崩れていく足元、手を伸ばしたその先に

 AI仁、かつて仁が自分のバックアップとして残し、俺に託した人工知能である。それは仁の知識を完全には引き継いでいないものの、性格や考え方は引き継いでいた。

 「仁さんじゃねぇよ、こういう時は小粋なジョークをかますもんだぜ相棒?」

 AI仁はいつもの様子で俺に話しかける。何故勝手に起動したのかそれは分からない。俺は事態を説明した。今の状況……そして先程の動画の話を。

 「ほーん、伊集院家のパーティーねぇ、美味いものあるか?コーヒーとか出てない?てか禁煙なのかねぇ、ちょっと画像映してくれよ。それで味を再現するわ。」

 料理はサドウが暴れたせいで滅茶苦茶になっている。とてもじゃないが美味しそうには見えない。とりあえず写真を撮った。

 「残飯じゃねぇか!サドウのやつ許せねぇ……食べ物を粗末にしやがって!!おいよく見たらコーヒー溢れてるじゃねぇか!!あれか?絨毯すすって飲めってか?伊集院家のテーブルマナーはどうなってんだ!動物園の猿だってもっと丁寧に食事は摂るぞ!!」

 俺は失笑した。こんな異常事態で、事態は緊迫しているのに……仁さんは食事の心配をしている。どこまでもアウトロー慣れした男だ。

 「よし、ハッキング完了した。このホテル、セントラルホテルか?図面データを入手して制御系統に侵入してるが、外部通信は当然不可能、電気回線やられてんな。非常電力も駄目だ。エレベーターも切断されてるわ。監視カメラも全滅……やったなレン、真正面から叩き潰しかねぇぞ。」

 突然スマホの画面が分割されて仁さんの下に地図が表示される。自分たちがいる階層し階段及び非常階段……そして謎の点滅が三つ?

 「監視装置の集音器は生きていたからそれで位置を推測した。侵入者は二人いる。一番上の点がサドウ、その次の点がパーティー参加者たち、最後に下の方にいるのがSPを殺したやつだろうな。こいつはどんどん離れていってる。帰るつもりだぞ。つまり倒すべきはサドウ一人だ。おし行くぞ。」

 当たり前のように早くしろとサドウを追いかけるように急かす仁だった。だが俺はそれに反発する。

 「ま、待ってくれよ仁さん!聞いただろう、さっきの話を!あいつらは殺されて」

 「バカかお前?」

 ───な。バカ?仁さんは俺の言葉を聞き終える前に暴言を返した。

 「殺されて当然?そう言いたいんだろ?あのなぁ、そんなもん誰が決めたんだ。お前は他人の命の取捨選択をするような傲慢な奴なのか?仮に軽蔑に値する下らない人間なのかもしれない、だがな、殺されて当然の人間なんていねぇんだよ。人間なんざ大なり小なり罪を背負って生きてるもんだ、だから殺したいほど憎い奴はいるかもしれねぇ。だがなそれが当然だなんて思うのは、ただの傲慢でしかねぇんだよ。命の価値はどんなものであろうと平等、だがそれを贔屓するのが人間だ。でもな、それでも超えてはならないラインってのがあるだろうよ。」

 「でも仁さん!あいつは!あいつらは他人の!子供の命を!!」

 「ガキの命を弄んだから何だってんだよ馬鹿らしい、それが事実なら裁くのは法であって殺人鬼じゃねぇよバカ野郎。」

 そんな正論は分かってる!でも……でも……そんなことで許せるはずがない!納得のいかない様子を見せる俺に仁は言葉を続けた。

 「なら話を変えよう、俺がサドウを倒しに行く理由。それは単純な話だ。気に入らねぇ。したり顔で殺人を繰り返しやがって。お前はどう思う?俺の知っているレンは、目の前で殺人鬼が惨劇を起こそうとしているのを指を加えて見守る奴だったか?例えそれが守る価値のないクソ野郎共だったとしてもだ。落ち着いて事態を見つめ直せ。お前ならどうする?本当に、そんな胸糞悪い野郎どもを殺人鬼に殺させて、それが正解だと胸を張れるのか?」

 俺は答えあぐねた。そして頭を冷やした。あの衝撃的な動画は事実だと置き換える。そして俺自身のことを考える。仁が死に際に伝えた言葉を思い出した。

 『これから先、お前の身にはお前を惑わす連中が出てくるだろう、だが忘れるな。決して見失うな自分を。この世界で───。』

 「俺の人生は俺だけのものだから……。」

 だから、決して後悔のない選択を。惑い彷徨うこともあるだろう。だがそれでも、自分を決して見失わないで、胸を張れる人生を……。

 俺は頬を叩いた。どうかしていた。殺人鬼が悪人たちを皆殺しにしようとしている。事態を端的に言えばただそれだけだ。そして俺たちはその渦中にいて、それを放っておこうとしているのだ。その中にはコトネの兄だっているのに。

 確かに弦のしたことは許されないことだ。だが、それでもかけがえのない家族、罪を償い改心する機会さえ与えられず殺されるのはおかしい。それはとても悲しいことだ。兄を失い、一人ぼっちになったコトネはどうなるのか。今の選択をコトネは一生後悔するかもしれないし、しないかもしれない。だがそれは今決まることではないのだ。それは弦だけではない。今、サドウに追われている人たち全員もだ。皆、人は罪を背負い、そして贖罪と改心の機会を得る権利を有しているのだ。それを殺人鬼が奪う道理は微塵もない。

 「ごめん仁さん、俺もこの会場のおかしさに飲まれていたのかもしれない。止めよう、あの殺人鬼を。」

 スマホの仁は微笑んだ。道を間違えることは誰にだってある。でも間違えたからと言って、引き返し正しき道を選択する権利は誰にだってあるのだから。

 「それとすまなかった夢野、俺は間違った選択をしようとしていた。」

 しがみつく夢野に頭を下げる。

 「だ、大丈夫ですよ……信じてましたから……。」

 夢野はそうつぶやいてしがみつく力を強めた。

 「ちょ、ちょっと待ってよ!あ、あんな奴らを助けるの!?どうかしてるわ!!?」

 コトネは俺の態度に戸惑いを隠せなかった。なぜあんな連中を助けるのか、あんな生きる価値もない汚らしい連中を。

 「悪いなコトネ。でもさ、俺はやっぱりそうなんだ。例え悪人でも目の前で人が殺されていくのに、それを放っておくなんて……そんなの多分、一生後悔する。」

 仁の得た図面を思い返す。位置関係を。そしてサドウに追いつくにはどうしたらいいか、その答えを導き出す。

 「……あぁ、そうだな。胸糞悪い連中だし助けたくもないけど、あたしはあんな殺人鬼をそもそも野放しにする方が気分悪いぜ。」

 高橋は俺が何をするか察したのか傍に寄った。さぁ後はコトネだけだ。

 「コトネ、お前の兄は軽蔑に値する人間なのは事実なのかもしれない、だったら……お前が直接裁くんだよ。殺人鬼なんかの手じゃなくて、お前の手で兄を断罪して、そして一生をかけて償わせるんだ。心を入れ替えるまで。そして伊集院家の誇りを取り戻すんだ。その方がきっと、最高な終わり方だと思わないか?」

 そうだ、それこそが正しい道。決して殺人鬼によってこの事件を終わらせてはならない。誰にも胸を張れる、そんなハッピーエンドにするためには、こんな胸糞悪い終わり方なんて絶対に駄目だ。

 「ふ、ふ……い、伊集院家のほ、誇り?あ、あいつを断罪させて?ほ、本当にそんなこと考えているの?考えていたの?最後まで付き合ってくれるの?あなたは?そこまで言ったからには責任をとれるの……?」

 コトネは声を震わせて、俯きながらそう答えた。だから俺ははっきりと答えてやる。

 「当たり前だろ!ここまで来たら最後まで付き合ってやる!だから早く来い!!」

 その答えは雷に打たれたような衝撃だった。まるで曇天を照らす一筋の光のようだった。コトネは駆け出した。いてもたってもいられなかった。そしてレンにしがみついたその瞬間、大地……いや会場に衝撃音が走る。巨大な衝撃音の中心はレンだった。そして彼が叫んだその瞬間、大地は弾け飛び、ホテル直下に向けて落下していく。目的はただ一つ、伊集院弦、あの男をサドウより先に捕まえる。全てはそこから始まる。私の正しい人生も、伊集院家のこれからも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る