第2話 魔法学校
飛行中、ディアはとんでもないことに気がついた。里の近郊からほとんど出たことがなかったので、グリンの街がどこにあるかわからないのである。
彼女はむやみやたらに飛びながら頭をガシガシとかいた。そして唸り声をあげるが、そんなことで脳内にマップが展開されるわけでもない。
「はぁ……真下の街にでも降りて、場所を聞くか」
彼女はため息をついて降下を始めた。桃色の髪を靡かせて、ふわりと着地する。彼女が降り立つ瞬間を見た人々は物珍しそうに彼女に目線を送っていた。しかしすぐに興味を失ったように自分の活動へと戻っていく。
ディアは街の中を見渡しながら歩き始めた。里にはないものばかりだ。左を見ればショーウィンドウの中に煌びやかな服やアクセサリーが目を楽しませてくれる。右を見れば威勢よく客を呼び込む八百屋の姿が見えた。
ディアの胸は高鳴った。目新しいものが四方にあると言うだけで彼女は笑みを抑えきれなかった。目移りしながら彼女は街を歩いていく。
彼女は興味をいろいろな場所に向けながらも本来の目的を忘れたわけではない。道を知っていそうな人をしっかりと探しているのだ。
しばらく歩くがなかなか話しかけられそうな人が見つからなかった。というより里の中で人生のほとんどを過ごしたディアは未知の人物に話しかけるという行為が分からなかった。
子供を連れた親に話しかけるのがいいのか、腰の曲がった老人に話しかけるのがいいのか、皆目見当がつかない。
思うように学校の場所のヒントを得られずに悶々としていると、ディアの足元急に暗くなった。彼女が何事かと思って上を見上げると、大きな鳥のような魔獣が彼女の頭上を飛び去った。
「そいつを捕まえておくれー!ワシの荷物を奪ったんじゃー!」
絶叫と息切れを口からこぼしながらお爺さんがディアの後方から現れた。
「だ、だれか……あの魔獣から……取り返しておくれ……」
そのおじいさんは体力の限界が来たらしく、その場で立ち止まってしまった。ディアはその男性が膝に手をついて肩を上下させる様子を見て放って置けないと思った。
「わ、私がとってきます!」
この場で上空を滑るように飛ぶ魔獣に追いつけるのは風の魔人の一人であるディアだけだ。彼女は指名されたように感じ、風を翻して飛んだ。
魔獣は速かった。追いかけるディアの耳には風による轟音が響いた。目も湿ってくる。それほどまでにスピードを出さなければ魔獣には追いつけそうになかった。
「……っ……はぁっ!」
掛け声と共に魔獣が持つ荷物の端を掴んだディア。魔獣は自分の獲物を横取りされまいと上空でバタバタと暴れた。ディアの細い体は簡単に振り回されてしまう。しかしディアは決して荷物を離さなかった。
人助けの心だとかそんな高尚な思いがあったわけではない。ただやるべきだと思ったから彼女は荷物を掴み続けた。
「ぬぬぬぬ……!はなせー!」
人の荷物だと言うのにディアは思い切り引っ張った。魔獣は上空でいきなり突飛な方向に荷物を引っ張られたので、思わずソレを離してしまう。そして諦めたのか、街の向こうへと飛び去った。
「はぁ……はぁ……勝った」
ディアはふらふらと降下する。かなりのスピードで飛んだ上に空中で格闘したものだから、地上で全力疾走したように疲労していた。
おじいさんの元へと荷物を届けると、彼は疲れ切ったディアの肩を掴んで前後にぶんぶん揺さぶった。
「ありがとう!とても大事なものだったんじゃ」
ディアは荒い息の中でニコッと笑って見せた。疲れてそれ以上のことは困難だったのだ。
「はぁ……はぁ……中身は何だったんです?」
「こいつじゃ」
荷物の中から一ロールの羊皮紙を取り出して見せる。ディアは首を傾げた。外の人間たちは羊皮紙一つが大事だと思うのか、なんて感じた。しかし重要なのはその内容だった。
「これはグリン魔法学校の推薦状でな。ワシはそこの先生なんじゃよ。飛行魔法を使う道具が今無くての……君がいて助かったよ」
ディアはその一言を聞き逃さなかった。
「グリン魔法学校の場所を知っているんですか?!」
ディアは彼に肉薄した。ほとんど頭突きをしているような状態にまで近づいたので、おじいさんはかなり仰反ることになった。
「し、知っておるとも。お嬢さん、もしかして入学希望者かな?」
「はい!」
「ふむ……ではその飛行能力と行動力に免じて此処には君の名前を書いてしまおう」
思っても見ない幸福だった。しかしディアはいきなりのことに驚き、今度はのけぞった。
「そ、そんな施しをいただくわけには……」
「いいんじゃ、いいんじゃ。推薦枠を早く埋めろと校長に急かされてた所じゃ、ほれ、名前は?」
「で、ディアです」
おじいさんはサラサラと羊皮紙にペンでディアの名前を書いた。するとひとりでに羊皮紙は浮き上がった。そして風が運ぶように羊皮紙が飛び去ってしまった。
「すごい魔法道具じゃろう。学校へ勝手に届けてくれるんじゃ。ワシが作った」
「これが……魔法!」
新しい扉が開けた気がした。ディアは今初めて魔法を見たのだ。詩人から聞いた話での存在でしかなかったものを今、その目で見たのだ。ディアの顔には笑顔が滲み出ていた。
「ふむ……ではもう一つ魔法を見せてやるとするかの。君は魔法学校に向かいたいんじゃろう?連れていっても構わんか?」
「は、はい」
おじいさんは懐から木の枝のようなものを取り出した。そして次にポケットから紫色の石を取り出す。ディアは首を傾げた。
「魔法は杖と道具、そして言葉で成り立つことが基本じゃ」
そういうとおじいさんは紫色の石をぎゅっと握った。そしてもう片方の手で杖を振るう。おじいさんは口を開いた。
「飛び立つ速さは鷹の如し、断絶するは隔絶の壁、巡り流るる風の技」
おじいさんが魔法の言葉を紡ぐ。するとディアとおじいさんの周りに灰色の透明な壁が現れ、渦巻き始めた。彼女はキョロキョロと落ち着かないが、おじいさんは愉快そうに笑っていた。
視界が全て灰色の壁で塗りつぶされる。ディアは一瞬閉じ込められたように感じた。しかしすぐにその壁は解けるように消えた。そして目に入ってきたのは先ほどまでの商店街ではなかった。
「なっ……!?違う場所に?」
「そうじゃ。移動魔法じゃ。そしてここがグリン魔法学校じゃ」
ディアの前には鳥が衝突しそうなほど高い建物があった。まるで絵本で読んだ城のような形だ。窓の数なんか数えるのを断念したくなるほど。
後方には広大な森が広がっている。まるで緑のカーテンのようだ。ディアは興奮を抑えきれなかった。感情のままに飛び回りたい気分だ。しかしあえて抑える。彼女は分別のある魔人なのだ。
だがおじいさんは彼女の興奮が透けて見えていた。ほほ、と笑うと彼女の背中を叩いた。
「今週が入学試験じゃ。あそこに新入生予備軍がちらほら集まっておる。受付に行けば、自ずと自分のすることがわかるじゃろう。では、教室で会えることを楽しみにしておるよ」
おじいさんは踵を返して城のような学舎へと向かった。ディアは彼の背中に向かって叫んだ。
「ありがとうございます!」
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