼女からしたらディアのしつこさは異常に見えたのだ。
「私は知りたいだけ」
「知りたい?」
「魔法を知りたいの。だから諦めない!」
ディアは地を蹴った。しかし単純な突進だ。何の工夫もなく、素人同然。だからベルは突っ込むディアに蹴りを合わせて、勝負を終わらせようとした。
「わっ!!」
その声はベルの耳元で響いた。突然空間を破るかのように聞こえてきたその声にベルは反応し、そちらを向いた。しかし声の聞こえてきた方向には誰もいない。ベルは目を見開いた。そして思い出した。自分が風の魔人を相手していることに。
「しまっ……!」
ベルは見当違いの方向に気を散らされたため、ディアの突進への反応が遅れた。
ディアは全体重をかけて、砲弾のような勢いでベルの腹あたりに突っ込んだ。二人は倒れ込み、音を立てて砂利の表面が削られた。ディアは気づくと、ベルの上に乗っていた。
「はぁ……はぁ……私の勝ちでいい?」
ベルは馬乗りされたこの状況では敗北を認めるしかなかった。ベルは溜息をついた。
「風の魔人の力……どこへでも風に乗せて言葉を送れる……忘れてたわよ。わかったわ、ディアの勝ちよ」
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