赤い糸、課された勅命
殺されることが日常だった。刺殺撲殺毒殺絞殺銃殺、色々な殺され方を経験した。それだけこの世界の人たちは不安定で、歪な存在なのだ。表裏一体、誰もが笑顔の裏側にどす黒い心を抱えている。ちょっとしたことでそれは反転し、悍ましい精神が露わになる。
だから私は、これまでずっと彼らと一緒にいて、色々なことが現実として起きた……という事実はあっても、私にとっては日常の延長線でしかなくて、退屈なものだった。
だって、そんなものより、本当に恐ろしいものが、私の目の前にずっとあるのだから。
皆と別れてから一人家に帰る途中、スマホが震えた。着信を見ると軽井沢だ。何か凄い久しぶりな気がする。俺は「もしもし」と言って電話に出た。
「はぁぁぁぁ?『もしもし』じゃないっすよぉ?既読無視着信無視連発しといて、そんな態度で許されると思ってんすかぁ?あーしの繊細な心はもうズタズタに傷ついてPTSD不可避っすよ、どうしてくれるんすか?」
「いや、お前亡霊だし、そんな連絡とるわけにはいかんだろ常識的に考えて。」
「はぁぁ、謝る前に言い訳っすかぁ……これだから童貞なんすよ境野っちは。絶対彼女が出来てもベッドに誘うことができなくて呆れられて振られるタイプっすね~。」
「……切っていいか?」
「あ、図星っすか?駄目っすよこういうのは大人の余裕でジョークで返すもんすよ。あ、童貞だから大人では」
俺は電話を切った。ただでさえ夜遅くなりそうで家族に不安がられそうなのに、軽井沢の軽口に付き合ってられないからだ。……決して童貞煽りが腹立ったからではない。
「ふふふ、ワンパターンっすねぇ境野っち。同じ手は通用しないっすよ?」
「うお!?」
突然電話ではなく真後ろから軽井沢の声が聞こえたので驚いて振り向くと、そこには普通に軽井沢がいた。いたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「境野っちが無視するから仕方なく直接来たんすよ?責任とって欲しいっすねぇ。」
「いや、無視って……あ、はいごめんなさい。無視した私が悪かったです。」
言い返そうとすると睨んできたので、もう素直に頭を下げて謝った。まぁ無視をしたのは事実ではあるし、非がないわけではない。でも亡霊なんだろ軽井沢……?お前は知らないと思うけど、俺はお前の組織に命を狙われてるんだからな……?
「しょうがないっすねぇ~まぁそれはそれとして、こうして直接話すほうが良いかなとは思ってたんすよ、ほら行くっすよ。」
どこへ……?おれがそう尋ねると、軽井沢は答えた。
「今日、フラペの新作が出るんすよ!ほらほら早く!店が閉まる前に行くっすよ!!」
軽井沢に無理やり引っ張られて、俺は街の喫茶チェーン店に連れ込まれた。
「うーん、今回のは微妙っすね……。なんというかチャレンジしすぎて味が二の次っていうか……最近SNS意識してて、たまにこういう奇をてらうものが出るのが嘆かわしいっすね……。」
軽井沢が頼んだのはナポリタンフラペチーノ。喫茶店メニューとして有名なナポリタンとフラペチーノを融合した新世代の味らしい。わけが分からん。俺は素直にキャラメルラテを頼んだ。コーヒーの風味とキャラメルの強烈な甘みが脳を癒やしてくれるような気がする。
「境野っちの美味しそうっすねぇ、ちょっと貰うっす。」
「えっ。」
俺の返事を聞かずに軽井沢は俺のキャラメルラテを奪い取り、口にする。
「あーし、何気にこれ飲んだことなかったんすよねぇ、なんていうかラテでも苦くないっすか?でもまぁこれはいけるほうっすねぇ……どうかしたんすか?」
唖然としている俺のことなど気にせず、そのまま何事もなかったかのように俺の手元にキャラメルラテを戻した。
「あー勝手に飲んだから拗ねてるんすか?小さい男っすねぇ、ほらあーしのあげるから機嫌治すっすよ~。」
そう言って軽井沢は無造作にフラペチーノに刺さったストローを俺に向けた。俺は戸惑う。
「あ、気が変わったっす。これは強制っすよ、ほらほらあーしがどれだけの思いでこれを飲んでるか、苦しみを共有すると良いっすよ~。」
またいたずらっぽい笑みを浮かべストローを俺の口に向けて突き刺してくる。普通に危ない。飲むまでやめてくれそうにないので、俺は仕方なくストローに口をつけて飲み込んだ。
「まっず……。」
それは確かにナポリタンだった。例えるなら冷たいナポリタン。いやそのまんま過ぎる感想なんだが、本当にそのまんまなんだから仕方ない。あえて言うなら、開発担当も頑張ったのか、甘みが強いナポリタンという感じで一応、飲み物としての体をなしている。そんな反応を見て軽井沢は無邪気に笑っていた。
「軽井沢まさか、俺とこんなことしたくてわざわざ来たのか?」
「ん?そうっすよ?」
俺の疑念に反して、あっさりと軽井沢は答えた。今のこの時間が欲しかったがためにわざわざ……?
「そうだ、これを見て欲しいのもあったんすよ。ちょっとこっち来て。」
軽井沢は手招きをするので俺は立ち上がり軽井沢の横にくる。一体どうしたのだろうか。
「あーもうちょっと頭を下げて……難しいんすよ、そう……うん……。」
屈み込むように俺は軽井沢に顔を近づける。そして突然軽井沢は俺の頭に手を当てて、軽井沢の股間に俺の顔を押し付けた。
「!!?」
突然のことに混乱し、もがくが派手に暴れると机が倒れ軽い騒ぎになる。だから慎重に顔を背けようとするのだが、軽井沢は懸命に俺の頭を抑えていた。普通ではないのは分かる。何かを意図したものではないかと。俺は異常な行為であることだと思いつつも、今の状態を受け入れ、頭を冷やす。すると見えた。軽井沢の太腿に何重も結ぶ線のようなものが。これは糸だ。何らかの糸。どこかで見たことあると思った。そうだ、これは弦の糸だ。軽井沢は、弦の糸で縛られているのだ。コトネの能力を思い出す。彼女はヴィシャと戦う時、血液を操作することで俺たちの行動を監視できると言っていた。それと同じことが弦にもできるのならば……。
「見えたよ軽井沢、だからこれ以上は。」
頭にかかる力が緩む。俺は身体を起こして、再び正面に座った。
「どうだったっすか、今日のあーしの下着、ちゃんとしたもの選んだつもりなんすけどねぇ~。」
「あ、あぁ……良いんじゃないかなぁ、俺は好きだぞ。」
はたから見ると訳の分からない会話だった。だが真意は分かる。軽井沢は自身が監視されていることを伝えたかったのだ。
「しかし亡霊での生活は大変なのか?こんな遅くに喫茶店によるなんて。」
無理やり話を変えた。軽井沢の意図が分からないが不自然な沈黙はよくないと思ったからだ。
「そんな悪くないっすよ?福利厚生もちゃんとしてるし……こんな夜中に来たのは、さっきも言ったじゃないすか、境野っちが学校行ってるからこんな時間しか行けないんすよ~。」
そう言ってフラペチーノに口をつけた。あんな不味いものをちゃんと飲もうとする辺り、軽井沢の根の良さが伺える。
「ただ弦!あいつはよくないっすね!何というか機械を相手にしてるみたいっすよ、人間味の欠片もないというか……典型的な仕事人間って感じっす!!」
鼻息を荒くして軽井沢は仁の愚痴を話した。監視されているのにそんなこと言っても大丈夫なのかと不安にはなったが、何もされていないということは、弦としては自身の誹謗中傷は許容範囲内なのだろう。セントラルホテルで出会ったことがある。腕がなくなっても顔色一つ変えずに侵入者を撃退する姿。今となっては能力があったからだからなのだろうが、それでも躊躇なく自分の腕を捨てることができるだろうか。
「しかし、どうしてこんな遅くなったんすか?学校の授業ってあーしの記憶だとそんな遅くなかったっすよね?もう少し早く帰宅してたら、もっと早くここに来れたのに。」
「あぁ、それはだな……。」
俺はアドベンターの名前は伏せて、学校に潜む何者かに襲われていることを伝えた。特に隠すことでもないし、亡霊に知られたところで特に何もないと思っていたからだ。
「え、境野っちのところにも出てくるんすかそいつら?」
だから、軽井沢のその反応は予想外だった。
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