血糸暴杭、砕き穿ち吼えるもの

 瓦礫と共に落下する。目指すはサドウと弦の居場所。

 「あと五階穿け、そして壁を突き破れば逃げてる連中とサドウの間に入れる。」

 仁は監視装置から得られる情報でナビゲートをする。俺はまるで削岩機のように突き進む。貸し切りなのが幸いした。遠慮なくホテルの全てを壊し、最短距離に到達する。高橋とコトネに合図を出す。コトネの血液は糸のようになり、それを束ねて俺たちを支える。そして蜘蛛の巣のようにホテル内に敷き詰めて落下する俺たちの衝撃を和らげる。そして俺たちを包み込んだ血液ごと、高橋は加速した。高橋のアタッチメントはそれ自体に推進力を持ち、俺と違い足場が不安定でも十分な加速をする。そして俺は正面に障害となる壁を無理やり突き破った。フロアの外壁の多くが吹き飛んだ。

 「上出来だ、間に合った。俺たちは二点の間にいる。」

 ひとまず間に合ったことに安堵する。

 「俺はサドウを止める、高橋たちは弦たちのところに行ってくれないか。無理にとは言わないが……。」

 弦を放置するわけにはいかない。だがサドウも止める必要がある。従って二手に分かれるのが最適だ。パーティーの来賓はコトネと顔見知りだし、そう問題にはならないだろう。問題は弦のことである。コトネを見つめる。

 「大丈夫よ、あいつとはいずれ話はしなくちゃならなかった。逃げてた私が悪かったんだもの。家庭の問題にこれ以上、迷惑をかけられないわ。それに……。」

 コトネは何かを言いかけたが、訂正する。三人は階段を下りていった。あの三人ならきっと大丈夫だろう。俺はこれから殺人鬼をどうにかしなくてはならない。

 「レン、俺はこのあたりで一度休止する。俺の存在は亡霊に知られないほうが良い。ユーシーと違いお前はまだ亡霊から身を守る術に長けていないからな。」

 そういって仁アプリは終了した。亡霊に知られないほうが良い、それはつまりサドウに自分の存在を知られることが亡霊に知られることに繋がると危惧しているのだろうか。仁はサドウについて深く言及しなかったが、何か思うところがあるのだろうか。

 階段を下りる音がする。サドウだろう。俺は奴にどうすればいい?殺すのはやめろ?そう言って素直にやめる人間ではないのはわかりきっている。その時俺はこの手で……この手を汚すことができるだろうか……。


 三人は階段を下りてパーティーの来賓たちと合流した。パニックになっていたというのに、今は落ち着いて冷静に階段を下りている。

 「すいません、私です!伊集院コトネです!兄はいますか!?」

 コトネは弦の所在を確認した。来賓たちはコトネの存在に気づいて振り向く。

 「あぁこれはコトネお嬢様、貴方の兄は本当にできた人だ。混乱する私たちを諫めるだけでなく、こうして脱出経路まで案内してくれて……。」

 来賓たちは皆、弦に感謝した様子で先頭まで譲ってくれた。誘導してくれているということは先頭にいるということだ。だが違った。先頭にいるのは……名前も知らない人だった。

 「あぁ……コトネお嬢様か。弦さんから連絡があってね。コトネたちが合流したら先頭に立たせてやれと。まったく囮を買ってくれただけでなく、こうして真っ先に逃げられる位置を譲るなんて人格者だね本当に。」

 耳を疑った。あの兄が囮役を買って出た……?では境野は、一人サドウと弦という二人の怪物を相手にしなくてはならないのか。

 「早く戻らないと!どいて!!」

 高橋たちは無理やり来賓たちを押しのけて階段を登ろうとした瞬間、轟音が鳴り響き、足場が崩れた。何が起きたのか。突然のことに何もできず落下する。だがそこまで高くはなく、お尻が少し痛む程度で済んだ。来賓達も腰を痛めている程度で無事……いや、目の前に血が滴っていた。

 「サドウ殿は、仕事が終われと言ったら帰れと言っていたでござるが……拙者のサムライセンスが囁くのでござる。まだお主にはやることがあると。はてはて……ただの虐殺ショーにならないことを祈るでござるぞ?」

 そこには手ぶらの男が立っていた。不気味な佇まいだった。格好はまるで昭和から抜け出したような古臭いセンスで、どこか親しみを感じさせるが、その男が放つ空気は魔人という表現が似つかわしい。そして上を見る。この男は何らかの手段を用いて切断したのだ。私たちの足場を。手段は分からない、何らかのアタッチメント。

 「夢野、あいつの武器分からないの……?」

 「ぜ、全部です!!」

 はぁ?一体何を……そう言いかけた瞬間、魔人を中心とした斬撃の嵐が吹き荒れる。フロア全体が斬り刻まれ、悲鳴があがった。


 ───場面は戻り、境野は階段室で身を潜めていた。階段を下りる音が止まった。こちらに気がついたのか、俺は構える。

 「落ち着きなさい、私はサドウではなく、伊集院弦だよ。そこにいる少年。」

 音の主は弦だった。どういうことなんだ……?俺は警戒したまま姿を現すと、パーティーの時と同じ様子で弦が立っている。彼は来賓の避難を誘導していたのではないか?

 「どうしてここに?という顔をしているね。簡単だ、私は囮を買って出たのだよ。このパーティーの主催は私だ。であるならば彼らを安全に脱出させる義務がある。物音がしたので奴とすれ違ったと思ったのだが、気の所為だったようだな。」

 まるで庭を散歩するかのように、その所作は平静そのものだった。まるで殺人鬼の存在など意に介していない。それは余裕の表れなのか、それとも強がっているだけなのか。

 「こうして一緒にいるならばやることは同じのようだ、ともにあの男を迎え撃とうじゃないか。」

 俺は弦の提案を受けてこの場で共に待ち構えることにした。また足音が聞こえる……今度こそサドウだ。俺が何かをする前に弦は動き出す。胸から拳銃を取り出して、あらぬ方向へと発砲した。そして同時にサドウの悲鳴が聞こえた。

 「い、いてぇぇぇ、何だ今の……?跳弾か?そ、そこにいるんだな弦ちゃん!!中々良いアプローチじゃねぇかぁ……。」

 足音が大きくなる。サドウはこちらに近寄ってきている。弦は更に発砲する。弾丸は全てサドウに当たっているようだが動きは止まる様子がない。

 「銃弾が効かないのか……?君、少し距離を置くぞ。」

 突然強い力に引っ張られて、奥の部屋に飛ばされた。

 「見た感じ肉体を強化するタイプか、特質的なものを与えるアタッチメントのようだね。ただの肉体強化なら良いのだが、どうも違うようだ。」

 瞬間、轟音が鳴り響き、壁に亀裂が入って、部屋と階段室の間に仕切りはなくなった。そして奥にはサドウが笑顔でこちらを見つめる。

 「みぃつけた。」

 笑いながらサドウは凄まじい速度で駆け抜ける。俺は弦との間に割って入り、サドウの攻撃を受け止める。直前まで俺の存在に気づいていなかったのかサドウの表情は驚愕と、そして怒りへと変わった。

 「境野!お前何でここにいるんだぁ!?人の恋路を邪魔しちゃいけないって……お母さんに教えられなかったのぉ!!?」

 衝撃が走る、それはサドウの拳からではなく、俺の身体全体にどこからともなく来るものだった。吹き飛ばされ壁に打ち付けられる。

 「ほう、変わった衝撃波だな。拳からではなく、相手の肉体に何らかの作用をしている。老人を殺害した時と本質的なものは同じだな。」

 弦は俺の様子を冷静に見つめ分析をしていた。その様子がひどくおかしかったのか、サドウは笑いながらマシンガンを乱射する。だがマシンガンは全て弦から外れ、あらぬ方向へと向かう。まただ、また銃口とはまったく違う向きに銃弾が飛んでいる。

 「げ、弦ちゃん……わ、分かったよ!飛び道具なんて駄目なんだね!!俺のこの手で直接愛を与えろって!!」

 ナイフを両手に構えて弦を襲う。派手に振り回すナイフを弦は全て華麗に避けた。そしてナイフを振り回す腕を掴み、サドウの力を利用して関節技を決めようとする。だが弦の表情に苦悶が浮かんだ。

 「なるほど、力の流れをコントロールするアタッチメントか。だが単純な話ではないな。」

 そして弦の腕が突然破裂するように裂けて血潮が吹き散る。弦はその様子を冷めた目で見ていた。

 「ど、ど、どうしたのかな弦ちゃん、そんなに痛そうなお手々で……!ほ、ほらもっと今みたいな表情を見せてくれよぉ!」

 挑発するように近づくサドウ。俺は止めようとした瞬間、弦は破裂した腕で、サドウを思い切り殴りつける。サドウは壁に叩きつけられ、壁にはヒビが入る。サドウの腕は更に破裂した。もう弦の肩から先はない。

 「お前のアタッチメントはこれだけか?警戒して損だったな。この程度の能力ならなんら問題はない。」

 そして見下すように隻腕となった弦はサドウに近寄る。まるでなくなった腕など意に介していない。

 「お、お、おぉぉぅ……イイ!!いぃよぉ弦ちゃん!!その力!最後の力を振り絞って俺の愛に」

 残った片腕でサドウの顔面を殴りつけた。壁は破壊され、歪な外の景色が見える。そしてサドウはそこから落ちていった。残された弦の片腕はまたもや破裂し原型を留めていない。

 「すまなかったな少年、折角のパーティーにこんなものを紛れ込ませて。改めて主催者としてお詫びしよう。さてあとは高速道路の怪物とやらを始末するだけだな。」

 ズタボロになった両腕でバランスが崩れたのかぎこちない足取りで階段室へと向かっていく。顔色一つ変えていない。異常とも言えるその振る舞いだが、主催者としての強い責任感を感じさせる。

 しかし、まだ終わりではなかった。地響きがして、地面が盛り上がる。そして飛び出す。半裸になったサドウの姿が。

 「待ってくれよ弦ちゃん!俺はまだやれる!もっと愛し合おう!!お互いの魂が摩耗しきるまで!!」

 そしてその胸には刻印が、高橋が操られた時と同じ刻印が刻まれていた。俺はとっさに弦をかばい、サドウから距離をとる。瓦礫はまるで意思を持っているかのように動き出し、周囲を削り取っている。

 「先程とは別の能力だな、どういう理屈だ?しかしあの男の胸のタトゥーは……。」

 事態が急変したというのに冷静に状況を分析する弦、両腕を失い、もう戦える状態ではないだろうに。俺は弦を安全な場所に座らせる。

 「何をしている。君一人であれと戦うつもりか?子供は引っ込んでいなさい。」

 両腕を失いながらまだ戦うつもりなのかこの人は。そんな状態の人間に戦わせるほど俺は非情な人間にはなれない。

 「どうしても戦う気なのか。ならば君のアタッチメントを教えたまえ。」

 「怪力だよ、今のあんたよりかは役に立つさ!」

 「ふむ、ではあれを見たまえ。なに、サポートは私のアタッチメントがする。私のアタッチメントは───。」

 瓦礫へと向かう。理屈は分からないが、瓦礫を全て吹き飛ばせば解決するはずだ。俺は拳を振るい衝撃波を放つ。突然の衝撃にサドウは一瞬驚きの表情を浮かべるがすぐに笑みへと変わった。

 「お、お前がご褒美をくれるのか!?境野ちゃん!!?」

 俺はサドウを殴りつける。そして分かった、奴のアタッチメントの正体が。殴りつけた衝撃は全て自分にも反射され肉体が震える。袖が弾け飛んだ。弦は破裂していたが俺は耐えられた。続けて蹴りを入れる。靴が破裂したが、サドウも苦悶の表情を浮かべ……喜んでいた。弦の言うとおり、俺の攻撃は通用しない。

 「あ、あはぁぁ……い、いいよぉ……今日は何て素敵な日なんだぁ……こんな素敵なナイスガイ二人に迫られるなんて……もっとしてぇ!!」

 瓦礫が俺の周りに渦巻く。そしてミキサーのように俺の身体を削りに来た。俺は高く飛んだ、追いかけるように瓦礫は向かう。崩れかけた天井を掴んだ。

 「これで良いのか、弦!!」

 俺は天井に着地するように張り付き、中央の柱を砕き、そして掴んだ。そして掴む、それは柱はホテル中央に位置する巨大な柱。ホテルを支えている大黒柱である。俺は力を入れる。巨大な柱はまるで悲鳴をあげるように音を立てて、引き剥がされ、ちぎれていく。俺の身体を中心に。サドウはまだ何が起きているか理解できていないようだ。そして柱を完全に掴んだ時、ホテルの上層は崩れ始める。

 「私のアタッチメントは血液を自在に操る能力。君はよく知っているだろう。敵は力を反射させカウンターをしてくる。一見攻略が難しいように見えるが簡単なことだ。反射してカウンターしたところで無意味となる巨大質量をぶつけてやれば良い。」

 弦はそう言っていた。この柱を掴んで武器として使えと。普通なら不可能な芸当だ。だが柱にまとわりつく赤い血糸、それはホテルに絡みつき柱と一体となって持ち上がる。纏わりついた血糸は崩れていくホテルに更に絡みつき、瓦礫をかき集めて、砕き密度を高め、巨大な塊へと変貌させる。それはまるで巨大な杭であった。

 俺は振りかぶる。この部屋から上の階層全てが俺の武器となり剥き出しの空が見える。見えるのは歪な歪な青い空、そしてサドウは気が付いた。これから自分の身に何が起こるのか。だが、もう全て遅い。俺は引き裂いた柱を、否、このホテル上層そのものをサドウに叩きつけた。まるで大槍のように。力のコントロールなど関係ない圧倒的な質量の暴力。だがそれでも柱はサドウの能力で自壊していく。だが関係ない。自壊していく柱を押し込む。これだけ長いのだ、サドウが力尽きるのが先か、柱が全て壊れるのが先か、どちらか勝負だ。

 「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!!」

 サドウは叫んだ、信じられない出来事に。空が見える。青い空。空間操術で作り出した偽りの空。太陽はない。それはいつか夢見た遥か遠きサドウの望む空だった。偽りの空を背後に境野は俺の身体に柱を叩きつける。信じられない、この柱は何メートルある?俺の肉体に少しずつ沈み込む。柱はサドウの能力により破裂し爆散していく。だが圧倒的質量が限界を迎え、痛みが走ってきた。まるでそれは罪人に少しずつ打ち込まれる杭のように。この時、サドウは初めて願う、早く終わってくれと。圧倒的な暴力を前にタガが外れた精神は完全に冷え切っていた。

 「い、いやだぁぁぁぁ!!し、死にたくないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 そして無様に悲鳴をあげた。まるでそれは幼子の駄々のようだった。

 柱は全て破壊された。立ち上る土埃。終わっただろうか、サドウは……。俺は確認すべく柱を叩きつけた場所に向けて衝撃波を放った。瓦礫は一瞬で粉砕され埃が舞う。そして失敗だったと気づいた。サドウはまだ意識があったようだ。埃が消えない。それどころか更に立ち上っていく。俺は空を見上げた。一面の青空で太陽が眩しい。結界のようなものは解除されている。それなら安心だ。サドウはこの場から逃げることを選択した。これだけ派手なことをしたのだ、いずれ捕まり……その罪を裁かれることになるだろう。

 弦のもとへと駆け寄る。もう安心だと。だが、弦がいた場所には誰もいなかった。サドウの動きには注意していた。あの短期間で瓦礫の合間をぬって弦のもとにくるのは不可能だ。では弦は自力でこの場から離れた?両腕がない状態では戦力にならないと判断して?そして奇妙なことに気がつく。血痕がない。左腕の欠損及び右腕に著しい損傷、出血をしていたのも見えていた。なのに何故……血痕が一滴もここに残っていないのだ?俺は嫌な予感がして、急いで下の階へ、高橋たちのところに合流すべく走り出した。

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