秘めた心、春の終わり
「出てくるって……亡霊もあいつらに襲われているのか?」
「そうっすねぇ……ここ最近は毎日のように襲われるっすよ。その度に弦が撃退してるっすけど。」
悪意ある何者かは学内に留まらないのか。では、ますます目的が分からない。亡霊と俺たちに共通点なんてないはずだ。ありえるとするなら、軽井沢は元々学生だったという点だ。しかしただ学生だったというそれだけの理由で命を狙うというのはどういうことなのだろうか。目的がまるで見当がつかない。
「なーんか深く考え込んでるっすね?あーしのことなら心配する必要ないっすよ?」
軽井沢は特に深くは考えていないようだ。恐らくは知らないのだろう。その襲ってきている者たちが、何らかの目的を持って行動している組織であることに。もっとも話だけを聞くと、弦が全て対処できるレベルではあるようなので、危機感がないのかもしれないが。
「それよりもこれを見るっすよ、ほら。」
話を変えて軽井沢は自分の手を突き出して、薬指の根元の方を指差す。
「エンゲージリング?ってやつなんすけど、分かるっすか?何か痕になってて気味悪いんだけどどうにかならないんすかねぇ。」
確かによく見ると、あの時嵌めた筈の指輪は無くなっており、何か痕のようなものが見える。それは目を凝らさないと見えないものだ。おそらくは指輪が肉体と一体化したものなのだろう。そしてそれにより軽井沢は力を得た。
『たまたま釘なだけで他にも色々と形状があります。』
剣の言葉を思い出した。いや、たまたまだと良いのだが……この指輪と釘……反応というか、効果が似ていないか……?もっとも釘と違い、引っこ抜くことはもう出来ないが……。だがこれが亡霊の力の源だとしたら、それは極めて重要な話かもしれない。
「痛みとかはあったりするのか?」
「いや、ないっすね……うーん、特に違和感もあるわけじゃないんすけど、何とかできたらしたいもんっすね……。」
軽井沢は指を擦り、何もない事をアピールする。何はともあれ、彼女は亡霊にいることに不都合を感じていないようだ。だからか、ふと疑問を感じた。
「ワイルドハントには未練がないのか?」
「ないっすよ。」
即答であった。間を置く時間すらなかった。
「だって、あんな弱い連中、どうでもいいじゃないすか、せいせいしたっすよ。早く裏切れば良かったっす。なんであんな弱いのに、亡霊と戦おうだなんて思ったんすかねぇ?」
言葉とは裏腹に表情が僅かに歪んでいて、今まで軽口を叩いていた雰囲気とは違うのは一目瞭然だった。それは自分の心の内を誤魔化すように、長々と話をして気をそらしているかのようにも見えた。
「あーしはもう帰るっす。引き止めて悪かったっすよ。また連絡するっすから、今度は無視すんなよ~?」
時計を見る。店は閉店間際だった。俺たちは席を立ち、会計に向かう。
「会計は別でお願いしまぁす。」
軽井沢は先に会計を済ませた。そして俺の会計を待たずに、出口へと向かう。
「それじゃまた~。」
手を振って、夜の街へと消えていった。彼女はまた闇へと、亡霊の住処へと戻るのだろう。胸に秘めた本心を隠しながら……。
「……ん?なんだこれ?」
会計用のトレーに妙なものが残っていた。これは木の枝と草混じりの土が入った軍手だ。店員に尋ねる。すると連れの女性が忘れていったものだと答えた。軽井沢が?何のために?いや、木の枝と草混じりの土……。そしてこれまでの態度から俺は察した。会計を済ませユーシーに連絡をする。伝えるべき言葉は一つだ。
「亡霊の住処の手がかりが見つかった。」
電話をしてすぐに大型バイクが爆音を立ててやってきた。亡霊の話になるとユーシーは早い。
「それで、手がかりって?」
俺は木の枝と軍手をユーシーに渡した。軽井沢が持っていたもの。それはつまり亡霊の住処近くで採取した可能性が高い。
「なるほど、面白いわね。すぐにこの植物と地質が分布している地域を洗い出すわ。潜伏しているとしたら目立たない場所にあるはず。」
加えて、弦が亡霊であったことも伝えた。ユーシーは弦のことを疑い調べていたはずだ。その疑いは見事的中したことを教えなくてはならない。
「……ん、弦が亡霊だったのは素晴らしい成果だわ。素晴らしいのだけど……少し腑に落ちないことが……いえ、ひとまずはこれの解析が優先ね。ありがとう。」
ユーシーは礼を言うと、急いだ様子でバイクに跨がり、あっという間に消えていった。これで亡霊の住処さえ分かれば、いよいよ反撃開始だ。勿論悪意ある何者かは気になるが……敵が減ることは悪くないことだ。
家に帰ると、また母さんやサキに怒られた。試験勉強で遅くなるのは分かるが、連絡をしろと。確かにそのとおりなのでなんとも言えない。
「お兄ちゃん、最近変なことに巻き込まれていない?」
部屋で勉強をしているとサキが突然話しかけてきた。この間の夢のこともあり、そういうことを言われると少し引け目に感じる。変なことといえば、悪意ある何者かだろう。直接俺を狙ってこないのも気味が悪かった。直接俺だけを狙ってくるだけなら、何とでもなるというのに、未だに目的が不明瞭で、どう対策したら良いのかも分からない。
「サキこそ大丈夫なのか?最近、変なのに襲われているとか?」
思わず、俺はサキに問いかける。俺の身の回りの人間が襲われるなら、当然サキも対象ではないかと。
「襲われる!?なにそれ!?そういうのは警察に任せたほうがいいんじゃないの!?」
当たり前過ぎる反応に俺は逆に驚いてしまった。確かにそれが普通の反応だった。警察……確かに普通に考えたらそうだ。だが何と言えば良いのだろうか、例えばストーカー被害のようなものだと説明するにしても、警察は直接被害が出るまで中々動いてはくれないと聞く。高橋は監禁されていた。あの短時間でだ。被害があってから動くのはあまりにも遅すぎる。
「警察は実害がないとすぐに動かないからなぁ……。」
「う……確かにそうかも……うーん、でも駄目だよ、そういうのを一人で抱え込んじゃ、誰かに相談したの?」
「相談というか、剣って同級生がいるんだけど、そいつが何か詳しくて色々と助けになってるかなぁ。」
勿論サキに対して肝心なことは話さない。アドベンターとか言われても意味がわからないからだ。
「ふぅん、もう話してるんだ。なら安心なのかな。てっきり一人で解決しようと考えてるんだと思ってた。」
きっかけは対抗戦の流星群、つまり剣に相談する選択肢なんて最初はあるはずもなかった。完全な偶然なのだが、その幸運には感謝している。サキは俺の説明に納得したのか「おやすみ」と挨拶をして部屋から立ち去っていった。
それから数日の間、高橋に起きた出来事はまるで悪い夢だったみたいに何事も無かった。警戒はしていたが、学生らしく皆で集まり勉強会を開いて、テストに向けて勤しむ。昔はこんな時間が嫌だったはずなのに、なぜだか凄く久しぶりに学生らしいことをしている気分を感じて、俺は楽しかった。ただ結局、剣はともかく、磯上が一度も勉強会に参加しなかったのが気がかりだった。女子の体育を覗き見するような奴がなぜ……あいつにとっては家業の方が大切なのかもしれない。
そしてテストが終わり、クラスの張り詰めた空気は和やかになって、どこか遊びに行こうぜとか、そういう会話が聞こえる。そして季節の移り変わりも感じた。春の陽気は過ぎて、じめじめとした梅雨の季節。嫌な季節だ。
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