せめて最後だけは、いつものように
「よく分からん。」
「ちょっと適当なこと言わないでほしいっすよ!こういうのは男受けも大事なんすよ!」
軽井沢の剣幕に押されてしまい、俺は仕方なくまじまじと見つめる。と言っても女物の服なんてよく分からない。ただ露出が大きいようにも見える。
「春だけど、その格好は寒いんじゃないか?」
「あー確かにまだ冷えるっすもんね……ってそれ機能性!そうじゃないっすよ!見かけ!女の子が服装聞いてきて機能性を答えてどうするんすか!!?」
そんなこと言われても……俺はもう一度見直すと視線に気づいたのか、軽井沢はファッションモデルさながらポーズを決める。
「どうっすか?個人的にはちょっとコンサバっぽいかなと思うんスけど、ちょっと抜いた方が受けは良くないっすか?」
「こんさば……?抜く……?まぁ確かに……地味な感じがして軽井沢ぽくはないかなぁ……?」
やっぱそうっすよねぇと言いつつカーテンが閉まり、衣擦れの音がする。いくつも持って入ってはいたが、まさか全部着て俺に意見を聞くつもりなのか?何時間かけるつもりなんだ。
「ほら、これなんてどうっすか?少しはずした感じっすけど、こういうのがやっぱ好きなんじゃないっすか~?」
くねくねとあざといポーズをしてまた俺に意見を求める。
「う、うーん確かに前よりも扇情的……いや解放的……いやそうじゃなくて!なんで俺がお前のファッションショーにつきあわされてるんだよ!!」
「待って境野っち!!今、なんて……?」
「は?ファッションショー?」
「その前っす前……何的?」
「解放的?」
「解放的!いいっすねそのワード!テーマはそれで決まりっす!いやぁやっぱり境野っち連れてきて正解っすね、一人だと良い服が選べないっすよ~」
無邪気に笑いながらカゴの中を漁り、解放的、解放的〜♪と上機嫌に歌っている。まさか、本当に……こいつは……俺と買い物をしたかっただけなのか……?わけが、分からない……。
それからしばらく、軽井沢のファッションショーは続いた。ようやく終わったと思ったら今度は別の店に入り、また服を選び始める。
「これとか、かわいいっすね!どう思うっす?」
「もう気になったの全部持っていって着替えたらいいんじゃないか……?」
自暴自棄になって適当なことを言うと、それがやぶ蛇で本当にあれもこれもと持っていって試着室に入っていく。そして色々なコーデの軽井沢を見せられて、そのたびにレビューをしなくてはならない。同じことを言うと、「それはさっき聞いたっす!」と言い出して他の言い方を求めるので一々全てに違う感想を出さないといけないから大変だ。閉店までに終わるのかこれ。
「いやぁ、良かったっすよ。これだけ買えば着替えに困らないっすね。どうすか今の格好、境野っちが一番良さげな反応してた服っすよ?ご褒美なんすから、存分に見ていいっすよ?」
そんなことより、ようやく終わったという達成感の方が大きい。だが帰ろうとすると引き止められた。
「まだ、一つ残ってるっすよ、ほらあそこ。」
軽井沢が指差した先はランジェリーショップ。そして俺の手を掴んで引っ張っている。
「いやいや待て待て!あれは男の俺が行くものじゃないだろう!?」
俺の反応を見て軽井沢はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「あれれ、この反応……ひょっとして境野っち童貞っすか〜?かわいいっすねぇ〜」
「は、はぁぁぁ??高校生なんだから別に童貞だって良いだろう!?」
「しょうがないっすねぇ、うぶな境野っちに教えてあげるっす。女の子の下着っていうのは一人じゃ選べないんすよ。」
「そうなのか!?いや、だからといって俺が同行する意味がない。行くなら女友達と……あっ……。」
軽井沢の表情が曇りはじめて初めて気がつく。そうだ、軽井沢は亡霊となった身、クラスメイトはおろか、家族とももう会えない……。生半可な相手だと迷惑をかけてしまう。そんな中、俺を頼って来たのだとしたら、俺は無神経なことを……。
「いや、いいっす。ごめんっす。境野っちの優しさに甘えてたあーしが悪いんすよ。下着は今度、他の人と……頑張って選ぶっすよ。」
軽井沢は作り笑いを浮かべて、明るく振る舞っていた。目元が潤んでいたのだ。そうだ、亡霊である以前に軽井沢は、ほんの少し前まで普通の女子高生だったじゃないか。ランジェリーショップから離れようとする軽井沢の手を掴む。
「分かったよ、付き合うさ。一緒に入ろう。」
「本当……っすか?」
軽井沢は唖然とした表情を浮かべていたが、すぐに明るい顔になった。その笑顔が見て俺は間違っていないと確信した。
だが、ランジェリーショップ。当然、女性だらけで正直なところアウェイ感が強く、目のやりどころに困る。
「お客様、何かお探しでしょうか。」
店員の女性が声をかけてきたので、軽井沢が応対する。なにか色々とよくわからないが、女性ものの下着は男性のと違って色々あるようで、何を話しているのかさっぱり分からない。話がまとまったようで下着を選び終えた軽井沢について行く前に店員と話をすることにした。
「あ、あの……俺……こういうところは初めてなんですが、軽井沢、彼女に何をすれば良いんですか?」
店員は唖然としていた。意味が伝わらなかったのだろうか。
「い、いやすいません不慣れなもので。下着を選ぶには一人じゃ出来ないんでしょう?これからどうしたら良いのか教えてもらいたいのです。」
俺の言葉にようやく納得がいったのか、店員は表情を柔らかくして答えた。
「ホックで苦労するかもしれませんが、基本的には一人で大丈夫ですよ。彼女さんが喜ぶ下着を選んであげてください。」
店員はそう言って微笑みながら俺たちから立ち去っていった。
「軽井沢……お前……。」
俺は自分の置かれた状況に気が付き顔が真っ赤になっているのを自覚するくらい、恥辱感に満ち溢れていた。軽井沢は口を抑えた笑いを堪えていたが、やがて堰を切ったように笑った。
「ど、童貞〜〜〜!何してるんすかぁ〜!」
「軽井沢お前ぇ!!!」
追いかけるが試着室に逃げられる。こうなっては手が出せない。
「くそ、店の外で待ってるからな!!」
「はーいっす!」
俺は恥ずかしい気分一杯で店の外に出た。まったく何という女だ。
しばらくすると軽井沢が出てきた。俺は荷物を受け取り、今度こそ帰ろうとする。
「ちょっと待つっすよ、怒ってるんすか?軽いジョークじゃないっすかぁ。」
黙って帰ろうとする俺に軽井沢は馴れ馴れしく腕を絡めてくる。
「あのなぁ、冗談でも言っていいことがあるだろ、こっちはどれだけ心配をかけたことか。」
「ごめんっすよ〜二度としないから許してほしいっす、お詫びにご飯奢るっすから、こっちこっち、フードコートがあるんすよ。」
フードコートに案内され、荷物を置いた。もう夜も遅い。早く帰らないといけないというのに。
「何頼むっすか?今日は荷物運んで疲れたろうし、あーしが取りに行くっすよ。」
俺はカレーを頼むと軽井沢は店へと向かった。スマホを見ると23時、こんな時間まで開いているのは都会の強みだろうか。あと母親の通知が凄いので、遅くなるけど家には帰る。ご飯は大丈夫とだけ伝えた。すぐに返事がくる。
『不純異性交遊!!』
それはないから安心してくれとダメ押しに送信する。
「お待たせしたっす、さぁ食べるっすよ〜」
上機嫌に軽井沢はカレーの皿を二つ持ってきて食べ始めた。フードコートのカレーは……まぁ、悪くない。こういう場所のフードコートは大体大型チェーン店が入っているので味が安定しているのだ。不味くはないし、一際美味しいというわけでもない絶妙なバランス。
「そういや、何で着替えてるんだ?」
今更ながら今買ったばかりの服を着ている軽井沢に疑問を投げかける。
「え、制服の方が良かったっすか?悪いっすけどあれ昨日から洗濯してないから駄目なんすよ。乙女心を分かって欲しいっす。」
そうか、そういえば突然のことだから軽井沢は着替えを持っていなかったのだ。だから着替えは勿論、下着まで買う必要があったのだな。袋の中身が少し見えた。先程まで着ていた制服と下着が入っている。
「どうしたんすか?まさか欲しいんすか?」
「ば、馬鹿!そんなもの欲しいわけないだろ!」
つい声を荒げてしまい、軽井沢は驚いたような目でこちらを見つめる。
「ちょっと、そこまで怒る必要ないじゃないっすか〜こんなの欲しがるのなんて変態っすよ、懇願してもあげないっすよ?」
コトネの顔がちらつく。そうだ、これが普通の反応だ。なんというか当たり前の反応なのに、俺はひどく安堵したのだ。
「だ、だよなぁ〜、軽井沢が常識人で助かったよ。」
「な、何を言ってるんすか……?」
俺の言葉に意味が分からない様子だったが、分からなくて良いのだ。世の中には知らない方がいい事なんて山程ある。
「でも今日は助かったっすよ。さっきはからかったことへの詫びだって言ったけど、やっぱり一人で買うのは大変だし、だからといって一緒に行く相手なんて境野っちくらいしか思いつかなかったっすから……。」
軽井沢は普段と変わりなかった。まぁ今までこんなに長く話をしたことはないけど……亡霊になったからといって、その本質が大きく変わったわけではないということに、俺は奇妙な安心感を得た。
「境野っちが思ってることは分かるっすよ。本当に買い物がしたかっただけなのかって。まぁ実際のところ八割くらいそうなんすけど、聞きたいこともあったんす。境野っちの本当の能力は何なんすか?」
本当の能力……アタッチメントのことだと思うのだが、それは俺が知りたい。俺自身、自分の能力を理解していないのだ。
「実は俺は自分の能力について理解していないんだ。」
だから、正直に答えた。別に隠すことでもないし。しかし軽井沢は、ふーんと不満げに、含みのある笑みをする。
「ジョーカー。」
ん?突然、何を言っているのか理解ができなかった。ジョーカーとは?トランプの?軽井沢は俺とトランプでもしたいのだろうか。俺の反応に軽井沢も戸惑いはじめる。
「え、あれ?ち、違うんすか?おっかしいなぁ、絶対そうだと思ったのに。」
「どういうことだ?違うって?」
「な、なんでもないっすよ!それより!境野っちの能力っすよ!あんな強力な能力持っててフリーとかおかしいっす!どこか組織に属してて、そこから強力な能力を得たんじゃないんすか!?」
そんなことはないんだが、敢えて俺がどの組織に属しているかというのなら、仁さんもとい無明探偵事務所か……?でも記憶が抜けているから結局、うまく答えられないんだよなぁ。
「フリーなんすか!?それで……?むむ……。」
驚いた様子で、軽井沢は腕を組む。
「なら、境野っちも亡霊に入るといいっすよ!あーしと一緒なら無敵っす!」
「いやそれは断る。」
亡霊は敵だ。よくわからないがそれだけは俺の本能が訴えている。きっと記憶が欠落しても本能が訴えているのだろう。そもそも仁の話だと俺は亡霊に狙われているのだ。弦の反応から察するに亡霊は何者かを狙っているが、それが俺だとは分かっていない様子だ。つまり……わざわざ蜘蛛の巣に引っかかるような真似はしたくないわけで。
「即答っすね……少しは悩まないんすか?こんな凄い力が手に入るのに。」
軽井沢は見せつけるように、進化したアタッチメントの片鱗を見せる。だが、俺はそんなことに興味もない。再度はっきりと断った。軽井沢は残念そうだったが、それ以上は追求しなかった。
外に出るともう真っ暗だ。人気もないし、アタッチメントを使って家に戻ろうか。
「今日は楽しかったっす。最後に境野っちと遊べて嬉しかったっすよ。」
「……そうだな。俺も楽しかったよ。」
彼女は亡霊となってしまった。恐らくもうこれから先、普通の日常は送れないだろう。だから最後に、せめてもう一度だけ、普通の日常を楽しみたかったのかもしれない。そしてそれは決別。もう二度と戻らない掛け替えのない日々。彼女は闇に消えた。俺の両手には、彼女に頼まれて持たされた、買い物袋の感触だけが残ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます