刃外魔境、刀剣無双

 「安心するでござる、拙者不意打ちは好かぬ。前に出て拙者と戦いを希望する者は出てくると良い。出てこないならば……ただ斬るのみでござるが。」

 季節外れのマフラーを着けた男はそう叫んで部屋の中央に佇んだ。戦うしか無い、高橋はそう決心し名乗りあげようとしたが、コトネに止められる。何故だと問う前にコトネは立ち上がり名乗り出た。

 「侍を名乗るなら正々堂々武器を見せなさい!そうすればわ、私が戦うわ!!」

 男は驚いた顔をしていた。てっきり筋肉隆々の武人が名乗りを上げると思ったからだ。だが正々堂々!なんといい響きか!まさに侍というもの。男は意気揚々と説明する。

 「拙者の武器はここにあるもの全て!だが婦人、お主のその勇気に武士道を感じたでござるぞ!その誇り高き心に免じ……拙者の武器はこれだけとしよう!!」

 そう言って男はマフラーを脱いで、手に持った。あれで戦うというのだ。

 「ば、バカにしているの!?先程まで切断してた道具を使いなさいよ!!」

 コトネは男を挑発するように抗議する。男は目をまるくしたが得心がいったようで、マフラーを無言で振り回す。振り回した先はコンクリートの壁部、そしてそれはスッパリと切断された。

 「これで満足かな?いざ一騎打ちでござるぞ!!」

 男は嬉々としてコトネに向かう。そしてコトネもそれに応えるように構えた。やめろ伊集院───そう高橋が言う前に勝負は一瞬でついた。マフラーはまるで鋭い刃物のようにコトネの身体を捉え、一瞬でバラバラに切断した。凄まじい切れ味だ。コトネだったものは肉片となってその場に落ちる。

 「拙者、お主のことは忘れぬでござるぞ……例え弱者だとしても……その高潔な精神は素晴らしきものであった!!」

 言葉を失った。目の前であっという間に殺された。この男は本気だ。一騎打ちを名乗れば容赦なく殺す。名乗らなければ容赦なく殺す。殺すことしか考えていない生粋の殺人狂い。一瞬沈黙が続いたが、すぐに悲鳴がフロアに響き渡る。

 「……なんということだ。武士道を持っていたのは娘一人だけとは。これがこの国の末路なのでござ……ござ?」

 男の様子がおかしい。突然不自然な形で歩みを止めて身体を震わせている。そして男の後ろにはコトネが立っていた。そしていつの間にか血液で作られた槍状のものが男を突き刺す。男はうめき声をあげる。すんでのところで血の拘束を外すも、大量展開された槍は少なからず男に突き刺さっていた。だが、ただでは済まさない。今度こそ殺すつもりでマフラーを振り回し、コトネを切断し、更に細かくバラバラにするつもりで振り回した。大量に吹き出す血潮、だが血塗れの手に掴まれた。

 「う、嘘でござろう?拙者ゾンビとは戦ったことないでござるぞ。」

 そして、コトネの周囲に展開された血液が射出された。超高圧に濃縮した血液はまるで大砲のように男を撃ち抜く。

 「ゾンビじゃないわよ、私のアタッチメントと貴方のアタッチメントの相性が最悪ってだけ。」

 単純な話であった。男はあらゆるものに切断能力を与える能力。その攻撃方法は切断するだけである。コトネの能力は血液操作。血液に触れたものならあらゆるものを操作する。そしてそれは自身も対象となる。即ち、切断をしても血液を介して自分の身体を操作しくっつき再生させる。切断だけでは決して殺せない。それが伊集院コトネのアタッチメントなのだ。歓声があがった。流石伊集院家だと。だが男は終わっていなかった。血液により吹き飛ばされた場所から立ち上がりコトネに一直線に向かう。

 「まだ来るの?無駄なことだって。」

 血液で作り上げた武装を展開し発射する。だがそれは全て切断され当たらない。しかし男にはコトネへの有効打はない。そう慢心したことがコトネの敗因だった。

 「おごッッッ!!」

 コトネはうめき声をあげその場にうずくまる。人々の歓声が止まりどよめきが始まる。単純なことだった。切断が効かないのなら、切断しなければ良い。男は掌底をコトネの腹部に打ち込んだのだ。

 「なるほど見事でごさる。だが拙者は侍。侍というのは徒手空拳の戦いも修めているのでござるぞ?」

 そして周囲を見渡しまた先程の様子で男は叫んだ。

 「さぁ続くもののふはいないでござるか!拙者昂ぶってきたでござるぞ!!さぁ!!さぁ!!」

 名乗りあげなければ、今から皆殺しにする。そんな意図も汲み取れる発言だった。

 「待ちたまえ!!」

 皆が怯えるなか誰かが声をあげた。東郷だ。男は東郷を見て目を輝かせる。ついに侍が、大和魂を持つ漢が出たのだと心震わせる。先程の婦人がここまで楽しませたのだ、この男はどこまで───。

 「俺は関係ない、見逃してくれないか。」

 「……はぁ?」

 予想だにしない言葉に男はつい、ござる言葉を失い聞き返してしまう。東郷は続ける。

 「お前たちの目的はあの動画に映っていた品性下劣、悪徳下衆、魑魅魍魎を始末することだろ?俺は関係ない!俺は知らないんだあんなこと!動画を見直してくれ!!」

 男は黙り込んでいた。東郷は自分がいかに無実か訴える。そして考えは分かると。もし逃してくれたら協力し似たようなことをしている連中をともに叩き潰そうと。俺たちは同志であると説いた。

 「同志……?」

 「そうだ、同志だ!ともにこいつらクズどもを倒し平和な世の中を作ろうではないか!」

 男は沈黙し考え込む様子を見せる。東郷はいけると踏んだのか更に調子に乗り、来賓たちを侮辱し自分を持ち上げた。来賓たちはそれを軽蔑する目で見る、そして非難の声があがった。

 「黙れ!!貴様たちのような薄汚い罪人と我々を一緒にするのではない!!我々には大義がある、薄汚いお前たちを粛清するという大義がな!そうだろ同志よ。」

 東郷はそれを気にしない。どうせこいつらは皆殺しになるのだが。

 「忘れていた、大事なことでござった。拙者はこの街で同志と出会ったのでござる。それは……運命的な出会いでござった。救われたのだ、拙者は……死ぬことよりも恐ろしい絶望から。」

 東郷は表情を明るくする。そうだこれは運命だと。一蓮托生、ともに戦おうと。

 「だからお主に問うでござる。同志ならば答えられるはず。」

 「あぁ!答えるとも!さぁ言いたまえ!!」

 「好きな清涼飲料水はなんでござるか?」

 東郷の表情は凍った。どんな質問かと思い身構えていたが、まさか好きな清涼飲料水とは。男の表情を見つめ直す。マジで言っている。バカなのかこの男は。清涼飲料水の好みで命を奪うのか?イカれている……いや殺人鬼だ。狂っているのは当たり前だ。

 東郷は考え込む。好きな清涼飲料水……そもそも東郷は清涼飲料水など普段飲まない。庶民の飲み物など誰が飲むのか。そして男の風体を観察すると、明らかにみすぼらしさを感じる。つまりバカな庶民どもの一人である。ならば結論は出た。

 「コーラだ。コーラこそが最高の飲み物だ。」

 コーラは世界で最も売上の大きい清涼飲料水。有象無象に愛されているという証明だ。一度飲んでみたことがあるが、泥水にハチミツをぶちまけたような飲み物だった。庶民にふさわしい飲み物ではないか。

 「コーラ……コーラでござるかぁ……。よし殺そう。」

 男は身構えた。瞬時に東郷は理解する。答えを完全に間違えたと。であるならばやることは一つ、この男を倒す。テレポートし男の真後ろに立った。あとは触れてどこかに飛ばせば終わりだ。手を伸ばすと、手が吹き飛んだ。

 「あ、あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!!!!!」

 東郷は切断された腕を押える。血が、血が止まらない!いやそれよりも俺の腕が!!

 「心眼剣、拙者不意打ちは嫌いといったでござろう?どんな技を使ったかは知らぬが、拙者の背後を取れば勝てるなど、侍を舐めたな?」

 そう言って振り向き、東郷にトドメを刺そうとマフラーに手を取り東郷を両断……したはずが空を斬った。

 「むぅ、先程からちょこまかと。瞬間移動能力でござるか?厄介な……。まぁ過ぎたものは仕方ない……。」

 そう言って振り向き直す。

 「次はお主たちの出番でござるな?」

 この場の全員が死んだと思った。どうにもならないと。だがその瞬間大きな地鳴りがして、ホテルが揺れる。男はバランスを崩した。揺れは長く続き、とても立っていられるようなものではなかった。天井からは瓦礫が落ちてくる。

 「こ、これは!サドウ殿!?一体何をしているでござるか!?」

 長い揺れが収まりしばらく経ってから、誰かが階段から走ってくる。

 「高橋!夢野!コトネ!!無事か!!!」

 そこには境野の姿があった。サドウとの戦いが無事終わったのだ。だが目の前の男をまた何とかしないといけない。だが高橋は安堵した。境野があんな男に負けるわけないと。遅いんだよ馬鹿野郎と言おうとした時、境野は男を見て戸惑いの表情を浮かべた。

 「え、シンカ……?」

 境野は殺人鬼をシンカと呼んだ。境野と殺人鬼が知り合い……?どういうことなんだ……?

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