血と恐怖の降誕祭、開幕の時

 「伊集院家が開くパーティーに参加することにした。」

 開口一番に俺はそう高橋と夢野に伝えた。唖然とする二人だったが、順を追って説明する。

 「なるほどそれで今朝二人きりでどこか行ったのか……。それでいつ開催するんだそれ?予定を空けとかないと。」

 高橋は菓子パンを口にしながら俺の説明を聞き、当然のように参加する意思を見せた。夢野も黙って頷く。

 「ちょ、ちょっと話を聞いてなかったの!?相手はマフィアも恐れないのよ……あんたたちが行っても足手まといになるだけじゃない……!」

 足手まといかともかく、危険なことにかわりはない。だが本音を言うと来て欲しい。今回は何が起こるか分からないので夢野の予知能力はありがたいし、複数人を相手することを考えると高橋という戦力も欲しい。

 「コトネ、相手は何をするか分からないし、高橋の機動力や夢野の予知はあると助かると思うぞ。」

 俺の言葉を聞いてコトネは頭を抱えて唸りだす。そしてそれがしばらく続き、答えを出したようだ。

 「……レンは私を最優先で守ると約束するならいいわよ。」

 「いやそれは出来ないけど、大体お前女子の中でトップクラスで強いじゃん。」

 俺はコトネに首を絞められた。高橋が引き剥がし、落ち着くように諭す。

 「分かったわよ!そこの夢野は仕方ないわ!戦闘能力皆無だもん!でも高橋か私なら私を守り……もとい選びなさい!」

 高橋は「仕方ねぇよ。」と答える。こうして俺たちは伊集院家のパーティーに参加することになった。金持ちのパーティーって少し楽しみだ。


 数日後、コトネに言われたとおりセントラルホテルに集合する。物々しい雰囲気でSPみたいな人たちがたくさんいる。

 「よう、境野。しかしすげぇなこれ、ホテルに入るのに荷物チェックとか初めてされたぞ。」

 高橋の言うとおり、異常な警戒態勢である。それはホテル全体を伊集院家が貸し切っていることを意味していた。会場は最上階……その前に控室にくるように言われている。既に受付にはまだらではあるが人がいるようだ。控室と言われたが、たくさんありすぎて、一体どこか分からない。せめて部屋番号でも言ってくれたら良かったのに……。

 「ちょっと!さっきから無視しないでくれない!」

 突然パーティードレス姿の淑女に話しかけられた。どこかで出会……った……?

 「すいません、ひょっとして伊集院さんでしょうか。」

 彼女は頷いた。高橋と夢野もわぁと嘆声をあげる。普段と違うメイク、髪型も違い、ドレスもばっちりと決めている。馬子にも衣装とはこのことである。

 「ふふん、惚れ直した?後ろの二人も今日はお洒落をしてもらうわよ。友人枠として着てるんだか、そんな見すぼらしい格好だと私が恥になるわ。」

 そして俺たちは控室へ案内される。俺は当然別室、執事風の人に服を渡され着替える。更にメイクまでして髪型までセットされた。こんな格好したの生まれて初めて……いや同僚の結婚式のときにあったか。我ながらこんな子供向けにも正礼装があることに驚く。

 「女性の方は時間がかかると思いますので、ここでゆっくりしていってください。」

 執事風の男はそう言うと立ち去っていった。広い部屋に一人俺は取り残される。雰囲気に圧倒されるが今日の目的はサドウからの護衛だ。何もなければ問題はないのだが、用心に越したことはない。俺はスマホを開きユーシーと連絡を取った。

 「伊集院家……確かにきな臭いとは思うけど、無理はしないことね。ちょっと黒い噂が流れているのそこ。」

 「黒い噂って?」

 「……人身売買。金持ちに嫉妬した連中の典型的な陰謀論ね。まぁやばいと思ったら即逃げなさい。セントラルホテルの最上階は助けに行くのに時間がかかるわ。壁をぶち抜いてそのまま飛び降りるのが一番安全な逃走経路の筈よ。」

 破天荒なことを助言してユーシーは電話を切った。そうだ、ここはホテルの最上階、逃げ場は限られているのだ。高橋とコトネはアタッチメントで多分飛び降りれるし、俺は夢野を抱えれば最悪逃げられる……よしっ。逃走のシミュレーションを立てて気を取り直す。ノックがなった。女性陣の準備が出来たようだ。俺は立ち上がりパーティー会場へと向かう覚悟を決めた。

 「えぇ……。」

 高橋と夢野の姿を見る。二人の姿もまた大きく変わっていた。二人とも普段とギャップが大きく、どこからどう見ても社交場に来た淑女といった感じだ。女子ってメイクと髪型でこんなに変わるんだな、俺は怖くなったよ。

 「な、なんだよ境野えぇって……何かほらあるんじゃないか。」

 高橋は照れくさそうに俺に感想を求めてくる。そりゃあ求めるだろうな、こんな普段絶対しないような格好したら。

 「二人とも凄い見違えたよ、多分クラスメイトが見ても本人だと思わないんじゃないのか?何というか新たな一面が見えたというか、こんな美人いたっけ?というのが本音だよ。」

 高橋と夢野は俺の感想に照れくさそうに微笑んだ。どうやら合格点の回答だったらしい。服装のレビューなんて慣れてないから正直何を言えば良いか戸惑うし、適当にかわいい〜!っていうのも何か個人的には嫌だ。

 「ねぇ、ちょっと私は?」

 「え、あぁかわいいと思うよ。」

 コトネも便乗して感想を求めてきたので条件反射的に適当に答えてしまった。すぐに訂正し気の利いた感想を言おうと俺が慌てると「かわいいかぁ。」と呟いて微笑んでいた。取り乱さなかったのでセーフ判定を貰えたのか……な?俺は胸を撫で下ろす。

 パーティーに入ると色々と挨拶をされた。コトネの友人ということで何か勝手に名家の人間だと思われたらしく、名刺を色々と渡されるが、そこはコトネが上手くあしらい今日はあくまで友人として来ているのでそういうのはやめてくださいねということで追い払ってくれる。パーティーに入る前にコトネに注意されたことだ。まずレベルは絶対に言わない。高橋はともかく俺と夢野は言った瞬間差別されるのが目に見えているからだ。そして次に自分たちはコトネの友人で、それ以上は絶対に語らないということ。どういう話をしてこのパーティーに参加できたのかは知らないが、背景にそれなりの苦労があるようだ。

 「おい……見ろよ境野……あいつ……。」

 高橋が神妙な声で指を指す。その先には東郷がいた。東郷は他の来賓と歓談をしている。しかし片手のグラスにあるのは……ワカメ?俺たちの視線に気が付いたのか東郷はこちらに近寄ってきた。

 「これは伊集院家の長女ではないですか。相変わらず麗しい。どうですか?このあと二人でダンスでも?」

 東郷は俺たちに気づいていないようだ。高橋や夢野は分かるが、俺も結構メイクの効果があるみたいだ。

 「あぁ、このグラスが気になりますか?これはワカメですよ。とても美味しいんです。」

 東郷はグラスを口につけて一杯のワカメを飲み干した。東郷お前大道芸人に鞍替えしたのか……?コトネはやんわりと東郷の誘いを断ると、また東郷はもとの位置に戻っていく。

 「東郷さん……あんなワカメが好きだったんですね……。」

 夢野は呟いていた。多分俺たちも口にしないだけで皆、同じ感想を抱いていると思う。まぁそもそもグラスワカメとかいう意味不明なものを提供するこのホテルもホテルだが。

 「皆様、お楽しみ頂いているでしょうか。」

 壇上に紳士が立った。あれが二階堂弦、コトネの兄にあたる人物である。そう言われるとどことなく似ている気もする。若くして伊集院家を継ぎ当主としての力を僅か数年で発揮しその資産を更に膨れ上がらせた怪人として業界では有名らしい。その手腕は家の七光りではなく完全に独力のもので、あまりにも卓越した経営能力が怪人と言われる所以だ。

 そして挨拶が済み次第、別のものが壇上に上がった。弦は壇を下りてから多くの有力者と思わしき者たちに囲まれている。壇上に上がった老人はまた経営会の重鎮らしく代表として挨拶をする手筈らしい。だが様子がおかしい。身体を震わせて、表情は青白く、口をパクパクしている。高齢者であるため最初は高齢者特有のものかと思っていた。だがそれはすぐに違うとわかった。老人は突然引き裂かれ、壇上は血に染まる。

 「うぇぇぇぇぇるかぁぁぁぁむ!!上流階級の諸君!!!」

 そこには血濡れのサドウが立っていた。

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