蠢く悪意、世界の冒涜者

 無限谷が爆発して死んだ。何が起きたか分からないが、それは紛れもない事実なのだ。

 「気をつけてください、相手は流星群だけではないようです。」

 俺の思考がまとまらないうちに敵は次の攻撃を仕掛けてくる。それは光の矢だった。水平に飛ぶ流星……よく見ると小さな宝石のようだ。剣はそれを走りながら全て切り落としている。だが空に浮かぶ流星群の第二波、無限谷が死んだ今、備えなくてはならない。俺は先を剣に任せて流星群に───。

 「行きなレニー!俺のことなら気にしなくても良いからさ!」

 無限谷の声と同時にまた爆発音がした。爆発は全ての流星群を撃ち落とす。そして気が付いた。無限谷はただ爆発したのではない、全て流星群を狙うようにタイミングよく爆発しているのだ。そして無限谷はその度に復活、再生し爆発を繰り返している。即ちこの爆発こそが無限谷のアタッチメント……!

 敵も気づいたのか俺たちに別の攻撃を向けるようになった。それは光の矢、夜の暗闇に輝く軌跡を描いて俺たちに襲いかかる。だがそれは剣に切り落とされ、残った矢も俺により叩き落される。そして邂逅する、流星群の使い手と。

 流星群の使い手はひと目で分かった。女生徒が一人立っている。基地は瓦礫だらけで動いている人間は彼女一人しかいなかったからだ。他の人達は逃げ出したのだろう。

 「さぁ大人しくしてもらうぞ!この距離なら得意のアタッチメントは使えないだろう。」

 女生徒は無言で瓦礫を掴む。掴んだ瓦礫は段々と変形していく。そしてかつて基地だったものは女生徒の禍々しい武器へと変化していった。それは巨大な斧のようだった。だが斧と呼ぶにはあまりにも巨大で、歪な形をしている。自身の何十倍にもなるだろうか、そんな規格外の斧を女生徒は軽く振り回した。とてつもない質量、だが脅威にはならない。俺はタイミングを合わせそれを破壊しようと拳を振りかぶる。そして見た、その武器の表面に人の姿を。思わず躊躇してしまう。それは明らかな判断ミスだった。俺が躊躇した結果、コトネや夢野にこれが直撃してしまう……!そう思った矢先、巨大な斧は分割され切断された。血しぶきをたてて。

 「境野くん、あれはもう人間ではありません。どういうわけか、何かの能力か。彼女が振るう武器と完全に一体化しています。」

 そう言い残して、剣は俺の先を行き、女生徒に刀を振るう。だが寸でのところで止められた。それは刀が止められたというより、剣の動きが止まったかのように見える。目を凝らすと剣の周りに何かが輝いているのが見えた。それは小さな羽虫……蜘蛛に羽根の生えたような虫が、剣の周りを何匹も回っていた。あれは一体、なんなんだ。

 「剣ッ!!」

 俺は思わず叫んだ。何故かは分からないが、剣をあのままにすると、とても良くないことが起きると確信したからだ。剣の身体を掴む。そして動けない理由が分かった。剣の身体にはまるで蜘蛛の糸のような粘着性の強い透明な糸が無数に絡みついていた。そして気づいたしまった。おぞましい事態に。剣を縛る糸は最初からここにあったのだ。透明な糸……。俺たちは蜘蛛の巣に引っかかった憐れな虫だったのだ。糸は、周囲一体に張り巡らされていた。それは天の星と星を結び輝く糸。決して斬れず、離さない。

 「えあ、ひあ、から、いあおん。」

 訳の分からない言葉を発した女生徒は地面に手を突き刺した。そしてまた現れた。禍々しき巨大な斧。そして蠢いていた。人が、あれは恐らく、ここの基地にいた人たちだ。身体の周りには蜘蛛羽虫が飛び回り糸が更に重なる。星が降り注ぐ。そして斧が振り下ろされる。身体は動かない。女生徒の無機質な瞳と目が合う。まるで俺たちのことなど意に介していないようだった。そして濁っていた。その目は正気を失い、別のものを見ているようだった。

 「だったら!嫌でもその意に介させてやるよ!!」

 俺は俺たちを縛る糸に火をつける。能力による発火、いつか試した俺の能力。俺の能力は怪力だけではない。だけど、まさか、そこまで大きなものだとは思いもしなかったのだ。糸を発火させると思ったその瞬間、辺り一帯は炎の海となった。

 「な、なんなのこれ!!?」

 遠くでコトネが叫んでいる。炎の中心にいる俺たちですら訳の分からない状態だというのに、おそらくコトネたちからすると意味不明でしかないだろう。気づくと縛っていた糸は全て炎によって溶けていた。そして不思議なことに炎の熱は感じない。剣の様子を見るとそれは同じようだ。

 「いぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 女生徒の悲鳴が聞こえた。それはまるで、この世のものとは思えない叫びだった。炎の海は糸を燃やし尽くし、天の星を燃やし尽くし、なおも燃え盛る。まるで意思を持つ炎の怪物のように。女生徒は炎に酷く怯え取り乱しているように見えた。そして見えたのだ。乱れた衣服の下から、タトゥーのようなものが。いや、あれはタトゥーと呼べるものではない。禍々しく夜の暗闇に薄らと輝き、全てを吸い込むような冒涜的な色合いをしたもの。俺は直感した。あれは恩恵、亡霊の証だ。かつて見た、高橋やサドウのものとはまったく違う、本物であると。

 「ああ、ああぁ、星、ほ、た!!」

 女生徒が叫ぶと星が降ってきた。流星、垂直に振り下ろされたそれはまるで裁きの矢のようだった。俺をそれは拳で弾き飛ばす。

 「助かります、これは貸しですね。」

 耳元で剣の声がした。そして一閃、女生徒の身体に光の線が走る。そして学章が破かれた。更に追い打ちをかけるように刀の峰で女生徒を殴りつける。女生徒は昏睡し、その場で倒れた。

 「あとは流星群の使い手……気をつけろ剣、この糸の使い手もいるはずだ。」

 女生徒は触れた者を武器とするアタッチメントなのだろう。であるならば流星群とこの蜘蛛羽虫はそれぞれ別にいる筈、そう思ったが星はこれ以上降ることはなく、蜘蛛羽虫は消滅していった。どういうことだろうと呆気に取られていると、剣は女生徒を仰向けにして額を見せた。女生徒の額には……何かが打ち込まれていた。いや、俺たちはこれを知っている。

 「剣……なんなんだこれは……。」

 剣は黙り込む。まるで触れたくないもののように。だがやがて少しして口を開いた。

 「これは人のアタッチメントに作用するもののようです。ですが一人ではこんなに奥深く打ち込むことはできない。この意味が分かりますか。」

 それは何者かが女生徒の額にこれを打ち込んだ、そう言いたいのだろうか。

 ビクンと女生徒が跳ね上がる。そして肩の刻印が更に激しく輝き出した。輝きは更にましていき、女生徒は痙攣する。そしてとびきり大きな痙攣の後に、巨大な光の柱が女生徒の身体から発した。

 「な、なんなんだ!!」

 俺たちはあまりの突然な出来事に混乱し少し距離をとる。光が収まると、女生徒は真っ白い何かになっていた。いや、これは……。風が吹く。かつて女生徒だったものは風に吹かれて飛んでいった。白い灰となったのだ。俺たちの目の前で突然。

 そして女生徒の衣服と打ち込まれていたものだけが残る。俺は駆け寄り打ち込まれていたものを確認した。そうだ、やはりそうなのだ。これは……この釘は、俺たちが且つて取りに行った聖釘だった。

 「どうするんだこれ、こんな……いや、それより死人が出ても対抗戦は続くのか?」

 残された衣服を見る。これは学校の行事で戦争ではない。それに亡霊の介入……額に聖釘を打ち込んだのも亡霊の仕業だろう。

 「死人ではなく、行方不明ですね。最早彼女の痕跡はその衣服しかありません。文字通り影も形もなくなってしまった。死人が出たと学校に説明して信じてもらえるでしょうか。」

 それは……それはそのとおりだ……。死体がないのだ。これではどうしようもない。炎の海が消えてコトネたちが俺たちに駆け寄る。俺は亡霊が出たことをコトネたちに説明した。

 「おかしいわ。あの武器を作る能力と流星群の能力、でも糸を出す羽虫も含めたら三種類、全然違う能力じゃない。亡霊っていうのはアタッチメントの他に能力を持ってるの?」

 恩恵……それは刻印を刻むことで亡霊たちが得ているアタッチメントとは別の能力だ。コトネにはそれを説明していなかったことを思い出す。亡霊はアタッチメントと恩恵の二種類の能力を……ん?どういうことだ……?

 「三種類ある……。」

 「それについては僕が説明しましょう。」

 剣が前に出た。手には聖釘を持っている。

 「二人もご存知だと思いますが、この聖釘、ただの見世物ではなくこれを身体に打ち込むことでこの世のものとは思えない能力に覚醒するんです。ただし代償として……。」

 剣は女生徒の制服を見つめた。それがどういう意味を持つかはわかりきったことだ。だが何故そんなものを学校は持っているのか、そして何故それが今、ここにあるのか、何故剣はそんなことを知っているのか。謎は膨らむばかりである。

 「境野くんの疑問はわかります。何故これがここにあるのか……それは僕にも分かりません。ですが断言できるのは"悪意ある何者か"がこれを持ち出して女生徒の額に打ち付けたということです。」

 「それは亡霊ではないのか?」

 「違います。亡霊たちは聖釘とは相容れません。教義に反するからです。」

 「ちょっと待て、何で剣はそんなことを知っているんだ。教義ってなんだ。」

 剣は困ったように黙り込む。そして観念したかのように口を開いた。

 「僕はその"悪意ある何者"を倒しに来たからです。それは世界の冒涜者、星を弄ぶもの、旧き君主たち。境野くんたちを巻き込むつもりはないので、これ以上は話すつもりはありません。亡霊を知っているのも、その伝手なので、期待しているほど詳しくはないですょ。」

 月明かりを背後に剣は語った。敵は強大であるが、自分たちも組織であると。そして基本的には悪意ある何者か相手以外には力を使うつもりはないと。剣は一人、俺たちとは別の連中と戦っていたのだ。だが、剣には組織という仲間がいるというのだ。それがどれだけ支えになるか俺はよく分かる。俺たちへの説明をすると剣は立ち去っていった。放生に無理やり連れてこられたが、悪意ある何者かの気配を感じてここに来たという。そして置いてけぼりにしたので、探しているかもしれないと。

 「コトネ、夢野……聖釘があんなものだって知ってた?」

 二人は首を横に振った。常識的ではないことは明らかだった。事実、剣は俺たちを巻き込まないと言っていた。だが聖釘がもたらした超常的現象と似たような雰囲気を俺は知っている。なのに思い出そうとすると記憶に霞がかかるみたいで……思い出せなかった。だからだろう。妙な胸騒ぎを感じるのは。いずれ剣とは、また似たような形で話をするのではないかと、そんな気がした。

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