狂悖暴戻、穢れられし血族

 男は嘲笑っていた。狂ったように、その口角は醜く歪み、滴る血液を意に介さず。来賓はどよめく。ショーの一環ではないか、それにしては悪趣味だ、伊集院の品格を疑うなど。そんなことをしている間にスクリーンが下りてきた。そして照明が落ちる。

 「まぁ待て!余興の最初はムービーで始めようじゃないか、とても面白く楽しいムービーだ!」

 スクリーンに映っているのはパソコンの画面だった。マウスカーソルが動き、ブラウザが開かれる。そして動画投稿サイト、MeTubeのページが開かれ動画が再生された。投稿日時は今さきほどだ。動画タイトルは驚愕!伊集院家の闇!!と書かれている。

 「コトネ、どうした?顔色が悪いぞ?」

 コトネが小刻みに震えていた。それは目の前の男ではなく、スクリーンに酷く怯えているようだった。動画の最初は弦に対するインタビューだ。いかにして会社を大きくしたか、どういう信念を持っているか、そして最後に慈善活動について触れていた。

 突然ブツッと音がして画面が切り替わる。子供の鳴き声だ。

 「さ、境野さん……。」

 夢野が俺の袖を引っ張る。そして震える手でコトネを指差す。コトネはいつしか顔色は青ざめ、スクリーンから目をそらして、ブツブツと呟いていた。酷く怯えていた。夢野は俺に伝えてきた、伊集院さんが危険なので傍にいてあげてくださいと。どういう意味だろうか。何か別の未来を予知したのだろうか。俺は夢野に従いコトネに寄り添う。小さな肩だった。

 動画は続く。子供の鳴き声の次は首輪に繋がれた女児……いや男児も僅かだが混ざっている。何人も並んでいた。全員目が虚ろで意識がないようだ。そして一人が首輪につながったリードに引っ張られ奥へと連れて行かれる。そして悍ましい光景が広がっていた。連れていく男はたまにテレビで見かける伝統芸能の伝承者、人間国宝の一人だった。会場がざわめきだす。

 「あ、あれは君ではないかね!何をやっているんだ!あれは児童売春ではないか!?」

 誰かの非難の声が聞こえた。この会場に招待された来賓の一人のようだ。更に動画は続く。テロップ付きで誰が引っ張っているのか紹介されていた。政治家、官僚、大企業の役員……非難の声は波のように広がる。全員ここにいる来賓のようだった。まだ動画は続いていた。孤児院の孤児に対してのインタビューだった。将来の夢や尊敬する人は誰とか、そんな内容で、子供らしい回答で、皆希望に満ちていた。先程のシーンのギャップが悲壮感を醸し出す。そしてまた場面は変わる。転調したかのように、移ったのは、先程インタビューを受けていた子供の死体だった。そして映される。ホルマリン漬けにされた臓器の数々、そしてそれを邪悪な笑みを浮かべまるでウィンドウショッピングをするように選んでいる者たちの姿が。

 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 コトネが狂ったように騒ぎ出す。凄まじい力で暴れまわるのを俺は抱きしめて抑え込んだ。しばらくして俺が誰なのか思い出したのか涙を流して「ちがう、ちがうの……!」と懺悔をするように俺に呟く。俺は黙って抱きしめる。それは無言で示す、俺が出来る精一杯の彼女への肯定だった。

 そんな彼女の様子を、来賓は冷ややかな様子で見ていた。

 「彼女は確か、伊集院の長女だろ?何をいまさら……。」

 「知らなかったんじゃないか?思い出してみると私は取引場所ではいつも弦としか会っていない。」

 「何だそれは、まるで何度も利用している言い方じゃあないか、私だけではなかったのか。」

 全員が動画に映っていたものの顧客だった。知らないのは俺たちだけだ。

 「おい、ちょっと待てよ待てよ!なんだその反応!?良い反応したの伊集院妹だけじゃねぇか!お前たちもっとあるんじゃないのか!?これ動画サイトに投稿されたんだぞ!?全世界オープンだ!ほらお前たちの悪事ばれるぞほら。」

 サドウは焦ったように来賓たちに声をかけるが、やはり来賓達の反応は冷ややかで、ようやく一人がサドウに話しかける。

 「あー君?スマホはあるかね?その投稿した動画アドレスをもう一度見てごらん。」

 言われた通りにサドウはスマホを操作する。それはリモート操作のようでスクリーン上のPCが動き出す。更新ボタンを押すと、動画は消されていた。サドウは愕然としたのか思わずスマホを落とす。そして来賓は笑い出した。拍手が鳴り響く。伊集院弦だ。

 「いやぁ、素晴らしい余興だった。だが君は少し甘く見すぎたね。我々がそのようなもので動揺するとは大間違いだよ。」

 弦のその言葉を合図に会場は湧いた。まるでピエロを見るように。狂ったように。いや、実際狂っているのだ、胸元で過呼吸になり顔面蒼白になり涙ぐんでいるコトネを見る。これが正常な反応なのだ。

 「弦さん、久しぶりに見たいな!殺戮ショー!この侵入者をどのSPが始末するか賭けをしよう!」

 来賓の一人がまた物騒な言葉を発した。その言葉に会場は盛り上がる。久しぶりに見れるぞ!殺せ!殺せ!そう叫んでいる。壇上のサドウはすっかり萎縮し青ざめ、この異様な光景にただ飲み込まれていた。

 「皆さん、中々好きもののようで、良いでしょう!予定には無かったですが今より不埒な侵入者の殺戮ショーを始めましょう!!」

 会場の盛り上がりはピークに達した。そして弦は会場出入り口に待機していたSPを呼び、他のSPを集めるように指示した。

 「逃げるんじゃねぇぞ!」「男らしく戦え!」「何人目で死ぬか賭けてんだぞ!」

 来賓からの下劣な言動が目に余る。サドウはただ愕然と膝を落とし、手をついていた。そして会場の出入り口が開かれる。いよいよ来たのだ処刑人が。参加者が嬉々として出入り口のドアを見つめる。だが、そこには両手を失った、先程のSPが両目両耳を潰され立っていた。そしてよろよろと中央まで歩いていき、腹を突然裂かれ絶命した。弦を含め来賓たちは言葉を失った。壇上を見る。サドウは……今日見た中で……一番邪悪な笑みを浮かべていた。目は歓喜に達し、涎はだらしなく垂らし、戸惑う来賓たちをただただ愉快に見つめていた。

 「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁ!!だ、駄目だ!!俺はなんて駄目なやつなんだ!!!ま、まだ……仕上げが残っているのに、は、ハァハァ、こんな素敵なこと我慢……あぁできるわけなぁい!!!」

 サドウは奇声を上げて胸元からスマホを取り出して何かをタップした。動画の続きが始まった。先程とは趣旨の違う監視カメラの映像だ。映像では黒服が次々と何者かの手により惨殺されている。そして来賓たちは気づき始める。この映像はこのホテルの監視カメラだと。殺されているのはSPたちであるということに。音声が入る。そこにはただSPたちの無残な悲鳴が響き渡り、通路はまるで大型猛獣が暴れまわったような痕が残った。

 「お、おいあの傷跡、俺テレビで見たことがあるぞ……!」

 その声にサドウは嬉しそうに答えた。

 「あったりでぇす!今日は特別ゲストに高速道路の怪物くんにも来てもらいましたぁ!!今頃君たちのSPはぁ……バラバラにされていまぁす!!」

 それと同時にサドウはマシンガンを取り出した。両手のマシンガンは音を立てて鳴り響き、会場を蜂の巣にする。

 「あ……あぁ……きんもちぃぃ……知ってるよ弦ちゃん、君がこのくらいで終わるわけないとね……。お、俺の愛を受け止めてくれるのは、き、君だけだぁ……。」

 マシンガンから放たれた弾丸は何が起きたのか全てハズレていた。一人たりとて来賓には当たっていない。それは不可解な挙動をしていて、明らかに銃口とは別の方向に銃弾が向かっていたのだ。そしてサドウは次に刃物を取り出し壇から下りる。来賓たちの悲鳴があがり、パニックとなった。その様子をサドウはひたすら笑顔で見つめていた。心底楽しそうに、純粋に子供がおもちゃを見つめたかのように。

 「皆、落ち着け!!」

 東郷の声が響き渡る。そして東郷は説明をした。自分のアタッチメントはテレポートであると。即ち、仮に高速道路の怪物が外にいても簡単に脱出ができるということだ。来賓たちはの目に希望が灯り東郷に殺到した。東郷はしたり顔でそれを眺める。だが俺と……弦はサドウの表情を見逃さなかった。あの表情は何かを企んでいるものだと確信した。

 「ふはは、残念だったな侵入者よ!この東郷がここにいたのが運の尽きだ。高速道路の怪物だかなんだか知らぬが、それも我々をここに閉じ込めて成立するもの!知らないのか、ここの来賓たちは今ここにいるSPよりも遥か格上の武力を有していることを!怯えるが良い!ハハハハ!!!」

 東郷は笑いながら来賓たちをペタペタ触っている。来賓たちは期待に満ちた眼差しで東郷を見つめている。だが東郷の顔色が次第に悪くなる。勿体ぶっている様子ではない、あれは……本気で焦ってる顔だ。来賓の一人が早くしろというが東郷は強がり、うるさいお前は後回しにするぞと言って跳ね除ける。だが誰も会場からはテレポートしなかった。

 「くっ……ククク……ブハハハハハハハハハ!!ヒーッヒッ!!ウヒャハハハハハ!!!何やってんだ東郷?ちゃん!!早くご自慢のテレポートを見せてやれよ!!あっ」

 銃声がした。恐ろしい早業で目に見えなかった。サドウが撃ったのだ。その銃弾は来賓の一人を撃ち抜く。そしてサドウは奇声を上げて、その歪んだ表情で歓喜に満ちていた。来賓は怒り狂ったように東郷に押し寄せる。そして東郷はついに叫んだ。

 「できないんだ!!お、俺のテレポートが何故か!!なんでだ!!?」

 東郷がその言葉を発した瞬間、ホテルの壁に大穴が空いた。傍には弦が立っている。壁からは外が見える。だがその景色は歪なものだった。どこまでも青い、青い空だった。不気味なほどに青い空だ。何が歪つかって、ここは街中で、いくら最上階だからって、こんな真っ青な景色はありえないのだから。

 「ふむ、やはりか。今、我々は何らかの能力により作り出された空間に立っている。東郷殿の能力が使えないのはそのためだ。この空間内でならテレポートはできるだろうが、恐らく空間外へは無理だろう。」

 サドウはニヤリと笑う。弦は駆けた。パニックに陥った来賓たちの元へ、そして飛んだ。高く……まるで鳥のように。気づくとその先にはキラキラと輝く光の束が見えた。光の束は網となって来賓たちを包み込み、そして弦は俺たちを置いて、壁に大穴を空けて会場から脱出した。

 「待ってよぉぉぉ弦ちゃぁん!!あたし!!絶対あなたを捕まえてみせるから!!!!」

 それをサドウは笑いながら追いかけていった。会場には俺たちだけが取り残される。

 「なんなんだよ、これ……あたし達は何を見せられているんだ……?」

 高橋は未だに現実を直視出来ない様子だ。

 「ちょ、ちょっと……もう良いから離してくれないかしら。」

 落ち着いたのかコトネは平静さを取り戻していた。

 「け、軽蔑したでしょう……レンには示唆していたけどあれがこの家の闇、そのものよ。さっきの殺人鬼?いいじゃない放っといて、あんな下衆連中は死んでしまえば良いのよ。」

 コトネの言う事は真っ当かもしれない。あれだけのことをしておいて、なぜ平気で生きていられると思うのか。因果応報、彼らは殺されるべくして殺されるのだ。高橋も目を伏せながら「そうかもしれないな……。」と諦めたように口にしていた。俺はこの場で立ち尽くし、何もしないまま事態が収束するのを待つのが良いのではないか。

 悲鳴が聞こえた。動画は繋がりっぱなしで壊れた監視装置は音だけを拾っていた。俺は顔を背け、その惨劇が早く終わることを願うのだ。夢野は悲鳴を聞いてひぃと叫び俺にしがみつく。誰だって怖いし関わりたくない、こんな状況……。

 「い、行かないんですか……あの人たち……みんな死んじゃいます……。」

 夢野は俺にしがみつきながら、信じられない言葉を吐いた。みんな死ぬ?良いことじゃないか、あんな連中は死んでも当然じゃないか。俺は夢野を反射的に睨みつけてしまう。ビクッと反応するが、それでも夢野は俺から手を離さなかった。

 突然スマホが鳴り響く、こんな場所に似つかわしくないアニメソングみたいな音楽だ。一体誰だこんな着信音をセットしたやつは。周りを見ても誰もスマホをとろうとしない。着信音のもとは俺のスマホだった。どういうことだ、こんなのセットした覚えがない。慌ててスマホを手に取り、ロックを解除する。

 「おい!どうしたんだレン!!派手なパーティーしてんのに俺を呼ばねぇとはどういう了見してんだあん!!?」

 スマホの画面には、もう酷く昔のことのように思えるその姿が、仁の姿が映っていた。

 「仁さん!?」

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