悪辣の館、囁く甘言

 それは奇妙な光景だった。大勢の改造車や改造バイクが轟音を立てて道路を駆け巡る。髪を派手に染めて、入れ墨を入れた柄の悪い連中。それを何故か警官が、交通整理をして通行させている。住民の避難を促すベテラン警官と新米警官がいた。


 「先輩!今こそ大捕物じゃないですか!なんでそれを俺たちはこんな……暴走行為を幇助しているんですか!?」


 新米警官は若かった。正義感に燃え、法のもとに弱きを助け、悪をくじく。そんな信念に燃え上がっていた。


 「新米~。お前も公務員なら覚えときな?俺ら公僕はなぁ、お上の命令には逆らえねぇんだよぉ?」


 ベテラン警官は面倒くさそうに新米警官を諭すつもりは微塵もなく、ただ事実を伝えた。命令だと。もっとも納得がいっていないのは彼もまた同じだった。長い勤続年数、こんな命令は初めてだった。だが公僕、特に警官のような組織は個人の考えではなく、組織の考えが絶対だ。個別判断は決して許されない。故にベテラン警官は納得はしないが職務を真っ当する。聞き分けの悪い、新米をなだめながら。




 「野郎ども、気合入れていけよ!亡霊のくそったれどもを皆殺しにするんだ!!」


 前に出て檄を飛ばしているのハオユだ。ユーシーの呼びかけに真っ先に動き、仲間たちをかき集めた。集まったのは龍星会だけではない。半グレやヤクザたちも普段の確執を乗り越えて集結していた。全ては亡霊を倒すために。


 「圧巻だな……まるで戦争に行くみたいだ。」


 俺は後ろを振り向き、この集団を眺めていた。人相の悪い反社会的勢力が一丸となって俺たちについてきている。奇妙な光景だ。


 「烏合の衆よこんな連中……弾除けにもならないわ。でもまぁ、騒ぎが嫌いな亡霊には多少の脅しにはなるんじゃない?」

 「そりゃないっすよ姉御!あっしだって驚いてるんですよ!見てくださいよ!あそこにいるのは『百人斬りの鬼丸』、あいつは『警官殺しのチャイ』、おぉあいつは『マシンガン中野』だ!す、凄い!少し探せば有名人ばかり!オールスターっすよ兄貴!!これも兄貴と姉御の人望の賜物ですぜ!!」


 よく分からないがハオユの興奮した様子から、凄い連中が集まっているらしい。実際戦力になるかはともかく、これだけの味方がいるのは頼もしい限りだった。なのだが……シンカの戦いを思い出した。あの時、俺は見ていた。無数のワイルドハントをたった一人で殲滅する亡霊の一人の姿を。仁も同等と考えると……ユーシーの烏合の衆という例えはあながち間違いではないような気もしてくるのだ。

 警官が俺たちを最短距離で誘導する。ユーシー経由で使用した仁さんのコネという奴らしい。警察権力にも届く仁さんの力には感服するしかなかった。目指すは亡霊の住処、弦の隠れ家……何の変哲もない田舎町が今夜、戦場と化すのだ。


 ユーシーが探し当てた場所は山中の田舎町を更に通り過ぎた森の中、ひっそりと建っていた洋館だった。まるでそこだけ別世界のように切り取られたようで、日本独自の田園風景とは一線を画している。洋館に向かう道は車道らしきものがあるだけだ。


 「一車線、道も狭いしここまでね。ハオユ、あんたたちは、ここで待機しなさい。何かあれば連絡するから。ここから先は少数精鋭で行くわ。」


 ハオユは自分がその少数精鋭に含まれていないことに不満げだったが、大人しく指示に従い、軍団に対してここら一帯を、洋館を取り囲むように指示する。俺たちは装甲車に乗り換えて、洋館へと向かった。


 「マフィアもたまに役立つわね。装甲車なんて私一人だとすぐには用意できなかったわ。」


 荷台にはマフィアが持ってきた武器も大量に積み込まれている。それに加えユーシーが独自に用意した武器の数々、本人曰くこれだけあれば一騎当千の力が出せるという。

 洋館までは驚くほど何もなかった。てっきり襲撃が来ると思ったのだが、まるで俺たちを歓迎するかのように洋館の門は開かれていた。


 「こうもなにもないと不気味ね……さぁいくわよ、覚悟を決めましょう。」


 意を決して扉を開ける。館の中は驚くほどに静かだったが、ゆらりゆらりと人影が現れた。それはまるで幽鬼のようで、自由意志を失っているようだった。


 「舐められたものね、こんなもので様子見しようというのかしら。」


 ユーシーはすかさず銃を抜き現れた人々の眉間を撃ち抜く。容赦のない、正確な一撃だった。だが眉間を撃ち抜かれた人々は倒れない。そして人とは思えない動きをして、一気に迫りくる。操り人形のようだった。いや、事実、そうなのだろう。弦の能力は他者の血液を操作すること。彼らは無残にも弦の能力によって傀儡と化したのだ。


 「ユーシー、この人たちは。」


 俺がそのことを伝える前に、ユーシーはバッグから得物を取り出した。それは札が幾重にも巻かれた長い棒状のもの、通称『棍』と呼ばれる武器だった。そして近づく者たちを振り回す。メキメキと鈍い音を立てる。だが傀儡は吹き飛ばされず、棍にへばりついていた。血がまとわりつき、棍と一体化している。そして血が滴る手を突き出す。弦の能力がコトネと似た性質を持つならば、その次の行動は……。


 「ユーシー避けろ!攻撃が来る!」

 「無問題モーマンタイ、それは悪手だわ。」


 札に書かれた文字が光り出す。そして爆散、へばりついた傀儡は無残に飛び散り、跡形もなく消滅していた。


 「話にならないわ、隠し手がこの程度なら、一つずつ相手するまでもない。」


 ユーシーは何かを放り投げた。それは手榴弾、ただし通常の手榴弾とは異なる。ユーシー独自の術法により火薬に仕込みを入れたもの。対象に対し指向性で爆発する兵器。さながら小型のクレイモア地雷である。もっともクレイモア地雷とは異なり、その威力は戦車の装甲を貫き、対象をミンチにする残酷極まりないもの。それが十数個、宙を飛ぶ。そして得物を見つけ爆発した。全ての爆弾は的確に、残酷に一瞬にして傀儡を破壊しつくした。


 「出てきなさい!こんな雑魚で時間稼ぎをするつもりなら……この館に火を放つわよ!!」


 ユーシーなら迷いなくそうするだろう。今そうしないのは、亡霊の住処だと断定できないからだ。確かに軽井沢が持ち込んだ情報ではあるが、罠の可能性もある。あるいはただの下っ端の隠れ家で、リーダーは別のところにいるかもしれない。ならばここにいる亡霊を生かして捕らえ、情報を手に入れなくてはならない。ようやく手に入った貴重な亡霊への足がかり、迂闊なことで駄目にしたくないのだ。


 「それは困るな。そんなことをされると今度こそホームレスになる。」


 聞き覚えのある声だった。伊集院弦、やはり彼はここにいた。


 「あんたが亡霊?リーダー?楽に死にたいなら、素直になりなさい。」


 ユーシーのその言葉に、弦は表情一つ変えずに佇んでいた。不意にユーシーが「うっ」と小さな悲鳴をあげる。


 「おや、そこの女もろとも全員、殺すつもりでやったのだがな。チャイナドレスのご婦人、何かをやっているな?もっともその反応、まるでダメージがないというわけではないと見た。」


 弦は何かをしている。それは明白だった。俺は手を突き出す。目標は弦。何度か放った破壊光線の発射準備。集中し光を収束させる。


 「やめろレン、話すら聞かずにそんな恐ろしい攻撃をしてこようとするな。連れへの攻撃が気に入らないのなら、もうやめている。」


 弦は大人しく両手を上げた。降伏するということなのだろうか。


 「言い訳のように聞こえるかもしれないが、殺される前にレン、貴様と二人で話をしたかったのだ。そのためにはその連中が邪魔だった。」


 意外だった。弦は対話を望んでいた。そのために他の人たちを殺すというのは理解に苦しむが、俺は弦の話を聞くことにした。


 「単純な話だ。レン、何故貴様は我々と敵対する?我々が貴様に何をしたというのだ。確かに念のため、軽井沢を介して私の血糸を貴様につなげたが、いとも容易く切断したのだ、あまり気にしていないだろう?それに、ともにあのホテルで戦った仲ではないか。」


 軽井沢を介した血糸というのはよくわからない。だが敵対する理由、それは……仁さんが言っていたからだ。亡霊は俺を狙っている。だから俺は、殺されるのなら、殺される前に動かなくてはならないと判断したのだ。正当防衛……正当防衛?言われてみると、根拠は仁さんの言葉だけで……何で俺は亡霊と敵対しているんだ……?


 「どうした、答えられないのか?確かに我々に恨みを持つものたちは先のワイルドハントのようにいる。だがレン、私は貴様のことはまるで覚えがない。否、貴様のような化け物、敵にまわすことなどしないよ。」


 俺は困惑していた。確かにそのとおりだ。何故俺はこの場にいるんだ?俺は何をしたくて……。


 「そこの女に誑かされたか。」


 まるで心臓をナイフで刺されたような言葉だった。そこの女、後ろを振り向く。ユーシー……俺は彼女のこともまるで知らない。ただ仁さんのパートナーということだけ。そして仁さんは……亡霊が動き出したから気をつけろと……。


 「あ……。」


 そうだ。仁さんは、亡霊が敵だとは、一言も言っていない。

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