闇に咲く狂い華、凶つ異邦人

 「ちょっと体調が悪いから保健室に行くわ。」

 伊集院はそう言い育後の授業を欠席することを伝えた。それは気をつけてくれと見送ろうとすると俺の方を見る。

 「一人で連れて行く気なの……?こんなか弱い美少女が体調不良だというのに……普通こういうのはエスコートするものでしょう。」

 「しょうがねぇなぁ、肩でも貸せばいいのか?」

 高橋が伊集院に肩を貸そうとすると、肩をはたかれる。

 「な、なんでそこで、あなたが出てくるのよ!く、空気を読んで……い、いや重いわたしを運ぶのは大変でしょう、男手が必要なのよ。」

 よく考えたら、このタイミングで体操服を返せるのではないか。伊集院の意図を察し、俺は伊集院を背負った。

 「確かにそれはそうだ、それじゃあ俺が連れて行くよ。」

 二人で保健室に向かう。少し不自然さはあったが、これで問題ないだろう。保健室には誰もいなかった。都合が良い。戸の鍵を念のため閉めて伊集院をベッドに置いた。俺はパイプイスを取り出して横に座る。そして体操服とブラジャーの入った手提げ袋を渡した。

 「ちょっとなによこれ、アイロンかけてないじゃない。シワが付いたまま……どれだけ激しいことしたの?それにこのブラ……まさか乾燥機にかけたの!?非常識的すぎる、洗濯もマトモにできないの!?」

 同級生の女子体操服にアイロンをかけて、女性用下着の洗濯の仕方を覚えておくなんて無茶にもほどがある。というか俺は実家住まいだからそんなことできるわけないだろう。俺の抗議の言葉を流石に理解してくれたのか、今度からはアイロンは自分でかけるしかないわね……と呟く。

 「でも、ブラは駄目ね。こんなのもう使えないわ……いっそのことあげるつもりでやるしか……ま、ま、まさかそれが狙いだったの!?わざとブラをあたかも正当な理由をつけて使い物にならないようにして、その後のものを自分のものにするために……流石ね、変態だわ!く、くやしいけどその策には乗ってあげるわ!!」

 ……そうか、ありがとう。俺はもう反論するのが面倒なので聞き流した。

 「それで、私の体操服やブラはどう使ったの?教えなさいよ。」

 「いや、使うって何もしてないよ。」

 「あ、あのね!私はこれからもずっとあんたの欲望のはけ口として使われたこの服を着て授業を受けるのよ!?どんなことされたかくらい知らないと……覚悟ができないじゃない!そ、そう分かったわ!敢えて口にしないことで私に想像させて、卑猥なイメージを膨らませる気なのね!な、なんて変態的な……。」

 伊集院は身をよじらせてクネクネしている。教室に戻ろう。俺は立ち上がり、保健室から去ろうとすると呼び止められた。まだ何か話があるらしい。

 「高橋のあれ、どういうことなのよ。説明しなさいよ。」

 アタッチメントの変化のことだろう。俺は隠すことでもないのでヴィシャに操られたことを話した。だが伊集院は信用しなかった。もしヴィシャ絡みだけならばあの表情はおかしいと。くそっ、よく見ていやがる……。

 「は、話しなさいよ!そんなやましいことなの!」

 やましいことなどない。ないのだが……あまり大っぴらに話すものではない。だがこんな血相変えて問い詰められては、逆に変な誤解を与えて高橋にも迷惑を与えてしまうかもしれない。そう考え、俺はキスの話もした。つまりそういうことだから少しその話になると気まずいということだ。その話をすると突然押し倒される。いつの間にか伊集院の血液が拘束具に変化し俺をベッドに磔にした。

 「そ、それってつまりあなたとキスをすればレベルが上がるってことよね……!!」

 話を聞いていなかったのか。高橋の能力が変化したのは明らかにヴィシャの力が原因で、俺なわけ無いだろう常識的に考えて。そんな抗議の言葉が脳内を駆け巡り、どう説明すれば納得してもらえるのかと考える。それが甘かった。俺の答えを待つまもなく突然唇を重ねてくる。おれは拘束をぶち破って引き離した。

 「マジでやるやつがいるか!」

 俺は口を拭う。だがそんな俺を無視して伊集院は笑っていた。ついに私もレベルアップのときだと。そしてそのまま自分の手をナイフで切り刻んだ。鮮血がベッドを染める。……それだけだ。

 「ちょっと、何も変わってないじゃない。」

 高橋のような劇的な変化を期待していたのだろうが、それはいつもどおり伊集院の意のままに動く血液として在るだけだった。当たり前である。

 「だ、騙したの……?いくら私が美少女で魅力的で蠱惑的で劣情的で理想の女だからって……なんてことしてくれたのよ!は、初めてだったのよ男とキスするなんて!!さ、最低だわこんな変態が初めての相手だなんて……!け、汚されたぁ……!」

 俺の胸ぐらを掴んで涙目で訴えてきた。本気で言っているのか。謝らないといけないのか……なんで……?理不尽な気持ちで胸が満たされるが、とりあえず謝るしかなかった。何で押し倒されて無理やりされた俺が謝るのか本当にわからないのだが。

 「ふん……まぁいいわ、それだけ私に虜になっているということなんだし、ゆ、許してあげるわ。ちょっと後ろを向きなさいよ。」

 言われるがままに後ろを向く。早く帰りたい。衣擦れの音がする。ベッドの上で何かをしているようだ。気になるがここで振り向くとまた変な言いがかりをつけられる。俺の頭の中の天秤はもう早く何事もなくここを立ち去りたいという一心だった。

 「こっちを向いても良いわよ。」

 振り向くと伊集院は制服に着替えていた。何だそれだけかと思ったのだが、俺に何かを手渡した。ほんのり温かいそれは今、伊集院が着ていた体操服だった。

 「ふふ……嬉しいでしょう!さ、さっきまで着ていた体操服よ!私に尽くしたらこんな良いことがあるんだからちゃんとこれからも尽くすのよ!!」

 あ、はい……俺はまたこれの洗濯の為に神経をすり減らさないといけないのかと思うと少し気分が落ち込んだ。


 「え、えぇ~……や、やばいの見ちゃったっすよ……。」

 伊集院が境野をベッドに押し倒して無理やりキスをしていた。何か言い争っているようだけども伊集院ってあんな積極的な奴だったの?軽井沢は境野と軽井沢がこそこそと保健室に向かっていっていたので、窓からその様子を観察していたのだ。そもそも普段はここまで境野を監視しないのだが、あんなものを見せられると昨日の小便男のこともあってつい気になってしまう。

 運動場の大穴、なぜこんなことになったのかは分からない。話によるとこの学校の地下に潜るのが6班の目標だったらしい。そして地下からこんな大穴を空けて脱出したのだ、無茶苦茶すぎる。『危険な奴』もし、これがただの事故ではなく意図的に起こしたことなら……その力は亡霊に匹敵……いやそれ以上だろうか。そんな気持ちで緊張感を持って境野を監視していたのに、まさかのこんな場面に出くわすとは。どうすればいいのか。しばらくは胸の内にしまっておこう。境野はともかく伊集院は関係ないはずだし……。そう考え軽井沢は気づかれないように立ち去っていった。


 今、俺はスーパーマーケットにいる。帰りに野菜を買ってくるよう母さんに頼まれたので立ち寄ったのだ。買い物をするのはそういえばかなり久しぶりだ。一人暮らしのときは当たり前のように一人で買い、一人で料理をしていた。昔は母さんが当たり前のようにしていたことをしみじみ感じる。清涼飲料水コーナーにいくと懐かしいものを見つけた。炭酸飲料の『パッチ』だ。国内中小メーカーが製造しているもので流通が少なく置いている店が少ないのだが、俺は昔から、この世界にくる前から好きだった飲み物でパッチが置いてあるスーパーを活用するようにしていた。コンビニ自販機などには置いて無いので、まとめ買いをするのだ。丁度三本残っている。俺は三つ取り買い物かごにいれた。

 「あ、あぁ~~!!ぱ、パッチがないでござる!!て、店員どの!!パッチの在庫を早く出すで候う!!」

 えらく個性的な声が聞こえ、振り向くとやたら綺麗なストレートロングヘアでメガネをかけており、この時期にマフラーを着けている中年男性がいた。店員は在庫がないということを伝えると、その男は地面に手を着いて嘆いた。

 「な、なんということ!来店時にあったからしばらく店内を見回ったのが迂闊でござった……!あぁ拙者このような悲劇に苛まれるとは今日は厄日でござるぅぅぅぅぅ!!!」

 そして片手で床を何度も殴りつけて嘆いていた。買い物かごのパッチが見える。何というか、その男があまりにも憐れなので俺は声をかけた。

 「あ、あの……よかったら多めにとっていたのでこれをさしあげますよ……。」

 俺はパッチを差し出すと男は目を疑うように何度もパッチと俺の顔を交互に見て、俺の手ごとパッチを掴んだ。

 「あ、あ、あ……何という僥倖!!拙者、お主のような友愛に満ち溢れた漢を知らぬでござる!!こ、この恩、必ずや報いるでござるぞ!!!!」

 男はそういって土下座をした。いいから少し落ち着いて欲しい。

 「ふむ、しかしお主パッチ複数買いとは……拙者と同じパッチ愛好家ということでござるか。パッチ愛好家に悪いものはいない、間違いないでござるな!!失礼、名乗り遅れた、拙者の名は臥榻心火がとうしんか、お主は最早、拙者の同胞!どうかシンカと気楽に呼んでくだされ!」

 シンカはレジまで付いてきて、パッチの良さについて延々と語っていた。この良さが分からないこの世界の人間は全員味覚がおかしいだのスケールが一々大きい。そしてシンカは最後まで機嫌が良く、別れ際には俺が見えなくなるまで手を振っていた。ここで買い物するとあの男に頻繁に会うようになるのか……?でもパッチはここにしか置いてないし……。俺は奇妙な親近感をシンカに湧きつつも帰路についた。

 「おう、おせぇぞシンカ、買い物するのにどれだけ時間かかってるんだ。」

 「いやぁすまないでござるサドウ殿、此度運命の同志と出会い、思わず会話が弾んでしまったで候。」

 サドウと呼ばれた男は苛つきながら痰を吐いた。臥榻心火、使える男なのだがこのむかつく喋り方だけはどうしても慣れない。そして何度注意してもやめない。侍の矜持だとか何とか、サムライなんてとっくの昔に絶滅したろうがと。

 「軽井沢の奴から話は聞いといたが、ろくな情報はねぇな。まぁ所詮下っ端だから期待なんてしてねぇが。」

 ヴィシャの連絡が途絶え、ニュースで死亡のニュースを知った時は驚いた。奴が死亡したこともそうだが、あの高速道路の惨状もだ。あんなことできる奴は俺の知る限りじゃ一人しかいない。勿論、そいつが犯人ではないのは分かってるのだが。

 「なぁシンカ、これはただの好奇心なんだが……高速道路のアレ、似た者同士のお前からするとどう考える?」

 シンカは少し考え込む様子を見せて答えた。

 「是非ともその怪物とやらと死合いたいでござるなぁ!!」

 サドウは笑った。俺たちらしいと。ヴィシャが死亡し、亡霊がいることが濃厚となったこの街。組織は戦闘に特化した人材を送り込んだ。それが俺たちだ。俺たちの目的は亡霊を見つけ出し始末すること。そこに違いはない。だが、こうして面白そうな連中が他にもいるという事実が、心を震わせて、思わずつまみ食いをしたくなるのだ。

 「よーし、シンカ!景気づけにそこらのヤクザや半グレでもボコろうぜ!!」

 まるで遊びに行くようなノリで二人は夜の街へと消えていった。そして彼らが通った後には悲鳴とうめき声が響く。街は少しずつ狂い始める。続々とくる異邦人たちによって。

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