鬼面仏心、雲蒸龍変

 クラス対抗戦、本学校でクラス別に分かれ生徒間で競うというものだが、俺たちC組は東郷の手引きにより、参加を免除されていた。だが東郷が転校していなくなった今、俺たちも他のクラス同様に対抗戦に参加しなくてはならないのだ。そしてその成績によって学校内での扱いも大きく変わるという。

 「まぁ基本的には鬼龍くんと無限谷くんは個別に行動した方が良いだろうな。守りは鬼龍くん、攻めは無限谷が自由にするのが基本だろう。」

 二階堂は作戦を考えていた。クラス対抗戦では個別に渡されたバッジ獲得数の他、クラスにそれぞれ与えられるメインベース及びサブベースの破壊によって大きく得点が得られる。またバッジを奪われたからといって失格というわけではない。ただしバッジとは別に学校から与えられる学章が破壊されると、その時点で強制的に退場となる。これは致命的攻撃を受けた時に肩代わりをしてくれるもので死人を出さないための学園側の配慮である。

 つまり鬼龍に与えられた役割である守りというのはメインベースへの攻撃を防ぐということである。

 「しかし一人って酷くないか?折角チーム戦なのに……。」

 「いや、二人のアタッチメントはむしろ一人でいる方が活躍できるんだ。特にその……無限谷くんの方は……。」

 二階堂は言い淀み、目線を逸らす。そういえば二階堂は無限谷と同じ班だった。他の人は知らないのかと二班のメンバーを見ると皆、どうも話したくないのか目を逸らした。一人を除いて。

 「心配するな境野!無限谷の力は俺が保証する!あいつの能力は色々な意味で他人を巻き込みすぎるからな!!」

 陽炎はそう自信満々に答えた。

 次に地図を広げて細かな作戦会議へと話は移った。対抗戦は日を跨いで屋外で行われる。平原、森林、丘、砂地など環境変化に富む演習場が舞台だ。そのため基地には宿泊機能も備えられており、そういう意味でも基地は死守しなくてはならないのだ。メインベースの守りは基本的に鬼龍一人で十分なので、サブベースの守りが重要となる。サブベースはメインベースから離れており、その分、敵基地に近い位置にあるのだ。得点としてはメインベースと比べれば低いし宿泊機能も簡易なのだが、戦略上重要な位置づけである。そしてようやく与えられる俺の役割だが……後方での生活支援だった。

 「予想以上にうまいなこれ。」

 俺は基地でワカメ料理を食べていた。磯上自慢のワカメを使ったものだ。磯上の能力はまさに後方支援にうってつけである。なにせ、ワカメ限定だが無限に食糧を出せるのだから。その上、普通に美味しい。

 「だろ?昨年も好評だったんだぜこれ?最近通販も始めたから宣伝してくれよ!」

 磯上は水槽からワカメを取り出していた。どこでもワカメを生やすのが彼の能力だが、やはり海に近い環境が一番良いらしい。ちなみに俺のお気に入りは茎ワカメだ。

 「なんで私がワカメ料理をこんなところでずっと作り続けてるのよ……。意味わからないわ……。」

 コトネも俺たちと同じ班で、愚痴を言いながらワカメを次々と食べやすい形に切ったり、調理をしている。というより6班は高橋と剣を除いて全員、メインベースにいるのだ。

 「で、でも……ここなら絶対安全ですし、みなさんに迷惑かけなくて済みますから……。」

 そう、このメインベースには俺たち6班4人と鬼龍しかいないのだ。全員非戦闘員という扱いなので実質、本当に鬼龍一人でベースを守っている。そして全員が口を揃えてメインベースは絶対安全というのだ。

 「だ、大体なんで高橋はともかく剣の奴も行ってるのよ……あいつが活躍してるところなんて見たことないわ……。ほら、早く食べなさいよ……!」

 コトネの作ったワカメ料理を試食する。これも美味い。ワカメばかりだと飽き飽きするがコトネも中々料理のバリエーション豊かで感嘆する。剣については俺もよく分からないが1班の放生が強く推薦し、戦闘班の方に入ったそうだ。

 「早速来たな、敵襲だ。念のため衝撃に備えよ。」

 外で見張りをしていた鬼龍の声がした。俺たちは基地の外に出る。見ると空の上から岩が何個も飛んできて俺たちの基地に向かってきている。

 「外に出てきたのか。手出しは不要、そこで眺めよ。」

 鬼龍は飛んでくる岩を眺めていた。岩は基地に向かって飛んできて……空中でピタリととまり、基地とはあらぬ方向へと飛んでいった。更に物音がした。今度は岩ではなく人だ。人数は十人弱、もうここまで来たというのか。

 「鬼龍だ!あいつを倒せばA組は終わりだ!」

 多勢に無勢、一斉にかかってくる相手に俺は加勢しようとすると鬼龍は手の平をこちらに向けた。あくまで一人でやるつもりだ。しかし敵が鬼龍に近づいた瞬間、異変は起こる。突然叩きつけられたかのように全員が地面に這いつくばったのだ。

 「無駄なことだ。ここは既に我が国、領土である。国とは我、俺は国土にて国士。俺がいる場所、即ちそれが国なのだ。」

 そして敵が身につけていた学章全てが割れた。失格の合図だ。

 「え、な、なにが起きたの……?」

 ただ立っていた鬼龍に敵が突っ込んで終わった。先程の岩の変な動きといい鬼龍のアタッチメントはなんなんだ。

 「ん?境野知らなかったのか?鬼龍のアタッチメントはこの世の物理法則を自分の自由自在に変える能力だよ。」

 は?なんだそれ、頭おかしすぎないか?無敵じゃないか。鬼龍の周りにバッジが飛び出す。先程倒した敵のバッジだ。それらを全て鬼龍は回収した。

 「国は俺がいる限り落としはしない、だが問題は攻めの問題だ。俺の視界が届かないところまでは流石に守れない。」

 鬼龍は集めたバッジを基地のバッジ回収箱に入れてまた定位置に戻った。これが学内最強の男、東郷も信頼をするわけだ。



 「境野、ちょっとこれ飲んでくれよ。」

 鬼龍に防衛を任せっきりで安心した俺たちはゆっくりと荷物整理やら食料の準備をしていた。磯上が何かお茶のようなものを持ってきたので一口飲む。これは……旨い。濃いお吸い物のようだが、決してくどくなく、あとに残らない爽やかさ……昆布茶のようだが少し違う風味。

 「まさかわかめ茶か!」

 「正解よ、昆布でお茶を作れるならワカメだってやれないことないと思って試しに作ったらこれ!我ながら傑作かも。」

 俺はわかめ茶を飲んで一息ついた。落ち着く味だ。菓子が欲しくなるな……。

 「なにやってんのあいつら……。」

 そんな様子をコトネは訝しげに見ていた。

 昼になり、メインベースに戻ってくる人が増えてきて、俺たちの仕事は増えた。ワカメ料理は好評のようで何よりだが、肉が欲しいという意見が男子中心に多い。とは言え空腹のまま対抗戦を進めるよりかはマシだと皆、箸が進んでいた。高橋と剣はどこにいるか探してみるが、二人ともいない。聞くところによるとC組自体、戦力が偏っており、高橋ら高レベル組が抜けると戦線の維持が難しいということだ。しかしそれにしても半数近くがここにいるし、中にはバッジのないものも多くいる。昼時点でこんな、様子で良いのだろうか。

 「良くは、ないな。」

 俺の心を見透かしたのか隣に鬼龍が立っていた。ずっと見張るのも退屈だからと今は一緒にワカメを調理している。

 「やっぱりそう思うか?高橋も昼くらいは帰ってくればいいのに。」

 ずっと前線にいる高橋のことを考えると不憫に思う。

 「我々には総合力が欠如している。各クラスは平均レベルが近しくなるように編成されるのだが、俺のせいでこのクラスは全体的にレベルが低いのだ。」

 つまり突出してレベルの高い鬼龍が平均レベルを引き上げた結果、鬼龍を除くクラスメンバーのレベルは低くなるということだ。

 「普通の平均はどのくらいなんだ?」

 鬼龍は20から30くらいと答えた。だがこのクラスは10代が中堅として普通にいるという。嘆かわしい限りだと言う。しかしそんな話をレベル1の俺にされても嫌味にしか聞こえない。

 「不愉快に聞こえたのならすまない、俺はお前たちに期待しているのだ。レベルは確かに低いがお前たちが総合能力試験でトップの成績を、出したのは事実だ。我々1班を失格にしてな。二階堂は未だに高橋のおかげと思っているようだが、個人の力で結果が出せるのであれば、俺のいる1班は失格になんて、ならない。」

 鬼龍の言葉に嘘偽りはなく心の底から本心だった。俺たちには期待していると。レベルの低さは差別に繋がると聞いた。鬼龍はそんなレベル至上主義の社会で頂点に位置しているというのに、その考え方は柔軟なものであったのだ。

 「あんたにそう言ってもらえると救われた気がするよ。でもそれはどちらかというと、あいつらに言ってあげた方が喜ぶと思うよ?」

 俺は他の6班のメンバーを指差した。俺は異世界から来たので実のところ、そういう差別意識がない。だが、彼らはずっと低レベルであることを思い悩み、コンプレックスとして生きてきていた。きっと鬼龍の今の言葉は自信に繋がるだろう。

 「いや……実は同じことはもう言ってるんだ……。」

 気まずそうに鬼龍は答えた。そして続けてこう答えた。

 「磯上はお前と同じような反応だったが……女子二人はその……伊集院には馬鹿にしているのかと怒られ、夢野に至っては涙目で何度も頭を下げられた挙げ句、お前の名前を叫びながら俺を無視してお前を探しにどこかへ行ったんだ……。俺はあの二人から嫌われているのか?」

 「…………。」

 そういえばそういう奴らだった。というか夢野が先程からチラチラとこちらを見ているのはそのせいなのか。

 「その……いつものことだから気にしないで良いと思うよ……。」

 それを聞いて安心した、と言って鬼龍は基地の外へと戻っていった。見張りを再開するのだろう。最後に鬼龍は振り返り他の皆にも伝わるように大声で話した。

 「本番は夜だ、この調子では俺たちは負けはしないが勝てもしないぞ。」

 このままでは良くない、気を引き締めろと。鬼龍の姿が見えなくなったことを確認すると同時に夢野が涙目になってしがみついてきた。怖かっただの、怒られるだの、きっと無能な自分に呆れてるだの……。そんなことはないと、夢野をなだめるのだった。

 本番は夜……鬼龍のその言葉はまさに的中し、俺たちはこれから苦難に立たされることをまだ知る由もなく。

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