悪夢の夜、降り注ぐ流星群

 夜が来た。星空が見える。クラスのみんなはさながら修学旅行の気分で盛り上がり、焚き火の前で踊っていたりと、緊張感の欠片もない。そして俺たちは相変わらず料理をしていた。

 「何でわたしが……こんな雑用ばかりしなくてはならないのよ……。」

 コトネは愚痴の頻度が高くなった。当たり前である。クラス全員の食事を俺たち四人で作っているのだから。直接戦いはしないものの大忙しだし、裏方だからかクラスメイトからは楽してるだの、前に出ないんだからと散々な言われようだ。

 「コトネ、疲れたなら俺が……。」

 女子二人はそもそも体力がある方ではなく、完全にグロッキーである。磯上は飲食店の息子なだけあってか、テキパキと料理をするだけでなく、配膳までしている。だが夢野は……もう皿洗いで精一杯の様子で、それでも間に合わずどんどん食器が増えている。なので俺は夢野の隣で皿洗いもしながら料理の下ごしらえや、調理の補助をしている。

 「は、はぁぁ?い、いいわよそんな気づかい!大体あんた夢野の手伝いもしてるじゃない!わ、わたしよりも先に!」

 こんな調子でコトネは頑なに手助けを拒否してくる。まぁ実際のところの余裕はないので助かるのだが、そんな否定しなくてもいいだろうに。

 「しかしたまらないな!俺はやはりこの日が一番楽しいぞ!こうして磯上ワカメを多くの人に喜んでもらえるんだからな!」

 磯上は食器を持って帰り洗い場に置いて、信じられない早さでワカメの下処理を済ませ、料理を始める。まさに早業、プロの技だ。いや、実際飲食店の手伝いを普段からしているのだからプロと変わりないのだろう。しかもそんな忙しい合間に賄いといって俺たちの分の料理までちゃっかり作っている。ワカメは疲労回復効果もあるから食べながらやると良いとかなんとか。そして意味深なことも言っていた。

 「鬼龍のいうとおり、夜になると境野の出番が来るだろうしな。」

 と……。何のことかは分からなかったが、違和感に気づく。そう、高橋と剣がいないのだ。いや前線にいるから当たり前なのだが、今ベース基地にいるメンバーの多くが主力ではなく、敵にやられ戦線離脱したメンバーだとすると……多すぎる。

 突然、ドカンという派手な音がした。緊張感が解け、お祭り騒ぎだったクラスメイトの間でどよめきが始まる。更にドカンドカンと音が続く。「鬼龍は何をしているんだ。」と騒ぎになった。俺たちは基地の外に出ると鬼龍はいつもの様子で立っていた。クラスメイトは詰め寄る。「お前がいれば安全ではないのか。」と。鬼龍は答えた。

 「言っただろう、夜が本番だと。主力部隊は帰ってこなかった。前線で苦戦をしているか、あるいは……ともかく今、敵の主力がこちらを攻撃しているという事実がある。」

 そして知る。音の正体を。夜空が光り、流れ星が降る。だがそれは決してロマンチックなものではなく、俺たちへの明確な敵意が込められていた。星が俺たちに向けて発射されているのだ。しかし鬼龍の手によってそれは当たらないを当たらないが、周囲に衝突し爆裂する。何よりも恐ろしいのが、その流れ星は、流星群のようで、今も大量の星が俺たちへと向かってきているのだ。悲鳴があがる。鬼龍は全てを防御しきっておりベース基地は無傷だ。だがその音は恐怖感を煽るのに十分だった。

 「このままじゃあ、俺たちは負けてしまう!そんなのは嫌だ!」

 誰かが叫んだ。それが呼び水となり、全体に敗北の恐怖が広がりパニックとなる。そしてその矛先は全て鬼龍へと向かった。お前のせいだ、お前が守らないからだ、無責任だ。そんな理不尽な言葉を浴びせる。

 「鬼龍がこの攻撃の主を倒せば良いんだ!」

 そんな言葉すらあがった。完全にパニックとなり冷静さを失っていた。流星群は今も降り注ぎベース基地を攻撃している。それを無傷に済ませているのは鬼龍のおかげでしかない。もしも鬼龍がこの場を離れると全滅するのは自明の理だろう。とは言えこのままでは埓があかない。考え込む鬼龍と目が合った。

 「6班に向かわせる。夢野は未来予知もできるのだろ?ある程度の攻撃も対応できるはずだ。」

 鬼龍の発言にクラスメイトたちは獣のような目で俺たちを見つめた。それが良いと。ずっと楽をしていたんだから、今こそ行くべきだと。俺たちを掴み無理やり外に出そうとする。だがその瞬間、俺たちを掴むクラスメイトが地面に叩きつけられた。

 「無理強いは駄目だ。そして頭を冷やせ。我々の命運はその者たちに委ねるのだから。」

 鬼龍は俺の傍へ歩み寄り頭を下げた。

 「ここは心配ない。だが問題はやはり先行している主力部隊だ。最下位レベルのお前たちに頼むのは筋が通っていないが、総合能力試験の結果からお前たちに頼るのが最善と見た。どうか頼む。」

 俺は他の6班のメンバーを見る。磯上は厨房の後片付けをしていた。コトネと夢野はエプロンを脱いで荷物を整理している。どうやら彼らの考えることは同じようだ。

 「分かった。必ずこの攻撃の主を倒し、先行部隊の確認もしてくる。」

 鬼龍は微笑んだ。

 「俺の能力で援護はする。だが、距離は視界の届くあの林までだ。そこから先は……何とか凌げ!!」

 俺たちは外へ駆け出した。そして見えた、空を覆う無数の流星群。それらは的確に俺たちを狙う。だが流星は俺たちに届く前に爆発した。周囲を見ると黒い炎のようなものが燃え盛っている。それは俺たちを焼き尽くすものではなく、触れても熱さは感じない。

 「───爆ぜよ、我が領土。不遜な侵犯者に裁決を下せ。」

 後ろで鬼龍の声が聞こえた。黒い炎は塊となって次々と浮かび上がる。そして流星群に向かい次々と発射され爆散する。俺たちは走り続けた。鬼龍の言った林まで。上空で爆発音が鳴り響く。まるで火薬庫の中を走っているようだ。そして辿り着く、目的の場所まで。

 「こ、ここまでくれば大丈夫です……!星は落ちてこないです……!」

 夢野の言う通り、星は俺たちを見失ったようだ。引き続き基地を攻撃し続けている。俺たちは更にその奥、この攻撃の主を探すため林の奥、藪を突き進む……と思ったのだがコトネがゴネだした。虫に刺されるのは嫌だという。スキンケアが大変だとか……。確かに滅茶苦茶、虫に刺されそうではあるがそれどころでは……そう思った矢先、磯上がスプレーのようなものを差し出した。

 「ワカメエキス配合の防虫スプレーだ。ワカメには昆虫の忌避成分が入っているんだ。」

 「そんなもの、誰が信じるのよ……って何普通に使ってるのよレン!!」

 俺はプシュっと磯上に渡されたスプレーを吹きかける。特に何も臭わない。

 「いやだって、もし忌避効果があるなら使う価値があると思うし……夢野もほら。」

 夢野もまたプシュっと吹きかけていた。

 「あぁ分かったわよ!吹きかければいいんでしょ!あ……意外とぬるぬるしないのね……。」

 コトネは苛立ちながらも身体に吹きかけた。磯上の話だとエキスだけ抽出しているからぬめり成分はないらしく、近々通販に追加する予定らしい。謳い文句は100%天然素材由来、脅威のワカメパワーだとか何とか。どうでもいいが、能力で作ってるんだから天然ではないのではない気がするぞ。

 「しかし、あの攻撃の主を探すにしても何か取っ掛かりがほしいな。」

 夜の森の中は、真っ暗でなにも見えない。一応懐中電灯は持ってきているが、心もとないし、もし敵が潜んでいたら位置がバレバレだ。

 「わたしがいるでしょう?あんな派手な攻撃、近くにいるのは間違いないんでしょうし。」

 コトネは自分の腕をナイフで斬りつける。そして溢れ出る血液……そして出来上がった血の水たまりはあらゆる方角へと細く蛇のように伸びていった。この血液が敵を索敵し見つけ出すということだ。

 「ちょ、ちょっと伊集院さん、いきなりリスカしてどしたの!?な、なんでお前ら平気な顔してんだよ!!」

 磯上が珍しく血相を変えて狼狽えていた。そういえば知らなかったな、コトネの本当の能力を……。俺は磯上に能力の説明をしてあげると「はぇ~。」と気の抜けた声で納得していた。

 「い、意外と多いわね……私たち囲まれていたみたい……。でも大半は雑魚だわ。不意打ちで倒せちゃった。」

 悲鳴が聞こえる。夜の暗闇、まるで暗殺者のように忍び寄り近寄り確実に倒す……。コトネの能力はこの状況下に極めて適していた。いや、そもそも彼女自体が極めて優秀な能力の持ち主というのが大きいが。

 「これ俺たち、いらないんじゃない?」

 磯上がそんなことを言っていると、夢野が俺を抱きしめる。この感覚はつまり……。暗闇の森の奥から敵が姿を現す。コトネが倒しきれなかった相手、つまり実力者だ。

 「突然、仲間たちがやられたと思ったら、たったの四人……?C組の1、2班連中は前線にいる筈なのに、お前たちは何者だ?まさかA組?」

 空を見る。流星群は収まらない。つまり奴は発生源ではないのだ。早めに終わらせて先に行かなくてはならない。俺は速攻を決めるために手頃な石を投げつけた。今回の試験は学章のおかげで相手に致命傷を与えても死ぬことはない。だから全力でぶん投げた。石ころは弾丸のように恐ろしい速さで風を切り敵に直撃する。だが男は立っていた。弾丸のような威力の攻撃を受けて平然と。何かアタッチメントに秘密があるのだろう。

 「いてて……。何だ今の?仲間を襲ったのとは違うアタッチメントだろう。やはりA組か。C組でこんなことができる奴は全員、前線にいるはずだからな。」

 俺は力を込める。投擲で倒せないなら直接殴りつけるだけだ。早く終わらせて、あの流星群を止めなくては。その時、俺の前に手のひらがかざされた。

 「境野は先に行けよ、あの流星群は早くに止めないとやばいだろ?俺のことは良いからさ。」

 磯上だった。無茶だ、磯上は高橋のように元から高レベルでもなく、コトネのように偽りのレベルというわけではないだろう。ワカメを生やすだけで敵を撃退するのは困難である。

 「誤解しているぞ、境野。俺たちが今なすべきことはこの流星群を止めることで、敵を倒すことではないだろ?だから俺はひたすら耐えれば良いのさ。俺を信じてくれないか。」

 磯上の真剣な眼差しで俺に訴えた。確かにその通りなのだが……いやきっと何か秘策があるのだろう。

 「頼むぞ磯上、でも絶対無理はするなよ!」

 磯上は「分かってるって。」と言って敵と向き合う。俺はこの場から立ち去ろうとすると敵は逃すまいと迫ってきた。だがワカメに遮られる。ワカメは密集していき、壁を作った。

 「なにこれ?植物操作能力……?」

 敵は呆然としていた。突然のワカメに。いや、この暗闇なのでそもそもワカメと認識していないのだ。

 「お前はこの磯上が相手になるよ!さぁかかってきなさい。」

 磯上はカンフー映画さながらに構える。それを見た敵は興味深そうに眺めた。

 「お前も拳法を使うのか、奇しくも同じ戦い方だ。」

 敵の周囲に何かが集まる。境野の投石に耐える能力、大体察する。あれは自己強化系のアタッチメントだと。即ち必然的に戦闘スタイルは物理的に殴りかかってくるのは察しがついていた。一つ計算違いがあるとしたら、それは相手がガチの格闘家だったということだ。

 (今更、これ適当なポーズだとは言えねぇ!!)

 磯上は本気で焦ったのだった。やり直せないかと。

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